Sean Gallup/Getty Images、REUTERS/Kim Kyung-Hoon
「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする。すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを、ここに宣言いたします」
10月、菅首相の所信表明演説で述べられたこの一言は、日本の今後の温暖化対策にとって大きな意味を持っています。
これまでの日本の温室効果ガスの削減目標は、「2030年までに2013年度比で26%削減する」といった、比較的「現実的」なものでした。これは、2015年にフランス・パリで開催された第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)で署名した「パリ協定」で宣言した目標値でした。
しかしその後、2019年、スペイン・マドリードで開催されたCOP25では、世界的にさらに積極的に温暖化対策に取り組む姿勢が求められる中で、日本は目標の据え置きを発表。
国際社会から失笑されるとともに、その消極的な姿勢から「化石賞」という不名誉極まりない賞を受賞してしまいました。
日本の温暖化対策は遅れている。それが、世界から見たイメージだったのではないでしょうか。
そういった意味で、2050年という未来の話ではあるにせよ、温室効果ガスの排出量をゼロにするという具体的かつ大きな目標を掲げたことは、日本の温暖化対策を進めていく上で、非常に大きな一歩だといえるでしょう。
10月26日、所信表明演説をする菅首相。
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
とはいえ、目標を掲げるだけで、温室効果ガスとして問題視される二酸化炭素の排出量が自動的に減少するわけではありません。
特に日本では、目標を掲げてもそれを達成しないまま時間が過ぎ去るケースがよく見られます。
「2020年までに指導的地位の女性割合を30%にする」という目標もありましたが、結局先送りにされていますし、選挙で掲げられたマニフェストも、気がつけば未達のまま次の選挙の時期に差しかかってしまうこともよくあります。
菅首相が宣言した「2050年までに温室効果ガスの排出をゼロに」という目標も、30年先という未来のことであるからこそ、いつの間にかうやむやにされ、結局達成できないのではないかと、懐疑的な眼差しを向けている人もいるのではないでしょうか。
たしかにエネルギー政策に関するこれまでの日本の様子を考えれば、菅首相の宣言通りに目標を達成することはかなりハードルが高いと考える気持ちも分かります。
でも、本当に無理なのでしょうか?
逆に、目標達成期限である2050年までの30年間でどんな取り組みをすれば、日本は「化石賞」という不名誉を雪辱することができるのでしょうか?
今回のサイエンス思考では、2回にわたって、「2050年までに温室効果ガス排出実質ゼロ」を実現するためにはどうしたら良いのか、2人の専門家の話を交えて、考えていきます。
再エネの導入がCO2削減の一丁目一番地
そもそも、今世界では、どの程度の量の二酸化炭素が排出されているのでしょうか?
このグラフは、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)が発表した、2010年から2050年までの間に想定される二酸化炭素の排出量の推移です(資料)。
IRENAでは、将来的に何も温暖化対策を実施しなかった場合に想定される二酸化炭素の排出量をベースに、産業や発電所などで現実的に二酸化炭素の排出量をどの程度削減できそうなのかを、いくつかのシナリオを元に推計しています。
2017年に全世界で排出された二酸化炭素の量は約369億トン。
何も対策を行わない場合、2050年には、年間465億トンの二酸化炭素が排出されることになると予想されています。
二酸化炭素を排出する原因はいくつかあります。
二酸化炭素の排出量とその原因。
出典:IRENA Reaching Zero with Renewables
物資の輸送や交通のために必要な燃料や、火力発電所の燃料を燃焼させる際に生じることもあれば、産業部門で燃料として消費されたり、製造プロセスで生じたりすることもあります。
IRENAの推計では、こういった人類が発生させているすべての二酸化炭素は、省エネの取り組みや再生可能エネルギーの導入によって、最終的に94%ほどを抑制できるとしています。
火力発電の代わりに太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーを用いて削減することはもちろんのこと、電気自動車などをはじめとした動力源に電気を使った製品拡充し、再生可能エネルギーから得た電力で動かすことで、燃料となる化石燃料の消費を抑制する期待があるのです。
こういった背景から、再生エネルギーへの注目は、日本でも高まっています。
2018年7月に閣議決定された第5次エネルギー基本計画では、「再生可能エネルギーの主力電源化」が定められました。
日本の電力の8割は火力発電
火力発電所の燃料や、ガソリン車・飛行機の燃料として化石燃料が消費されると、その分二酸化炭素が排出される。
Dmitry Kalinovsky/Shutterstock.com
では、日本では、どの程度再生可能エネルギーが使用されているのでしょうか?
日本で1年間に発電されている電力量(住宅に設置している太陽光発電などは含めない)は、2019年度の実績で約1兆2000億kWhでした(電力調査統計 結果概要【2019年度分】)。
このうち、再生可能エネルギー(太陽光発電、風力発電、水力発電ほか)で発電された割合は、15%程度。水力発電(揚水発電含む)を除いてしまうと、全体の5%程度に過ぎません。
個人の住宅の屋根に設置している太陽光パネルで発電し、そのまま消費されてしまった分がカウントされていないとはいえ、残念ながら現状の日本で「再生可能エネルギーが主力電源化している」とは言えません。
また、2011年の東日本大震災以降、原子力発電の稼働率が非常に低くなっていることも影響し、日本の発電電力量の約80%は火力発電(石炭、LNGが主な燃料)でまかなわれているのが現状です。
火力発電や原子力発電は、大規模な発電所によって大量の電気を安定的に供給できる点が非常に大きなメリットです。
その点、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーを用いた発電は、一箇所一箇所の出力が少なく、太陽の日照時間や風の強さなどの自然環境に応じて出力が変動します。こういった特性から、再生可能エネルギーは不安定で、主力の電源として使いにくいのではないかという不安の声も依然として多く聞こえます。
デンマークの洋上風力発電。
REUTERS/Nikolaj Skydsgaard
しかしながら、世界を見渡してみると、ヨーロッパでは再生可能エネルギー先進国が数多く存在します。
40%近くを再生可能エネルギーでまかなうドイツ。風力を中心に太陽光やバイオマス発電で80%近くをカバーするデンマーク。山岳地帯という地形的特徴を活かし、ほぼ100%に近い電力を水力でまかなうノルウェーなど、日本とは比べ物になりません(国際エネルギー機関(IEA))。
再生可能エネルギーだから、主力の電源として使いにくいというわけではなさそうです。
では実際のところ、再生可能エネルギーを使った発電で、日本の発電電力量はどこまでカバーすることができるのでしょうか。
京都大学で再生可能エネルギーを導入する上での経済的な仕組みなどを研究している安田陽特任教授は、
「単純にエネルギーの資源量を考えれば、再生可能エネルギーを用いた発電で、日本全体の消費電力量をカバーすることは十分可能です。技術的にも、すでに実現できる水準に達しています」
と話します。
なんと、新しい技術の開発などがなくても、やりようによっては日本でも再生可能エネルギーを用いた発電だけで、国内全体で必要な電力量をまかなうことができるというのです。
太陽光パネルで日本の年間電力量をまかなうには?
巨大な太陽光発電所。
REUTERS/Philimon Bulawayo
例えば、太陽光発電だけで、日本の発受電電力量(※)1兆2000億kWhをカバーすることはできるのでしょうか。簡単に計算してみましょう。
※発受電電力量:電気事業者が発電した電力量と、卸事業者などから受電した電力量の合算値。ここから、消費者のもとに電気が届けられる。
太陽光発電では、使用するパネルの種類や素材によって発電電力量が異なるものの、大雑把に1平方メートルあたり年間で100kWhを生み出すことができると考えて良さそうです。
つまり、日本の2019年度の発電電力量1兆2000億kWhを、1平方メートルあたり年間100kWhの発電電力量を持つ太陽光パネルでカバーしようとすると、
「1兆2000億kWh ÷ 100kWh/1平方メートル = 120億平方メートル」
の面積が必要になります。
「120億平方メートル」と言われると、非常に広い範囲のように感じるかもしれませんが、単位を「平方キロメートル」に直すと「1万2000平方キロメートル」。都道府県だと、新潟県や長野県の面積と同じ程度になります。
日本列島の面積が約38万平方キロメートルですから、その約30分の1程度の領域に太陽光パネルを設置すれば、日本全体の年間発電電力量をカバーできることになるわけです。
では、実際に太陽光パネルを設置できる場所は、どのくらいあるのでしょうか。
実は、環境省では、太陽光パネルはもちろんのこと、陸上風力発電や洋上(海上)風力発電など、再生可能エネルギーを用いた発電所を、国内でどの程度確保できるのか、導入可能性(ポテンシャル)の計算を行っています。
例えば、住宅用太陽光発電の導入ポテンシャルであれば、地図データから住宅の屋根の面積などを算出し、そこに設置できる太陽光パネルの面積から年間の発電電力量を推定することができるでしょう。
風力発電であれば、地域の平均風速のデータから、風力発電用の風車を回転させることができる領域を抽出して、稼働率などを考慮した上で発電電力量を推定することができます(資料)。
こういった推定を行った結果、日本国内における太陽光発電をはじめとした再生可能エネルギーを用いた発電のポテンシャルは次の図のとおりです。
とりわけ大きいのが、洋上風力と太陽光の導入ポテンシャルです。
どちらも計算上ではありますが、2019年の日本の発電電力量の3倍近い電力量を生み出すことができるとされています。
ただし、ここで問題になるが、発電する上での「コスト」です。
環境省では、単純な発電の可否を考慮して推計した導入ポテンシャルに加えて、発電コストに応じて採算がとれる領域だけで推計した導入可能量も計算しています(下の図参照)。
ここでは、コストを考慮した試算に固定価格買取(FIT)制度(※)の買取価格が用いられています。この買取価格を元に、事業採算性がとれる日射量や風速などサイトが評価されているのです。
※FIT制度:太陽光や風力などの再生可能エネルギーを使って発電された電気を、一定期間、国が定めた価格で電気事業者が買い取る制度。
導入可能量は、FIT価格が高くなるほど導入ポテンシャルに近づき、安くなるほど小さくなります。もちろん、将来再生可能エネルギーの発電コストが安くなれば、低いFIT価格(さらにはFITなし)でも導入可能量が上がる可能性があります。
事業の採算性、経済的合理性を考えると、再生可能エネルギーを利用した発電電力量はぐっと少なくなります。しかしそれでも、この図を見る限り、太陽光や洋上風力などを使った発電を組み合わせることで、日本の発電電力量の大半をまかなうことはできそうです。
ではなぜ、日本では再生可能エネルギーの導入がうまく進んでいないのでしょうか?
次回の記事では、発電できる能力があるにもかかわらず、再生可能エネルギーの導入が進まない原因や、今後、再生可能エネルギーの利用を拡大させる上で欠かせないビジネス上の取り組みについて紹介します。
※次回は12月25日(金)の公開を予定しています。
(文・三ツ村崇志)