今年一年を振り返り、何も動けてないように感じたシマオは、仕事における自分の価値というものに焦燥感を覚える。佐藤優さんとの対話を通し、少しずつ世界の輪郭をなぞれてはきたが、実際に何か新しいことを始めるといった行動はできていない。「はたらく」ことでもっと自分を成長させたいと思うシマオは、具体的に何をすればよいか、佐藤さんに尋ねた。
自分の「学力欠損」がどこにあるかを見極める
シマオ:今年も師走となりましたね。色々あったようで、この一年まるごと空白期間のような気もしちゃいます。
佐藤さん:この一年は歴史的に見ても大きな影響を残した年だったと言えますね。
シマオ:僕は、ただいたずらに毎日を過ごしているだけじゃ駄目だな、って実感しました。こんだけ世界が変わってしまったのに、僕は何もできなかった。
佐藤さん:はい。
シマオ:自粛期間に感じたんですけど、僕、仕事で何も残してないなって。ただ毎日を過ごしているだけ。気がついたら30歳を越えていて……今急に焦ってきてます。
佐藤さん:焦り?
シマオ:はい。もっと色々やっておけばよかったんですけど、その「色々」もよく分からなくて。佐藤さん、もし僕がまだ20代だったら、何をしておけと言いますか?
佐藤さん:そうですね。今日はもっと具体的なヒントをお話しますね。仕事の面で言うと、まず自分の学力欠損がどこにあるかを見極めることです。
シマオ:学力欠損?
佐藤さん:大卒総合職のビジネスパーソンの多くが、高校レベルの学力をちゃんと身につけられていない――つまり「欠損」しているんです。それを認識したうえで、足りない部分を補うことが最重要課題です。
シマオ:欠損……。僕はもう30過ぎちゃいましたけど、間に合いますかね?
佐藤さん:本当は早ければ早いほどいいけど、気づいた時から始めるのが大切です。
シマオ:自分の学力って言っても、よく分からないんですが。
佐藤さん:まず、シマオ君は理系ですか? 文系ですか?
シマオ:いわゆる私立文系ってやつです。
佐藤さん:だとすると、高校の途中から数学の勉強を捨ててしまっていますよね。
シマオ:おっしゃるとおりです……。
佐藤さん:これは日本の教育制度の弊害でもあるんですが、大学入試のために文系・理系を分けてしまって、本当は必要な基礎知識が欠けてしまっているんです。理科系を出てプログラマーとして優秀だけど、歴史や社会情勢がからっきしといった人も大勢います。
シマオ:やっぱり東大とか一流大学の人とは違うんでしょうね……。
佐藤さん:実は東大とか早稲田、慶應といった世間的には一流大学と言われている学生も、こうした学力欠損をしている人はいますよ。けど、そういうところは大学に入った段階で補っていることも多いんです。
シマオ:じゃあ、高校の教科書を全教科読み直すとか、そんなことをした方がいいんでしょうか?
佐藤さん:本当はそうするのが正しいのですが、実は高校の教科書もなかなか難しい。下手をすると中学の教科書から読み直さなければいけない、なんてことになりかねません。
シマオ:長い道のりだ……。
佐藤さん:ですから、私はもっとビジネスに直結した知識として、3つの分野で対策をすることをおすすめしています。
シマオ:教えてください!
いつもより具体的な方法に関し教えてくれる佐藤さん。「編集や記者のような文系と思われる職業も、数学の知識は身に付けておかないといけません」とのこと。
検定試験を活用して、3つの分野を強化せよ
佐藤さん:3つの分野というのは、(1)ニュース・時事、(2)数学、(3)英語、です。これらが必要とされるのは分かると思いますが、大切なのはやり方です。ビジネスパーソンには大学入試みたいな目標がありませんよね?
シマオ:そうなんです。勉強しようと思っても、ついサボっちゃって。
佐藤さん:大人の勉強が難しいのは、何をどこまでやればいいのかの指標がないことです。これについては、目標の基準をアウトソーシングしてください。
シマオ:どういうことですか?
佐藤さん:検定試験やオンライン講座を受けることです。私は母校の同志社大学で講義を持っていますが、そこでもこうした検定試験で資格を取らせています。それによって大学で勉強するために必要な学力欠損を埋められます。
シマオ:検定なんて、難しそうですね。
佐藤さん:仕事に必要なだけのレベルを取ればいいから、大丈夫ですよ。では、それぞれの分野で何が必要かを説明していきましょう。
シマオ:お願いします!
佐藤さん:まず、(1)ニュース・時事です。高校の教科でいえば、歴史や政経、倫理に当たる部分ですが、これらの教科書を勉強しなおす必要はありません。ここは「ニュース時事能力検定」を受けてください。
シマオ:へえ。ニュース時事能力か。そういうものって就活生がやるんだと思っていました。
佐藤さん:いえ、実際のビジネスにおいても一般常識は非常に大切になってきます。ニュースを見ていても、意識的に知識に落とし込まないと活用はできません。まず2級を目標にしてみることです。
シマオ:えっと、今調べたところ2級のレベルは……「新聞やテレビの主要なニュースを、背景も含めておおむね理解し、生かせる」ことだそうです。
佐藤さん:例えば、毎日新聞社の入社試験では、2級以上を取っていると時事問題の試験が免除されるとなっています。つまり、新聞記者が日々のニュース原稿を書くのに最低限必要な基礎知識が身につけられるということです。
シマオ:普通のビジネスパーソンなら、それくらい知っていれば仕事で困ることはなさそうですね。
佐藤さん:一度これだけの知識を身につけておけば、あとは日々のニュースで知識をアップデートしていくことができるようになるんです。
身銭を切って学ぶことが大事
シマオ:その次は(2)数学ですね。僕の一番苦手なとこだ。
佐藤さん:はい。ビジネスにとって数字は非常に重要です。ここでは「ビジネス数学検定」と「日商簿記」を取ることをすすめています。ビジネス数学検定、日商簿記ともにまずは3級、理想的には2級を取りましょう。
シマオ:え……そんなに? ちょっと無理かも。
佐藤さん:そう言わないで一度挑戦してみてください。ビジネス数学検定の3級は「学生・新入社員のための数字活用力」となっていて、グラフの読み書きや金利の計算、平均や予測など、仕事で使える項目を一から学べるんです。 微分や積分といった高校数学の知識も大切ですが、まずは四則演算とせいぜい一次方程式。あとは簡単な統計知識があると、仕事における数字を読んだり、書いたりすることに困らなくなるはずです。
シマオ:2級になると「マネジャーのための数字活用力」など、業績の予測や財務諸表の分析につながる内容なんですね。いつもエクセルの資料を作る時なんかは、つい前の資料を流用しちゃって、実際に一から作れと言われるとちょっと自信ないですもん。
佐藤さん:財務諸表を読むということで直接的に役立つのが、簿記の資格です。3級は商業簿記だけ。2級になると、原価計算を含む工業簿記が入ってくるのが大きな違いです。
シマオ:原価計算? 工業簿記?
佐藤さん:簡単に言うと、商業簿記はいわゆる「物を仕入れて売る」という部分の帳簿についての知識、つまり決算書などの読み書きができるようになるレベルです。
シマオ:なるほど。
佐藤さん:それに対して、工業簿記というのは製造業の帳簿です。商品の製造には材料費や人件費などの原価が発生しますから、それらを記録しておく必要があるんです。
シマオ:僕には関係ないと思っていましたが……。
佐藤さん:経理以外の人でも簿記の知識は必要なんですよ。商業簿記が分かれば財務諸表が読めるようになりますし、工業簿記を知っていれば、企業の生産活動の実態や企業価値を理解できるようになります。
シマオ:自分の会社がどんな状況にあるのかを把握するためにも必要ということですね。
佐藤さん:一流のコンサル会社で働く人なんかは、この辺は当たり前に知っていることですね。
シマオ:文系だから……と言ってられないところですよね。頑張らないと。
佐藤さん:最後の(3)英語は、メールを書けるようになることです。
シマオ:これは英検とかじゃないんですか?
佐藤さん:海外で働きたいなら英検準1級とかが必要ですが、そうでないビジネスパーソンはメールのやり取りができれば十分です。それだけで差別化できます。
シマオ:英会話が必要と言われていますけど。
佐藤さん:会話は必要になったら英会話学校に通えばいいんですよ。それよりも、メールのレベルで文章が書けるようになることをまず目指してください。仕事で海外とのやり取りが頻繁にある仕事でない場合、相手が必要になってくる「話す」スキルをキープしておくのはとても難しい。しかし「書く」ことは一人でもできます。ネイティブチェックをしてもらえるような教室やオンライン講座を活用して、辞書がなくてもサッと英字メールを書けるようにしておいてください。
シマオ:けっこうお金がかかりそうですね。
佐藤さん:どの勉強もそうですが、社会人となったらお金を払ってやることが大切です。そして必ず期間を区切ってください。お金を払えば、人間はケチですから、何が何でも身に付けようとするものです。反対に、だらだら長くやっても、何も身につきません。
シマオ:身に覚えがあります……。
佐藤さん:若い頃の学習は、自分に対する投資になります。それによってつく差は、ハサミの刃のように時間がたつほど開いていきます。学力が身についていれば、どんな仕事にも対応できるようになって、結果的に人生の選択肢が増えていくと思いますよ。
※本連載の第46回は、1月6日(水)を予定しています。連載「佐藤優さん、はたらく哲学を教えてください」一覧はこちらからどうぞ。
(構成・高田秀樹、撮影・竹井俊晴、イラスト・iziz、編集・松田祐子)
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。