スマートニュースUSのメンバーと鈴木健CEO(前列左から2番目)。
提供:スマートニュース
より深刻化する世界の分断、そして民主主義への懐疑に対して、メディアが果たせる役割とは何か。
スマートニュースの会長兼社長CEOの鈴木健さんは常にそのことを考え続けているという。
後編は衰退するメディアに対しての危機感、そしてニュースやコンテンツのつくり手を社会全体で支えていくには。鈴木さんに聞いた。
——アメリカではローカルメディアとの提携も積極的に進めていらっしゃいますね。この10年でアメリカでは地方紙の廃刊が相次ぎ、その結果、地方自治体などでの不正が増えたことが問題にもなっています。メディアは「民主主義のコスト」だと私は思っていますが、アメリカのローカルメディアとの提携でどんな成果が出ているのかを教えてください。
鈴木:ローカルメディアが消えている地域が増え、ニュース砂漠と言われる状況になっています。大きな要因のひとつは、インターネット広告産業がローカルメディアの経営に与えた影響だと思います。
4年前、やはりスウィング・ステートを中心に回った時、地方新聞の経営者や記者とも話しましたが、地域の中で尊敬されている一方、経営は苦境に立たされ、次々に廃刊している状況でした。メディアが細ればユーザーが良質な情報を得る機会が減っていきます。メディアと読者を媒介しているスマートニュースだからこそできることがあるんじゃないかと思い、ローカルメディアとの提携を進め、ローカルニュースの配信を強化しています。
アメリカのスマートニュースのアプリ内にローカル・チャンネルというタブがあり、州や郡、あるいは都市ごとに自分の住む地域のチャンネルが設定でき、大手メディアでは詳しく報じられない地元のニュースがワンストップで入るようになる。新型コロナウイルスの感染状況や天気から、今回の選挙まで。アメリカでは大統領選の時期に議会などの多くの選挙もあるので、地域の選挙情報も提供できるようにしました。
鈴木氏は前回大統領選から4年間、アメリカをくまなく回り、実際人々がどうやってニュースに触れているかをヒアリングしたという。
提供:スマートニュース
よく中央、ローカルという表現をしますが、すべての人はローカルな存在ですよね。誰もが地域に根づいた住民としての側面を持っているわけです。ですからローカルニュースには読者がつく。ローカルメディアは、スマートニュースを通じて購読者を獲得できます。メディアビジネスの肝となる部分ですから、そこをサポートしていきたいと思っています。
さらに2020年から収益プログラムも強化しています。スマートニュースでたくさん読まれたコンテンツに対して、提供元メディアに積極的に収益を還元していく。まだまだ始めたばかりですが、強化していきたいと思っています。
スマートニュースがアメリカで提携しているローカルメディア。
提供:スマートニュース
——日本でも積極的に地方メディアのサポートをしていらっしゃいますね。
鈴木:社内のシンクタンクであるスマートニュース メディア研究所では「SmartNews Fellowship Program」を立ち上げました。地方新聞社やテレビ局の若手記者をアメリカに派遣する費用を当社が負担して、取材結果を各メディアで報道してもらおうというものです。面白い企画がたくさん集まり、7人の参加者が決定していましたが、あいにくコロナで渡米中止に。収束後に改めて実施できないか検討しています。
このほか、子会社であるスローニュース株式会社でも調査報道の支援を準備中です。
コンテンツのつくり手が細ることへの危機感
——前編では「どんな人にも使っていただける国民的なサービス」を目指すと話されましたが、メディアビジネスを考えた時、読者層となるターゲットを絞った方が広告を取りやすいという側面もあります。読者層を広げることとビジネスをどう両立させようと考えていらっしゃいますか。
鈴木:スマートニュース全体として特定の読者層を設定するわけではありませんが、我々のアプリがいろいろな側面を持つことによって、広告主の方に対してさまざまな切り口で魅力的な提案ができると思っています。チャンネルのような機能もありますから、その中で良質で規模も大きなセグメントに訴求できるといった展開はできると思っています。
——規模は追いたいと?
鈴木:スマートニュースを立ち上げた時、世界中の人に使ってもらいたいと思いました。広告収益は事業基盤を支える上でも重要ですし、提携しているメディアにはそこから還元していますから、よりしっかりとした収益基盤をつくっていきたい。事業規模そのものが目的というわけではありません。
朝日新聞社もコロナの影響で巨額の赤字に苦しんでいる。
shutterstock/Osugi
——先日、朝日新聞もコロナの影響で9年ぶりに赤字と発表しました。ニュースメディアは大手・新興に限らず苦境にあります。一方、ニュースやコンテンツのつくり手であるメディアと配信するプラットフォーマーの力関係を見ると、プラットフォーマーが巨大化し、メディアが細っていくという現象が世界的に起こっているように見えます。鈴木さんはメディアとプラットフォーマーの関係をどう考えていらっしゃいますか?
鈴木:究極的には、メディアかプラットフォーマーかということではなく、ユーザー、ひいては市民や社会にとってどのようなエコシステムをつくっていけるかが一番重要だと思っています。そういう意味でも、コンテンツのつくり手が細ることには危機感を持っています。それは社会に生きる人々全員の不利益になるからです。ですから、そのエコシステムの維持、強化に関しては、プラットフォーマーやメディアだけでなく、社会全体で担っていかなければならない。
スマートニュース自身は、自分たちをプラットフォーマーではなくニュースアプリだと定義しているので、プレイヤーとしてできることをやっていきたい。コンテンツのつくり手にどう還元していくかは世界的な問題ですから、これをやれば大丈夫という解があるわけではありませんし、我々1社で究極的な解決策を提示できるわけでもない。だからこそ、みんなでエコシステムをつくっていければと思います。
意図しない読者まで意識する
——ネットメディアのみならず、既存の大手メディアに対しても読者の不信感は高まっています。メディアが信頼感を取り戻すためにはどんな取り組みが必要だと思われますか?
鈴木:メディアの信頼は本当に難しい問題ですね。
世の中で言われるフェイクニュースには2種類あると思っています。ひとつは、いわゆる偽情報(disinformation)、つまり意図的にウソの情報を発信するものです。
もうひとつは、細心の注意を払っても発生してしまう誤報です。当然、誤報を一度も出したことがないメディアは世界中1社もないはずです。誤報を完全に排除しようとしたら、おそらく意味のある情報を提供することもできないでしょう。
そういう意味では、誤報を配信してしまうリスクはどんなメディアであると思っています。その上で、もし記事に間違いがあったら、すぐに訂正することをきちんとやっていくことが重要だと思います。
そして自分たちが意図していない読み手にどのようにメッセージが伝わるのか、意識することによって、記事の書き方は変わると思います。特に無料で配信されるコンテンツでは、自分たちが読んでほしい層とは違う読者層にも届けられることになる。そのことを念頭に置いた上で、伝えたいメッセージを届けるためにはどうしたらいいのか考える。
そのためにも、いろいろな考え方を持っている人たちがいることを理解しておくことが必要だと思います。
メディアの形も産業のあり方も変わる
メディアのDX優等生とされるニューヨーク・タイムズ。
shutterstock/Osugi
——私自身、朝日新聞、AERA、Business Insider Japanと30年以上報道メディアに関わる中で、ビジネスとして考えたら、メディアは正直しんどいビジネスだと感じてきました。公のためのインフラだと思ってやってきましたが。鈴木さんをメディアビジネスへの挑戦に駆り立てるものはなんですか。
鈴木:やはりメディアこそが民主主義の基盤だと思うからです。著書『なめらかな社会とその敵』でも書いたように、情報の伝播、認知の変容がもたらす新しい社会についてずっと考えてきましたが、その中で、メディアというのはひとつの社会基盤であると思います。
一方で、メディアと呼ばれているものがインターネットによって大きく変わり、いわゆる従来のマスメディアだけではなくなっています。もちろんソーシャルメディアもそうですし、さらにVR(仮想現実)やAR(拡張現実)のようにゲーム的な世界との融合も生まれ、テクノロジーの変化がメディアに新たな次元をもたらしていく。
これまでの20年間は、コンテンツのつくり手にとっては苦しい時期だったと思います。メディアが大きな転換期を迎え、新しい情報伝播の方法が生まれる中で、僕自身はもちろん、業界全体としてそういったものに挑戦していきたい。
百数十年前に新聞というメディア、産業をつくった人々も同じですよね。彼らはコンテンツを生み出したのみならず、新聞というビジネスモデル、販売ネットワークなどのインフラを同時につくり上げました。いま再び激動期にあって、コンテンツをつくることと、仕組みをつくること双方が求められています。
まだまだテクノロジーは進化を続け、メディアの形も産業のあり方も大きく変わっていく中で、プレイヤーとして挑戦していきたいと思っています。
(聞き手・浜田敬子、構成・渡辺裕子・浜田敬子)
鈴木健:1975年、長野県生まれ。1998年慶応義塾大学理工学部物理学科卒業。2009年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。情報処理推進機構において、伝播投資貨幣PICSYが未踏ソフトウェア創造事業に採択、天才プログラマーに認定。2012年スマートニュースを共同創業。2014年9月SmartNews International Inc.設立、Presidentに就任。2019年6月より単独CEO体制となり現職。 著書 に『なめらかな社会とその敵』。