撮影:今村拓馬、イラスト:ann1911/Shutterstock
今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても、平易に読み通せます。
2020年もいよいよ残すところあと1週間。コロナによって私たちの生き方・働き方が大きく変化した1年でした。では、来たるべき2021年はどんな年になるのでしょうか。入山先生に大胆予測していただきました。
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サービス業の大ディスラプションが始まる
こんにちは、入山章栄です。
2020年もいよいよ終わりを迎えようとしています。Business Insider Japan編集部の常盤亜由子さんから、年の瀬にふさわしいこんなお題をいただきました。
振り返ってみれば、予想外のことばかり起きたのが2020年でした。なにしろ去年の今頃は、東京オリンピックが順延になるとか、多くの人が自宅でリモートワークをするようになるなんて、夢にも思っていなかったですからね。ですから2021年を占えと言われても、「未来のことなど分からない」というのが一番正直なところです。
とはいえ、2021年はワクチンでコロナもある程度収束し、国と国との衝突や大規模な天災などが起きないと仮定するならば、おそらく2021年は日本のビジネス界が大きく変わる「大転換元年」になるだろうと、期待も込めて予想しています。
さらに言えば、僕はこれからいわゆる第三次産業、つまり広い意味でのサービス業において「大ディスラプション(破壊的創造)」が、おそらく来ると考えています。なぜなら、2021年にすぐ来るかは分かりませんが、近い将来自動翻訳がさまざまな場面で実用化されるだろうからです。
コロナを契機に、ZoomやTeamsなどウェブ会議システムで話をすることが一気に増えました。これ自体が大きな変化なのですが、おそらく来年か再来年ぐらい、遅くとも数年内には、ここに自動翻訳機能が加わる可能性が高いのです。相手の顔が映っている画面に翻訳が字幕で出るような技術です。すでにグーグルは近い技術を持っています。
実際、文章の自動翻訳はもう実用化されています。使ったことのある方も多いでしょう。僕は自分が教えている社会人大学院のゼミ生では学生に英語の論文を読ませるのですが、おそらく私には言わないだけで、学生の多くはこっそり、“DeepL”や“Google翻訳”を使って日本語で読んでいるはずです(笑)。
AIの進化によって自動翻訳の分野はまさに日進月歩だ。
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それを認めるかどうかは教員によって違いますが、僕は「便利なものは使えばいい」というスタンス。実際それだけ、今の自動翻訳のレベルは向上している。
そこへ今後は音声の自動翻訳もできるようになるわけです。するとZoomなどを使って海外の人と話せば、お互い母国語で話していても、コミュニケーションがとれるようになります。
これまでは、相手の母国語を話せない人同士がコミュニケーションする場合、お互いが使える第二外国語で話す必要があった。それは多くの場合、英語でした。けれど音声の自動翻訳が利用できるようになれば、例えばドイツ人と日本人が、たどたどしい英語で喋らなくても、それぞれドイツ語と日本語を話すだけで意思の疎通ができてしまう。これはオンラインコミュニケーションならではの利点でしょう。
結果、それに伴う変化が間違いなく起こるはずです。それはサービス業の大変革です。
今の日本のサービス業は一般的に生産性が低いと言われています。その最大の理由は、サービス業が日本語で守られてきたからだと僕は理解しています。
製造業はモノが良ければ世界で売れるので、もともと言語の壁がない。トヨタの製品は優れているから、世界中でクルマを売ることができる。
ところがサービス業は常に人が付随するので、言語という壁が立ちはだかります。だから日本のサービス業はグローバル競争から守られてきたのです。しかしそれは同時に、グローバル競争に晒されていないということでもある。だから生産性が上がらなかったのです。
ところがそこへ自動翻訳が入ってくると、言語の壁のかなりの部分がはがれてくる。そうなると、日本語という壁で守られた多くのサービス産業は大きな影響を受ける。大胆に言えば「崩壊する」と僕は思っています。
真っ先に崩壊するのは大学とメディア
なかでも、日本の第三次産業で最初に崩壊するのは、大学だと僕は思っています。
大学は日本語で守られている究極のガラパゴス業界です。だから日本の大学の先生は、偉そうで申し訳ありませんが、僕も含めて「ぬるい」。もちろん非常勤の先生方の中には苦労をされている方も多くいます。でも一度正職員になると、ほぼ終身雇用権が与えられ、国際競争に晒されにくい。
特に世に言う「いい大学」ほどそうかもしれません。なかでも、いわゆる自然科学系は海外との競争もありますが、社会科学系・人文学系の学問は言語で守られがちです。
しかし言葉の壁が崩れると、特に社会科学系・人文学系の学問は、いきなり外国の大学と競争することになる。僕のいる早稲田大学は日本の私大では一、二を争う大学かもしれませんが、グローバルのランキングでは200位台です。ハーバードやMITが本気で海外の学生向けプログラムをつくり、それが日本語に自動翻訳される時代になれば、太刀打ちできるかは怪しいところです。
言語の壁を気にすることなく海外の名門大学のプログラムを受講できるようになったら……。
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加えて言えば、新聞や出版、テレビなどのメディアも、日本語の壁に守られてきた業界でしょう。自動翻訳がさらに利便性を増していけば、今まで日経新聞を購読していた人でも、フィナンシャルタイムズやウォールストリートジャーナルなどの電子版を瞬時に日本語で読めるようになるかもしれない。そういう変化があちこちで起こるうちに、日本のメディアも崩壊していくかもしれません。
ただし僕は、「崩壊」はいいことだと思っています。崩壊する既存産業にいる人には大きなチャレンジですが、でも崩壊することで必ず新しいものが生まれるのも事実だからです。崩壊は新しいものが生まれるためには必要なことなのです。
日本が世界に進出するチャンスでもある
言葉の壁が崩れて日本のサービス業に海外勢が入ってくるということは、逆に言えば日本のサービス業が世界に進出していくチャンスでもあります。ライバルが増える分、それだけチャンスも増える。
僕はアメリカに10年住んでいたので分かるのですが、なぜいま日本の漫画というコンテンツがグローバルに人気を博しているかというと、その大きな理由の一つは、「漫画村」などの違法サイトがあったからです。
違法サイトの存在はもちろん許されるものではありませんが、善悪をいったん脇に置くと、そのサイトの人たちは日本語の漫画のセリフを、ボランティアですべて英語に訳している。それがネットに上がるから、海外の人たちがみんな『NARUTO』や『進撃の巨人』などを読めるのです。
それで気に入ったら英語に翻訳されたコミックを買うわけですが、もし違法サイトがなければ、日本のマンガはここまでグローバルコンテンツにはならなかったでしょう。
他の例を挙げれば……以前ピコ太郎の「PPAP」もそうです。「PPAP」がブレイクしたのは、ネタが英語コンテンツだったから。「ペン、パイナッポー、アッポー、ペン」くらいなら、超簡単な英語だから英語圏の人でなくても分かる。言葉の壁がなければ、いいコンテンツは世界でウケるという好例です。
ですから自動翻訳の普及はサービス業にとっては大きな危機でもあるし、他方でチャンスでもある。この変革が起きるのが2021年かどうかは分かりませんが、その予兆らしきものは2021年に間違いなく見えてくるはずです。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集:常盤亜由子、音声編集:イー・サムソン)
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この連載について
企業やビジネスパーソンが抱える課題の論点を、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にして整理します。不確実性高まる今の時代、「正解がない」中でも意思決定するための拠りどころとなる「思考の軸」を、あなたも一緒に磨いてみませんか? 参考図書は入山先生のベストセラー『世界標準の経営理論』。ただしこの本を手にしなくても、この連載は気軽に読めるようになっています。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。