※この記事は2021年1月2日初出です。
前回に引き続き、対談相手は最新刊『人新世の「資本論」』がベストセラーとなり、若手オピニオンリーダーとして注目を浴びる、経済思想史の研究者・斎藤幸平さんです。斎藤さんが語る暴走する資本主義への処方箋「脱成長コミュニズム」とは何か。後編で詳しく伺います。
——超富裕層が1つの国家予算並みの資産を持っているのは明らかにおかしい。富裕層には彼らのビジネスに規制を、逆に低所得者層には教育や医療の無償化によって豊かになってもらう。そして、今の格差社会をもう少し平等で社会にしていくというお話を前編でしていただきました。
こうした試みを斎藤さんは「脱成長コミュニズム」と呼び、提唱しています。この意味をもう少し教えていただけますか?
山口周氏(以下、山口):「脱成長コミュニズム」とは、 GDPで豊かさを測るような社会をやめようということでもありますよね。
斎藤幸平氏(以下、斎藤):そうです。GDPはどれだけ生産したか、という指標ですが、生産しても生存に必要な環境が破壊されれば、豊かだとは言えません。また、生きていくのに必要なものが超富裕層に独占されれば、当然、普通の人々は困窮する。豊かな自然や図書館など、GDPに反映されないけれど、エッセンシャルなものもたくさんあります。
じゃあ、本当の豊かさはどうすれば手に入るのか。
私は、あらゆる人々が生きていくのに必要なもの、例えば水や電力などを「コモン」という共有財産として民主的に管理することから生まれると考えています。あらゆる人が生きていくのに必要なものを市場から引き揚げてしまい、もっと平等や自然環境を重視する社会に移行していく。『人新世の「資本論」 』の中でも書きましたが、そのほうが、トータルでずっと幸せな社会になるのではないでしょうか 。
みんなの財産をみんなで管理するコモン
環境破壊をしながら経済成長する社会は果たして本当に豊かなのか?(画像はイメージです)。
Larina Marina / shutterstock.com
山口:全くもって賛成です。僕はそもそもお金を稼いでも仕方がないとか、稼ぐことのバカバカしさみたいなものを作っていくのもいいのではと考えます。具体的には資産税や、いわゆるベーシックインカムの導入などが、この先やはり必要なのではないか。
斎藤さんは、これらの政策についてはあえて本書で言及されていないようですが、政策についてはどう考えますか?
斎藤:資産税については賛成ですが、『人新世の「資本論」』では、税金についてはあえて書きませんでした。なぜなら、今回の本で僕はどうしても今の社会に疑問を感じている人々をエンパワーメントしたかったからです。
日本では、社会システムの議論というと、税金のあり方やベーシックインカムなど、政策論に陥りがちです。でも政策論になってしまうと、個人でできることはあまりないですよね? 結局は政治家や官僚など「一部の専門家が考えてください」という話になってしまう。
そうではなく、みんなの財産をみんなで管理する、「コモン」を作っていくことのほうをまずは提唱したい。政策論より、政策が議論される場そのものを自分たちで少しずつ変えていく。つまり、日本では弱い、下からの社会運動、市民運動をエンパワーしたかった。今、資本主義に疑問を持っている人たちはたくさんいると思いますが、ではどうすればいいのか、もっと自分たちにできることはないのかとモヤモヤしている人は多いでしょう。
山口:確かに、いろいろな人たちが今、この社会を「問題だ。おかしい」と思いながらも「じゃあどうすればいいのか」については、具体的なビジョンをなかなか持てないでいますからね。人々のエンパワーメントがまず必要ですね。
ベーシックインカムよりベーシックサービス
環境保護活動家グレタ・トゥーンベリにエンパワーメントされた若者たちによる気候変動デモは、ヨーロッパを中心に広がった。
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斎藤:とはいえ、ひとつ前の本の『未来への大分岐』ではベーシックインカムについては少し話をしていて、ベーシックインカムという形でお金を配ることには反対しています。
山口:なぜでしょう?
斎藤:今回、コロナ禍における経済政策として特別給付金10万円を国民全員に配りましたよね。一度きりなので、もちろんベーシックインカムとは簡単に比較できませんが、別にもらわなくてもよかった多くの人たちにも渡ってしまっていたという問題があった。
むしろ、必要なサービスを受けるのにお金がたくさんかかるせいで困っている人たちに、無償提供するほうがいい。例えば高価なPCR検査などを無償化する。あるいは、貧困層への住宅補助を、これを機に恒久化していく。その意味では、経済学者の井手英策さんが提唱しているベーシックサービスのほうが、べーシックインカムより有効だと思います。
ただ、私と井手さんと違うのは、財源を消費税に求めるのではなく、富裕層に対して資産税をかけ、そこから得たお金でサービスの無償化を進めていくという点です。そこは、山口さんと一致していますね。
いろいろなモノをコモンとして脱商品化していくことで、生活のためにひたすら働かなくてはいけないというプレッシャーから解放されることが重要だと思います。この点については、マルクスの定義した「必然の国」と「自由の国」というのが役に立つと考えています。
重要なのはモノの使用価値を変えるものとケア労働
撮影:露木聡子
——斎藤さんの著書によれば、「『必然の国』とは、生きていくのに必要とされるさまざまな生産・消費活動の領域のこと。『自由の国』とは、生存のために絶対的に必要ではなくとも、人間らしい活動を行うために求められる領域。芸術や文化、スポーツなど」。ごく簡単に言うと、労働から解放されている社会が「自由の国」でもあります。
斎藤: 今の社会、特に日本は分かりやすいのですが、必然の国の割合がめちゃくちゃ大きくなってしまっている。コロナで状況が少し変わりつつありますが、私たちはめちゃめちゃ労働していて、余暇の時間がほとんど持てない。一方で、この必然の国で何を作っているかというと、ぶっちゃけどうでもいいものを作っている。つまり、実際は、全然必然じゃない(笑)。
すぐに捨てられてしまうようなものが大量に作り出され、だから、ますます広告だとか過剰な包装だとか、実質的には、そのモノの使用価値(本来の効用)を全く変えないようなものに、大量のエネルギーや労働力が注がれている。そういう非常に不効率な経済になっている。
つまり、資本主義経済は実は効率的ではない。ただ、膨大な無駄を生み出すことで、なんでも手に入る状態を無理やり作り出しているだけです。
それに対して、私が提唱しているのは、そんな必然の国の領域をもっと使用価値ベースにしていくことです。マーケティングだとか広告だとかは必要ないので減らす。コンビニやファストフードが24時間無休である必要もどこにもありません。
他方、重視すべきは使用価値とケアに関わること。農業や林業のような自然のケアもそうだし、介護や看護、保育、教育のような社会の他人のケアをするような労働もそう。これらをもっと重視する。
すると、必ずしも生産力をむやみやたらに上げていかなくても、無駄な労働を減らすことで、余暇の領域が広がって、自由の国の領域が広がっていくのです。
握手券付きCDを売って儲けても本当は不幸
今の広告は脅迫的で、消費者を常に駆り立てていると斎藤さんは指摘する(画像はイメージです)。
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山口:広告会社に勤めていたので、広告をなくそうというのが特に面白いなと思いました。なぜ広告をなくすのですか?
斎藤:今の広告は非常に脅迫的です。広告が「これを消費することでなりたい自分になれるぞ」と消費をあおっている。美容の広告などは典型的ですよね。「お前は欠陥がある」「この広告のモデルを見てみろ。こんなに美しいではないか。これは私たちの商品を消費したからだ」と言っている。
そうやって駆り立てて、「この化粧品を買わなければいけない」「この育毛剤を使わなければいけない」「このダイエット薬を飲まなければいけない」となってしまっているのではないか。
韓国ではソウル市が美容整形手術の地下鉄広告を規制しましたが、脅迫的な広告を規制することは、消費のスローダウンの契機になり、もっと自分たちが本当にやりたいことを自由に考えられるようになるのではと思うんですね。
また、広告は常に我々を新しいものに向かわせます。例えば、新しいiPhoneがどれだけすごいかをあおってくる。けれども、次に出てくるiPhoneは実は前と大して変わらない。たいして違わないものを、毎回、世紀の大発明であるかのように見せかけるために、広告は本当に膨大な労力、エネルギーや資源を無駄にしています。
脅しによって更なる消費や競争を駆り立てることは、社会全体にとっても非常に不健全であり不健康。こうしたことに関わっている仕事の人たちも、やはり幸せではないでしょう。
山口:マーケティングの餌食になっている。そしてその仕事はまさに人類学者のデヴィット・グレーバーが言っていたBullshit Jobs(クソどうでもいい仕事)。
斎藤:「握手券を付けるから、もっとCDを買ってください」ということをやっている人たちも悲しいと思います。自分の作っているCDが、実際は握手券のためにみんな買っていることを知りながら作っているのだから。
あるいは、この商品はすぐにセール品になるということを分かりながら、「これは一生ものですよ」と言って売る店員も悲しい。それを作っている職人たち、そういう店で働いている人たちも正直言って悲しい。こういうのも僕は見直していくべきなのではないかと思います。
牛丼を食べながら環境問題を訴えてもいい理由
撮影:伊藤圭
山口:そうなるには個人個人が「自分はこれで十分」と思えるようになったり、他者からの情報に惑わされない、個の確立とか自分なりの価値観をしっかり持つ必要もあるのでは? 特に日本の場合、そこにものすごく大きな課題があるように感じます。個の強いフランスなどはなかなか広告が効かないと聞いたことがありますが、日本特有の難しさはありませんか?
斎藤:僕は個の弱さの問題というものも、広告やマーケティングによって、オルタナティブな生き方や思考法を見つけられなくなっているせいではないかと見ています。どこを見回しても、どうやって金儲けするか、どうやってもっと良いものを手に入れるかみたいな広告ばかり。「これが社会の普通の考え方なんだ」と日々、広告によって刷り込まれている。いろいろなオルタナティブは目に入らない。そこから脱出するためにも広告から距離を取る必要があります。
山口:個人の価値観を強化する必要はない?
斎藤:「個人が弱いから、なびいてしまうんだ」と捉えると、個人が強くならなければいけない、自分が変わらなければいけないという議論になってしまいます。これは誰に都合が良いか。それは強者の理論で、新自由主義の自己責任論と親和的です。
環境問題も同じで、「環境にもっと優しい生活をしなければいけない」となると、肉を食べてはいけない、ファストフードのハンバーガーや牛丼は避けよう、環境に優しいものだけ買おうなど、個人の努力の話に矮小化されがちです。
環境保護活動家のグレタ・トゥーンベリが「システムを変えろ」と主張するのは、「個人の努力の話に矮小化するな」という今の話とつながっています。グレタは自分は飛行機に乗らないし、ヴィーガンだし、非常に環境に優しい生活をしている。だからといって「これをやらないお前らは全員クソだ」「肉食ってるやつはクソだ」「飛行機乗っているやつはクソだ」とは言っていない。
この社会でサステナブルに生活をすることは、非常に難しい。それはシステムのせいです。自分はたまたま個人として選択できるけれど、多くの人、特にお金がない人たちに、サステナブルな生活をしてください、と言っても難しい。だから、そういう人たちも楽に、エシカルでサステナブルな生活ができるようにする責任は企業に、そして政府にあるとグレタは言っているのです。
つまり、安い牛丼を食べている人でも、「500円でベジタリアンのものを提供してくれよ」とか「今のシステムがおかしいから、それ自体を変えていってくれよ」という声をあげていい。個人が変わるよりもシステムを変えてしまったほうが最終的には効率もいいし、みんなもあまりつらい思いをしなくて済むのではないかという気がしています。
山口:僕も声をあげ続けようとは思っているのですけれども、なかなかくじけそうになります。
斎藤:でも、山口さんのように資本主義の中心にいた人が訴えるからこそ、リアリティもあるし、心に響く人もいると思います。
だって、多くの人は薄々今のままのやり方を続けることはできないと気が付きつつある。けれども、はっきりと資本主義の歴史的使命が終わったと宣言する勇気がないだけだと思うのです。
だからもう一度はっきり言えば、人間、そして自然のために、無限の経済成長は諦め、スローダウンする必要がある。それは貧しくなるのではなく、庶民には、より豊かな生活を実現してくるものです。
その基盤が、「コモン」です。だからこそ、僕のいうコミュニズムは、旧ソ連のような社会ではもちろんなくて、コモンを重視した社会「コモニズム」であり、脱成長コミュニズムなのです。
山口:コミュニズムというのは、もともとの言葉で言うとコモンであり、コミュニティーにつながります。改めて言葉の原点に立ち返ってみると共同体として健全であるということを目指そうということですね。よくわかりました。そして勇気をいただきました。ありがとうございます。
山口周:1970年生まれ。独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。World Economic Forum Global Future Council メンバー。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了後、電通、ボストン・コンサルティング・グループなどで経営戦略策定、組織開発に従事した。著書に『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』『ビジネスの未来』など。
斎藤幸平:1987年生まれ。大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。哲学博士。専門は経済思想、社会思想。著書『Karl Marx’s Ecosocialism: Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economy』(邦訳『大洪水の前に――マルクスと惑星の物質代謝』)で、「ドイッチャー記念賞」を歴代最年少で受賞。最新刊『人新世の「資本論」』は8万部を超えるベストセラーに。