米次期財務長官が重視する「9つの雇用指標」。ワクチン接種開始も労働市場の深刻さに変化なし

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バイデン次期政権の財務長官に指名されたジャネット・イエレン前連邦準備制度理事会(FRB)議長。2017年の連邦公開市場委員会(FOMC)会合時に撮影。

REUTERS/Jonathan Ernst

年内最後となる連邦公開市場委員会(FOMC)は、12月15、16両日の会合で、今後の国債購入に係る指針(フォワードガイダンス)の修正を決定した。

基本的に現状維持と思われていた今回の会合だが、1週間ほど前からにわかに、緩和(=国債の買い入れ増)への期待が大きくなっていた。原因は、米労働省が12月4日に発表した冴えない雇用統計だったとみられる。

新型コロナウイルスの感染拡大により、2020年4月時点で2000万人もの雇用が失われた以上、回復期の雇用統計は「力強い増勢」を維持することが当然視されていた。

にもかかわらず、11月の雇用統計は急減速。緩和期待を誘う十分な材料になってしまった。

感染拡大に応じて経済活動への再制限が強まる現在の状況を踏まえれば、雇用統計の動向は財政・金融政策の運営にますます大きな影響をもたらす流れになりそうだ。

「イエレン・ダッシュボード」

前回の寄稿では、失業期間が27週以上におよぶ「長期失業者」の割合や労働参加率の動きこそが、長い目で見れば重要な雇用指標だと指摘した。その点について、読者の方々から「知らなかった」という声が多く寄せられた。

アメリカの雇用統計に関する報道は、「非農業部門雇用者数」「失業率」「平均時給」という3つの指標の変化に終始することが多い。しかし、それらにとどまらず、より複眼的に労働市場の現状と展望を分析すべきというのが筆者の基本認識だ。

その観点から言うと、バイデン次期政権の財務長官に指名されたジャネット・イエレン氏は、前職の連邦準備制度理事会(FRB)議長時代、金融政策の運営に際して“9つの雇用指標”を重視しているとされ、それらは総称して「イエレン・ダッシュボード」と呼ばれた。

9つの指標とは、「非農業部門雇用者数」「失業率」「労働参加率」「広義失業率」「長期失業者割合」「退職率」「求人率」「採用率」「解雇率」を指す。なお、イエレン・ダッシュボードの名は、周囲が勝手にそう呼んだだけで、本人が名づけたものではない。

下の【図表1】は、イエレン氏が重視する9つの指標について、「前回利上げ着手直前の2年間(2014~15年)」「利上げ着手を含む当該四半期(2015年10~12月期)」「コロナショック直前の3年間(2017~19年)」「年初来(2020年1~11月)」の平均値を示したものだ。併せて、現状把握のため直近値(2020年11月)も記した。

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【図表1】「イエレンダッシュボード」の現状と過去(クリックすると拡大表示されます)。

出所:Macrobond資料より筆者作成

現在直面している「労働参加率」「長期失業者割合」の水準がいかに深刻か、一目瞭然だ。さらに言えば「広義失業率」の高さも目につく。

長期にわたる失業によって就労意欲やスキルが失われることが、広義失業率の上昇や労働参加率の低下にリンクしていると考えられる以上、やはり長期失業者の割合がアメリカの雇用市場の現状と展望を語る上での要諦だと、筆者は考えている。

ワクチン接種開始の影響は?

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米食品医薬品局(FDA)もついにファイザーとバイオンテックのワクチン緊急使用を承認。まもなく接種が始まる。

REUTERS/Dado Ruvic/Illustration

現状、アメリカのインフレ期待はワクチンの開発・承認・接種を経て明確に高まっており、10年物のブレイクイーブンインフレ率(=10年利付債の流通利回りから10年物価連動債の流通利回りを差し引いた値)は、コロナ前にも到達していなかった2%に手が届きそうな勢いだ。

これほどインフレ期待が高まっている状況を踏まえれば、名目10年金利が現在のような低水準(0.90%前後)でほぼ固定されたような状況を続けるのは難しいだろう。

そのような金利動向を追認するように、一部のFRB高官が正常化に関心を示し始めるのが、おそらく2021年4~6月期以降になるというのが筆者の読みだ。なお、あくまで「関心を示し始める」のであって、実際に正常化に着手することは叶わないと思われる。

一方、景気変動にやや遅れて変化するとみなされる雇用関連指標の改善は、そこまではっきりとは進まないだろう。【図表2】は、アメリカの長期失業者割合と労働参加率の推移を示したグラフだ。

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【図表2】アメリカの長期失業者割合と労働参加率の推移。

出所:Macrobond資料より筆者作成

長期失業者割合の上昇に応じて、労働参加率は低下する傾向にある。しかも、一度大きく下がった労働参加率は元に戻すのが非常に難しい。リーマンショック後の経験則としても言えることだ。

こうした状況のもと、2021年はFRBに課された「2つの責務」である「物価の安定」と「雇用最大化」の意味を、いま一度見つめ直すタイミングになると考えられる。

インフレ期待や金利の騰勢に合わせ、「物価の安定」達成を示唆するタカ派観測が浮上しやすい一方、雇用統計の惨状は「雇用最大化」達成が危ういことを示し続けるはずだ。

断続的に「FRBへのタカ派懸念」が市場心理を冷やす場面もあるだろうが、そのときはぜひ上で紹介したイエレン・ダッシュボードに立ち返り、現状の深刻さを再確認することを心がけたい。

財務長官に就任するイエレン元FRB議長も、かつてダッシュボードと呼ばれた9つの指標を見ながら、「FRBへのタカ派懸念」に危うさを抱くことになるのではないか。

そうしたイエレン次期財務長官の思惑が、アメリカの通貨政策に間接的ないし直接的な影響を及ぼす可能性も、2021年において興味深い論点の1つと言えるだろう。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

(文:唐鎌大輔


唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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