マイクロソフトのサティア・ナデラ最高経営責任者(CEO)とセールスフォースのマーク・ベニオフ会長兼CEO。2021年はし烈な競争が予想される。
Brian Smale/Microsoft via Getty Images(L)-REUTERS/Denis Balibouse(R)
- コロナ一色だった2020年の最後に関係者の意表を突いた、セールスフォース(Salesforce)によるスラック(Slack)買収計画の発表。この動きにより、マイクロソフト(Microsoft)との関係性に変化が生じた。
- テック業界を代表する両巨人は厳しい対立を続けてきた。経営トップは辛らつな言葉で相手を批判したり、互いを特許侵害で訴えたりしている。
- サティア・ナデラがマイクロソフトの最高経営責任者(CEO)に就任すると、融和路線を持ち込んだ。両社は2014年に初めて提携合意に至り、良好な関係が生まれかけた。
- しかし、マイクロソフトがセールスフォースの買収を検討していると報じられ、さらに両社がリンクトイン(LinkedIn)買収でバッティングする事態が重なり、緊張が高まった。
セールスフォースは2020年12月、ビジネスチャットアプリのスラックを277億ドル(約2兆9000億円)で買収すると発表。それを機に、長いこと友人のような敵のようなあいまいな関係だったマイクロソフトとの競合が一気に先鋭化した。
テック業界の巨人どうしの複雑な関係の端緒は2000年代半ば、当時のマイクロソフトのスティーブ・バルマーCEOとセールスフォースのマーク・ベニオフCEOによる小競り合いにさかのぼる。
マイクロソフトが2014年に融和路線のサティア・ナデラをCEOに迎えるまで、両社の敵対関係は10年近く続いた。
ナデラは「閉じていただけでなく、鍵がかけられ、バリケード封鎖されていた両社の間を扉を開けた」、セールスフォースのベニオフCEOは当時そう評価している。
両社はその後、初となる提携合意にたどり着き、ナデラはセールスフォースの年次イベント「ドリームフォース(Dreamforce)」への登壇も果たすことになる。
しかし2015年、米CNBCの報道でマイクロソフトがセールスフォースの買収を検討していたことが明るみに出て、さらにリンクトインの買収合戦でマイクロソフトがセールスフォースに競り勝つと、両社の関係は再び緊迫した。
スラック買収はセールスフォースにとって、コアプロダクトである顧客関係管理(CRM)システムを超えてビジネスを拡大し、既存のプラットフォームにコラボレーションツールを組み入れることで、マイクロソフトとの全面戦争に打って出る意思表示にほかならない。
ウェドブッシュ・セキュリティーズのダン・アイブスは顧客向けレポートで次のように指摘する。
「セールスフォースがドル箱である(中小企業の)営業部門向けビジネスを超えて、エンタープライズ分野に進出するのであれば、それはマイクロソフトへの宣戦布告を意味することになる」
これを機に、セールスフォースとマイクロソフトの複雑な関係の歴史をふり返っておこう。
【2005年】両社CEOによる批判合戦
マイクロソフトの前CEO、スティーブ・バルマー。
REUTERS/Jason Redmond
マイクロソフトとセールスフォースが公の場で互いを批判したのは、米ワシントン州レドモンド(マイクロソフト本社)で開かれたカンファレンスの壇上、マイクロソフトのスティーブ・バルマーCEO(当時)がセールスフォースに言及したのがきっかけだった。
バルマーは、新たなCRMツールをローンチさせたセールスフォースと「良い戦いができる」と発言。ところが、ベニオフは即座に次のような声明を出して反応する。
「マイクロソフトの欠陥だらけのエンタープライズ向けソフトウェア戦略のせいで、産業の成長が妨げられている。
セールスフォースは2002年からCRM市場でマイクロソフトと競合してきたが、彼らはいまだに競争力のあるプロダクトを世に送り出すに至っていない。時代遅れのアプリケーション(=「ダイナミクスCRM」を指す)は、第2弾の発表をキャンセルして、第3弾へスキップするのだとか。
かたや我々はわずか6年の間にアップデートを積み重ね、いまや第18世代のサービスを展開している。顧客はマイクロソフトのイノベーションを待つのにもう疲れ果てたのではないか」
【2010年】特許侵害を主張して「訴訟合戦」
米ロサンゼルスにあるマイクロソフトシアター。
Reuters
マイクロソフトは2010年5月、セールスフォースが同社の特許を侵害しているとして提訴。セールスフォース側も1カ月ほどして反訴した。
問題となった特許は、組み込みメニューを備えたウェブページの表示、テンプレートを使ったウェブサイトの自動生成に関するシステムなど多岐にわたる。
ただし、この訴訟はセールスフォースがマイクロソフトに補償金(金額は不明)を支払うなどの条件で合意し、同年8月には和解に至っている。
当時マイクロソフト法務部門の副責任者だったホラシオ・グティエレスは次のような声明を出している。
「この数十年間のイノベーションの積み重ねによって築き上げられたマイクロソフトの特許ポートフォリオは、ソフトウェア業界随一だ。今日のセールスフォースとマイクロソフトの合意は、お互いの知的財産権を尊重しつつ、市場での活発な競争を実現できることを示す好例と言っていい」
【2013年】ベニオフ、バルマーに「去るべき」と発言
セールスフォースのマーク・ベニオフ会長兼CEO。
Justin Sullivan/Getty Images
スティーブ・バルマーは2013年8月、自らは「古い時代の象徴かもしれない」と語り、CEO退任を発表した。
ベニオフは当時、決算発表のカンファレンスコールでこのバルマーの発表に触れている。
「その通りだ、スティーブ(・バルマー)。去るべきときが来たのだ」
ベニオフはマイクロソフトだけでなく、(具体的な名前を挙げずに)レガシーにしがみつく他の企業も批判した。
「世界は変わった。にもかかわらず、今日市場の奪い合いをしているどの企業も、いまだにクラウドに移行していないし、ソーシャルにも、モバイルにも移行していない。相変わらずこれまでと同じで、古くさいモノを売るだけのビジネスを続けようとしている」
【2014年】サティア・ナデラのCEO就任で「雪解け」
マイクロソフトのサティア・ナデラCEO。
Reuters/Shannon Stapleton
マイクロソフトは2014年2月、辞任を表明したバルマーの後任CEOにサティア・ナデラを指名。これを機に、対セールスフォース「融和路線」に転じた。
ベニオフはのちに、ナデラはバルマーの「正反対」の人間と評している。
「スティーブ・バルマーがマイクロソフトのCEOとして不適切で、サティア・ナデラが適切であると考える理由のひとつは、スティーブが他企業のCEOと揉めてばかりいたことにある。私が個人的に知る限り、サティアはその正反対だ」
【2014年】初めての提携合意、関係改善
Salesforce
ナデラCEOの就任後、3カ月もしないうち(5月)にマイクロソフトはセールスフォースとの戦略的提携を発表。セールスフォースの顧客関係管理アプリおよびプラットフォームを、マイクロソフトのクラウドプラットフォーム「アジュール(Azure)」と接続することを明らかにした。
同年10月、年次イベント「ドリームフォース 2014」ではさらに広範な提携を発表し、同時に統合プロダクトもリリースしている。
「互いの顧客をさらなる成功へと導くために、我々はマイクロソフトとの協業に全力を注いでいる」(マーク・ベニオフ)
【2015年】マイクロソフトがセールスフォース買収を検討
Microsoft
米CNBCは2015年5月、「状況をよく知る数人の関係者」の話として、マイクロソフトがセールスフォースの買収に向けて「重大な交渉」を行っていると報じた。最終的には、価格面での折り合いがつかなかった。
マイクロソフトの想定していた投資額は550億ドル(約5兆8000億円)だったが、ベニオフが700億ドル(約7兆3500億円)まで価格をつり上げようとしたとされる。
就任からまだ1年ほどのナデラは「引き金を引く」のには反対だったと言われる。
【2015年】ナデラが「ドリームフォース」に登壇
Business Insider
2015年8月、セールスフォースにとって同年最大となるイベント「ドリームフォース」に、マイクロソフトのナデラCEOが登壇。
マイクロソフトから著名な経営幹部が参加するのは初めてのことで、同社の融和路線へのシフトの兆しと認識された。
「サティアは、閉じていただけでなく、鍵がかけられ、バリケード封鎖されていた両社の間を扉を開けた」
ベニオフは当時そう評価した。実際、セールスフォースとマイクロソフトの提携関係はその直後から深化を見せた。
【2016年】リンクトインの買収合戦を機に関係悪化へ
Reuters/Mike Blake
マイクロソフトはセールスフォースの裏をかき、2016年にビジネス特化型SNSのリンクトインを262億ドル(約2兆7500億円)で買収。長年敵対を続けてきた両社がたどり着いた「雪解け」は、短命に終わった。
マイクロソフトの買収合意発表後、ベニオフはリンクトインの経営幹部宛てメールで、もしチャンスがまだあるなら「もっと大きな金額」を出す用意があると書いている。
なお、ベニオフはこの買収が「反競争的」であるとして、規制当局である欧州委員会に独占禁止法に基づく調査を要請している。
【2016年】互いのライバル企業と提携、対立激化
アマゾンのジェフ・ベゾスCEO。傘下のアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)はセールスフォースから「推奨」クラウドプロバイダに指定された。
Reuters
セールスフォースは2016年、アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)を「推奨パブリッククラウドインフラプロバイダー」に指定。コアプロダクト全般のクラウドインフラにAWSのサービスを採用することに。
当時、ベニオフは次のように語り、AWSを高く評価した。
「AWS以上に洗練されたクラウドインフラプロバイダーは存在しない。また、我々の世界中に広がる顧客基盤のニーズに応えられる、これ以上に堅固なエンタプライズ向けクラウドインフラはAWS以外にない」
セールスフォースはのちに(2018年)、グーグルクラウドやIBMなどマイクロソフトの競合とも提携を発表しつつ、「大半の」ワークロードについてはAWSを活用していることを明らかにしている。
一方、マイクロソフトはデジタルマーケティング分野におけるセールスフォースの競合であるアドビとの提携を発表した。
【2019年11月】再び大きな提携合意
Mike Nudelman/Business Insider
互いに衝突することなく数年が過ぎたのち、2019年、セールスフォースはマーケティングクラウドのインフラとして、マイクロソフト「アジュール」を採用すると発表。
同時に、マイクロソフトのビジネスチャットアプリ「チームズ(Teams)」との統合(=チームズから直接セールスフォースの情報を検索・表示・共有できる)を進めることも明らかにした。
2016年にリンクトイン買収をめぐって関係が悪化して以来、初めての公式提携合意となった。
【2020年12月】セールスフォース、スラック買収を発表
セールスフォースは2020年12月、スラック買収計画を発表した。
REUTERS/Dado Ruvic/Illustration
2020年12月、セールスフォースはスラックを277億ドルで買収する計画を発表した。マイクロソフトがリンクトインを買収した262億ドルとほぼ同水準の巨額取り引きだ。
マイクロソフトのチームズは新型コロナ感染拡大を背景にユーザー数を爆発的に伸ばした。スラックはチームズにとって(ビジネスコラボツール市場における)最有力の競合であり、専門家によれば、セールスフォースはスラック買収によって既存の自社アプリやサービスに横串を通すことができるという。
一方、セールスフォースのカウンターパートにあたるマイクロソフトの顧客関係管理プラットフォーム「ダイナミクス(Dynamics)365」も、パンデミックを追い風に猛烈な成長を遂げた。
専門家がBusiness Insiderに語ったところによると、ダイナミクスは地歩を固めセールスフォースを追撃する上で良い位置につけているという。
両社は互いの陣地切り崩しにかかっており、2021年に競争がさらに激化するのは間違いないだろう。
(翻訳・編集:川村力)