イタリアの出生数が過去最低を更新する見込みだ。
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イタリアで2020年の出生数が過去最低を大幅に更新する見込みとなったことが話題だ。
イタリア統計局(ISTAT)によると、2019年には42万件の出生届が出され過去最低となったが、2020年の出生数はそれをさらに下回る40万8000件になるようだ。さらに2021年には39万3000件と一段と落ち込む見通しとなっている。
そもそも、イタリアは長期にわたって出生率が低下(=出生数の減少)しており、その要因は日本とも重なるものが多い。それに加えて、新型コロナウイルスの流行が、こうしたトレンドを一気に加速させてしまった。イタリアで何が起こっているのか読み解いていくことで、よく似た構造にある日本の課題も浮き彫りになってくる。
平均初産年齢は日本もイタリアも30〜31歳
イタリアも日本も、平均初産年齢は他の先進国と比べて高い。
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図1は日米欧の主要国で合計特殊出生率(女性が15歳から49歳までに産む子供の数の平均、2を下回ると人口は減少する)の推移を比較したものだ。アメリカやフランスなど、比較的健闘している国々もあるが、一方で少子高齢化に歯止めがかからない国々もある。日本とイタリアは、その典型的な国となる。
少子高齢化が進む大きな理由として「晩婚化」が挙げられる。OECD(経済協力開発機構)によると、2016年時点で女性が第一子を出産する平均年齢は米国が26.6歳、フランスが28.5歳であったのに対し、日本は30.7歳、イタリアは31.0歳であった。
ではなぜこの晩婚化が日本やイタリアで進んでいるのか。
図1 出生率の低迷が続くイタリアと日本
出所:OECD Data, Fertility rates
グローバル化への失敗、景気の停滞
イタリアの車産業は低成長に喘いでいる。
画像:Getty Images / Vittorio Zunino Celotto
まず挙げられるのは、長期にわたる景気の停滞だ。イタリア経済は1990年代から現在まで低成長に喘いでいる。イタリアの産業界がグローバル化にうまく対応できず、新興国の需要をとらえることに失敗したことがその大きな理由である。
イタリアの自動車産業は正にその典型だ。フィアットをはじめ、アルファロメオ、フェラーリ、マセラティ、ランボルギーニなど数々の名車で知られるイタリアの自動車産業だが、ドイツや日本、韓国に比べて新興国での事業展開は後手に回った。
また1999年のユーロ導入によって経済の実力より割高な通貨を採用したことも、イタリア経済にとって不利に働いた。いずれにせよ、イタリア経済は30年にわたって低成長を余儀なくされている。日本もまたバブル経済の崩壊(1991年)以降、景気の長期停滞が続いている。
不安定な労働環境も晩婚化の大きな理由
緊急事態宣言下のイタリア・ローマ。
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長期にわたる景気の停滞を受けて、若者は将来に対して不安を抱くに至った。
こうした心理的な要因に加えて、若者ほど安定した職にありつけないという現実的な問題が、イタリアの晩婚化を促している。家父長制(父親が家族の支配権を持つ制度)が強いイタリアの社会では、家長の雇用が優先される反面で若者は不安定な労働環境での就労を強いられる傾向がある。
具体的には、イタリアの若者はまず「非正規」ないしは「有期」での就労を迫られる。ある程度の年齢に達して「正規」での就労にスイッチできればいいが、誰もがそうなるわけではない。家長を正規雇用で手厚く保護する一方で、不景気の雇用整理の担い手になるのが若者という構図が、イタリアやスペインなどでは定着しているのだ。
景気次第ではクビを直ぐに切られかねない不安定な労働環境にあれば、若者は結婚や出産をためらうことになる。こうした状況をイタリア政府も打開しようと努めてきたが、歴史的に根付いた慣行であるため、改革は順調に進んでこなかった。
なお新型コロナウイルスの感染拡大を受けてイタリア景気も悪化し、多くの雇用が失われたが、やはり「家長」が多い50歳以上の雇用は守られている(図2)。49歳以下の「働き盛り」の労働者の失職が目立つが、初産を経験する世代に相当する「25〜34歳」の層やさらに若い「15〜24歳」の層の失職も目立つ。
図2 ミレニアル世代以下が痛みを負うイタリアの労働市場 (注)15歳以上64歳以下の就業者に限定
(出所)イタリア統計局(ISTAT)
コロナ禍では、若者が職を失うだけではなく、大学を卒業するなどして本来なら労働市場に入るべき若者が職にありつけないケースもある。彼らが職を得るかどうかは、新型コロナの動向次第だ。仮に職を得られたとしても、まずは「非正規」ないしは「有期」での就労になる。不安定な労働環境の下では結婚のみならず、出産や育児に対してためらいが出ても当然だ。
イタリア助産師会のマリア・ビカリオ会長はロイターとのインタビューで、新型コロナウイルスで若者、特に女性が職を得る機会を失ったことで、来年以降、出生数が顕著に減少していくだろうとの見解を示している。
またミラノのカトリカ大学の調査によれば、イタリアでは34歳以下の人の3分2が出産予定を諦めるか延期したとされるが、この比率はスペインと同様に高く、英国、フランス、ドイツを引き離しているとのことだった。
コロナの失業率への影響を軽視してはならない
コロナの失業ショックは子育て世代へ直撃する。
撮影:今村拓馬
新型コロナの感染拡大で若者が職を得る機会を失い、正規雇用への道が遠のいたことの悪影響は、将来のイタリアを担う子どもたちにもおよぶ。今回のショックを受けて、若者が安定した就労環境を得るまでの道のりはさらに険しくなったはずだ。このままでは後続の世代ほど、安定した正規雇用に就ける年齢が後ズレしかねない。
今の子どもたちが子育ての適齢期に入っても、安定した雇用が得られないようでは、出産どころか結婚もままならない。先行きに対する不安感がぬぐえなければ、子どもなど増えようがない。新型コロナの感染拡大によって、イタリアでは新たな「ロストジェネレーション」が生まれることになると懸念される。
若者の雇用をどう創出するかは、少子高齢化が進む先進国に共通した課題である。
特にイタリアを含む南欧では、景気停滞にコロナがダブルの打撃となり、より一層の出生率の低下が確実視されている。イタリアの場合、やはり恵まれ過ぎている「家長」の雇用を切り分けるかたちで、若者に雇用の機会を譲ることが妥当だろう。
しかし当然だが、こうした改革は既に利益を得ている人々の「痛み」を伴うため、これまでも遅々として進まなかった。
日本でも出生数は過去最低を更新へ
図3 日本でもコロナ禍で若者の雇用が厳しい(注)15歳以上64歳以下の就業者に限定
出所:総務省統計局
日本でも新型コロナの感染拡大に伴う景気の悪化で多くの若者が職を失っている(図3)。今年は新卒で入社しても、今に至るまで仕事らしい仕事がないという若者は少なくない。
就職活動をしていてせっかく内定を得ていたにもかかわらず、取り消されたという話もよく聞く。また2021年は新卒採用そのものを見送る企業もある。
イタリアと比較的近い構図で、日本の若者も厳しい雇用環境にさらされている。
雇用環境は新卒を中心に当面厳しく、特に男性では若年層ほど非正規率も高いことから、コロナ禍で雇用は不安定だ。所得も悪化が予想されるため、コロナ禍をきっかけに出生数の低下は一段と進むだろう。
菅政権は目玉政策の一つに不妊治療の保険適用の拡大を掲げている。
しかし本質的には、そうしたサポートよりも保育園の増設など仕事と育児が両立しやすい環境づくりや、子育て世代の所得拡大を急ぐべきだろう。まして新型コロナの感染拡大を受けて、将来的に育児を担うことになる若年世代の雇用が厳しさを増すことになっているのだ。
新型コロナの感染拡大で社会のあり方そのものが変革を迫られている一方で、そのしわ寄せを若者に強いるわけにはいかないことを、われわれは肝に銘じるべきだろう。
国の長期的な繁栄を考えれば、日本もイタリアと同様に、極端に悪化した若者の雇用環境の改善に努める必要があることは明らかだ。
土田陽介(つちだ・ようすけ):三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)調査部副主任研究員。2005年一橋大経卒、06年同修士課程修了。エコノミストとして欧州を中心にロシア、トルコ、新興国のマクロ経済、経済政策、政治情勢などについて調査・研究を行う。主要経済誌への寄稿(含むオンライン)、近著に『ドル化とは何か‐日本で米ドルが使われる日』(ちくま新書)。