今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても、平易に読み通せます。
2020年を代表するヒット作となった『鬼滅の刃』。コミックス最終巻まで持っているという入山先生は、ストーリーの面白さとキャラの魅力に加え、ある特徴がこの作品をヒットの要因だと分析します。それは名経営者にも共通する特徴なのだそうですが……さて、それはいったい何でしょうか?
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ヒットするマンガの条件は?
こんにちは、入山章栄です。
前回に引き続き、2020年を振り返る話題を取り上げてみたいと思います。
実を言うと僕は『鬼滅の刃』はもうだいぶ前から押さえておりまして……コミックスは最終巻まですべて持っています(笑)。
この作品は週刊少年ジャンプで連載していたときから話題でしたが、本格的に火がついたのは、テレビアニメ化されてからです。日本のアニメはすごくクオリティが高いので、『進撃の巨人』も『キングダム』も、もともとマンガがヒットしていたところへアニメ化されて、相乗効果を生みました。
しかし『鬼滅の刃』はどちらかと言うとそもそも地味で暗い話なので、人気がないわけではないけれど、当初はすごい話題作というほどではなかった。しかしアニメ化されたことで人気に火がつき、コミックも大ヒットし、映画『鬼滅の刃 無限列車編』は国内の観客動員数記録を塗り替えている。こういう流れだと理解しています。
しかしアニメ化のクオリティが高かったというだけでは、この作品が国民的大ヒットになった理由は説明しきれません。
僕は、ある書籍で少年ジャンプの元編集の方の話を読んだことがあります。その方によると、マンガが売れる要素には2つあるのだそうです。
1つはストーリーが面白いこと。これは言うまでもないですよね。
そしてもう1つ重要で見過ごされがちなのが、「さまざまな登場人物が魅力的で、キャラが立っており、感情移入できること」です。「キャラクターそのものの性格」の作り込みが重要なのです。個性がバラバラなキャラクターがいて、それぞれがそれぞれの魅力を持っていて、その人たちに共感できることだと言います。
僕自身はマンガファンとして、この「ストーリーの面白さ」と「キャラの魅力」で言うと、特に前者はいつも重視します。例えば、大どんでん返しがあるとか、伏線を張り巡らせてそれを回収していくような話が僕は好きです。
それがものすごくよくできているマンガは、今なら『進撃の巨人』ですね。とにかくストーリーがおそろしく綿密に構成されている。『進撃の巨人』の作者の諌山創先生と『HUNTER×HUNTER』の冨樫義博先生は、日本のマンガ史上最高のストーリーの天才だと思います。
とはいえ『進撃の巨人』は諌山先生のデビュー作なので、最初のうちはストーリーは面白くても、「キャラの魅力」は弱かった印象です。しかし連載を続けてマンガがこなれていくうちに、諌山先生もだんだんキャラの個性がうまく出せるようになって、「ストーリー」×「キャラの魅力」の掛け算で、爆発的なヒットになったのだと思います。
国民的大ヒットとなった『鬼滅の刃』。コミックスはシリーズ累計発行部数が1億2000万部(電子版含む)を突破した。
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それに比べると『鬼滅の刃』の魅力は、ストーリーの良さも当然あるけれど、その良さの真髄はキャラクターの方にあると僕は分析しています。作者の吾峠呼世晴(ごとうげ・こよはる)先生は、それぞれのキャラクターの個性や魅力を表現するのが、抜群にうまい。
例えば、このマンガの主人公の竈門炭次郎(かまど・たんじろう)は底抜けに善良なのに対して、敵の親玉である鬼舞辻無惨(きぶつじ・むざん)は、「こんなに嫌な敵役は久しぶりに見た」というくらい憎々しい。やっぱり悪役が憎たらしくないと、戦って倒す甲斐がありませんからね。
他にも個性際立つ登場人物が多数登場して、大暴れするのがこの作品の魅力のひとつになっています。
新しいアイデアは新しい言葉とともに生まれる
それともうひとつ、『鬼滅の刃』をこれほどのヒット作にせしめた理由は、実は作者の吾峠呼世晴先生の言葉のセンスの素晴らしさにあると僕は思っています。
例えば、第1話で主人公の竃門炭治郎は、鬼となった妹を冨岡義勇(とみおか・ぎゆう)という「鬼狩り」に殺されそうになる。そのとき炭治郎はまだ弱かったので、彼に頭を下げて命乞いをします。そこで冨岡義勇が放つセリフが、「生殺与奪の権を他人に握らせるな!」。
どうです、カッコいいでしょう。このセリフはいまや巷で流行語になっているほどです。
その通り。マンガでもビジネスでも、言葉の力を理解することは非常に重要です。この連載の前回で、僕は野中郁次郎先生の知識創造理論を前提に置いて「大事なのは『共感性』だ」と言いました。そして、人を共感させるには「何を話すか」、すなわち言葉の選び方が大事なのです。前回お話ししたように同じ空間で五感を使うことも重要だけれど、やはりそれにも増して言葉がモノを言うんですよね。
そしてもうひとつ重要なのは、「まだこの世にない、新しい言葉を生み出すこと」です。これは特に、この連載でもよくお話しするイノベーションの創出に不可欠なことです。
イノベーションが起きたり、新しいことを始めたり、新しいアイデアを生み出すときには、絶対に「新しい言葉」が生まれる必要がある。なにしろ、これまで世の中になかったものを生むわけですから、当然それを表す言葉もありません。だから新しく出てきたテクノロジーには、全部新しい言葉がついているでしょう。最近なら「クラウド」しかり、「SaaS」しかり。
すごく僭越なことを言うと、僕は新しい言葉をつくるのが得意な方だと思います。例えば僕がつくって世間に広まった言葉に、「両利きの経営」というものがあります。
いま儲かっている本業だけに集中するのではなく、一方で将来の儲けにつながる事業も探さなければいけない。この考え方を、「使いやすい利き手ばかりでなく、もう片方の手も使おうよ」という意味を込めて名付けました。
正確に言うと、もともとこれに該当する概念としてはAmbidexterityという英語の学術用語があるのですが、それではなかなか伝わらないので、あえて「両利きの経営」という訳語を新しくつくって当てたわけです。言わんとすることを一言に凝縮したことで、これだけ多くの方の間に広まったのだと思います。
僕が新しい言葉をつくるときに心がけているのは3つです。
1つは、分かりやすいこと。
2つ目はちょっとザラッとした引っかかりがあること。つまり今まで聞いたことがないような言葉であること。
そして3つ目は、イメージが湧くこと。
この3つ目は、実は経営学でもすでに多くの研究があります。人は、イメージが湧く言葉を使った方が印象に残りやすいのです。例えば「頑張れ」と言うよりも、「汗をかけ」と言ったほうがいい。「頑張れ」というとただの概念だけれど、「汗をかけ」と言えばその人が本当に汗をかいている情景が目に浮かぶでしょう。
あるいは、「その根底にある」と言うよりは、「根っこにある」と言ったほうがいい。木の根っこのイメージが浮かびますよね。そのほうが脳内で映像化されて、記憶に残りやすくなります。
実際、優秀な経営者は皆さん、とにかくたとえがうまい印象です。なかでも日本で群を抜いているのは、孫正義さんでしょう。「船が旅立った」みたいな言い方をされるんですよね。
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
そしてもうひとりの言葉の天才が、日本電産の永守重信さんだと思います。例えば「会社のいろいろな業務を細分化して、それぞれを管理する」という方針を、「千切り経営」と一言でおっしゃったりします。イメージが湧きますよね。
さらには「売り上げが減ったからコストをカットする」というように、バランスをとる経営を「家計簿経営」というネーミングで呼んでいる。「今月は残業手当が少なかったから、ビールじゃなくて発泡酒にしておこう」といったイメージですね。分かりやすくて、「どういう意味だろう」と興味を惹かれるし、何よりイメージが湧く。
特にこれからのデジタルの時代は、リモートになればなるほど雰囲気や存在感で伝わらないことが増えてきます。だからこそ、言葉で伝える力が重要になってくる。
こういう時代ですから、皆さんもぜひ「全集中」で、イメージの湧く言葉を紡ぎ出してほしいと思います。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集:常盤亜由子、音声編集:イー・サムソン)
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この連載について
企業やビジネスパーソンが抱える課題の論点を、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にして整理します。不確実性高まる今の時代、「正解がない」中でも意思決定するための拠りどころとなる「思考の軸」を、あなたも一緒に磨いてみませんか? 参考図書は入山先生のベストセラー『世界標準の経営理論』。ただしこの本を手にしなくても、この連載は気軽に読めるようになっています。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。