1日の1/3を占める睡眠について、どれくらい理解していますか?
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健康な人の睡眠時間が1日7〜8時間程度だと考えると、私たちは日々の生活の約3分の1を眠って過ごしていることになる。睡眠との上手な付き合い方は、日常生活を快適に過ごすために欠かせないスキルだ。
日々の睡眠は、私たちの生活にどんな影響を与えているのか。睡眠にまつわる様々な疑問を、筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の柳沢正史機構長に尋ねた。
「睡眠負債」がたまると、糖尿病やうつなどになりやすくなる
—— 人は眠らないとどうなってしまうのでしょうか?
柳沢正史教授(以下、柳沢):人が眠らなければならない理由はよくわかっていませんが、少なくとも、眠らないといつかは死んでしまうと考えられます。もちろん人間で実験した結果はありませんが、ラットの場合は2~4週間程度の断眠で、すべての個体が死に至ったという結果があります。
1964年には、アメリカの高校生・ランディ・ガードナーが264時間の断眠に挑戦しました。
このときは、断眠2日目で目の焦点が定まらなくなり、4日目で幻覚が見えて記憶が欠落、7日目にはろれつがまわらなくなりました。さらに、8日目には発音が不明瞭になって、9日目になると文章が最後まで話せなくなったといいます。また、指や眼球が震えるようになったそうです。
ここまで極端ではなくても、慢性的に睡眠時間が短いと「睡眠負債」(※)がたまり、体調に異常をきたすことがあります。たとえば、睡眠負債がたまり過ぎると、将来的に肥満や糖尿病、高血圧を引き起こし、うつ病、がんや認知症にもなりやすくなると考えられています。
※睡眠負債:睡眠不足が慢性化した状態。借金のように積み重なり、心身に悪影響を及ぼす恐れがある。スタンフォード大学のウィリアム・デメント博士に提唱された考え方
柳沢正史機構長
提供:筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構
—— 睡眠不足になると太るのは本当ですか?
柳沢:世界各地で行われた多くの研究により、睡眠不足は肥満を招くことが分かっています。
原因のひとつは、運動不足です。睡眠が不足していると昼間の活動量が減りがちとなります。これが太りやすさにつながります。
そしてもうひとつの原因は、ホルモンの変化です。
睡眠不足になると食欲を増加させるホルモンの分泌量が増える一方、食欲を抑えるホルモンが減ってしまいます。その結果食べる量が増え、太りやすくなると考えられています。
—— 寝すぎは体に良くないというのは本当ですか?
柳沢:睡眠と健康は「Jカーブ」と呼ばれる関係にあり、短すぎても長すぎても体に悪いと考えられています。人によって最適な睡眠時間に差はありますが、大体7時間程度が適切だと考えられています。
ただ、寝すぎが身体に悪いという話は、睡眠不足で体調が悪くなる場合とは理由が違います。
「寝すぎ」には、大きく分けて2つのケースが考えられます。
ひとつめのケースは昼間にたくさん寝ないとやっていけない場合です。
このケースで多いのは、「睡眠時無呼吸症候群」です。
睡眠時無呼吸症候群を患っていると、睡眠中にたびたび息が止まるため、そのたびに覚醒して呼吸しようとしてしまいます。重症になると、本人が覚えているかは別として、睡眠時に1分に1回程度覚醒していることもあります。
こうなると、たとえ10時間寝たとしても、眠りの質が悪く、常に眠い状態が続きます。
また、睡眠時無呼吸症候群の患者は、脳卒中などのリスクが高く、寿命も短い傾向にあります。
もうひとつ寝すぎる状況は、意図的に「寝だめ」した場合です。
たとえば平日の睡眠時間が短い人が、その分を取り戻そうと休日に昼頃まで寝ているという話をよく聞きます。ただし、このような寝方をしてしまうと、起きたときに頭が重く、しっかり寝たはずなのに体がだるくてまだ眠かったりするものです。
これは、睡眠時間が長いことが悪影響を及ぼしているというより、長時間睡眠によって「眠りに落ちた時刻」と「朝起きた時刻」の中間時刻(睡眠中央時刻)がずれてしまうため、結果的に時差ボケのような状態になっていると考えられます。
就寝のための寝酒は、夜に覚醒を引き起こしてしまう。
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—— 寝る前に飲んだり食べたりしない方が良いものはあるのでしょうか?
柳沢:カフェインとアルコールは寝る前にはとらないでください。
カフェインにはよく知られている通り覚醒作用があるため、眠りが浅くなります。
個人差はあるものの、カフェインが代謝されるまでには4~5時間かかります。夜の12時に寝るなら、18時~19時以降にはカフェインをとらないほうが良いでしょう。ディナーのフルコースの最後にコーヒーを飲むことは、快眠という観点からすると好ましくないのです。
アルコールは、大量に飲むと催眠作用があります。
ただ、アルコールが体内で代謝されてできる「アセトアルデヒド」には覚醒作用があります。だから、深酒をして寝ると、2~3時間後にはその効果で目が覚めてしまいます。夕食に少しお酒を飲む分にはまだよいのですが、毎日寝つきをよくするためにと寝る直前に「寝酒」を飲む習慣があるような人は、返って健やかな眠りを妨げてしまっているのです。
—— 悪夢を見ない方法はありますか?
柳沢:残念ながら、夢の内容を制御することは難しいでしょう。ただ、最近の研究で、悪夢自体はそう悪いものではない可能性が指摘されています。
心理学の研究で、悪夢を見ることで、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の患者の症状が改善される可能性があることが分かったのです。まだ仮説の段階ですが、どうやら悪夢によってストレスフルな状況が睡眠中に「予行演習」されることで、起きている間に起こるストレスに強くなっているのではないかといいます。
確かに悪夢を見るのは嫌なものですが、もしかしたら私たちは、悪夢によって日常のストレスから守られているのかもしれません。
寝相の悪さではなく、夢の中での行動が現実に現れるのが危険信号。
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—— 寝相が悪いのですが、何か悪い影響はありますか?
柳沢:通常、寝相の悪さが何かの病気のサインになることはないので、安心してください。
ただし、注意が必要なケースはあります。それは、たとえば何かと戦っている夢を見ているときに、体がキックやパンチをするような、夢の中での行動が現実に現れてしまうケースです。これは、単に寝相が悪い場合とは異なります。
本来、夢を見ているレム睡眠の間は骨格筋が緩んで動かないはずです。それにも関わらず、夢に対応して身体が動いてしまっている場合、RBD(レム睡眠行動障害)の可能性があります。RBDはレビー小体型と呼ばれるタイプの認知症やパーキンソン病の前駆症状として現れるとされています。
RBDは、薬で症状を軽減できます。そのほかにも、ケガをしないように寝室の環境を整えたり、症状が悪化する可能性のある飲酒を避けたり、専門医と相談しながらストレスを解消することも有効でしょう。
ただし、認知症やパーキンソン病の初期症状だった場合、現段階ではそれらの病気の進行を防ぐことは難しいとされています。
—— 年を取ると早寝早起きになったり、睡眠時間が少なくなったりするのはなぜ?
柳沢:睡眠も加齢で変化していくことは知られていますが、老化のメカニズムが明らかになっていないのと同じで、なぜ加齢に伴って睡眠のサイクルが変わっていくのかは分かっていません。恐らく老化に関する遺伝子の働きで起こっていることだと考えられますが、詳しくはわからないのです。
加齢に伴って、早起きになる等睡眠サイクルが変わる理由は解明されていない。
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—— 男性と女性とで必要な睡眠時間に違いはあるのでしょうか?
柳沢:睡眠の性差についてはさまざまな研究がありますが、私の知る限り、睡眠の必要量に系統的な性差があるという話は聞いたことがありません。
赤ちゃんが夜中に泣いて起きたときに、女性はすぐに気がつく一方で、男性はなかなか気がつかないという話をよく聞きます。これは女性だから目覚めやすいという話ではなく、単純に男性が起きないだけだと思われます。
日本の女性の睡眠時間は、世界で一番短いというデータがあります。これも女性が睡眠不足に強いわけではなく、単に多くの女性に家事の負担などがのしかかり、睡眠時間を削らざるを得ないという社会的な側面が大きいのではないでしょうか。
—— ストレスは睡眠の質に何か関係しているのですか?
柳沢:大変なことが起こると、ストレスで何日も眠れなくなるということはありますが、それは病気というわけではなく、正常なストレス反応です。不眠は慢性的でなければさほど心配する必要はありません。
ただ、ストレスを感じると興奮して眠れなくなる、というだけの単純な話ではないとされています。ストレスによって普段よりも長く眠ってしまう人もいることから、ストレスの眠りへの影響は人それぞれです。
—— 1分程度ですぐに眠りに落ちてしまうのですが、大丈夫でしょうか?
柳沢:「いつでもすぐに眠れる」というのは健康的なイメージがありますが、実はそうではありません。
寝る準備をしてから実際に入眠するまでの時間は、十分な睡眠時間が取れている場合は15分程度だといわれています。もし、昼間でも寝る準備が整ってから8分以内に眠りに落ちてしまう場合は、睡眠負債がたまっているサインです。