ファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏。
提供:ファストリテイリング
新型コロナウイルスの感染拡大が、人々の生活様式にも経済活動にも大きな影響を与えた2020年が終わり、再生・復興を目指す2021年が訪れようとしている。
ファッション・アパレル業界では、かつてアパレル売上高世界一だったレナウンの破たん・解体や、オンワードの2年で1400店舗超という大量閉店、ギャル御用達ブランドとして渋谷109で売り上げトップを誇った「セシルマクビー」の全店舗撤退など、ネガティブなニュースが頻発した。
一方で、ワークマンが躍進し、しまむらが復活。そして、「ユニクロ」「GU」を擁するファーストリテイリングは異次元とも呼べる強さを見せ、コロナ禍に逆に存在感を増している感すらある。
ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長の言葉から、戦略やビジョン、そして、勝ち筋を読み解きたい。
デジタル、ロボティクス、全自動化で大規模D2Cを実現
パリで開催したユニクロのLifeWear展でホールガーメントの可能性を語る柳井社長(右)と島精機製作所の島社長。
撮影:松下久美
まずは、10月の2020年8月期通期決算の発表の場。柳井氏はここで、かなり詳しく今後の戦略や展望について話した。
コロナ禍についてはこう言及している。
「コロナ禍で常識が通用しない大きな変化が起きている。時代が変われば生活スタイルが変わり、お客さまが求めるものが変わる。当然、商品も変わり、売り方も変わる。このような状況下に立ち向かうには、私たち自身がまず変わらなければならない。グローバル化の流れは何があろうとも止まらない」
その上で、対策としては「『デジタル』『ロボティクス』『全自動化』の考え方を軸に、事業のプロセスを大胆に変えていく」と宣言。その上でこう述べた。
「サプライチェーンや仕事の仕方など、全社変革プロジェクトと位置付ける『有明(ありあけ)プロジェクト』を進化させ、すべてのプロセスをつなげ、グローバルで、サプライチェーンが完全に一体化した体制の構築を目指す。
世界中の人、情報をつなぎ、新たな需要と市場を創り出し、お客さまに届ける情報製造小売業になる」
商品の企画そのものもバーチャルで行い、企画から生産、販売まで、すべての領域において、国を越えて一体化する体制をつくる、というわけだ。
「無縫製3Dニット」という最強の切り札
6月にオープンしたユニクロトウキョウの1階でも3Dニットを打ち出した。
撮影:松下久美
その代表例が、無縫製3Dニットとして知られる「ホールガーメント」の技術を有する島精機製作所との合弁事業「イノベーションファクトリー」による次世代型モノ作りだ。
島精機の100%子会社として、2015年に和歌山に設立されたイノベーションファクトリーに、翌年ファストリが出資し、2020年9月には出資比率を51%に高めて子会社化。
新たな開発拠点を東京の有明本部近郊に設けた。
「ホールガーメント技術を活用した3Dニットの世界的なマザー工場の役割を担うもの。本部のR&Dセンターと直接つながり、情報を集め、その情報をベトナムや中国などの工場にダイレクトに送り、商品を生産する」(柳井氏)
ホールガーメントとは、1本の糸から全自動で丸ごとニットを立体的に編み上げられるもので、通常のニットでは30%程度出る糸のロスが出ず、縫い合わせ(リンキング)も不必要なため、省力化とサステナビリティを兼ね合わせた技術・製法だ。
IoT(モノのインターネット化)が進み、需要に合わせてサイズ違いや色違い、素材違いの製品を連続生産できるため、“オンデマンドの量産システム”“マスカスタマイゼーション(個別大量生産)”ができる点もポイントだ。
さらに、クラウド化によりネットワーク上で企画・デザイン・生産・生産管理を行えるようにしたり、糸のセットまで全自動化するなど進化している。
柳井氏は、かねてからこう語る。
「将来的にはお客さまの注文に応じて一つずつ商品を作れるようになる。極論すれば、工場から個々の人々に商品を送ることができる」
人間×AIを融合した新しい服作りのプラットフォーム
AIを活用したスタイル発見アプリ「StyleHint(スタイルヒント)」と連動した売り場が原宿店にオープン。
撮影:松下久美
柳井氏の言葉にある「智恵のこもった服」は印象的だ。
「情報製造小売業として、世界中のお客さまの情報をダイレクトに集め、社会にとって役に立つ現実の商品やビジネスにすることで、智恵がこもった服をつくろうとしている」
その取り組みの一つが、ユニクロとGUが協同開発した「StyleHint」(スタイルヒント)による、人間×AIを融合した新しい服作りのプラットフォームの活用だ。
「スマートフォンなどで撮影した写真や画像から世界中の着こなしを検索し、自分らしいスタイルを実現できるアイテム、自らの新しい着こなしが発見できるアプリだ。お客様にとって本当に着心地が良く、デザインが優れている服、しかも丈夫で長持ちして買いやすい価格」
柳井氏は、StyleHintについてこう説明する。
「これら相互に矛盾する要素を統一しつつ、新たな服をつくり出す仕事は、人間の持つ力と人工知能(AI)との融合でしか実現できない。ヒューマンタッチのある人間が、デジタルを使いこなす。『StyleHint』は、世界中の人々がそれに参加するためのプラットフォームだ」
目指すは「社会を支えるインフラ」
パリで開催したユニクロのLifeWear展でメディア記者会見に登壇した柳井社長は、ホールガーメントのさらなる可能性を示唆した。後ろに飾ってあるのが3Dニット。
撮影:松下久美
コロナ禍にあっても、ファストリの2020年は攻めの姿勢をゆるめることはなかった。
ユニクロパーク横浜ベイサイド店、原宿店、銀座ユニクロトウキョウの戦略3店舗を出店。時代に合わせて店舗を進化させ、ECを強化。リアル店舗とオンラインストアの融合を目指すと同時に、グローバル化をさらに推進する。
「ビジネスに国境はない。中国で13億人とも14億人ともいわれる人口がいるし、アジア全体は40億人以上。欧米もすごく人口が多いし消費力がある。国境に関係なく出店していくし、中国だけで3000店舗が十分可能だと思う」
目指すは「社会を支えるインフラ」だと、柳井氏は言う。そこには、ファストリが築き上げてきた、新しい価値観とその浸透への圧倒的な自信があるようだ。
これまでについて「私たち(ファーストリテーリング)はLifeWear、MADE FOR ALLというコンセプトを世界で初めて構築し、社会に示した」と、柳井氏は強調する。
「LifeWearは日常生活をより豊かにする高品質で快適な、あらゆる人のための究極の普段着だ。明確な思想を持った服を企画から生産、物流、店頭やオンラインでの販売、リサイクルに至るまで、自社で一貫して行っている。そして日々の商売を通じて得た情報を新たな商品やサービスの開発に生かす」
そういうサイクルをつくり続けてきたのがファストリだ。
「まだ完全とは言えないものの、このようなことに取り組んでいる企業は私たち以外はない。『服の領域で社会を支えるインフラになる』。これが、われわれの使命であり、存在意義だ」
コロナで高まる環境意識も追い風に
柳井氏は昨年から、「サステナビリティはすべてに優先する」として、LifeWear =Sustainability宣言を行った。
「お客様は服への評価だけでなく、服の素材調達や製造工程がサステナブルな社会の実現に貢献できているかどうかに注目している。
持続可能な社会の実現をめざす企業姿勢を反映しているLifeWear のコンセプトは、今、世界中から高く評価されている」(柳井氏)
環境配慮型の選択的購買に対する意識は、コロナ禍でますます高まっている。その大きな潮流も、ファストリの成長の追い風となっている。
グレーターチャイナと国内が牽引
中国、成都市にある成都IFS。高級ブランドが並ぶショッピングモールにもユニクロの存在感は際立つ。
Shutterstock/ZorroGabriel
新型コロナの影響をほぼ半期にわたって受けた2020年8月期の業績は、連結売上収益は前期比12.3%減の2兆88億円、営業利益は同42.0%減の1493億円と減収減益にもかかわらず、営業利益率は7.4%と依然高収益を維持。
けん引したのは、売上規模が大きい日本とグレーターチャイナ(中国大陸、台湾、香港)。いずれも修正計画を上回るペースで業績が回復した。
国内のEコマース売上高は1076億円で29.3%伸び、とくに下期は54.7%の大幅な増収に。通期のEC化率は前期の9.5%から13.3%へと高まった。
海外ユニクロ事業は売上収益が同17.7%減の8439億円、営業利益は63.8%減の502億円と大幅な減収減益だったが、営業利益率は5.9%とやはり底堅い。
利益のほとんどを稼ぎ出すグレーターチャイナは、売上収益が前期比9.3%減の4559億円、営業利益は同26.3%減の656億円と、これも減収減益だったが、3月以降は想定を上回るペースで業績が回復。中国大陸に8月に新規出店した19店舗はすべて計画を上回るなど、順調なスタートを切った。
Eコマース売上高は前期比2割増で、EC化率は約25%に。日本の先を行くデジタル施策やOMO(店舗とオンラインの融合)施策なども行っている。
ファストリ全体の2021年8月期通期見通しは、売上収益が前期比9.5%増の2兆2000億円、営業利益が同64%増の2450億円と、過去最高益だった2019年8月期と同水準の業績まで回復することを見込む。
海外ユニクロ事業は大幅増収、営業利益は前期比で2倍以上を予想。国内ユニクロ事業は通期で増収、大幅な増益を見込む。
既存店売上高は通期で約4%の増収、うち、Eコマースは約15%増を予想する。
生産効率の向上による原価率の改善に加え、値引き率のコントロールにより、粗利益率も改善を見込むという、大変に強気な見通しだ。
世界ナンバーワン獲得へ、成長の柱の一つがGU
GUは大きな成長ポテンシャルを持ち、ファーストリテイリングの今後のカギを握っていると言える。
撮影:松下久美
スウェーデン発のH&Mを抜くのは時間の問題だが、トップを走り、売上高で1兆円近い差があるZARA擁するインディテックスも、ファストリの射程圏内に入ってきたと言える。
その要因の1つは、ファストリがアジア企業であることだ。
欧米を主戦場とするH&MやZARAに比べて、ファストリはアジア事業の比率が高く、新型コロナウイルスの感染拡大をいち早く封じ込めた中国大陸や台湾、欧米に比べると堅調な東南アジアでの事業の順調な伸びが見込まれるからだ。
もう一つが、「ユニクロ」の影に隠れがちだが、実は大きな成長ポテンシャルを備えた「GU」の存在も大きい。
ファストリの「ZARA超え」のカギを握る存在、GUについては別稿でお届けする。
(文・松下久美)
松下久美:ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表。「日本繊維新聞」の小売り・流通記者、「WWDジャパン」の編集記者、デスク、シニアエディターとして、20年以上ファッション企業の経営や戦略などを取材・執筆。2017年に独立。著書に『ユニクロ進化論』。