ユーグレナの出雲充代表。緑色のネクタイがトレードマークだ。
撮影:今村拓馬
2020年8月に創業15年を迎えた東大発・バイオベンチャーのユーグレナ。
同社は、微細藻類「ユーグレナ(和名:ミドリムシ)」を素材として、健康食品や化粧品、そしてバイオ燃料といったさまざまな商品開発を進めてきた。
11月の決算報告会では、2018年から減少が続いていた売上高が下げ止まりし、直近の第4四半期(7〜9月)ではピーク時の約9割まで回復。コロナ禍においても、来季は過去最高の売り上げを狙うと発表している。
また、2020年春には、2008年から研究開発を続けてきバイオ燃料事業で初となる「売り上げ」も記録した。
8月には、全ての事業部の戦略を再定義すると発表していた。
その理由は、これまでの経営理念やスローガンなどをすべて廃止し、新たに「Sustainability First(サステナビリティ・ファースト)」を掲げたことにある。
ユーグレナの出雲充代表に、創業から15年たったユーグレナの現在地と、今ここで改めて企業としてのあり方を問い直したビジネスにおける意図を尋ねた。
「ベンチャーとしての役割」を示した15年
撮影:今村拓馬
「15年という数字自体にはさほど意味はないんです」
出雲代表に創業から15年の感想を求めると、少しつれない返事が返ってきた。
それでも、この15年で同社が大きな「変化」を経験してきたことは言うまでもない。
ユーグレナは、出雲代表が大学生時代にバングラディシュに訪問し、現地の健康問題に直面したことをきっかけに創業された会社だ。その解決のために出雲代表が着目したのが、たまたまミドリムシだった。
「私は人を健康にするためにミドリムシと出会い、ミドリムシを社会実装する仕事に取り組んできました。出発点は、『ミドリムシで人を健康にする』ということだったんです。
その後、2008年にバイオ燃料(※)としてのミドリムシの可能性を知り、2本目の柱として本気で取り組んできました。人を健康にするだけではなく、地球を健康にすることからも逃げないことにしたんです」
※燃料として消費した際に生じる二酸化炭素が、植物に取り込まれた二酸化炭素と同じ量になるため、理論的に二酸化炭素の排出量の差し引きがゼロになると考えられている。
これが、ユーグレナの以前のコーポレートアイデンティティ「人と地球を健康にする」につながっていく。
ユーグレナの主力商品「からだにユーグレナ」。栄養素としてのミドリムシの可能性を活かした商品だ。ユーグレナは、この商品を含むヘルスケア事業で生み出された黒字を、他の投資分野へと回して研究開発を進めてきた。
撮影:今村拓馬
「ベンチャーとしての第1ステップは、『ミドリムシで健康になれる』『バイオ燃料で車が走る。本物の飛行機が飛ぶ』というコンセプトを証明することでした」(出雲代表)
実際、バングラディッシュでの(ミドリムシ入り)クッキーの配布数は1000万食を突破し、現地の子どもたちの健康状態の改善に寄与している。
また、2020年9月頃までに想定していたバイオジェット燃料を用いた飛行機の有償フライトこそ、コロナ禍の影響もあって12月14日の段階でも実現には至っていないものの、すでにバスや船などの間で、ミドリムシ由来のバイオディーゼル燃料を使った運行は始まっている。
「ミドリムシで人と地球を健康にする」
創業当初から描いていた、周囲からすれば「夢物語」だったものが、規模は小さいながら一歩ずつ実現に近づいている、というのは客観的事実ではある。
「ベンチャーの役割はゼロからイチを作る、できるということを示すことです。私の仕事は、人と地球を健康にできることを証明することでした。これはもうQ.E.D.(証明完了)なんです」(出雲代表)
ゼロイチの実現から、規模をスケールさせるフェイズに
バイオディーゼル燃料については、既に実証プラントで製造された燃料の国内供給を開始している。
撮影:今村拓馬
バイオ燃料事業に取り組み始めた2008年当時、ユーグレナは創業3年目のまだまだ生まれたてのベンチャーだった。
そんな会社が、20年かかるバイオジェット燃料の開発計画への協力を訴えても、賛同してくれる企業はほとんどいなかった。
「『地球を健康にする』というミッションを掲げると同時に、この会社が20年後にも存在する会社だと、研究パートナー企業の皆様に思ってもらわなければなりませんでした。
そのために、ユーグレナが上場して『日本に2170社程度しかない東証一部上場企業として頑張れますよ』と示す必要がありました」(出雲代表)
その後ユーグレナは2014年、実際に東証マザーズから東証一部に上場する。
そして、2018年にはバイオディーゼル・ジェット燃料の実証プラントを横浜に竣工したことで、「明らかに周囲からの見る目が変わっていった」と出雲代表は語る。
横浜市鶴見区に建設された、バイオジェット・ディーゼル燃料製造実証プラント。
提供:ユーグレナ
2020年1月には、バイオジェット燃料の国際規格「ASTM認証」も取得し、障害はほぼ無くなった。
「今は、私たちがバイオ燃料の製造を実現したことで、大企業の皆様がそれをどう社会に導入していくか、という段階にきています。(協力企業の皆様には)すごいプレッシャーがかかっているのではないでしょうか」(出雲代表)
「ミドリムシで飛行機が飛べば、あとは工場を2000倍にするだけ」
バイオ燃料事業の計画。
出典:ユーグレナ2020年9月期本決算説明および2021年9月期事業方針
次のステージでは、これまでの事業を大きくスケールさせることになる。
ただし、それはユーグレナが単独でどうにかできるものではない。国内外含めた巨大なリソースを活用しながら、グループとして進めていく事業だ。
「本当にミドリムシで飛行機が飛べば、あとは工場を2000倍に大きくするだけで良いんです。
食品事業については先行して進んでいます。今、バングラデッシュで1万人の子供たちにミドリムシ入りのクッキーを配り、栄養失調を改善することができています。このプロジェクトを国連と一緒になって百倍にできれば、百万人を救うことにつながります」(出雲代表)
バイオ燃料事業については、10月に国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のバイオジェット燃料に関する公募事業として採択されている。
5年間で数十億円規模の資金を確保したことで、今後、2025年以降のバイオ燃料事業の商業化に向けて大量培養の実証研究を加速させていくとしている。
また、商業用プラントの設置場所とパートナー企業の確定も、次の大きなポイントといえる。
今、あえてサステナビリティを掲げる意味
「我々はスタートアップです。ベンチャーらしく次のコンセプトを証明していかなれけばなりません」(出雲代表)
出雲代表の胸には、SDGsの17の開発目標のカラーが彩られたピンバッジが光る。
撮影:今村拓馬
「ミドリムシを用いて人と地球を健康にする」というコンセプトの“証明が完了”し、あとはスケールさせていく段階になったことで、事業の発展はユーグレナだけで実現するものではなくなった。
そこで、出雲代表がユーグレナ単独で取り組む次の一手として考えたのが、冒頭で紹介したサステナビリティ・ファーストという考え方だ。
2008年にはリーマンショック。そして、2011年には、東日本大震災があった。この2つの出来事は、日本のビジネスにも大きな影響を与えた。
「これまでの資本主義の延長線上に、この先の未来が無さそうであるということは多くの人がなんとなく気付き始めています。でも、次の答えを間違えていたらと思うと、なかなか進まないんです。
そこで我々がリスクをとって『(その答えは)サステナビリティです』と、証明したいと思っています」
「ミドリムシで健康になれる」「バイオ燃料で飛行機が飛ぶ」というコンセプトの証明と同様に、今度は「サステナビリティへの取り組みを重視する企業が時代に求められている」というコンセプトを証明したいという。
「サステナビリティは高いから売れない」からの脱却
撮影:今村拓馬
今後、ユーグレナでは、ミドリムシを起点とした既存のビジネスのサステナビリティを高めていくと同時に、ミドリムシに限らない事業も進めていくとしている。
「ミドリムシとは関係がなくても、サステナビリティ・ファーストで最高なものをうちが仕入れて、販売していきたいと思っています。
ただしこのとき、ミドリムシでの経験が活きるんです」(出雲代表)
サステナビリティを優先しようとすると、基本的に商品・サービスは値段が高くなるか、不便になる。
しかしそれでも、サステナビリティへの配慮について説明すると購入してくれるユーザーは少なからずいる。ユーグレナの商品を購入していた顧客の多くが、まさにそうだ。
「今は10万、20万人という規模ですが、そういう人たちがどんどん増えていくと思います。
お客様のサステナビリティに対する許容度はこれくらいだろう、ということを全ての商品について考えていくわけです。どんな会社に、いつ相談に来られても良いようにしておきたい」(出雲代表)
スタートアップは「イノベーションのコンサルタント」でなければ
撮影:今村拓馬
SDGs(持続可能な開発目標)に関連する取り組みは、慈善活動やCSRの一貫として取り組まれる事例が多い。
しかし重要なのは、SDGs的な取り組み自体が、ビジネスとしても十分に成立することを示すことだ。
2025年に商業化を目指しているバイオ燃料は、ビジネスとしての可能性が見えている分かりやすい例だ。
それ以外にも、ユーグレナの取り組みとしてこれまで社会貢献活動の一部として見られることが多かったバングラディシュへの食料支援や、2020年にノーベル平和賞を受賞したWFP(国連世界食糧計画)と連動した農業支援などについても、持続可能なソーシャルビジネスとして転換していく方針を示している。
「スタートアップというのは、イノベーションコンサルタントなんです。ゼロイチのイノベーションを実現して、その1を100に、1000にするときに、大企業にコンサルするわけです。
大企業が『こうなりたい』という方向に、我々が先に飛び込んで『(ビジネスとして)リスクではないですよ』ということを申し上げたい」(出雲代表)
(文・三ツ村崇志)