クランチロールのiPhoneアプリ。各種プラットフォーム向けのアプリを用意している。
出典:Crunchyrol
12月9日(現地時間)、ソニーの子会社であるSony Pictures Entertainment(SPE、以下ソニー・ピクチャーズ)は、アメリカのAT&Tより、アニメ配信サービス「クランチロール」(Crunchyroll)を運営するEllation Holdingsの完全子会社化に合意した、と発表した。買収の主体となるのはソニー・ピクチャーズ傘下の米法人・Funimation Global Groupで、買収金額は11億7500万ドル(約1222億円)となる。
この夏からソニーがクランチロールを買収するのではないか、という観測は出ており、合意は秒読み段階と見られていたが、年をまたぐことなく決着した。
ソニーはなぜクランチロールを買収したのか? ネットフリックスとの関係性、キーになる企業も含めて、その背景を考察してみたい。
クランチロールとはどんな会社なのか
ソニーピクチャーズによる「クランチロール」買収のお知らせ。12月9日(現地時間)。
筆者撮影
クランチロールはアニメを中心とした映像配信事業者だ。創業は2006年。アメリカ・ヨーロッパを中心に200以上の国と地域で、広告ベースの無料配信と月額課金制の有料サービスの両方を展開している(日本国内ではサービスを展開していない)。
現時点での有料会員数は、ソニーのプレスリリースによると300万人以上。登録ユーザーは9000万人を超える。現在は自社での配信だけでなく、ワーナーメディア傘下の月額課金制映像配信サービス「HBO Max」にもコンテンツを提供している。
クランチロールが「異色」なのは、創業当時は、日本のアニメが観たい欧米のアニメファンが、違法に配信された日本の作品に勝手に英語などの字幕をつけた「ファンサブ」と呼ばれる動画を共有し、視聴する海賊版サービスだったことだ。しかしその後、2008年にテレビ東京と提携し、「正式に権利を取得して海外へとアニメを配信する」窓口に姿を変えていった。
クランチロールのオフィス所在地。サンフランシスコに本社をもち、日本も含めた世界7カ所にオフィスを持つ。
出典:Crunchyrol
現在は多くのアニメが、日本での放送後すぐに海外で視聴できるようになっているが、そうした配信形態の草分けとなったのがクランチロールだ。
多くの日本のアニメ会社と提携し、海外への配信を担当するだけでなく、アニメの製作委員会にも名を連ね、さらに2020年からはクランチロールの中で流すことを目的に、より主体的に製作に関わった「クランチロールオリジナル」も展開している。
ネットフリックスとも違う「ファン特化型ビジネス」
Business Insider Japan
前述のとおり、有料会員数は300万人と決して多いわけではない。けれども、他の映像配信と大きく異なるのは「アニメファンが圧倒的に多い」という点だ。
これは同じ「日本のアニメ」に着目していても、ネットフリックスなどとは方向性が違うやり方だ。ネットフリックスはアニメを有力コンテンツと捉え、「他国の今までアニメを見ていなかった人々にも広げること」で価値を高めようとしている。
一方クランチロールは、「ファンがいる場所に届けるサービス」に近い。
日本のアニメは世界中で見られているが、実のところ、ハリウッド映画のようにマスな存在にはなっていない。だが、日本のアニメやコミック、ゲームなどに代表されるカルチャーを、濃く・強く支持する人々が世界中にいる。そこにビジネスチャンスがあるのは間違いない。
クランチロールは最近、アニメだけではなく、東アジアのアイドルやカルチャーに関する番組の配信も手がけるようになった。「アニメやコミックを軸にした東アジアカルチャーに親和性が高い人々を惹きつける」ことを狙っているようだ。
一方で、AT&Tは傘下のワーナーメディアで、よりマスに向けたサービスを展開している。コンテンツ調達先としてのクランチロールは重要だが、そのビジネス規模自体にはそこまで興味がなく、合理化が検討されていた。
キープレイヤーになるのは「鬼滅」製作元のアニプレックス
買収の主体となったFunimation Global Groupは『鬼滅の刃』の企画・制作を担当したアニプレックスの子会社でもある。
撮影:大塚淳史
ではソニーはどうか?
今回買収の主体となったFunimation Global Groupは、ソニー・ピクチャーズの子会社だが、同時に、日本の「アニプレックス」の子会社でもある。アニプレックスはソニー・ミュージックエンタテインメントの子会社で、ソニーにおける日本のアニメ制作の拠点だ。
今なら「鬼滅の刃」の企画・制作を担当した会社といえば通りがいいだろう。スマホゲーム「Fate/Grand Order」を運営し、ソニーの業績にも一時大きく貢献した。
そのアニプレックスが、日本で作ったアニメを世界に広げるために、2017年に買収したのがFunimation。クランチロールの買収と目的は同じだ。
ネットフリックスなどと比較し、「ソニーも映像配信を持ちたがっている」という言い方をされることがあるが、それはあまり正しくない。非常に価値が大きい「日本で製作されたアニメ」を海外展開する際に、「最初から内部で一貫した計画を立て、ビジネスを進めること」が狙いだ。
映像コンテンツは製作費が重要だ。製作費だけで品質が決まるわけではないが、十分な製作費がなければクオリティーの担保は難しい。仮に「まず日本の顧客のためにつくる」作品であっても、海外販売を見据えて資金調達とビジネス計画を立てる必要が出てくる。
アニプレックスは、「アニメ」というビジネスをより大きな規模で回るものにしていく、ということをビジネスモデルのひとつに据えていた。Funimationはその窓口のひとつであり、さらに大きな存在とするためにクランチロールを買った、と考えた方がいい。
「濃いファンが集まっている場所」を確保しておき、そこをパイプにするのは非常に手堅い戦略だ。自社に取り込むことはプラスと言える。また、海外のファンから見てもアニプレックスはよく知られた存在。そこに連なる形でクランチロールが買収されたのは、ファン心理としても、見知らぬ企業に買収されるよりは安心できる材料といえそうだ。
(文・西田宗千佳)