スマートニュースCEOの鈴木健さん。10月中旬から約1カ月間アメリカに滞在して、大統領選を“体感”した。
提供:スマートニュース
2020年の最大のニュースは新型コロナウイルスの感染拡大と米大統領選だった。この2つの出来事によって私たちが突きつけられたものは、より深刻化する世界の分断だ。
スマートニュースはアメリカで、メディアによって「分断の解消」という難題に挑んでいる。前回大統領選から4年間、くまなくアメリカを巡り、異なる価値観を持つ人たちに対話のきっかけをつくろうと奔走するスマートニュース会長兼社長CEOの鈴木健氏に、取材した。
前編は、米大統領選とアメリカの現状について。
—— 前回の米大統領選に続き、今回もアメリカに滞在されて大統領選をレポートしていらっしゃいました。4年前と比べてどんな変化を感じられましたか?
鈴木健(以下、鈴木):今回は10月中旬から11月中旬まで約1カ月滞在しました。ウィスコンシン、オハイオ、ペンシルベニア、サウスカロライナを回り、11月3日の投票日をフロリダで迎え、それからネバダに移動して、いわゆるスウィング・ステート(共和党・民主党の支持率が拮抗する州)と呼ばれる地域を中心に、6つの州を回りました。
4年前も分断は進んでいましたが、はっきりと意識している人は少なかったように思います。今回の訪米で、米国社会の分断がより顕在化していることを強く感じました。
前回の選挙では、民主党支持者はヒラリーが勝って当然だと思っていて、まさかトランプが勝利するとは「誰も」思っていなかった。しかし「誰も」と感じていたのは民主党支持者だけで、トランプを支持する40%の人たちはトランプ勝利を信じていたわけです。
まさにエコー・チェンバー(自分たちの意見だけが増幅されて返ってくる閉鎖された空間)の中で、自分と意見の異なる人の声が届かない状況にあったわけですが、4年前は、そのことに気づいていなかった。
今回はお互いに対する敵対心が強まり、溝が深まっていた。特にトランプ支持者たちの「トランプこそ正義」という確信が強まっていると感じました。
——その確信はどこから?
鈴木:実際に、岩盤支持層と言われるトランプ支持者の話を聞くと、「彼は約束を守った」というんですね。「選挙公約もちゃんと守った。彼は仕事をしている」と。もちろん4年前もそうした人たちはいましたが、当時は政権を取る前だったので、それはあくまでも“期待”でした。今回はトランプの実績に対する絶大な信頼感を感じました。
反トランプグループの人と。一方で、トランプ支持者の絶大なトランプの信頼も感じたという。
提供:スマートニュース
——敗戦が濃厚になった後も、トランプ大統領は「選挙に不正があった」とツイートし続けましたが、途中から一部のメディアはそのツイートの報道をやめました。一国の大統領の発言を報じないというのは、メディアにとって苦渋の決断だったと思いますが、鈴木さんはどうご覧になりましたか?
鈴木:社内でも相当議論したのだろうと思います。トランプに限らず間違った政治家の発言は世界中で日常茶飯事で、それも含めて逐一報道していくのがジャーナリズムの基本的なスタンスですから。それでも今回はトランプ発言を信じてしまう人がいることを懸念しての選択だったわけで、報道機関としては一歩踏み込んだ対応をとったと思います。
メディアの中立性に関して、アメリカでは「フェアネス・ドクトリン(公平原則)」といって、米連邦通信員会(FCC)がテレビ・ラジオに対して、政治的に重要なテーマについて公平な報道をするよう義務づけていたものがあったのですが、1987年に廃止されています。今回、一部のメディアがトランプの発言を報道しなかったことは、メディアの分断が広がっている象徴といっていいと思います。
敗北したとはいえ、共和党候補として過去最高の票を得たトランプ大統領。
Reuters/Jonathan Ernst
2016年の大統領選挙でトランプに票が流れた大きな理由のひとつは、FacebookやTwitterの影響が指摘されますが、僕はCNNが取りあげたからだと思っているんです。激戦州でトランプに票が流れた田舎に言っても、電波などのモバイル環境は良くなく、インターネットをそれほどヘビーに使っているわけではない。
スウィング・ステート、あるいはカウンティ(郡)と呼ばれる地域は、もともとリベラル層が多かったので、CNNを見る人が多い。CNNがトランプを批判的に取り扱っていたとしても、トランプの声が直接視聴者に届いたことで、動かされた人たちが多くいたのではないかと思います。
今回は、保守系メディアであるFOXニュースがアリゾナ州でのバイデン勝利をいち早く報じたことで、トランプ陣営から大きな反発を受けました。保守かリベラルか問わず、それぞれのメディアの中でいろいろな議論が行われた上でのことだと思います。
「News From All Sides」の挑戦
スマートニュースの「News From All Sides」機能。自分と異なる意見に簡単に触れることができる。
提供:News From All Sides
——この4年間、米社会の分断に対して、スマートニュースは2019年9月に、「News From All Sides」機能(アプリ画面のスライダーを操作することで、保守層とリベラル層双方の視点で編集されたニュースを比較できる)をアメリカでスタートされました。テクノロジーの力で自分と異なる意見に触れられる取り組みですが、手応えを感じていますか。
鈴木:現地でスマートニュースユーザーの方たちに話を伺ったのですが、やってよかったと思いました。フィラデルフィアとサウスカロライナのチャールストンで個別インタビューをしたのですが、びっくりするくらい使われていて。
フィラデルフィアの教師は、学校の授業で使っているそうです。授業で選挙の話を取り上げて、異なる立場の意見があることをスマートニュースを使って教えていたのだと思います。チャールストンで会った音響エンジニアの若者は、彼自身はリベラルですが、両親は保守派で、両方の意見を見られるのが良いと言っていました。そういうユーザーはアメリカ中にいるんですね。
リベラルや保守それぞれジャーナリストや政治家にも会いましたが、おおむね肯定的でした。自分と異なるスタンスのニュースに触れて、理解することの必要性はみんな感じていて、そういう便利なツールとして評価してもらっているのかなと。
黒人男性が警官に発砲され、大規模なBLM運動や暴動が起きたウイスコンシン州ケノーシャも訪れた。
提供:スマートニュース
——まるでパラレルワールドのように異なる意見が存在するアメリカで、この機能を使って自分と反対の意見に触れた時、どのような反応があるのでしょうか?
鈴木:そもそもまったく理解できないという反応もあります。妊娠中絶問題や同性婚の問題など都市部では当たり前に目にする意見が、アメリカの田舎の方では何を言っているのかすらわからないという反応もある。
ただ保守とリベラルが対立する全ての論点で、100%保守、逆に100%リベラルという人もそこまで多くない。中絶にしても、保守層でも容認する人はいます。10個のテーマがあったら、そのうち7、8個は保守寄りで、2、3個はリベラルという人もいるわけで、みんなが10対0、0対10というように、きれいに分断しているわけではない。
そういう時に、自分は保守だけれども、このテーマだけはリベラルなんだなという視点を持てることが、スマートニュースが提供できている価値のひとつではないかと思います。
「News From All Sides」のデフォルトの設定は保守・リベラルの真ん中で、自分でスライダーを操作することで、右寄り、左寄りの意見をそれぞれ見られますが、どちらかに固定している人もいれば、片方しか見ないという人も少数ながらいます。自分がゴリゴリの保守だからこそ反対の意見を見ておきたいという人もいる。
もちろん我々が提供しているサービスで社会の分断を解決できるなどという生易しいものではありませんが、分断の背景にあるのは相互不信であり、共感の欠如ですよね。そこにどうアプローチできるのかが次のチャレンジになると思っています。
鈴木は同僚たちと4年間アメリカを回り、多くの人たちと対話を重ねてきた。
提供:スマートニュース
——あえて自分と異なる意見を知ろうというのは、知的リテラシーの高い人に限られそうですが、そういう層だけをターゲットにしているわけではないと。
鈴木:究極的には、どんな人にも使ってもらえる国民的サービスを目指しているので、特定の読者層はあえて設定していません。これまでスマートニュースを使っていない人に使ってもらうにはどうしたらいいか常に考えています。
あらゆる人は複数の側面を持っていますよね。異なる政治的信条を持ちながら、それぞれの地域に根づいた生活者の側面を持っている。スマートニュースでは、政治チャンネルもあれば飲食店のクーポンチャンネルもあるというように、エンターテインメントも含めた多様なチャンネル機能を用意しています。それぞれの側面を立体的に見て、良質な情報を提供していきたいと思っています。
アメリカの民主主義を再興したい
アメリカで流したスマートニュースのテレビCM。
Business Insider Japan編集部が動画をキャプチャ
——政治ニュースの配信にあたっては、アルゴリズムだけではなく人力も介在しているのですか?
鈴木:我々の基本的な考え方は、人と機械がコラボレーションすることで最高の結果を出すというものです。機械が強いところは機械で、人が得意なところは人でというように、ハイブリッドが一番強い。
政治的なコンテンツは極めてセンシティブな領域ですから、特に配慮して、人の手を入れてチェックしながら配信しています。また社員一人ひとりは当然それぞれの政治的意見を持っていますが、ニュース配信においては個人の意見を持ち込まないようにしようと社内でも議論して決めていました。
——日本のスタートアップの中でも、早い時期からアメリカでの事業展開に取り組んで来られました。ユーザベースはアメリカのQuartz事業からの撤退を決め、苦戦してきたメルカリは、コロナでようやく追い風を受けた状況です。スマートニュースは諦めずに続け、2019年10月末時点の公表数値ではダウンロード数が日米で5000万以上になり、企業価値も1000億円を超えるユニコーン入りも果たされています。なぜ米国市場を諦めず続けてこられたのでしょうか。
鈴木:やっぱりアメリカで勝負したいからです。僕自身、シリコンバレーで大きな刺激を受けました。もう一つは、アメリカの民主主義を再興したいからです。
19世紀に『アメリカの民主政治』を刊行したアレクシ・ド・トクヴィルはフランス人でしたが、アメリカの民主主義を再発見したといわれています。自分をトクヴィルになぞらえるわけではありませんが、外国人だからこそ貢献できることがあるのかなと思います。
スマートニュースを通じて米国社会に貢献したい、さらに世界の民主主義に貢献したいという気持ちは明確にあります。
3つめは、やっぱりチームですね。米国オフィスでも奇跡的にすばらしいメンバーが集まっています。
アメリカの民主主義を再興するという理想で集まっているいう点では、もしかしたらアメリカの会社以上にアメリカらしいかもしれません。彼らと一緒に勝ちたいなという気持ちがあります。(後編に続く)
(聞き手・浜田敬子、構成・渡辺裕子、浜田敬子)
鈴木健:1975年、長野県生まれ。1998年慶応義塾大学理工学部物理学科卒業。2009年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。情報処理推進機構において、伝播投資貨幣PICSYが未踏ソフトウェア創造事業に採択、天才プログラマーに認定。2012年スマートニュースを共同創業。2014年9月SmartNews International Inc.設立、Presidentに就任。2019年6月より単独CEO体制となり現職。 著書 に『なめらかな社会とその敵』。