「ショートスリーパー」は体に悪い? “眠り研究”の第一人者に聞く、睡眠の最前線

眠り

良い眠りってどんな眠り?

enata Apanaviciene/Shutterstock.com

新型コロナウイルスの感染拡大により、不安やストレスで睡眠の質の悪化を感じる人が増えている。

「ウーマンウェルネス研究会」が2020年9月に発表した調査によると、首都圏在住の20~50代男女のうち約6割の人(調査数:882人)が、「眠りが浅い」「夜中に何度も起きる」などと睡眠の質の悪さを訴えていたという。

2018年に報告されたOECDの調査でも、日本人の平均睡眠時間(15歳〜64歳)は加盟国中最も短い442分(7時間21分)だった。もともと日本人の睡眠時間が短かった中で、コロナがさらに睡眠の質を悪化させている状況と言える。

柳沢先生

柳沢正史教授。睡眠研究の第一人者のひとり。

提供:筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構

睡眠不足は、健康や生産性に直結する重要な問題だ。規則正しい生活をして、十分な睡眠をとることが一番とは分かっていても、それができないからこそ、短い時間でできる限り質の良い睡眠をとりたいと思う人は多いはず。

そもそも、「良い眠り」とはどういった眠りなのだろう。質の良い睡眠をとるためには、どうすれば良いのだろうか。

睡眠研究の第一人者である、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の柳沢正史機構長に、睡眠の良し悪し、そして、最先端の睡眠研究で分かってきた眠気の鍵について、話を伺った。

眠りの良し悪しを左右する「睡眠サイクル」

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睡眠の質の良し悪しを判断する基準の一つは睡眠のサイクルである。

Ivan Kruk/Shutterstock

よく「良い睡眠が取れていると目覚めがすっきりする」などと言われるが、柳沢教授は、

「すっきりと起きられたかどうかはあくまで主観的な感覚なので、それだけで良い睡眠が取れたかどうかを評価するのは難しいです」

と話す。

柳沢教授によると、客観的に睡眠の質の良し悪しを判断する基準のひとつは、「睡眠のサイクル」だという。

私たちが眠っている間、脳はいわゆる「レム睡眠」や「ノンレム睡眠」といった状態を行き来している。レム睡眠中は、眠っている最中であるにもかかわらず、大脳皮質(思考などに関係した脳の部位)の状態は覚醒している時と近い。

「レム」とは「急速眼球運動(Rapid Eye Movement)」の略で、レム睡眠中は睡眠中にもかかわらず眼球が小刻みに動く現象を伴う。また、レム睡眠中の心拍数や血圧は、ノンレム睡眠時よりも高くなり、変動も大きくなる。

人は眠る時には、まずノンレム睡眠状態となり、それが60分前後続く。その後、レム睡眠へと移行し、ふたたびノンレム睡眠状態になる。このノンレム睡眠とレム睡眠のセットがいわゆる「睡眠サイクル」で、おおむね90分程度で1サイクルとなる。

もし正常な睡眠ができているなら、1晩の間に睡眠サイクルは4~6回繰り返される。

良い睡眠をとる「裏技」は無い?

寝ている人

睡眠の質確保には、十分な睡眠時間と、規則正しい就寝起床時刻、寝室の環境作りが必要である。

polkadot_photo/Shutterstock

ノンレム睡眠は脳波の状態によって、さらに3つのステージに分類される。

眠りについた直後は、ノンレム睡眠でも比較的眠りの浅いステージ1。その後、ノンレム睡眠のステージは2から3と段階的に深くなっていく。

そして、しばらくノンレム睡眠が続いた後、レム睡眠へと移行する。

ただし、レム睡眠とノンレム睡眠は規則正しく繰り返されるわけではなく、ステージが飛ばされたり、特定のステージの時間が長くなったり短くなったりすることもある。

一般に、若く健康な人なら、入眠直後はノンレム睡眠のステージ3の時間が長い。そして、起床時間に近づくと、ノンレム睡眠が浅くまた時間が短くなる一方で、レム睡眠の時間が長くなっていく。

「良い眠り」とは、このサイクルが安定して出現しており、なおかつ中途覚醒がなく、ノンレム睡眠のステージ3とレム睡眠の両者の時間が十分にとれている状態だ。

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Shutterstock/Ned Snowman

また、これまでの研究によって、ノンレム睡眠のステージ3の状態で目覚めると不快に感じやすく、レム睡眠かノンレム睡眠のステージ1か2の最中に目覚めると気持ちよく起きられることがわかっている。

ただし、「気持ちよく起きられた」からといって上記のような「良い睡眠を取れた」とは限らない。気持ち良く起床したとしても、絶対的な睡眠時間が足りなかったり、睡眠サイクルが乱れたりしていれば睡眠の質は悪いままかも知れない。

当たり前に聞こえるが、睡眠の質を確保するためには、まず十分な就眠時間を確保し、週末・休日も含めて規則正しい就寝起床時刻を守り、寝室の環境を整えることが必要だ。

なお、レム睡眠は浅い睡眠であり、ノンレム睡眠は深い睡眠であると勘違いされがちだが、この2つの状態は、脳波に表われる大脳の状態の違いであり、眠りの深さにさほど違いはない。

レム睡眠中の人を起こすのに必要な刺激の強さは、ノンレム睡眠の最も深い段階(ステージ3)にある人と同程度であることも多い。

「眠気の正体」を探る

ししおどし

眠気、睡眠、覚醒はししおどしに例えられる。

Concealed Resonances/Shutterstock.com

いかに良い眠りを取ろうと思っても、なかなか「眠気」が起きずに、結局夜遅くまで起きてしまうという人も多いだろう。実は、柳沢教授らが行っているのが、この「眠気」の正体を探る研究である。

柳沢教授は、眠気と睡眠・覚醒にいたるしくみを「ししおどし」に例えて説明する。

「覚醒している間はししおどしの口が上をむいている状態で、そこに水(眠気)がどんどんたまっていきます。そして、十分に水(眠気)がたまると、ししおどしがカタッと傾いて睡眠が始まります。そして時間が経つと眠気が解消されていき、ししおどしが元の位置に戻って覚醒するのです」(柳沢教授)

では、ししおどしにたまる水(眠気)とは何なのだろうか。実は2018年、柳沢教授らはその正体として有力な脳内現象を発見している。

マウスを使った実験によって、起床している時間が長くなると、脳内の複数のタンパク質で「リン酸化」という変化が進んでいくことが分かったのだ。リン酸化するタンパク質は約80種。特に、その中の69種類は、脳の神経細胞同士で情報伝達を行う「シナプス」と呼ばれる部位に集中していた。

柳沢教授らは、このリン酸化するタンパク質を「スニップス」と命名。さらに、スニップスのリン酸化は、睡眠によって解消されることも確認した。

つまり、スニップスのリン酸化が、ししおどしにたまった水(眠気)であると考えると、辻褄が合うというわけだ。

現在、柳沢教授は、ししおどしの水(眠気)がたまる(スニップスのリン酸化が進む)仕組みと、睡眠異常を引き起こす遺伝子の関わりをさらに詳しく解き明かそうとしているところだ。

「睡眠と覚醒のスイッチに関する研究は世界中で進んでいますが、それだけでは睡眠の問題は解決できません。睡眠のメカニズムを明らかにするには、ししおどしの水がどのようにたまっていくのかを調べることが必要です」(柳沢教授)

睡眠の原因メカニズムが明らかになれば、遠い未来では人類は眠気を自由に制御できるようになるかもしれない。


知っておきたい、眠りの基本

机で寝ている人

睡眠に関する基本を知ることは、気持ちの良い昼寝にも繋がる。

Lek_charoen/Shutterstock

いかにして良い睡眠をとるか。眠気とどう戦うか。眠気を覚ますにはどうすればよいのか。

眠りにまつわる素朴な疑問を、柳沢教授に聞いた。

—— 短時間で質の良い睡眠をとることは可能でしょうか

柳沢正史教授(以下、柳沢):残念ながらそれは不可能です。若い人の睡眠サイクルだと、最初の90分でノンレム睡眠のステージ3まで到達できますが、それだけではレム睡眠が不足します。

2020年には、アメリカのスタンフォード大学などから、アメリカの65歳以上の中高年男性約4000人を対象に12年間の追跡調査をした研究が発表されました。この研究では、レム睡眠の少ない人は、寿命が短くなる傾向があったといいます。レム睡眠が適正な睡眠時間から5%減る毎に死亡率が13%高くなり、レム睡眠が15%未満になると、15%以上の人と比較して死亡率が1.2~1.35倍になることもわかっています。

このように、レム睡眠が不足し続けると、健康によくありません。やはり7時間程度は睡眠をとり、目覚める前にレム睡眠をしっかりととることが健康を維持するために必要です。

—— ショートスリーパーはなぜ短時間睡眠でも大丈夫なのでしょうか? 健康には問題ないのですか?

柳沢:睡眠時間がおよそ5時間以下の日が続いても、眠気などの自覚症状がなく、健康上の問題もない人を、ショートスリーパーといいます。しかし、真のショートスリーパーはおそらく数百人に1人しかおらず、ショートスリーパーかどうかは遺伝子によって決まると考えられています。訓練でショートスリーパーになれると主張する人がいますが、科学的根拠はありません。今5~6時間の睡眠で過ごしている「自称ショートスリーパー」のほとんどは、慢性的な睡眠不足だといえます。

—— 昼寝は仕事の効率を上げると聞きますが、本当ですか?

柳沢:昼休みに15~20分程度仮眠するだけで眠気が解消された経験のある人は多いかもしれません。この「15~20分」という数字には、実は根拠があります。

人が入眠すると、まずノンレム睡眠のステージ1に入り、その次にステージ2に進みます。このステージ2に到達するまでの時間が、実は入眠してから15~20分後なのです。ここまで眠りが深くなると、眠気の解消がある程度進むため、この段階で起きるとすっきりと起きられるといいます。

ただし、入眠が始まってから30分以上たつと、さらに深い眠りであるノンレム睡眠のステージ3に入ってしまいます。この状態で無理に起きようとすると不快な状態で目覚めたり、もっと眠りたくなったりしてしまいます。ですから、30分以上の昼寝はかえって逆効果なので注意しましょう。

—— ノンレム睡眠でも夢を見るって本当ですか?

柳沢:一般に、夢はレム睡眠のときに見るといわれていますが、ノンレム睡眠でも夢を見ることがわかっています。

レム睡眠中、ノンレム睡眠中の人を起こして、直前まで見ていた夢を聴き取る多くの研究が行われてきました。レム睡眠中には、情景のはっきりとした喜怒哀楽を伴う夢を見るケースが多いです。一方、ノンレム睡眠中には、情景もストーリーもはっきりしない、抽象的な夢を見ることがわかっています。

(睡眠にまつわる素朴な疑問の続きは、後日公開予定)

(文・今井明子、編集・三ツ村崇志

※編集部より:一部写真を差し替えました。(2020年12月10日 16:20)

ショートスリーパーに関する表現を改めました。(2020年12月10日 18:30)

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