ピート・ブティジェッジ氏(右)とバイデン氏。大統領選からの撤退を決めた後から、ピート氏はバイデン支持を力強く打ち出していた。
REUTERS/Elizabeth Frantz/File Photo TPX IMAGES OF THE DAY SEARCH "POY USA ELECTION" FOR THIS STORY. SEARCH "WIDER IMAGE" FOR ALL STORIES
「バイデン氏、米次期運輸長官にピート・ブティジェッジ氏を指名」
12月15日にこの報道が流れると、友人たちから続々と喜びのテキストが入り、SNSのタイムラインもピート市長(ブティジェッジの愛称)がらみのフィードでいっぱいになった。自分のアイコンをブティジェッジの写真に変えている人までいた。
11月7日のバイデン当確から1カ月余り、アメリカでは日々発表される次政権人事に注目が集まっている。
勝利宣言で、次期大統領のバイデンと次期副大統領のハリスは、
「赤い州も青い州も関係ない。全ての人々のために働く大統領・副大統領になる」
と強調した。バイデン陣営はキャンペーン中から、「ダイバーシティ(多様性)」を優先事項に据え、「アメリカ史上最も多様な政権を目指す」「政権人事は、今日のアメリカ社会を反映したものにする」と約束してきた。
ハリスという女性初、黒人初、アジア系初の副大統領の誕生だけでも、この政権は大きな歴史的節目を作る訳だが、それにとどまらず、これまで発表してきた閣僚・高官人事は、確かに意欲的で、女性はもちろん、これまで政治の中枢に食い込めていなかった黒人やヒスパニックはじめ人種マイノリティ、移民などのグループから多数の人材を抜擢している。
2015年に男女半々の数で組閣し、障がい者や同性愛者、先住民なども入れて注目されたカナダのトルドー政権に追いつき追い越せという勢いだ。
ピート閣僚指名の歴史的インパクト
12月15日、バイデンは、前インディアナ州サウスベンド市長で、民主党大統領候補の指名を争ったライバルの1人、ブティジェッジを運輸長官に指名すると発表した。上院で承認されれば、「同性愛者と公言している初めての閣僚」となる。
ブティジェッジは予備選から撤退後、一貫してバイデンのキャンペーンのために尽力しており、バイデンがブティジェッジを「亡き長男ボーを思い出す」と言うほど目をかけていることも知られていた。
だから、何らかの要職に指名されることは予想されており、このニュースに先立つ数週間は、国連大使か中国大使ではないかと言われていた。ブティジェッジは語学に堪能で、8カ国語(英語以外に、ノルウェー語、フランス語、スペイン語、イタリア語、マルタ語、アラビア語、アフガニスタン系ペルシア語)を操ることで知られる。
運輸長官は比較的地味な印象があるが、バイデン政権にとっては重要なポストになると見られている。次政権はインフラへの大規模支出を予定しており、交通・運輸関連事業はその要だからだ。エネルギーや環境政策とも深い関わりがある。環境もまた、バイデン政権の最重要プライオリティの一つだ。
バイデン人事ではLGBTQコミュニティからもいくつかの要職に抜擢されてはいたが、ブティジェッジの閣僚登用は、次元の違う大ニュースだ。同性愛者であることを公言して大統領選に出て善戦しただけでも十分に歴史を作ったが、今回史上初の同性愛者閣僚誕生となれば、アメリカ社会、さらに国際社会に送るメッセージは大きい。
現在38歳のピート・ブティジェッジはミレニアル世代、父親がマルタ共和国出身の移民二世だ。人口10万人のインディアナ州サウスベンドで2012年から2020年まで市長を務め、市を立て直した功績で注目を集めた。
ハーバード大学で歴史と文学を専攻、世界の秀才が得ることで知られる「ローズ奨学金」を得て、オックスフォード大学に留学、哲学と政治・経済学を学んだ。2007年からコンサルティング会社のマッキンゼーに勤務。ここまでは絵に描いたようなエリート人生だが、2010年、彼は高給取りの仕事を辞め、故郷インディアナに戻る。
2012年、29歳の若さでサウスベンド市の市長に当選。その後、2014年に市長の仕事を休職してアフガニスタンで従軍する。帰国後、同性愛者であることを公表した上で再出馬し、保守的な州にもかかわらず、2016年、8割の得票率で市長に再選。2018年、シカゴの教師チャスティンと結婚。2019年5月のタイム誌は、「First Family」というタイトルで、ピートとチャスティンを表紙に掲載している。
ブティジェッジは大統領選への出馬を表明するや否や、「若い頃のオバマを思わせる」と急速に人気を集めた。確かにシャープな知性、弁舌の滑らかさ、礼儀正しく穏やかなところ、信頼できる感じ、そつのなさ、清潔感などの点で、オバマを彷彿とさせる。
2020年2月のアイオワ州コーカス(党員集会)でも事前の予想を覆して急浮上、ニューハンプシャー州の予備選では、バイデンを追い上げる勢いを見せていたが、3月、バイデン支持を表明して選挙戦から撤退した。以来、バイデン陣営を積極的に支援するとともに、FOXも含め数多くのテレビ番組にコメンテーターとして出演し、その理路整然とした弁舌で人気を集めている。
まだ38歳の彼は、アメリカでは「いつかはまた大統領選に出馬する人」と見られている。連邦レベルで政策経験を積むことで、将来の大統領候補への大きなプラスになるだろう。
史上初の先住民閣僚の誕生
内務長官に起用と発表された先住民のデブ・ハーランド下院議員。
REUTERS/Kevin Lamarque
ピート市長と並んで大ニュースとなったのが、内務長官に先住民のデブ・ハーランド下院議員(ニューメキシコ州)を起用するという発表だ。先住民としては歴史上初の閣僚誕生となる。
アメリカには、連邦政府に認められた 567の部族と、190万人のネイティブ・アメリカン、アラスカ先住民がいると言われる。合衆国の建国よりも前からこの土地に住んでいたにもかかわらず、先住民たちはこれまで244年間、政治の中枢に入ることはできなかった。ハーランドともう一人の先住民女性が2018年の選挙で初当選した時も、「連邦議会に先住民女性が当選するのは初めて」とニュースになったくらいだ。
内務長官候補には白人の名前も出ていたが、この役職が国有地や先住民政策を扱うことから、「先住民を指名すべき」という主張が民主党左派や活動家コミュニティから強く出ていた。ハーランド指名は、民主党の中でも急進派と言われるグループの勝利と見られており、左派を代表する若手議員、アレキサンドリア・オカシオコルテスなども称賛のコメントを出している。
2018年の中間選挙は、アメリカ史上最多の女性議員を生んだことで「女性の年」と話題になったが、この11月の選挙では、史上最多の人種マイノリティ女性が出馬。2021年1月から始まる連邦議会では、再び歴史を塗り替え、女性議員数だけでなく、非白人女性の議員数も史上最多となる。
これは、過去4年間のトランプ政権に対する反動と解釈するのが自然だろう。アメリカでは過去にも1992年、2018年の選挙で女性が躍進しているが、いずれもその直前に、女性たちが怒る出来事(1992年にはトーマス判事、2018年にはカバノー判事といういずれも女性への性暴力が告発されていた人物を最高裁判事に承認)があった。怒りが直線的に政治行動につながるのは、アメリカの民主主義の一つの特徴だ。
女性や人種マイノリティ以外にも、多様性をめぐる社会の価値観の変化を感じさせるニュースがあった。例えばニューヨーク州からは、同性愛者であることを公表している黒人の男性2人が連邦下院議員に当選。デラウェア州では、性転換者であることを公表した上で出馬したサラ・マクブライドが、州議会の上院議員として当選し、いずれも史上初の快挙としてニュースになった。
イエレン財務長官など経済の3要職が女性
FRBのイエレン前議長は財務長官に指名されている。
REUTERS/Christopher Aluka Berry
バイデン政権の経済チームも、承認されれば、歴史をつくることになる。米国史上初、経済チームの三要職を女性が占めることになるからだ。
- 財務長官:イエレン連邦準備理事会(FRB)前議長(米国史上初の女性財務長官)
- 大統領経済諮問委員会(CEA)委員長:労働経済学者で、プリンストン大学公共政策・国際関係大学院長のセシリア・ラウズ(非白人女性で初)
- 行政管理予算局(OMB)局長:シンクタンク「Center for American Progress」のニーラ・タンデン所長(非白人女性、南アジア系で初)
その他にも議会法律顧問のキャサリン・タイ氏(初のアジア系女性)を米通商代表部(USTR)代表に指名している。
アメリカでは国務長官や国連大使には、過去にも女性が起用されてきた例があるが、経済はこれまで「男の世界」とみなされてきた。それと並んで「男の役職」と見られてきたのが、中央情報局(CIA)などの情報機関を統括する国家情報長官だが、ここにも、史上初めてアヴリル・ヘインズ(元CIA副長官)という女性を指名している。
「最高のチーム」の結果、広報幹部は全員女性
大統領報道官に指名されたジェン・サキ(右)。まだ小さい子どもが2人いるワーキングマザーでもある。
GettyImages/Joshua Blanchard
広報チーム幹部も、7つの要職すべてが女性だと話題を集めた。アメリカでは、広報(コミュニケーション)は女性が活躍しやすく、優秀な人材が集まりやすい分野として知られている。このリストをざっと見ても、オバマ政権や民主党系団体で要職を務めた女性が目立つ。と言っても、ホワイトハウスの広報チーム幹部が全員女性というのはアメリカ史上初のことで、バイデンも「誇りに思う」と発言している。
ホワイトハウス広報部長にはケイト・ベディングフィールド(元バイデン・ハリス選対陣営の広報担当)。大統領報道官は、オバマ前大統領の政権時代にホワイトハウス広報部長、国務省報道官を務めたジェン・サキ。副大統領報道官、大統領副報道官、副大統領の広報部長に指名されたシモーヌ・サンダース、カリーヌ・ピア、アシュレー・エティエンヌの3人は全員黒人で、いずれもバイデン・ハリス選対陣営の顧問だった。
このような人選を見ると、「ダイバーシティのために、女性だから優先的に選ばれたのではないか」「下駄を履かせたのか」という反応がしばしば出るが、それぞれの女性のキャリアを見てもらうと分かる通り、彼女たちの経歴はいずれもピカピカで文句のつけようがない。この点について、元ホワイトハウス広報部長のジェニファー・パルミエリはNBCのインタビューでこう言っている。
「バイデンチームは、『全員女性の広報チームを作るぞ』と言って、それを目指して人選をした訳ではないと思います。彼らは、ただ最高のチームを作りたいと思い、これらの役職に最も相応しい人を探した。その結果、このように多様な女性たちのグループに行き着いたということでしょう。そのこと自体、進歩です。それだけ才能ある人材のパイプラインが充実しているということですから」
"I don’t think the Biden team set out to create an all female-communications team. They wanted the best team and it so happened that the best people for these jobs was a diverse group of women.”"That’s progress. It means that the talent pipeline is fully flowing.” (Jennifer Palmieri, former White House Communications Director)
上記7人の広報幹部のうち6人は、小さい子どもがいる母親だ。42歳のジェン・サキは、オバマ政権の広報部長時代に出産した5歳の娘と2年前に生まれた息子がいる。でも彼女たちは小さい子どもがいることを理由に、ホワイトハウスの要職に就くチャンスを躊躇してはいない。
サキはインタビューで、こう述べている。
「私が若かった頃は、仕事においてロールモデルと呼べるような女性が少なかった。でも私たちのチームは、『政府において女性は、単に決められたことをきちんとこなすだけではなく、戦略的な力にもなり得るのだ』ということを、ワシントンで働いている若い女性たち、女子学生たち、もっと若い世代に向けても示せるだろうと思っています。そのような重要なシフトは、とっくの昔に起きているべきことだった訳ですが」
“I had fewer role models [back then]" said Psaki. Now, "this group is a force that can show young women on the Hill, in college and even younger, that women are not just the organized doers in government, but the strategic forces. That's an important shift that is long overdue.”
またバイデンの広報チームには、同性愛者だと公表している有色人種女性が2人含まれている。この2人も、「下駄履き問題」とは無縁な、一流のプロフェッショナルだ。
カマラ・ハリスも、最側近である副大統領首席補佐官、安全保障問題担当補佐官、内政担当補佐官という3つの要職全てに女性を指名している。なお、副大統領の首席補佐官を女性が務めたのは、1974年にネルソン・ロックフェラーが副大統領に当選した時以来だという。
優秀な女性人材のパイプラインの太さ
民主党の予備選には当初27人が立候補に名乗りをあげた。うち6人が女性だった。
REUTERS/Brendan McDermid
今回指名された数多くの女性たちの経歴を見るにつけ、痛切に感じたのは、人材のパイプラインを時間をかけて築くことの重要さだ。これは大統領選の間にも既に感じていた。
27人の候補が乱立した2020年の大統領選民主党予備選では、女性候補が6人いた(カマラ・ハリス、エリザベス・ウォーレン、エイミー・クロブチャー、カーステン・ギリブランド、トゥルシ・ガバード、マリアンヌ・ウィリアムソン)。ハリスをはじめ多くは上院議員で、それ以前には、弁護士や大学教授などとしてキャリアを積んでいる。
バイデンの副大統領候補が誰かと憶測されていた頃にも、最終候補と噂された12人はカマラ・ハリスの他のメンバーもたる顔ぶれだった。例えば:
- ステイシー・エイブラムズ:前ジョージア州知事候補(元弁護士)
- ジーナ・レイモンド:ロードアイランド州知事
- タミー・ボールドウィン:上院議員(ウィスコンシン州選出)
- グレッチェン・ウィトマー:ミシガン州知事
- ケイシャ・ランス・ボトムズ:アトランタ市長
- スーザン・ライス:元国連大使、元国家安全保障問題担当大統領補佐官
- タミー・ダックワース:上院議員(イリノイ州選出、タイ生まれの女性傷痍軍人)
- エリザベス・ウォーレン:上院議員(マサチューセッツ選出、元大統領補佐官および消費者金融保護局財務長官顧問)
私が思ったのは、「これだけ豊かな、分厚い才能の層を築くために、どれだけの時間がかけられ、投資がなされてきたのだろう」ということだ。
アメリカは政治における女性登用という意味では、決して「先端」ではない。欧州(特にスカンジナビア諸国)と比べるとはるかに遅れている。でも、日本はそのアメリカと比べても明らかに周回遅れであり、そのレベルに追いつくためには、今からどんなに頑張っても5年や10年ではとても無理だろうと感じる。
今回バイデン政権に抜擢された女性やマイノリティたちは、ある日突然どこから引っ張り出され、少数派だからという理由で飾りとしてすげ替えられた訳ではない。今40代〜60代の彼らは、過去20年〜40年かけて実力をつけ、自分を磨いてきた。そしてどの人にも目をかけ、励まし、鍛え、引き上げてくれたメンターや上司たちがいたはずなのだ。つまり、これだけ豊かで多様な人材を育てるには、それに相応しい時間と労力(本人の努力はもちろんのこと、家族、職場はじめ周囲も)が投資されてきたということだ。
日本で女性幹部が少ないことが話題になると、「相応しい優秀な女性がいない」「女性だからというだけで引き上げることは、男性に対して不平等」「数合わせだけしても本末転倒」「女性の側にその気がない」などといった反応をよく聞く。その通りかもしれないが、ある時点で「将来幹部になれる女性を今から増やす」と決め、そのゴールにコミットし、それに応じた人材を鍛え、時間をかけて育てていかない限り、人材のパイプラインは永久に太くはならない。
それでもまだ足りないという批判
トランプ政権の中枢のメンバーは白人男性で占められていた。立っている女性も民主党のナンシー・ペロシ下院議長。
Shealah Craighead/The White House/Handout via REUTERS THIS IMAGE HAS BEEN SUPPLIED BY A THIRD PARTY.
2017年にトランプ政権が誕生した時、閣僚レベルの高官24人のうち、女性は4人、人種マイノリティも4人だった。ニューヨーク・タイムスの分析によると、トランプ政権閣僚の「白人男性率」は、トランプ前の6政権のどれよりも高かったという。2021年1月20日に誕生する新政権が、前政権に比べるとはるかに Diverse になることは間違いない。
閣僚に2人しか女性がおらず、女性の衆議院議員は約1割(世界165位)、さらに菅政権中枢を「5Gならぬ5爺」などと言っている日本の光景に慣れた目から見ると、アメリカ次政権は十分ダイバーシティ向上に努めているように映るだろう。でも、現実はもっと厳しい。バイデン・チームの努力は全方位を満足させるには至っておらず、多方面から「こんなものでは全然足りない」という不満や懸念が出てきていると報じられている。
日本では、「ダイバーシティ」という言葉は「女性の活用」とほぼ同義に使われることが多いが、多民族社会アメリカでは、この言葉ははるかに多くの意味を持つ。性別以外にも、人種・エスニシティ(数多く存在する)、宗教(これも数が多い)、性的指向、体の不自由があるかないか、価値観、経済的階層、教育レベルなど、人間の持つさまざまな違いが含まれる。
この数週間、黒人、アジア系、ヒスパニック、先住民、LGBTQコミュニティなどから、「閣僚メンバーにもっと自分たちのコミュニティからの代表を入れて欲しい」といったリクエストが絶えないという報道をよく目にする。これらさまざまなグループは、それぞれの期待を持ってバイデン・ハリスをサポートし、有権者を動員し、献金もした。今、その支援に対するリターンを求めている訳だ。
実際今回の大統領選では、黒人やヒスパニック系の特に女性がバイデン氏の勝利に大きく貢献したと分析されている。民間団体「責任ある政治センター」によると、バイデン陣営に献金した女性は約190万人とトランプ陣営の3倍以上に上った。
人種的な多様性という意味では、国防長官には、黒人として初めてロイド・オースティン元中央軍司令官を指名し、国土安全保障長官には、この役職に就く初の移民出身者アレハンドロ・マヨルカス(キューバ生まれ)という初のヒスパニックを起用している。
LGBTQコミュニティの支持も重要だった。ワシントン・ポストは「LGBTQの有権者がもし誰も投票に行かなかったなら、バイデンはトランプに勝てなかったかもしれない」と分析している。それをよく示していたのが、バイデンの勝利宣言スピーチだ。勝利宣言の中で、次期大統領が性転換者の人権にあえて触れたのは、アメリカ史上初めてのことだという。それ以外にも、バイデンは、性的マイノリティの人権について積極的に発言している。
それでもまだ足りないらしい。ただ、ここで支持者たちの期待にしっかり応えておかないと、2年後の中間選挙、4年後の大統領選に響く。当初バイデン支持ではなかったにもかかわらず、最終的には協力した民主党左派や、バイデンに投票してくれたサンダースやウォーレン支持の若者たちも、失望させないようにしなくてはならない。
まだ指名されていない要職で、今注目されているのは司法長官だ。バイデンを支持した多くの人々は、黒人の司法長官を期待していると言われている。理由はもちろん Black Lives Matter だ。もし仮に適役な黒人がいない場合、彼らは、「百歩譲って、少なくとも人権分野で功績のある人物を」と求めている。歴代司法長官85人のうち、黒人はわずか2人(エリック・ホルダー、ロレッタ・リンチ)、いずれもオバマ大統領の指名だった。
バイデンのレガシーになるもの
性別、人種だけでなく多方面に配慮した人事を目指しているバイデン政権。これがダイバーシティのモデルになるのか。
REUTERS/Jim Bourg/File Photo TPX IMAGES OF THE DAY SEARCH "POY USA ELECTION" FOR THIS STORY. SEARCH "WIDER IMAGE" FOR ALL STORIES
バイデンは、彼自身が大統領として何を成し遂げるかということ以上に、次世代にバトンを渡すこと、未来のアメリカを担う優れた若手に扉を開くことを、自分の使命と考えているように見える。
思えばバイデンは、オバマという黒人初の大統領、しかも自分よりも年少者で予備選で自分を負かせたライバルを脇から支えた。人種マイノリティであることに加え、若く経験の浅い状態で出馬したオバマには、有権者たちを安心させるために、主流派でベテランな政治家のサポートがどうしても必要だった。「主流派」であるためには、白人男性であることが絶対に必要な要件だ。
そしてこのたびバイデンはもう一人の優秀な黒人、カマラ・ハリスを自らの右腕に選び、彼女のキャリアを飛躍させ、「ガラスの天井」を破ることに成功した。彼女の優秀さと魅力のおかげでバイデンのキャンペーンは一気にエネルギーを得たし、彼女が引きつけた資金や票のおかげでバイデンが当選できたという側面はもちろんある。
しかし、それと同じくらい、黒人かつ女性をアメリカのパワーの頂点に引き上げたという功績は大きい。バイデンは、2人の黒人に大統領、副大統領になる道を開いたと言える。
さらに彼は、これまでアメリカ政治の表舞台には立つことができなかった同性愛者という被差別層からも閣僚を出し、自分の政権にとって重要なポストに抜擢している。
私は、常々「ハリスは、オバマの女性版」「ブティジェッジは、オバマのゲイ版」と思っていた。オバマもハリスもブティジェッジも、一流の教育を受けた、ピカイチの才能と知性を持つ人々だ。でもアメリカの王道は未だに、圧倒的にヘテロセクシャルな白人男性たちによって占められており、彼らはその圏外にいる。オバマやハリスにとっての足枷が「黒人」ということであったとするなら、ピートにとってのそれは、「同性愛者」ということだった。
ブティジェッジを指してアメリカでは「同性愛者であることを公言している初めての閣僚」という言い回しをする。この言葉自体、よく考えると深い意味がある。「これまでの閣僚にも同性愛者はいたのかもしれないが、公言していた人はいない」とも読めるからだ。これはつまり、「アメリカではそれを言ってしまったら、政治家として絶対に成功できない」という暗黙の了解がずっとあったということを示している。
マイノリティを引き上げ、メインストリームに引きこむということは、既得権益層である白人男性エリートにしかできない。ただ、それを自分自身の責務であると考え、そのために行動する白人男性政治家は、少なくともこれまでそれほど多くなかったと言えるだろう。だからこそ、ホワイトハウスは過去240年以上、圧倒的に白人男性たちによって占められてきた。
今ここへきて、やっとその修正が始まったという感じがする。時代の流れという背景ももちろんあるが、これこそがバイデンという大統領が後世に残す最も重要なレガシーになるかもしれないと思う。(敬称略)
(文・渡邊裕子)
渡邊裕子:ニューヨーク在住。ハーバード大学ケネディ・スクール大学院修了。ニューヨークのジャパン・ソサエティーで各種シンポジウム、人物交流などを企画運営。地政学リスク分析の米コンサルティング会社ユーラシア・グループで日本担当ディレクターを務める。2017年7月退社、11月までアドバイザー。約1年間の自主休業(サバティカル)を経て、2019年、中東北アフリカ諸国の政治情勢がビジネスに与える影響の分析を専門とするコンサルティング会社、HSWジャパンを設立。複数の企業の日本戦略アドバイザー、執筆活動も行う。Twitterは YukoWatanabe @ywny