新型コロナワクチンの輸送にドライアイスの大量製造が進められているニュースは耳にするが、その空輸に航空当局の厳しい規制があることはあまり知られていない。
Delta Air Lines
- 米ファイザーと独バイオンテックが共同開発した新型コロナワクチンは摂氏マイナス70度で保管する必要があり、空輸の際はドライアイスが必須となる。
- しかし、米連邦航空局の厳格な規制により、ドライアイスの空輸量には制限があり、関係者にとって新たな難題となっている。
- 貨物航空および旅客航空各社はこの制限量の引き上げを申請中だが、現在までに許可を得られたのはわずかに2社。したがって、世界各地へのワクチン輸送という巨大なビジネスチャンスをモノにできるのはその両社に限られることになる。
新型コロナワクチンを世界各地に供給する上で最大の難関となっているのが、製造拠点から接種の現場まで低温で保管し続ける必要があることだ。
今週中(=12月第2週)にも米食品医薬品局(FDA)から緊急使用許可が出るとみられるファイザーのワクチンは摂氏マイナス70度(華氏マイナス94度)以下で保管する必要がある。
米モデルナのワクチンも数週間以内に緊急使用許可が下りると予想されているが、こちらも摂氏マイナス20度(華氏マイナス4度)以下を維持するのが必須となっている。
実はこの保管条件が、世界の貨物会社にとってかつてない難題となっている。
ほとんどの貨物会社は、世界の国々や地域への輸送には航空機を使い、接種を実施する医療関係者や患者までのいわゆる「ラストワンマイル」は陸上輸送でワクチンを届けることになる。
ワクチンの保管容器を適切な温度に維持するため、ワクチンを開発した医薬品メーカー側は、ドライアイスを同梱できるよう設計された特製の容器を開発済みで、航空機からトラックなどへの積み替え時には必要に応じて交換できるとしている。
電源を使う冷蔵設備もあるが、重量がありすぎること、さらには電力消費量が大きすぎることから、空輸には向かない。
ところが、アメリカの航空規制当局は、旅客航空機および貨物航空機の運べるドライアイスの量を厳しく制限しており、そのためあらゆる航空機でワクチンを輸送できる量は著しく限定されてしまう実情がある。
ドライアイス「積載規制」の理由と実情
ドライアイスは常温で昇華し、二酸化炭素(炭酸ガス)が発生する。これが密閉空間ではクセモノだ。
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ドライアイスは固形の二酸化炭素(炭酸ガス)で、米連邦航空局(FAA)からは危険物に区分されている。その理由は、常温下では昇華して二酸化炭素が発生し、それが航空機のような密閉空間では滞留して高濃度になり、乗員や乗客が窒息(酸素不足)になるおそれがあるからだ。
幸運にも、そうしたプロセスはかなりゆっくり進行する。パンナム(パンアメリカン)航空が1960年代に行った実験によると、航空機内のドライアイスは1時間に1パーセントの割合で昇華する。また、FAAがその後実施した別の実験によれば、コンテナがより小さくなると、1時間に最大2パーセントまで昇華することがわかっている。
さらに、現代の航空機では常時客室の換気が行われており、空気の半分は再循環するものの、残り半分は上空から取り込まれた新鮮な空気。2009年のFAA報告によると、客室やコックピットでの二酸化炭素の高濃度化による窒息事故は「ほぼありえない」という。
とはいえ、航空機の大きさや換気性能などの違いによって、安全に輸送できるドライアイスの量は変わってくる。
そこで、そうした現代の航空機の安全性能を前提としつつ、新型コロナワクチン輸送の緊急性を踏まえ、航空各社は従来の規制上限量を超えるドライアイスの輸送許可を当局に求めている。
しかし、12月8日時点で許可の取得に成功したのはわずか2社。さらに、数社が許可申請中だ。「ドライアイス輸送競争」とも言えるこのレースの勝者は……。
ユナイテッド航空
ユナイテッド航空の運航する「ボーイング777」。
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ユナイテッド航空は11月27日、ファイザーの未承認ワクチンを(シカゴからベルギーの首都ブリュッセルまで)運んだ世界最初の会社だ。「ボーイング777-200型機」をチャーターして輸送したため、乗客は乗っていない。
ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、上記のフライトを前に、FAAはユナイテッド航空が申請した同機によるドライアイス1万5000ポンド(約6.8トン)の輸送を許可しているが、これは従来の制限量の5倍に相当する。
ファイザーが開発したワクチン輸送用の特製容器には、1個あたり50ポンド(約22.7キロ)のドライアイスが封入されるため、上記のボーイング1機あたり最大300個のワクチン容器を運べる計算となる。
なお、ファイザーのドライアイス封入量に関する情報は、アラブ首長国連邦(UAE)エミレーツ航空の貨物部門、スカイカーゴのジュリアン・サッチ(医薬品輸送部門マネージャー)がBusiness Insiderの取材に対して明らかにしたものだ。
デルタ航空
デルタ航空の「エアバスA350-900XWB」。
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ウォール・ストリート・ジャーナルによると、デルタ航空もユナイテッドと同様、規制量を超えるドライアイス輸送を許可されている。
同航空は、普通のコンテナでも2倍、ファイザーのワクチン輸送用特製容器を使えば従来の6倍、ドライアイスを搭載できることを明らかにしている。なお、使用機は「エアバスA330」および「A350」。
デルタ航空はアメリカからヨーロッパ、ラテンアメリカまでの(ワクチン低温輸送)テストフライトをすでに実施しているものの、実用向けのワクチンを輸送したことがあるかどうかは不明だ。
UPS(ユナイテッド・パーセル・サービス)
米カリフォルニア州サンノゼ国際空港に着陸前のUPSの輸送機(ワクチン輸送機とは異なる)。
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物流大手ユナイテッド・パーセル・サービス(UPS)は最近、世界2カ所に巨大な冷凍貯蔵施設を建設したおかげで、ファイザーとモデルナのワクチン輸送を担う上で優位に立った。一方はケンタッキー州ルイビル、もう一方はオランダにある。
同施設はそれぞれ、摂氏マイナス80度(華氏マイナス112度)の低温環境で4万8000バイアル瓶のワクチンを貯蔵できる。これにより、UPSはドライアイスを他社より戦略的に活用できる。
UPSはドライアイスの飛行機への積載制限量引き上げを申請していない。広報担当によれば、同社はおよそ20年前に一連の研究と試験を経て、FAAから十分な量を輸送できる承認を受けており、最近もレビューを経て再確認済みだという。
UPSにはもうひとつ有利な要素がある。それは、アメリカにドライアイスの自社製造施設を抱えていることだ。同施設のドライアイス製造能力は毎時1200ポンド(約544キロ)。
フェデックス(FedEx)
米ジョージア州アトランタ国際空港から飛び立つフェデックス(FedEx)の輸送機。
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物流大手フェデックスもFAAにドライアイス積載制限量の引き上げを申請している。
加えて、同社は輸送中のワクチンを、温度管理のモニタリングも含めて、より詳細に追跡・感知する機能を開発。これにより、フェデックスはとくに効率的にドライアイスを使用することができる。
アメリカン航空
米ペンシルベニア州フィラデルフィア国際空港にある低温貯蔵施設にて撮影されたアメリカン航空のコンテナ。間もなく新型コロナワクチンの低温貯蔵・輸送に使用される。
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アメリカン航空は貨物輸送用の冷凍貯蔵施設をフィラデルフィアに有するのみならず、同社はこのパンデミックのさなか、ワクチン輸送向けに数十年ぶりに貨物専用機を就航させた。
広報担当によると、上記の機体幅の広い貨物専用機を効率的に運用するため、ドライアイス積載量制限の引き上げをFAAに申請したという。
「現在、最大量の新型コロナワクチンを低温環境を維持したまま輸送するための準備として、所定の手続きを進めている」(広報担当)
(翻訳・編集:川村力)