China Photos/Getty Images
「経済を回す」。2020年を通じて、使われ続けたフレーズだ。
日本は緊急事態宣言が明けた夏以降、飲食と観光業を「Go To」キャンペーンで支援し、経済を回そうとしたが、感染抑止との両立が困難になり、年末年始の書き入れ時を前に急停止して、混乱を招いている。
中国は日本に比べると、サービス業への支援策はそっけないものだった。武漢市を中心に感染が爆発した1ー3月の外出・営業制限と経済の落ち込みはかなり厳しいものだったが、経済再開後、中央政府の支援はエコカーなど製造業、構造改革の促進に集中。飲食・観光業については、地方政府とアリババなどIT企業の支援はあったものの、基本的には自助努力による回復が求められた。
1ー3月にマイナス6.8%成長に落ち込んだ中国のGDPは、4ー6月に3.2%増とプラスに転じ、7ー9月は4.9%増と成長幅を広げた。経済協力開発機構(OECD)は9月、世界の2020年のGDP成長率がマイナス4.5%に落ち込む中で、中国はG20を構成する国の中で唯一プラス成長(1.8%増)を確保するとの予測を公表した。
世界的に見て中国経済が好調なのは間違いないが、消費の回復度合いはどの程度なのか。今回は非製造業にフォーカスして、1年の動向を振り返る。
消費:コロナ後も飲食業は立ち直れず
社会消費財小売総額は3月を底に回復基調にある。
中国国家統計局
中国国家統計局は12月15日、1—11月の社会消費財小売総額が前年同期比4.8%減の35兆1415億元(約556兆円)だったと発表した。自動車を除いた品目の減少幅は5%。単月の数字は8月にプラス転換し、以降伸び幅は毎月拡大している。2020年の消費は2019年比微減で着地する見通しだが、年初の暗黒ぶりを思えば、予想以上の立ち直りと言える。
ただ、消費ジャンルの内訳を見ると、1ー11月の商品小売額が同3.0%減だったのに対し、飲食業収入は同18.6%減の3兆4578億元(約55兆円)。11月単月でも同0.6%減っている。もともと飲食店の開閉店サイクルは日本よりも短いが、コロナで淘汰がさらに加速しているようだ。
外出制限、巣ごもり消費は中国の飲食店に打撃を与えた。2020年12月、三亜市の火鍋レストラン。
REUTERS/Tingshu Wang
飲食店の不振が続く一方で、年初の“巣ごもり”を機に消費のオンライン化は一層進んだ。
1ー11月のオンライン小売額は前年同期比11.5%増の10兆5374億元(約167兆円)。物品に絞ると同15.7%増の8兆7792億元(約139兆円)で、社会消費財小売総額の25%に相当、消費の4分の1がオンラインで行われている計算になる。物品の中でも食品のオンライン販売額は同32.9%増と急増しており、2016年にアリババが市場をつくったネットスーパーが本格的に普及段階に入ったことがうかがえる。
また、インバウンド市場が消えた欧米のブランドが、中国消費者向けにオンライン店舗を開設する動きが活発化。グッチは12月18日、アリババのECサイト「Tmall(天猫)」にフラッグシップショップを開設すると発表した。皮製品や靴、衣料などを扱う店舗を12月21日に、化粧品店舗を2021年2月にオープンする。Tmallには今年1年でカルティエ、プラダ、ケンゾー、ミュウミュウ、アルマーニ、ディオールがフラッグシップショップを開設した。
旅行:感染収束とともに近場→辺境→温泉に変化
中国のビーチリゾート、海南島三亜でサーフィンを楽しむ観光客。2020年11月撮影。
REUTERS/Tingshu Wang
国を越えた移動が困難になり、各国ともに構造が急変しているのが旅行だ。
武漢のロックダウンともに北京の故宮や上海ディズニーランドなど主要観光施設を閉鎖して、業界に巨大な損失が出た中国も、感染拡大に歯止めがかかってからは国内旅行を推進している。
日本と違うのは、国内旅行の推奨範囲を段階的に拡大した点だ。
4ー6月の連休は、都市や省をまたがない域内旅行を推奨した。この頃には中国は移動情報を収集して感染リスクを3色で表示するアプリ「健康コード」を運用しており、都市をまたぐと健康コードの色が「赤」に変わって公共施設やオフィスへの出入りが制限されたため、消費者も自発的に近場観光を選んだ。また、公共交通機関より自家用車での移動が安全とみなされ、自動車の販売にも寄与した。
1日の新規感染者数(入国者を除く)が1桁まで減り、国内での感染リスクが下がった10月の国慶節の8連休では、雲南省やチベット自治区など、異国情緒を味わえる観光地への旅行が増えた。
そして最近のトレンドが「温泉旅行」だ。オンライン旅行会社が発表している年末年始の宿泊施設予約動向では、温泉付きホテルへの予約件数が前年同期比で倍増している。アリババ系オンライン旅行サイト飛猪(フリギー)によると、12月に入って全国の気温が下がるとともに、温泉ホテルの予約が激増した。北京や広州など都市部の温泉ホテルの宿泊料は前年同期比で4割上昇している。
12月に入り、旅行予約サイトでは温泉ホテルの予約件数が急増している。河南省洛陽市で2016年撮影。
REUTERS/Stringer ATTENTION EDITORS
温泉旅行の2ー3割を占めるのが1960年代生まれの50代で、次に多いのが20代だという。この数年、中国人の春節の海外旅行人気ランキングで日本は常にトップ3に入り、訪問先も青森や飛騨高山など多様化していた。2021年の春節(2月中旬)は中国人が自由に海外を旅行できる可能性は小さく、国内旅行で代替するニーズがさらに広がりそうだ。中国の観光地や宿泊施設にとっては、これまで海外に出ていた高所得者層を取り込むチャンスであると同時に、サービスの質をアップデートしなければ客を呼び込めない試練にもなっている。
中国政府も、コロナ禍の長期化と2022年の北京冬季五輪をにらみ、国内旅行市場の成長計画を具体化している。2019年の中国の国内旅行者数はのべ60億600万人、旅行収入は6兆6300億元(約105兆円)だったが、中国観光研究院は今後5年で、国内旅行者数がのべ100億人、消費が10兆元(約158兆円)に増えるとの試算を発表した。
2020年は新型コロナの拡大で、ヘルステック企業が急成長した。EC大手「京東集団(JD.com)」傘下で、2019年5月に子会社として設立された「京東健康(JD Health)」は時流に乗って2020年12月に香港証券取引所への上場を果たした。
2021年は、5GやAI、ビッグデータを活用した「トラベルテック」が勃興するとの予想が多い。テクノロジー投入の余地が大きく、世界のコロナ禍が収まらなければ、市場拡大も確実な分野だ。この3~4年でアリババ、テンセントなどメガITはM&Aで旅行会社も傘下に収めている。日本の観光地もオンラインを活用したインバウンド施策を展開することになるだろう。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。