光本勇介氏。写真はBANK社のオフィスにて、2017年12月撮影。
撮影:伊藤有
東京・恵比寿の高級ラウンジで、女性が750ミリリットルのテキーラ一気飲みゲーム後、死亡した —— 。
「女性急死のテキーラ事件」との見出しがつけられた「デイリー新潮」の報道はじめ、SNS上をにわかに騒がせたこの問題を受けて、渦中の連続起業家・光本勇介氏(40)が、現場にいたことを認める声明とお詫びを発表した。
スタートアップ界の“異端児”としてメディアを賑わせてきた光本氏とはどういう人物なのか?
12月14日、光本氏がBusiness Insider Japanの単独インタビューに応じた。Business Insider Japanでは過去数度にわたって光本氏や氏に関わる企業を取材してきた。光本氏の現在と過去の発言もとりあげながら、スタートアップ界隈の議論を振り返る。
「狂ったようなチャレンジを」
出典:光本勇介氏 公式サイト
「すべては実験だと捉え、狂ったようなチャレンジを引き続き行って参りたいと考えております」
スタートアップ業界の中心で華々しく脚光を浴びてきた光本氏。
なかでも世間を騒がせたニュースの一つが、サービス「CASH」を柱事業とする、自らが創業したBANKを2017年11月、DMM.com(以下、DMM)に70億円で売却したことだ。
しかしそのわずか1年後の2018年11月、BANKは、光本氏によってMBO(マネジメント・バイアウト、経営陣買収)で買い戻されることになる。詳細な理由は明かされなかったが、DMM会長の亀山敬司氏はBusiness Insider Japanの取材に対し「敗軍の将語らず」とコメントし、事業化を諦めたことをうかがわせた。
DMMは実質的に、数十億円の損失を被った計算になるが、MBOを発表したリリースでの光本氏のコメントが、冒頭のものだった。
16時間で3.6億円を現金化
光本氏は「ノールック買い取り」サービス「CASH」を創業した(その後売却)。
出典:CASH公式ウェブサイト
光本氏が創設したサービス「CASH」とは「ノールック買い取りサービス」とも呼ばれ、スマホで売りたい物の写真を撮るだけで、その場で査定して現金化できる、というもの。
2017年6月にリリースされると、開始16時間で3億6000万円もの不用品が現金化され、あまりの殺到ぶりに急遽サービスを停止するなど、大反響を呼んだ。その後、リリースから半年も満たない状況でのDMMヘの大型売却はまさに「異例中の異例」だ。
サービスの革新性、資金を湯水のように“溶かす”その大胆さも、メディアを湧かせた。
Business Insider Japanは、発表直後の2017年12月と翌2018年の2月、光本氏に単独インタビューしている。
当時、編集部記者が訪れた渋谷のオフィスは、社員20名弱がやっと入るほどの手狭なもの。オフィスの壁にはダンボール箱が積まれ雑然としていたが、壁にはアートを好む光本氏のこだわりを感じさせる、シンボリックな「羊」のオブジェが飾られていた。
光本氏は白シャツに黒のデニムというラフな格好で、そのサービスの革新性からは意外なほどとつとつと、その仕組みの背景を語った。
「人がどれだけ“性善説”で行動するか、その社会実験をしてみたかったんです」
光本氏は元々、カーシェアリングやオンラインストア構築などのインターネットサービスを立ち上げ、徐々に頭角を現してきた。その後、ZOZOの創業者である前澤友作氏に見出される。
前澤氏は光本氏の会社を2013年に6億円で買収し、完全子会社化。光本氏はZOZO(当時はスタートトゥデイ)傘下で事業運営を手がけてきた経緯がある。
その後、2016年にはスタートトゥデイからは独立するが、ビジネスパートナーだった前澤氏との親交をはじめ、起業家界隈の著名人との華やかな交友関係は続いた。
関係者のSNS投稿からも、堀江貴文氏やSHOWROOM社長の前田裕二氏、編集者の箕輪厚介氏らとのつながりが見られるほか、スタートアップ界隈での顔は広い。
社員にとっては「実験」ではない
2019年9月、光本氏は自らのウェブサイトでBANK社の「解散」を宣言した。
出典:光本勇介氏 公式サイト
「狂ったようなチャレンジ」に次々に挑む光本氏の姿勢は賞賛を集めてきたが、経営者としての決断には一部、疑問の声も上がっていた。
その最たるものが2019年9月、DMMから買い戻したBANK社を突如“解散”したことだった。解散の理由は「望む事業規模に到達するには時間がかかりそうだから」というものだった。
当時のリリースにも、光本氏はこうつづっている。
「人生は壮大な実験です。狂ったように、思い切りフルスイングできる機会を模索しながら、今回のチャプターはクローズとさせていただけたらと思います」
この発表に対して「光本さんらしい」と褒めそやす人々も多かった一方で、光本氏の経営者としての責任を問う声もSNS上や界隈では聞こえてきた。
あるスタートアップ関係者は言う。
「社会実験といって突然、経営者の気まぐれのように会社を解散するなら、そこで働いている人への責任はどうなるのか。いきなり仕事を失って困っている社員もいる」
Twitter上では、今回のテキーラによる女性急死の問題を契機に、そもそもこれまでの経営者としての資質を疑問視する声も出てきている。
「成功すれば億万長者」の功罪
光本氏は12月12日、サイトにお詫び文を掲載した。
出典:光本勇介氏 公式サイト
今回のテキーラによる女性急死が明るみになるまで、光本氏は表向きには「成功した天才起業家」とのイメージが強かった。BANK解散後も、事業家としての活動は続いている。
2018年に光本氏が共同創業者として参画し、2020年に経営から離れたECサービスのheyの躍進も記憶に新しい。
heyはネットショップ作成サービス「STORES」を運営しており、8月には米投資ファンドのベインキャピタルからの70億円を含む、大規模な資金調達に成功している。
heyに、光本氏の今回の責任について問い合わせたところ「自己都合ですでに退職しているため、社としての回答は控える」との返事だった。
過去、Business Insider Japanが取材をした中で、光本氏を知る人は概ね、彼を好意的に捉えていた。「無邪気」「少年のよう」「平和な人」……過去に取材した記者は、光本氏をそのような形容詞で表現している。
その一方で、数十億円という規模で会社を売却した後にその14分の1という価格で買い戻す不可解さ、数十人という社員を雇用しながら突如、会社を解散するなど、経営者としての光本氏の資質を正面から問い直す姿勢は、メディア側にも欠けていたと言える。
光本氏「スタートアップ業界への影響、申し訳ない」
12月14日、光本氏はBusiness Insider Japanの単独インタビューに応じた。テキーラ一気飲みゲームのきっかけを作ったことについて「取り返しのつかない結果を招いてしまい、深く反省、後悔している」と陳謝した。
光本氏によると「テキーラ一気飲み」ゲームは1〜2年ほど前から、酒席で興じていたという。
現在、光本氏の会社「実験」は個人会社であり、前出のheyなどの企業経営に関わりはないと光本氏は重ねて説明した。ただし、経営に携わっていた時期にもこうした危険な「ゲーム」をしていたことになる。
SNS上で憶測が過熱している同席者については「私からは申し上げられない」と述べるにとどめた。
本件がスタートアップ業界に与えた影響について、「業界全体へ期待がある状況で軽率な行動を取ってしまい、経営者のひとりとして責任を感じ、本当に申し訳ないと思っている」と語った。
光本氏のインタビュー詳報については、改めて別記事でお届けする予定だ。
(文・西山里緒、滝川麻衣子)