撮影:今村拓馬
2020年、どんな1年でしたか? 新型コロナ・パンデミックは世界史に刻まれる歴史的事象でしたね。この1年で私たちの働き方は、2つの転換を迎えました。
1つは、テクノロジカルシフトです。オフィスワークからテレワークへ、対面からオンラインへのシフトを経験しました。これまでの働き方が通用しなくなったことで、最初のうちは戸惑いの連続だったという方も多いのではないでしょうか。
ただ、おそらくほとんどの方はこの新しいスタイルにももう慣れたはず。オンラインでも自宅でも、意外と仕事できる。子育て中で時短勤務だった女性たちが、テレワーク勤務になったことで業務に充てられる時間が増え、フルタイム契約に戻ったというのも素晴らしい流れです。
いずれにしても、何歳からでも変化に対して柔軟に対応できることを改めて自覚したという人は多かったのではないでしょうか。
もう1つの転換は、キャリアシフトです。2020年は「組織内キャリア」から「自律型キャリア」へと、働き方が大きく転換しました。その動力源となったのが、次の3つの歴史的モーメントの交錯でした。
- これまで政府によって推進されてきた「働き方改革」
- 経済界によって意識づけされてきた「日本型雇用の制度転換」
- 今回のコロナ・パンデミック
ひとつの組織の中で働かされ続けるのではなく、自ら主体的にキャリア形成をしていくことの大切さ、自らキャリア・オーナーシップを持つことが、これからを生きるセーフティネットになることを誰もが痛感したのではないでしょうか。
キャリアを築く「ビジトレ5原則」
さて、このテクノロジカルシフトとキャリアシフトを経験した年の瀬に、ぜひ、取り組んでおいてほしいことがあります。それは、自律型キャリアを開発していく「ビジトレ・メソッド」。ビジトレとは、ビジネス×トレーニングの略称です。
まず、これからの働き方の主流となる自律型キャリアとは、自ら主体的にキャリアを形成していく働き方です。しかし、いくら「これからは『自律型キャリア』が大切です」と伝えても、長年「組織内キャリア」で働き続けてきた方は途方にくれてしまうかもしれません。
そこで、「自ら主体的にキャリアを形成する」方法が分からないという方のために、その方法を具体的に解説しますね。「自律型キャリア」を開発するには、あなた自身のこれからのキャリアを具体的にイメージして、以下の5つの原則を1つひとつ実践してください。
(出所)田中研之輔・浅井公一・宮内正臣『ビジトレ——今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』金子書房、2020年。
勘のいい読者の方は、「これって、フィジカルトレーニングと同じ原則だよね?」と思ったのではないでしょうか。
はい、正解です。原理は同じです。
しかし、これまでのキャリア論の知見は、2つの視点で弱点を抱えていました。1つは、キャリアを自己内省的な問答に収斂させていた点。そしてもう1つは、キャリアを棚卸しすることに力点を置いていた点です。
年齢別研修や選抜研修など、企業の現場で実施されているキャリア研修の大半は、これまでやってきたことを基軸に、この先を「ぼんやり」と考えさせるものです。
これら2つのアプローチは、これまでの過去のキャリアの確認作業にすぎないのです。
大切なのは、これからのキャリアをいかにデザインしていくか。
つまり、これからのキャリアの築き方のメソッドを具体的に共有し、一つひとつ実践していくことなのです。
キャリア課題を洗い出そう
実践の鍵となるいくつかの考え方は、この連載でも共有してきました。
まず、現状を把握するために、あなたのキャリア課題を3つ挙げてみてください。例えば私の場合なら、次の3つが課題です。
- 複数の顧問先でのアドバイザー業務の相乗効果を戦略的に設計できていない
- 目の前の仕事に追われ、本を執筆するタイムマネジメントができていない
- グローバルな仕事をしたいというビジョンは持ちつつも、国内フィールドにとどまっている
私は隙間時間を見つけると“一人戦略会議”を開き、ビジトレを実践するうえで重要になるこのキャリア課題の洗い出しを行っています。上記の3つは、私の中で、明確なキャリア課題なのです。
キャリア課題を明確にすると、どうしたらその状況を打開できるかという戦略を考えることができます。ぼんやりと考えるのではなく、いつまでに何をしたらいいのかを緻密に考えるのがポイントです。
みなさんがビジネスシーンで用いている戦略的思考を、あなた自身のキャリア形成に適応させるのです。
筆者作成
例えば、私自身の1つ目のキャリア課題(複数の顧問先でのアドバイザー業務の相乗効果を戦略的に設計できていない)に対しては、「顧問先企業間でのシナジーが生まれるような提案を意識する」というふうに、具体的なアクションをとることが可能になります。
このように言葉にすると、「なんだそんなこと」と思われるかもしれません。しかし、それぞれの企業課題に向き合うなかで「分断化していた問題群」が、キャリア課題を明確にしたことで「連続的な共通課題」として認識できるようになります。この差はとても大きいのです。
ここまで来れば、打ち手が定まります。それを成し遂げるうえで、自分にはどのキャリア資本が足りないのか。あるいはビジネス資本なのか、社会関係資本なのか……と分析していき、足りない資本を計画的に蓄積すべく、日々ビジトレをしていくのです。
では、2つ目のキャリア課題(目の前の仕事に追われ、本を執筆するタイムマネジメントができていない)についてはどうでしょうか。
これは、仕事の優先順位が付けられていないことに起因します。これと同様のキャリア課題に直面している人は、少なくないでしょう。ビジネスシーンでは複数のプロジェクトを同時並行で回していくため、どの仕事を優先させてアウトプットしていくのかも、セルフマネジメントしていく必要があります。
これまでの「組織内キャリア型」の働き方であれば、組織の意向に沿って優先順位を決めることができました。しかし働き方が多様化し、組織をまたいだり、他の組織の案件を抱えるようになるこれからは、自分自身で仕事の優先度を決めていかなければならないのです。
撮影:今村拓馬
私が抱える2つ目のキャリア課題の解決方法は極めてシンプル。スケジュールに執筆のための時間をブロックして、その期間には他の仕事を入れないように調整していくのです。まだまだうまくマネジメントしきれていない自覚があるので、より意識的に時間を使うように心がけています。
3つ目のキャリア課題(グローバルな仕事をしたいというビジョンは持ちつつも、国内フィールドにとどまっている)については、キャリア資本の蓄積に重点を置いています。今はコロナ禍でもあるので、海外出張などができません。それでも準備できることはあります。日頃から英語のスキルアップはトレーニングするようにしています。
キャリアを主体的に考える
以上、ビジトレの具体性を理解してもらうために、私のケースで説明してきました。大切なことは、あなた自身がビジトレを実践していくことです。
キャリアを考えることは、生き方を考えること。向き合うキャリア課題は一人ひとり違い、その課題を打開するキャリア戦略も異なります。もちろん、これまでに蓄積してきたキャリア資本もバラバラです。
だからこそ、自ら主体的に考えることが不可欠なのです。日頃、あなたの仕事ぶりを見てくれている上司であっても、あなたが直面しているキャリア課題は、見えていないかズレているものなのです。
組織内キャリアから自律型キャリアへと転換を迎える年の瀬に、じっくりとあなた自身のキャリア課題に向き合い、計画的にキャリア戦略を考え、キャリア資本を蓄積していくようにしましょう。
そしてぜひ、ビジトレ5原則を日頃から継続してください。
キャリアは一夜にしてならず。だからこそ、やりがいもあるし、生きがいも感じられるのです。
(撮影・今村拓馬、編集・常盤亜由子、デザイン・星野美緒)
この連載について
物事が加速度的に変化するニューノーマル。この変化の時代を生きる私たちは、組織に依らず、自律的にキャリアを形成していく必要があります。この連載では、キャリア論が専門の田中研之輔教授と一緒に、ニューノーマル時代に自分らしく働き続けるための思考術を磨いていきます。
連載名にもなっている「プロティアン」の語源は、ギリシア神話に出てくる神プロテウス。変幻自在に姿を変えるプロテウスのように、どんな環境の変化にも適応できる力を身につけましょう。
なお本連載は、田中研之輔著『プロティアン——70歳まで第一線で働き続けるキャリア資本術』を理論的支柱とします。全体像を理解したい方は、読んでみてください。
田中研之輔(たなか・けんのすけ):法政大学教授。専門はキャリア論、組織論。社外取締役・社外顧問を23社歴任。一般社団法人プロティアン・キャリア協会代表理事、UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員(SPD東京大学)。著書は『プロティアン』『ビジトレ』等25冊。「日経ビジネス」「日経STYLE」他メディア連載多数。〈経営と社会〉に関する組織エスノグラフィーに取り組む。