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電通が11月に発表した、一部社員の個人事業主化が物議を醸している。
勤続20年以上の40歳以上60歳未満(中途採用は40歳以上、勤続5年未満)の計2800人を対象に、早期退職を条件に新会社と業務委託契約を結ぶ新制度の募集を実施。その結果、報道によれば230人ほどが応募し、2021年1月から個人事業主に切り替わるというものだ。
折しもコロナ不況下で早期退職募集が相次いでいることから、ネット上では「リストラ策の一環ではないか」という声もある。
確かに電通グループは、2020年12月期の連結最終損益が2期連続の赤字となる見通しであり、2021年末までに海外事業に携わる社員6000人弱の削減を発表したばかりだ(12月7日)。リストラ策と疑われても仕方がない面もあるが、注目したいのは大手企業が社員のフリーランス化を促す取り組みに着手したことだ。
新制度の応募者は退職後、新会社と業務委託契約を締結。社員時代の給与の40〜60%の固定報酬と業務で発生した利益に応じてインセンティブも支給される。
制度適用者は電通内の複数部署で仕事をするほか、他社と業務委託契約を結んで仕事もできる。
契約期間は10年。個人事業主としてのスキル修得など、事業が軌道に乗るまでの期間と位置づけられており、サポート体制が充実している点からも、大手の取り組みとしては画期的と言えそうだ。
政府も後押しするフリーランスだが……
撮影:今村拓馬
実は政府もフリーランスの拡大を後押ししている。2020年7月17日に閣議決定した「成長戦略実行計画」の冒頭(第2章新しい働き方の定着)の目玉に「フリーランスの環境整備」を掲げている。その中でフリーランスの意義をこう強調している。
「フリーランスは、多様な働き方の拡大、ギグエコノミーの拡大などによる高齢者雇用の拡大、健康寿命の延伸、社会保障の支え手・働き手の増加などの観点からも、その適正な拡大が不可欠である」
フリーランスの定義は定まっていないが、政府内ではおおむね(1)自身で事業等を営んでいる(2)従業員を雇用していない(3)実店舗を持たない(4)農林漁業従事者ではない——と定義している。この中には近年増加している、インターネット上のアプリを通じて単発の仕事を請け負う「ギグワーカー」も含まれる。
内閣官房日本経済再生総合事務局の「フリーランス実態調査結果」(2020年2月10日〜3月6日)によると、日本のフリーランスは462万人。うち本業が214万人、副業が248万人。ギグワーカーも含まれる「仕事の獲得手段として仲介事業者を活用」している人が21.5%を占め、「利用している仲介事業者数」が1社という人が46.8%である。
この数値はコロナ前の調査だが、コロナ禍で個人事業主などのフリーランスが増えている。
ソフト開発、データ入力、文章作成などの業務を専用サイト上で仲介するクラウドソーシング事業者の登録者は4月以降、急増しているという。巷で目にするウーバーイーツなど配達員のギグワーカーも増えていることを実感できる。
IT系人材のフリーランスも増加
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また、IT系人材のフリーランスへの転身も増えている。
ITエンジニアやウェブデザイナーなどIT業界のフリーランス求人案件を掲載する「doocy Job」の10月末の登録者数は1万人。コロナ感染拡大後から10月末までの新規登録者数は5100人と倍増している。
登録者の年代別では20〜30代が約7割、40代までが9割を占める。
同サイトを運営するブロカント社の四戸淳弘事業責任者は、登録者数が増えている理由についてこう語る。
「スキルアップやキャリアを意識してフリーランスを選択している。たとえばITエンジニアの場合、さまざまな開発言語があるが、一つの会社だと経験できる範囲が限定される。とくにコロナ以降、企業の中にとどまらないで自分のキャリアやスキルを自己選択したいというニーズが高まっている」
ただし、フリーランスの誰もが社員時代よりも高い収入を確保し、自由度の高い働き方ができるわけではない。
報酬については実績をベースに企業と本人が対等に決定できるぐらいの交渉力が必要になる。
企業ニーズの高い専門性と実績・経験を兼ね備えている人は、高い収入と自由度の高い働き方が可能になるが、逆に専門性が低く、実績や経験が少ない人は交渉力が弱く、結果的に低い処遇と自由度の低い働き方に甘んじることになりかねない。
前出の内閣官房の調査によると、収入に関しては本業として行っている人の年収は200万円以上300万円未満が19%と最も多く、次いで300万円以上400万円未満が16%となっている。年収自体は雇用労働者と同じような傾向にあるが、この中には会社負担の社会保険料や雇用保険、労災保険料などは含まれていない。
一般的に企業は、法定内・外の保険料や福利厚生費、教育訓練費用を含めると、1人の社員について額面の給与の1.5〜2倍程度の費用を支出しているといわれ、それを考えるとフリーランスの収入は雇用労働者より低いことになる。
また、主な取引先が事業者で業務・作業の依頼(委託)を受けて仕事を行う人が全体の43.2%を占め、そのうち1社のみ取り引きしている人が40.4%を占める。仮に1社から契約を打ち切られると収入先を失ってしまう。
じつは今回のコロナ禍ではそうしたフリーランスの実態も浮き彫りになった。
人件費逃れに「脱法的フリーランス」化の動き
撮影:今村拓馬
プロフェッショナル&パラレルキャリア・フリーランス協会の「コロナ禍でのフリーランス・会社員の意識変容調査」(2020年5月)によると、新型コロナウイルス感染拡大により、業務に非常に影響があったと回答した人は約6割。やや影響があった人を加えると9割近くに上る。
こうした窮状を救済するため、政府も初めてフリーランスへの持続化給付金の支給に踏み切ったが、あらためてフリーランスのセーフティネットの脆弱性も明らかになった。
それだけにとどまらない。コロナ禍で正社員やパートなどの雇用労働者を強制的に業務委託契約に転換させる“偽装請負”など、脱法的フリーランス化の動きもある。
日本労働弁護団常任幹事の笠置裕亮弁護士が相談を受けた事例には、駅前などでチラシを配布する広告会社が雇っていた数百人のパート・アルバイト全員を解雇し、業務委託契約に転換させたという。
また、ある企業は正社員に対して給与を数百万円減額するか、個人事業主として業務委託契約をするかの選択を迫ってきたという。なぜこうした手口を使おうとするのか。笠置弁護士はこう指摘する。
「雇用契約だと最低賃金の規制もかかるし、週20時間以上働くと雇用保険に加入するなど、社会・労働保険料を支払う必要があるが、業務委託契約に切り替えると払わなくても済むので人件費の節約になる。
また正社員に退職して業務委託契約にしろと言っても本人は同意しないので、経営が厳しいから年収が300万円ダウンするよ、と言ってムチを使い分けて業務委託に切り替えさせる手法がけっこう横行している」(笠置弁護士)
とはいえ、仕事の内容がこれまでと変わらず、会社の管理監督の下で働いているとすれば、労働者の定義を定めた労働基準法(9条)違反の疑いが濃厚だ。
法律のタテマエと実態のズレに漬け込む悪徳業者
「こうした脱法的フリーランス化への転換がコロナ禍で進んでいると思う」(笠置弁護士)
業務委託契約を結んでいたとしても、正社員のときと労働実態が変わらなければ「雇用労働者」と見なされ、労働基準法や労働安全衛生法などの労働法で保護されるというのが一般的な解釈だ。
しかし、現実には救済されないケースが多い。
厚生労働省の担当者に聞くと「労働者であるかないかは契約内容に関係なく実態を見て判断する」と言う。
だが、笠置弁護士は「現場の労働基準監督署に実態は労働者なのだからちゃんと指導してくださいと相談しても、『業務委託契約書が作成されているので無理です』と追い返され、全然調査しないケースも多い」と指摘する。
こうした法律の建前と運用の実態の隙をついて、労働者に不利益をもたらす悪質な企業が今後増える可能性も否定できない。
実はギグワーカーをはじめとするフリーランスは欧米でも増えており、EU理事会、フランス、ドイツ、アメリカなど各国は、フリーランスへの社会的保護の動きを強めている。
しかしその一方で、 企業側の反発の動きが出ているのも事実だ。
ウーバー・リフトが猛反発
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2020年1月、米カリフォルニア州政府は 、一定の基準を満たせば最低賃金、残業代などの賃金の保護を受け、病気休暇、失業手当のほか、労災補償給付などが受けられる法律を施行した。ところが、ライドシェアサービスの運転手も対象になることから大手のウーバー・テクノロジーズやリフトなどが猛反発。
新たな対案を住民投票にかけることを提案し、巨額の広告宣伝費を投じてロビー活動を展開。11月3日の投票でアプリベースのライドシェア運転手および配達ドライバーは、労災などの対象となる「被雇用者」ではなく、独立自営業者であることを認めることで決着したのだ。
ただし、ウーバー側が出した対案には、州の最低労働時間の120%に留めること、輸送距離に応じた一定の報酬額の付与、会社提供の医療補助金や労働災害保険、死亡時の扶養家族への補償が盛り込まれており、一定の改善も見られた。
冒頭に述べたように大手企業の電通もフリーランスの働き方を導入するなど、フリーランスで働く人たちは今後日本でも確実に増えていくことだろう。
そうなると、正社員中心の雇用形態や就業形態が、ますます多様化していく。1990年代後半以降、正社員に代わって身分や処遇の不安定な非正規社員が増大したが、格差の二極化を招き、依然として解消されてはいない。
同じ轍(わだち)を踏まないためにも 、フリーランスに対する法的・制度的保護の検討に早急に着手するべきだろう。
(文・溝上憲文)