年収1200万円以上の児童手当廃止は「働き損の子育て罰」。キャリア断念、産み控え、仮面離婚考えた夫婦も

政府は年収1200万円以上の世帯への児童手当を廃止することで、全世代型社会保障検討会議の最終報告をまとめた。

支給の所得制限の算定基準を「夫婦のうち所得が高い方」から「夫婦合算」にする案は今回は見送られたものの、「引き続き検討する」という(14日の全世代型社会保障検討会議より)。

子育て世帯からは今回の決定に、「働き損の子育て罰だ」「離婚した方が得」「そもそも子どものための手当に親の所得で差をつけるのはおかしい」など、批判の声が上がっている。

児童手当縮小検討の報道がなされて以降、妻側がキャリアを断念する、2人目以降を諦める、仮面離婚を考えるなど、少なからぬ夫婦が振り回されている。今回は支給廃止の対象にならなかった夫婦にも、政治不信という禍根を残す結果となった。

医療従事者の退職に拍車をかける政策

看護師

コロナ禍の児童手当の削減に「心が折れた」と語り、退職を考える医療従事者がいる(写真はイメージです)。

GettyImages / Trevor Williams

新型コロナウイルスの流行が長期化し、過酷な労働環境や周囲からの差別に疲弊して退職する看護師らが相次いでいる。そんな現状に追い打ちをかけるかのように、児童手当縮小を政府が検討していると知り、退職を考えたのがAさん(女性・40代)だ。

関東地方で看護師として働き、数年前に管理職に昇進。担当する病棟の主任として、子育てをしながら夜勤も管理職業務も必死でこなしてきたという。

夫は自営業で、世帯年収は約1100万円。家族は小学生の子ども2人に加え、今月末には3人目の出産も控えており、産休に入ったばかりだった。

「児童手当をあてにできなくなるかもしれないなんて、考えたこともなかった。怒りで一晩眠れませんでした。

歯を食いしばって仕事と子育てを両立させ、管理職にもなったのに、働けば働くほど損をする制度なら、時短勤務にするか、いっそ仕事を辞めようかと正直、悩んでいます。

収入だけを考えると働き続けた方がいいのですが、コロナの中、私たち医療従事者が自分や家族を犠牲にして働いているタイミングでこうした検討がされることに、気持ちの方が折れてしまいそうです。

職場でも正社員からパートや時短勤務に変更したり、退職を考える看護師や病院スタッフが出てきています病院の人手不足に拍車をかけかねない政策だという認識を持って欲しいです」(Aさん)

児童手当の特例給付の使い道は

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首相官邸HPの意見募集欄。Aさんは子どもを産んでも恩恵を受けられないのであれば、制度の意味がなく、医療従事者の人手不足にもつながる懸念を訴えた。

出典:首相官邸HP

子ども1人につき3歳まで月1万5000円、それ以降は月1万円を支給される児童手当は全て、大学進学費用に貯金してきた。加えて、働き続けるため、夜勤時には実家に子どもを預けるお礼として、両親に毎月5万円ほど支払っている。

「収入の分、税金も取られますし、決してラクな暮らしではありません。

麻生(財務相)さんは新型コロナウイルス対策で一律10万円を国民に支給した『特別定額給付金』の多くが貯金に回ったと不満そうでしたが、なぜ私たちが貯金するのか考えて欲しい。

子どもの将来が不安だからです。支援が足りていないからです。

児童手当がどうなるか心配で、毎日ネットで検索していました。どうしてこんなに政策に人生を振り回されないといけないんでしょうか」(Aさん)

Aさんは首相官邸にも「人生初」の抗議のメールを送ったという。

特例給付受けられなくなる子ども約61万人

子ども

児童手当の特例給付を受けられなくなる子どもは約61万人にのぼる(写真はイメージです)。

GettyImages / d76 masahiro ikeda

児童手当は子どもの人数と世帯の所得で給付金額が異なる。例えば、一定の所得に満たず3歳未満の児童を1人扶養している場合は月額1万5000円、3歳以上だと原則1万円が受け取れる。

一方で、一定以上の所得がある世帯が児童1人あたり一律月5000円を受け取る制度が「特例給付」だ。支給額は世帯で最も稼ぎが多い人の収入で決まり、夫婦どちらかの収入が960万円(所得736万円)以上、子ども2人の場合などがこれに該当する。

しかし今回の最終報告を受け、2022年10月以降、夫婦どちらかの収入が年収1200万円以上の場合、児童手当は廃止されることになった。該当する子どもは全体の4%で、約61万人。浮いた年間約370億円の財源は、待機児童解消にあてるという。

年収1000万円でも家族3人は苦しい

マンション

「年収1000万円あっても、子育てすると家計は苦しい」「不安だ」と話す人は多い(写真はイメージです)。

GettyImages / ZhangXun

Business Insider Japanでは今回の児童手当の縮小について、特例給付を受け取っている母親らの8割が否定的というアンケート結果を報じた(「児童手当の減額・廃止に母親8割が否定的。『2人目以降希望しない』『働くのをやめる』の声も」)。

児童手当の縮小が検討されているという報道以降、多くの夫婦がライフプラン、キャリアプランを変更せざるを得ないと苦悩していた。特に給付の算定基準が「夫婦合算」になる可能性もあったことから、共働き夫婦のそれは深刻だった。

今秋、第1子を出産したばかりのBさん(女性・30代)は、第2子、第3子も……と考えていたが、児童手当縮小の報道に接し、計画が狂ったという。

Bさんは関西地方のIT企業で働く会社員。夫は金融業で営業職をしており、いわゆる「転勤族」だ。世帯年収は約1200万円。前出の記事に対し、「年収1000万円以上あれば子育ては余裕があるはず」という反響もあったが、Bさんは

「娯楽を削っても貯金はほとんどできません。家計は苦しいです」

と話す。

妊活支援よりも継続的な子育て支援を

ベビーカー

今回の取材対象者には不妊治療の経験者も多い。不妊治療への助成も必要だが、継続的な支援も必要だと皆口を揃えて語った(写真はイメージです)。

GettyImages / d3sign

Bさん夫婦は結婚式の後まもなく、Bさんに子宮頸がんの前段階である症状が見つかり、不妊治療を開始。人工授精によって1年間ほどで妊娠できたが、結婚式、不妊治療、出産と出費がかさみ、貯金を切り崩すような状態だったという。

転勤族で、都会の人口密集地域で暮らすことが多いんです。家賃も物価も高く、とにかく生活費がかかります。今も家族3人で1LDKに住んでいて、余裕は全くありません。

児童手当縮小検討の報道はショックが大きかった。子どもは3人欲しいと思っていましたが、2人が限界だろうと夫と話しています。もしまた政策が変更になって、児童手当がもらえないことになったらと思うと、怖いからです。

不妊治療の保険適用などは、私自身もお金がかかることを実感したので、良い政策だと思います。でも子育てはそれ以上に、継続的にお金がかかる。少子化対策というなら、そこをもっと考えて欲しい」(Bさん)

子育て自己責任論の圧力、「仮面離婚」すら考えた

妊婦

今回の見直しが、出産を控えた妊婦に与えたプレッシャーは計り知れない(写真はイメージです)。

GettyImages / Kohei Hara

児童手当縮小検討の報道を受け、すぐにファイナンシャル・プランナー(FP)に相談した人もいる。東京都でフリーランスとして働くCさん(女性、30代)だ。

商社で働く夫と、保育園に通う2人の子ども、そして第3子を妊娠中。世帯年収は約1100万円。児童手当は全て子どもの口座に貯金して、将来の学費にと備えてきた。他に学資保険にも入っている。

「児童手当が減額になったり、支給されなくなったりした場合に、減った分をどうするか相談しました。FPとは『つみたてNISA』のような小口投資をしたり、今よりさらに節約して貯金するしかないという結論に。

夫婦では真剣に『仮面離婚』をしようかという話にまでなりました。

私はフリーランスで収入にはバラつきがあり、育児休業給付金もない。夫が育休を取るので夫の収入も減るし、私は無給だし、そんな時にさらに児童手当を縮小を検討していると聞き、国も企業も誰も助けてくれないのかと絶望しました。

子どもを3人産むって、今の日本の少子化の現状を考えるともっと支援があっても良いと思うんです。なんでこんなに追い詰められないといけないんでしょうか」(Cさん)

「東京で子育てをしていて、年収1000万円でラクだと思う瞬間はない」と話すCさん。「お金の心配さえなければ、子どもは4人でも5人でも欲しい」という。

しかし、“子どもを産んだら育てるのは自己責任”という社会の風潮を怖く感じることもある。

コロナ禍で妊娠したため、感染リスクを考え保育園の送り迎えは夫に頼みたかったが、夫の会社はテレワークを認めなかった。そのことへの不満や子育ての金銭的な不安をネット上の相談サイトに書き込んだところ、「そんなにカツカツなのになぜ子どもを産むのか?」という批判ばかりが返ってきたという。

「制度に反対したり、それを変えようとする人に冷たい社会だと感じます。そもそも経済的余裕がないと子どもを産んではいけないんでしょうか? 子育てを個人や家庭に丸投げしないで欲しい。国のサポートがしっかりとあった上で、個人が安心して子どもを産める社会であるべきです」(Cさん)

「残業代で補う」「夫の扶養に入る」の悲鳴

通勤女性

児童手当の所得制限が、女性たちのキャリア形成に大きな影を落としている(写真はイメージです)。

GettyImages / d3sign

他にもこんな意見があった。

「子育てに加え、親の介護も始まりダブルケア状態だったが、自身も体調を崩してしまい今はトリプルケアに。児童手当が減った分は、残業代で補うしかない。あとは節約。個人消費も冷え込むし、何のメリットもない政策だと思う」(40代、女性、東京都在住)

夫の扶養内の103万円に収まるよう、仕事をセーブする」(30代、女性、東京都在住)

二転三転した今回の政策合意過程に、キャリアプランすら立てられないと嘆く人もいる。

Dさん(女性、30代)は正社員から派遣社員に働き方を変えたばかり。子ども2人の子育てにもっと時間を使いたいという理由からだったが、あと2〜3年子育て中心の生活をし、子どもたちが小学生になったらフルタイムで復帰しようと考えていた。会社員の夫と合わせた世帯年収は約1100万円だ。

「住宅ローンもあるし、今後児童手当が減らされる可能性があるなら、もう少し早くフルタイム勤務に戻した方がいいのか、手当がもらえる範囲内で働き続ける方がいいのか……。収入をセーブしたとしても、また政策が変わりそうで、キャリアプランが立てられません。

仕事を頑張るのはキャリアにプラスになると信じているから。でもそのせいで子どものための支給を減らされるのなら、この頑張りは無駄なんじゃないかという葛藤があります。

児童手当を所得で線引きすることが女性のキャリアに影響があると、政府の人は思ってもいないんでしょうね」(Dさん)

児童手当は誰のため?子どもに平等な社会を

子ども

子どもの福祉の観点からも、親の所得で児童手当に制限をつけるのは間違っているという声は多かった(写真はイメージです)。

GettyImages / recep-bg

Dさんは「そもそも子ども児童手当は子どものためのもの。親の収入に関係なく、平等にして欲しい」と訴える。

同様の意見は他にも複数あった。中部地方に住む男性(40代、妻と子ども2人の4人家族)は言う。

児童手当は所得制限なく、すべての子どもに全額支給すべきです。それを削るのは、『子育て罰』としか言いようがありません。

高所得家庭の子どもを増やす意欲を削ぐのは間違いない上に、今回、削減される所得層は、高等教育無償化(給付型奨学金や授業料減免)も対象外となる可能性が高い。頑張って収入を増やした結果がこれでは、『働き損』です」

待機児童対策への不満で深まる分断

子育て

今後の政策に注視が必要だ(写真はイメージです)。

GettyImages / Yoshiyoshi Hirokawa

政府・与党は児童手当を削減し、待機児童解消にあてると説明しているが、そのことへの不満の声も多く聞こえてきた。

「地方には待機児童がいないので、不公平感がある」(Aさん)

「子育て支援の総額を増やさないと少子化は解決しないと思う。子育て世帯の間でパイを奪い合うような政策は、分断を煽るだけ」(Cさん)

「子どもと一緒にいるため、育休を延長してあえて保育園に落ちる人もいる(「保育園落ちてもいい」親たち。待機児童の一方で「不承諾通知」歓迎と内定辞退続出の訳」)と聞くし、待機児童=本当に困っている人・子どもの数なのかどうかも疑問が残る」(Bさん)

子育て世帯で財源を奪い合い分断を産むのはもちろん、子どもをあきらめ、個人消費も冷え込み、女性が仕事をセーブするなど、経済的なデメリットも多い。

児童手当削減にはその金額以上の意味があったと、政府が、社会が痛感することになるのは、そう遠い未来ではないだろう。


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(文・竹下郁子

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