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「VR学習」で激変するリモート教育の最前線…体験レポート【角川ドワンゴ学園「N高・S高」】

VR

N高・S高の普通科プレミアムで導入予定で開発中のVR教材。

撮影:伊藤有

学校法人角川ドワンゴ学園のN高等学校・S高等学校、通称「N高」「S高」は、2021年春から学習にVR機器を併用する「普通科プレミアム」コースを新設する。

普通科プレミアムを選んだ生徒には最新VR機器「Oculus Quest 2」を貸与し、日々の授業をVRを組み合わせて学べる。

言葉で書くのは簡単だが、実際には、どんな仕組みで教育に取り入れられ、どんな効果が期待できるのか、興味深い。

現在角川ドワンゴ学園では、2021年春の導入開始に向けて、普通科プレミアムのためのVR教材の開発が進んでいる真っ最中だ。

12月某日、角川ドワンゴ学園の開発現場で、そのシステムを実体験してみた。

VRで実現する「ネットだけど手触り型」の授業

Oculus Quest 2

普通科プレミアムで利用されるFacebook製VR HMD「Oculus Quest 2」。

出典:角川ドワンゴ学園

N高・S高は一般的に言えば「通信制高校」にあたる。授業は基本的にPCによる、オンデマンド方式の映像配信で行われる。それに加え、クラスでの指導や各種コミュニケーションには、Slackなどのチャットツールも活用している。

普通科「プレミアム」では、PCでの授業に加え、VR機器「Oculus Quest 2」を使った授業が行われる。

筆者が試してみた

複数のデバイスを持ち込んで、筆者の他にN高の先生方も参加して「体験」が開かれた。先生方も、この日に触れるのが初めてだ。

撮影:伊藤有

では具体的に「VR学習」はどんな感じなのか?

Oculus Quest 2を被ると、目の前には教室が現れる。自分は授業中のように椅子に座っていて、左右を見ると他のクラスメイトの姿もいる。人数は少ないが確かに「教室」風のVR空間だ。

クラスメイトの姿

VR空間にはクラスメイトの姿も見える。「教材」はゲームの世界のように、パネルを操作すると出現するような仕組みで、新鮮だ。

撮影:伊藤有

正面には実写の先生が立ち、教室で授業をするように解説が進んでいく。ただし、この先生とホワイトボードは3DCGではなくビデオ映像だ。この先生の映像がVR空間に違和感なく溶け込んでいるのは、前方視界180度を立体撮影した映像を使っているため(一般に「180VR」と呼ばれる収録方法)。よく見ると、立体感がある。また、ビデオ映像なので再生・停止・巻き戻しなどもできる。

180VR

180VRで撮影された教師の授業映像。

撮影:伊藤有

もちろん、単にVR空間で教師のビデオが流れ、周囲にCGのクラスメイトがいて終わり、ではない。ポイントは、手元にあるさまざまな「CGで作られた教材」にある。

例えば、理科の地質時代に関する授業では、各時代で代表的な生物のCG教材が置かれる。両手にもったコントローラーを使うと、自由につかんで、好きな方向から好きな大きさで見られる。

また通信教育では体験が難しかった「実験」もできる。理科の「炎色反応」の実験では、VR空間に置かれたCGのガスバーナーに各種試薬(これもCG)をつけた棒を近づけることで、各金属元素がどのような色で反応するかを、実際に自分の手で確認できる。

理科の授業

手元で炎色反応を試せる理科の授業。教科書で読むと、試薬と燃える色の組み合わせを覚えるのは「作業」感が強いが、体感することで実感として知識定着しやすくなりそうだ。

撮影:伊藤有

数学では、幾何に関する授業を受けながら、物体を実際に自分の手で組み立て、平行・垂直などの関係を学ぶことができる。

また、地理の授業では、どこか別の地域に「VR観光」で移動することもできる。いわゆる360度映像で、現地の様子を撮影したものを見ながら授業を受ける、といったデモも体験できた。

VR授業のイメージは「自宅に出張してくる理科準備室」

数学の授業

数学の授業は手元に立体のオブジェクトを表示できる。

撮影:伊藤有

「ああ、理科準備室や社会科準備室がVRの中にあるのだな」

それが、筆者が体験してみた最初の印象だ。

リアルの学校の授業でも、生徒の理解促進のため、教師は色々な小道具を使う。地図や地球儀、実験器材を持ち込むこともあるし、今ならPC+プロジェクターで映像資料を見せることもあるだろう。

そうした教材が大量にVR内に用意され、生徒が授業に合わせて小道具を使いながら学べる、というわけだ。通常の映像での授業とは違い、ある程度「身体性を持って体感・体験」できることが大きなポイントだ。

コロナ禍での学習では、実験などの体験授業が難しくなり、公立校に通う子供をもつ親世代からは「リモートの授業では知識として頭に入れるだけで、実感がともなわない」という課題も指摘されている。N高のVR授業は、この問題の解決策になる可能性がある。

同席した先生方

同席した方々。右は角川ドワンゴ学園のVRシステムの開発担当。左はN高の先生。科目は理科の担当。

撮影:伊藤有

取材当日は、角川ドワンゴ学園で教師を担当する3人の若い先生方が同席した。

実は彼らも、VRでの授業がどうなるかを体験するのは初めてだという。

「実際と違うところはあるけれど、自分で動かして実験できるのはおもしろい」「特に数学で立体関連の授業をする時に役立つのでは」

と、なかなか好評だった。

また、実験など以上に筆者が重要だと思ったのが、「板書資料を手元でも見られる」ことだ。

映像内では講師が板書・資料を示しているが、必ずしも見やすいわけではない。それを手元に別資料としておき、自分でページをめくりながら話を聞ける。これは効率的だ。

手元で見えられる教材

先生がビデオ映像で説明しているホワイトボードの資料を、VR空間上で自分の手元でもチェックできる。タブレットを持っているようなイメージだ。

撮影:伊藤有

もちろん、すべてをVRでやる必要はない。N高・S高のカリキュラムの中でもVR授業は「オプション」扱いだ。

PCで受けたければPCでいいし、「これはVRで受けた方がわかりやすい」と思えばVRで受けることもできる。こうしたVR授業促進をシステム的に実現するために、PCの授業とVRの授業は、再生位置が同期するように設計されているそうだ。

例えば、PCで受けた授業を途中で停止させてVR授業に切り替えると、PCで止めたところから再生が開始される、といった形。ネットフリックスなどでTVとスマホとの再生位置が同期している感覚に近い。

VR教育を「ビジネス」として成立させる仕組み

こうした手法で常に課題となるのは、「いかにコンテンツをつくっていくか」「それを日常的に使えるものとするか」という点だ。

普通科プレミアムで目指すのはまさに「VRの日常化」であり、広く、多くの授業で活用できないと意味がない。かといって、コンテンツ製作コストが現実的なレベルに収まらなければ、今度はビジネスとして成立しない。

ここに、教育におけるVR活用の難しさがある。

N高・S高には年間で6600の講義がある。VR対応するのは、そのうち初年度で2000程度の講義になる。全講義ではないにせよ、なかなかな物量だ。

岩城進之介CTO

開発を担当する、バーチャルキャスト社の岩城進之介CTO。

撮影:西田宗千佳

角川ドワンゴ学園では、コストを抑えながら、効果的なVR教材を作る仕組みとして、前述の「講義の映像」と「CG教材」を組み合わせる形を採用した。製作したCGモデルは色々な授業に使い回す。この点も、「VR内に理科準備室がある」イメージに近い。

これを可能にしているのが、VR関連企業「バーチャルキャスト」の技術だ。

N高で使われるVR教育の仕組みの初期発案者は川上量生氏。以前のインタビュー記事で語った「バーチャルキャストを教育産業で活用する手段」がこれだった。

バーチャルキャスト・CTOの岩城進之介氏は、開発の経緯を次のように説明する。

「(N高のVRシステムで)使っているのはバーチャルキャストのコンシューマ版サービスそのもので、教育用のカスタマイズもありません。N高・S高は、バーチャルキャストが実現する広範な世界の1つ、とお考えください。

バーチャルキャスト自体は、VR内でコミュニケーションをとる技術として、独立性・再現性が高いものをつくり込んできました。『これをうまく使って、低コストにN高のVRコースをつくり、バーチャルキャストにとってのビジネスの柱をつくれないか』という提案が、川上さんからあったんです」(岩城氏)

バーチャルキャストの公式ページ。

バーチャルキャストの公式ページ。

出典:バーチャルキャスト

実際、バーチャルキャストの売り上げの中でも、N高・S高に関する案件の比率はかなり高くなっている。もともと同社をつくった際、「教育に使う、という発想はなかった」(岩城氏)というが、結果的に、同社の主軸の1つになる。

「初期の頃から必要な条件として、『講義映像の利用』は定められていました。高校の単位取得に必要な授業をカバーするには、膨大な教材が必要になります。

しかも、学習指導要領は更新されていくので、コンテンツを『つくり置き』することもできない。ひとつひとつにコストをかけるわけにはいかないんです。

なので、動画はPC向けの講義を撮影する「ついで」に収録できる形にして、その上でVRの良さを生かす。このコンセプトが、川上さんからの必達目標でした」(岩城氏)

川上氏の発想を具体化したのは岩城氏、ということになるが、そこには個人的な体験からの着想もあった。

「実は息子が中学生なんです。

中学受験対策でつきっきりで教えていたんですが、つくづく困ったのが『立体模型の切断』や『月のみちかけ』の解説。その場で模型をつくって説明することがひんぱんにあって、『思った以上に、こういうことは必要なシーンは多いぞ』と思ったんです。

また、これは社会科の先生に教えていただいたのですが、『漢委奴国王印』って、実はとっても小さいんですよ。結構大きいと思っていませんでした? それが目の前に出てくるとわかる。
体験に紐付く感覚は、非常に大事なんだと思わされました」(岩城氏)

教材を「CGの会社が製作する」仕組みは“発明”かもしれない

N高のパンフレット

N高のパンフレット。

撮影:伊藤有

現在、各種オブジェクトの製作は、授業用動画の撮影と並行して進行している真っ最中だ。

「この教科ではこのようなものが欲しい」と先生の側がリストアップし、それをバーチャルキャストがリードして製作する。

発想の転換があると感じるのは、教材を発注する先はソフトウェア会社ではなく、「CGの会社に製作を発注できる」(岩城氏)ことだ。

一般にIT教材をつくり込むと、プログラミングなどの「開発」が必要になるため、ソフト開発力がある企業へと発注することになる。

だが、バーチャルキャストの機能を使う場合、授業に必要となるレベルのシンプルな動きはちょっとした設定操作ですぐに対応できるため、教材製作の中心は「CGモデルをつくる」ことになる。

そのため、世の中に多数あるCGモデル製作を担当する企業へと安価に発注できるようになり、量産と速度とコストの条件を満たせる。

「この仕組みのいいところは、授業の内容を再現可能であり、みんなで共有できることです。どういう効果があったか追試もできる。N高で実績をつくって、他にも使ってもらいたいです」(川上氏)

「N高の取り組みで使った技術基盤は、つくり込んだ専用コンテンツではなく、横展開タイプに量産に向いているものです。川上さんからは『他にも売りたい』とは言われていますね(笑)。 我々も提供したいと思っています」(岩城氏)

この辺のビジネスモデルとしての先を見据えた構成は、旗振り役の川上氏から実製作を担当する岩城氏まで、多くの人材が「プログラマー」であることから生まれているようにも思える。

教育へのVR活用の最前線になる可能性が高いN高・S高が、どんな実績を生み出すのか、これから数年の動きが楽しみだ。

(文・西田宗千佳


西田宗千佳:1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」(朝日新聞出版)、「ソニー復興の劇薬」(KADOKAWA)、「ネットフリックスの時代」(講談社現代新書)、「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」(エンターブレイン)がある。

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