『ゆるキャン△ SEASON2』のアフレコ台本。
撮影:ERIKO KAJI
どんなコンテンツでも、ファンに愛してもらい、その「愛」を「ビジネス」につなげることは難しい。一方で、利益が生まれなければ、どんなに素晴らしい作品でも続編を生み出すことは叶わない——。
キャンプブームの火付け役の一つとも言われる漫画『ゆるキャン△』(原作:あfろ 芳文社「COMIC FUZ」掲載)のアニメ最新作『ゆるキャン△ SEASON2』が1月7日にスタートする。
キャンプの魅力とキャンプを満喫する女子高生たち日常を描いたこの作品。第1作目(2018年放送)はBlu-ray/DVDもヒットし、原作の累計発行部数は450万部突破。キャンプ用品などグッズの売れ行きも上々。ビジネスとしても成功し、待望のアニメ第2作目へとつながった。
ファンの愛を持続可能なビジネスにつなげるために必要なことは何か。TVアニメーション『ゆるキャン△』シリーズのプロデューサーである堀田将市さんに聞いた。
作り手の「一方通行の愛」だけではダメ
アニメ『ゆるキャン△』シリーズを手掛ける堀田将市プロデューサー。
撮影:ERIKO KAJI
——『ゆるキャン△』のようなファンに愛される作品をつくるのはとても難しいことだと思います。堀田さん自身はアニメ『ゆるキャン△』がショートアニメ、第2作目と続くほど愛されるようになったのは、なぜだと分析しますか。
僕が申し上げるのもおこがましいというか、僭越ではありますが……。
まず何を置いても、あfろ先生の原作が偉大だったこと。そしてそれを「ちゃんと映像化」できたこと。大きくはこの2点に尽きると自分としては考えています。
その上でアニメーションに限って言えば、1つは、時代の気分を感じることができたことです。
企画を始めたころはまだ今ほどキャンプブームというわけではなく、徐々に盛り上がりを見せていたくらいでしたが、第1作目のオンエアとほぼ同時にキャンプブームが爆発した印象があります。
キャンプはもう、ブームというよりは1つの文化として確立しましたよね。それに大きく支えられました。
もう1つは、ローカルを突き詰められたこと。『ゆるキャン△』というアニメが持つ空気は、とても日本的ですよね。ローカルを追究できれば、グローバルに受け入れてもらえるのかもしれません。
© あfろ・芳文社/野外活動委員会
そしてチームに恵まれました。制作チームはもちろん、宣伝チーム、製作委員会の皆さんも、『ゆるキャン△』という作品に真剣に向き合ってくれたことが、きっと「愛される」という状況を作り出せた遠因なんだと思います。
特に制作チームは、「こんなにかわいくて魅力的な登場人物を、どうすればもっと彩れるか」と常に考えてくれていました。
でも、我々が一方的に作品や登場人物を好きになるだけではなく、「どうしたら『ゆるキャン△』という作品から愛してもらえるか」を、とかく考えていた気がします。
(作品の中の)彼女たちは「何が好みなんだろうか」「どんな景色が好きかな」「何を面白いと思うかな」「何を素敵だと感じるのかな」と。作品が持っている声を、ずっと聞き続けました。
© あfろ・芳文社/野外活動委員会
——作り手の「一方通行の愛」だけではよくない、と。
どんなアニメでも、「作り手の愛」は必ずありますよね。原作が好きだから映像にしたい。それはみんな同じです。
でも一方通行の思いだけではうまくいかないんだ、と実感することがあって。
若かりし頃に携わったとある作品。今でも大好きなタイトルなのですが、最近ふと見返したら「あれ?これって、何を伝えたかったんだろう…?」と思ってしまったんです。それはもう、相当なショックを受けました(笑)。そこには、自分たちの「好き」ばかりが詰まっていたんです。
それだけじゃダメなんだ、作品の素晴らしさを伝えきれなかったと猛反省しました。
作品の「好き」と「嫌い」両方を考える
撮影:ERIKO KAJI
——たしかに。誰かに愛してもらいたいと思う時、人は「好きになってもらうにはどうしたらいいだろう」と考えたり、それに見合う振る舞いを重ねたりします。
僕は『ゆるキャン△』では、「好き」になると同時に、「嫌い」な部分を見つけてみることにしたんです。
そうすれば「こういうところが嫌い。だから、こうしたら好きになってもらえるかも」と考えることができる。
京極義昭監督が徹底的に『ゆるキャン△』の「好き」を突き詰めていたので、バランスをとるためにもあえてそう動いた部分もありますね。
脚本作りの場なんてまさにそうです。敢えて刺激的な表現を使うと、監督が「原作を守る」、僕が「原作を壊す」。それで毎度毎度喧嘩しながら脚本を作っていました。
そして(アニメーションプロデューサーの)丸亮二さんが映像としての意見を言ってくれて、かつ(脚本家の)田中仁さんがライターとしてそれらの意見を沈着冷静に捌いてくれる。余談ですが、あれはまるで北海道の有名な4人組みたいな構図でした(笑)。
とにかく、「好き」と「嫌い」の両方を考えて、どちらかに偏りすぎないように、見るともなく全体を見る感じを心がけました。
撮影:ERIKO KAJI
——プロデューサーとしては作品を客観視することも求められる。
世のプロデューサーの方々は、企画との「距離感」を保っていらっしゃるような気がします。自分はまだそこが分かっていないので、延々と試行錯誤を繰り返していますけれど。
距離感って重要なんですよね。仲が良くて長続きしている友達って、実は頻繁には連絡を取っていなかったりしませんか。でもたまに思いつきでふらっと飲みに行って、「お互い気が楽だなあ、またそのうち飲もうよ」と適当に約束して解散できるというか。
……自分が歳をとってしまったからそう思うのかもしれませんが(笑)。
撮影:ERIKO KAJI
俯瞰というか、客観視というほどでもないのですが、そのためにはある程度の距離が必要なのかもしれません。
付かず離れずいるからこそ「こういうところは嫌いだけど、こう考えれば好きになれるかも」「この嫌いな部分って、どうやったら生かせるかな」とか思えたりします。
でも、原作を壊しにいくっていうのは、本来プロデューサーとしてあるまじき所業ですよね。むしろ距離感取りすぎじゃないかという(笑)。
だからこそ、仁さんがシリーズ構成を引き受けてくれて本当に良かった。『あんハピ♪』で初めてご一緒できたのですが、あれ以来、戦友です。「堀田くんが言いたいのって、つまりこういうことでしょ?」と客観的に説明してくれるんです。
この作品には、自分のこだわりをいっぱい乗せてしまいかねないと思った。なので、シナリオに関しては冷静にさばいてくれる人が必要でした。
そういったものの積み重ねが、きっと「『ゆるキャン△』っぽさ」みたいなものにつながったのかもしれないですね。
『ゆるキャン△』ビジネス戦略の秘訣とは
YouTube/Anime Channel by フリュー, ©あfろ・芳文社/野外活動委員会
——第1作目のDVDとブルーレイは大ヒットし、ショートアニメ『へやキャン△』も好調。ワンシーズンで1万枚売れたら大成功とも言われる中、ビジネス的にも大きな結果でした。
「今の時代を生きる人たちに、どうやったらこの作品は受けて入れてもらえるだろうか」という問いは、今も制作現場で出ている言葉だと思います。
この作品の企画書では「20代から40代」「キャンプが好きでツーリングを好きな人たち」を届けたいファン層として掲げました。この厳しい時代にあって、その最前線で戦っている方々だと思ったからです。
でも時には日常から脱出、「旅に出たいなあ」と考えることもありますよね。そんな人たちに届くアニメにしたかったんです。
——たしかに。『ゆるキャン△』を見ると「あぁ……私も旅に出たいなぁ」という気持ちになりますよね。
作品の中ではキャンプ用品が紹介されていたり、登場人物がバイクでツーリングしつつ景色を楽しんだり、アウトドアの魅力が紹介されている。
特にキャンプやツーリングがお好きな方には、このアニメの空気は喜んでもらえるかもしれない。その意図がうまく合致したのかもしれません。
成功のカギは『ゆるキャン△』を愛してくれるファンを逆算できたこと
HTBの人気番組『水曜どうでしょう』とのコラボグッズも話題になった。
撮影:ERIKO KAJI
—— DVDの売り上げやグッズの売り上げ、それはひいてはビジネスとして収益を上げて、コンテンツがずっと続いていく、作品が続いていくというところにつながっていく。
自分の立場からすると、「いい作品を作る」のは当たり前で、むしろ「それを収益化する」ことが重要でした。原作は素晴らしい。スタッフも頑張っている。その上儲かれば、みんなハッピーになれるわけですから。
そのためにはBlu-ray/DVDをしっかり売っていく必要がありました。
最近は配信も主流になってきましたが、「ローカルを突き詰める」という意味で言えば、日本のアニメの戦い方は、まだまだ円盤(編注:Blu-ray/DVDのこと)なんですよね。特に『ゆるキャン△』はその比重が大きいかもしれません。
とはいえDVDは高額商品です。「欲しい」ものでなければ買ってはもらえないし、そもそもアニメが放送しているということを伝えなければ、存在すら知ってもらえない。
なので、制作と同じくらい注力したのが宣伝です。自分も一から宣伝を勉強して戦いに臨みました。
宣伝チームに最初に伝えた宣伝のコンセプトは、「今回は、ビデオグラムを1万枚売る宣伝をしよう」でした。
円盤の売り上げを宣伝で目標付けるなんてことは本来、『ゆるキャン△』のような深夜向け企画ではやらないことかもしれません。でも今回はきっぱり明確にしておきたかった。クリア条件をはっきりさせたかったんです。
SNSのフォロワーがいくらいくらとか、イベントを何回やるとか、それはもちろん大切。が、それらを「連結させる」ことが必須だと思っていました。一つひとつの施策がすべて有機的につながって積み上がっていけば、必ず結果は出るからと、宣伝チームにもだいぶ介入してしまいました。きっとかなり……嫌がられたと思います(笑)。
ここまで宣伝に本気になったのは、自分としては本作が初でした。
撮影:ERIKO KAJI
今となって思えば、『ゆるキャン△』という作品を愛してもらえる方たちを、最初の時点で逆算できたことが、ビジネス戦略としてもプロモーション戦略としても当たったのだと思います。
ただ、嬉しい誤算もありました。第一作目の放送終了後、「家族で見ています」「子供も楽しんでいます」というお声をたくさん頂戴したんです。
イベントで山梨に行くと、娘さんを膝の上に乗せたお父さんが最前列にいらっしゃったりして、すごく感動しました。
実は、子供にも楽しんでもらえるアニメをずっと作りたかったんです。救われたような心地になったのを鮮烈に覚えています。
──ホットサンドメーカーなど、グッズにも作品愛を感じました。作中にも出てくる道具がグッズになっていたりする。
グッズは突き抜けてこだわっていますね。キーワードは「追体験性」かなと。
そのグッズを持っていることで、自分も作品世界の中にいるかのような気持ちになって、あっちにもこっちにもキャンプに行こうとワクワクしてくるものであって欲しい。
そういうグッズは、自分の気持ちも高揚しますよね。身に着けているだけ、持っているだけで嬉しいグッズとして買っていただければ、個人的にも嬉しいです。
コロナ禍で問われるアニメーションの宣伝方法
2020年はコロナ禍でアニメーション業界の一大イベント「AnimeJapan」が中止になった。
出典:Twitter/@animejapan_aj
──2020年はコロナ禍でAnime Japanやコミックマーケットなど、大きなイベントがリアルで開催できない状況でした。DVDの発売に合わせた「お渡し会」なども、昨今の情勢では難しいですよね。
たしかに業界として宣伝の場が減ったことは、課題かもしれません。
ただ、イベントのような従来の方法が封じられたことが、新しい方法を考えるためのきっかけになったのではないかとも感じています。
既存の概念が、いまちょうど壊されているんじゃないでしょうか。これまで先人たちが20年ぐらいかけて培ってきた宣伝の仕方を、「ここで1回崩して、新しく考え直しなさい」と言われているのかなと、僕はそう思うようにしています。
公式サイト「アニメ『ゆるキャン△』ポータルサイト」では制作秘話や絵コンテなど、アニメ制作に関わる資料や証言などが随時公開されている。
出典:アニメ『ゆるキャン△』ポータルサイト、撮影:吉川慧
──これまでの手法が使えなくなったからこそ、自分たちが好きなコンテンツをどうやって伝え続けていくことができるか、そこが問われる時代になった。
そうですね。今の時代は、これまで以上に作品で勝負する方法を打ち出す必要があると思っています。
かつ、今までとは違うアプローチをとることで、作品を知らなかった人たちに知ってもらうきっかけになるもしれない。
例えば『ゆるキャン△』では、キャストさんの稼働頼みにするのではなく、どうしたら作品そのものが稼働できるのか考えていこうぜと、幾度もブレストを繰り返しました。
売り込まなきゃいけないのは第一にキャラクターとストーリーなんだから、それは諦めずにいきたいよねと。
この方法は一定の成功は収めることができたのかな……とは思います。でも『ゆるキャン△』はこれからも、時代に合わせて新しい宣伝や作品の良さを伝える挑戦をし続けていきます。
「得られる価値観」を示すことがヒットのカギ
『ゆるキャン△』ティザービジュアル
© あfろ・芳文社/野外活動委員会
——ファンの『ゆるキャン△』への「愛」を、持続可能なビジネスに結び付けることが、魅力ある作品を更に広く伝えることにつながる。
そのためには、きちんと作品の「価値観」を提示できるかどうかが勝負だと思っています。
高いお金を払っていただいてDVDを買っていただく以上、価値があると思われないといけません。作品が面白いことは当たり前。「DVDが欲しい」と思ってもらえる作品にしなければいけません。
お客さんが求めている価値観にリーチできるか。そこがカギでした。
——作品を見ることで得られるであろう「価値観」を示せるかは、作品のヒットにも関わってくる、と。
ただし、今の時代、価値観は一つではないですよね。アニメであれマンガであれ、いくつもの価値観を丁寧に織り込めるかが重要なんだと感じています。
例えば2016年に大ヒットした『君の名は。』(新海誠監督)。素晴らしい映画で、私も大変影響を受けました。あの映画を観た人の多くは、「泣ける」「恋がしたくなる」と思うかもしれない。でもそれだけじゃない。
例えば「音楽が素敵だな」とか「キャラクターがかわいいな」とか「背景が美しいな」とか、そう思う人もいる。物語が面白いとか、SFとしてご覧になった方もいらっしゃるかもしれない。
つまり、映画が内包している価値観が恐ろしいほど重層的なんです。普段アニメを全く見ない僕の友人も、「すごく深い話だよね」と言っていました。
どう感じるかはお客さん次第。でも、価値観を予感させるような仕掛けを、本編はもちろん予告編やビジュアル、キャッチコピーなどにちゃんと織り込んでおく。
小さな仕掛けを重層的に施すことで、それぞれが欲しかったものを享受できるようになるのかもしれません。
『ゆるキャン△ SEASON2』ティザービジュアル。
© あfろ・芳文社/野外活動委員会
——裏を返せば「これを見たら何を得られるのか?」が見えないものは、なかなか受け入れてもらえない。
それは結局、時代の気分というものに影響されるんだと思います。
2020年を振り返ると、上半期は『半沢直樹』で、下半期は『鬼滅の刃』が大ヒットしましたよね。この2つは、そこが非常に明快だったんじゃないでしょうか。この鬱屈とした空気をぶち壊したい、突破したい……そんな雰囲気を感じました。
企画を生業にする自分のような者は、作品によって得られるであろう価値観を示し、なおかつそれを言葉にできるか。それが勝負だと思っています。
2021年という新しい時代の始まりに、『ゆるキャン△SEASON2』はどんな価値観を提示できるのか。いや、それよりもまず、皆さんに喜んでもらえるのか…祈るような気持ちで1月を待っています。
スッキリする作風では無いかもしれませんが、それでもご覧いただいた皆さんがちょっぴり優しい気持ちになれたり、日常の尊さなどを感じていただけたり、皆さんなりの『ゆるキャン△』を楽しんでもらえたらいいなと、願ってやみません。
(聞き手・編集・構成:吉川慧 撮影:ERIKO KAJI)