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悩んでいるから家族になる。「ありがとう」減る未来、家族はどう変わる?【山崎ナオコーラ×岸田奈美】

山崎ナオコーラ・岸田奈美

最新刊のテーマが家族だった山崎ナオコーラさん(左)と岸田奈美さんに、家族について語り合ってもらった。

新型コロナウイルスの世界的感染で自分にとって本当に大切なものは何か、を考えた人も多いだろう。

その中で改めて「家族の存在」に思いを馳せた人もいたのではないか。その存在に救われた人もいれば、傷つけられた人もいるだろう。

2020年11月に著書『肉体のジェンダーを笑うな』で科学技術が発展した近未来における家族像を描いた作家、山崎ナオコーラさん。そして2020年9月、初の著書『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』で自身の家族との情報過多な毎日を描いた岸田奈美さん。おふたりにとって家族とは?語り合ってもらった。


—— おふたりは2020年、家族をテーマに本を出されたという共通点があります。岸田さんは、車いすユーザーのお母さん、ダウン症で知的障がいのある弟さん、ベンチャー起業家で急逝したお父さんとの体験を綴られています。出版後、家族関係に何か変化はありましたか?

岸田奈美(以下、岸田):本を書いたことで、母とほぼ初めて、当時のことを振り返りながら話す機会を持てて、お互いの人生をこれまで以上に理解できるようになりました。

例えば、母が手術の結果、胸から下が麻痺して車いす生活になってしまって絶望していたときに、「ママ、つらいなら死んでもいいよ」「でも、歩いてても歩いてなくてもママはママ。だから2億%大丈夫!」と私が言った、というエピソードを本に書きました。その2億%という表現を、当時母は「よくこんな数字が出てきたな。勇気をもらった」といたく感動したらしいんですね。

でも、実は母と話していたときに、たまたま私の目に「宝くじドリームジャンボ2億円」のポスターが見えていただけのことだった(笑)。そういうことも本を読んで初めて母は知ったらしくて。

「家族って一番分かり合えているようで、一番分かり合えない存在かもね」と言われました。一緒に暮らしていると、そばにいるんだから何も言わなくても分かってくれているだろうと思いこんでしまいがち。

だけど実はすれ違っていたり、勘違いしていたりすることも結構ある。だから、今回語り合えたことで、お互いへの理解が深まって、自分たちの人生を今まで以上に肯定できるようになりました。

変化した「お金のコミュニケーション」

岸田奈美さん

山崎ナオコーラ(以下、山崎):私の場合、文章を理解してくれるのは、遠いところにいる読者で、家族には理解してくれないと。そもそもデビュー作が『人のセックスを笑うな』と、ちょっと過激なタイトルだったので、真面目に銀行員をしていた父は触れてこなかったんですよね。私は大人しい、地味な子どもでしたから、母や妹もびっくりした感じでしたが、特に父は引きまくっていたと思います(笑)。

今一緒に暮らしているふたりの子どもや夫も、応援はしてくれているけれど、別に理解をしてくれている訳ではない。言うなれば、遠くの読者の方が家族と感じるような、作家としての感覚があります。

—— 山崎さんはこれまで本を出すなかで、家族関係に特に変化は起きなかったのでしょうか。

山崎:一つあるとすれば、「お金のコミュニケーション」でしょうか。家族の何が面白いって、訳の分からないお金のやり取りが発生するところだと思うんです。仕事と違って、「利益が出たから配分します」「貢献してくれた分を払います」といった損得のやり取りではない、変なやり取りが発生する。それは言葉のコミュニケーションと同じくらい面白いです。

例えば、父ががんで入院したときに、ヒゲ剃りなどの身の回りの世話をするために毎日病院に行っていたんです。死ぬ3カ月ほど前ですかね、ある日、医療費・入院費を全部私が払って、その領収書を病室で見せたんですよ。父は資格マニアで賞状を家の壁にずらっと貼っているような人で「社会的評価が好きなたちだろう」と私は捉えていたから、文学賞などの社会的評価がない私を残念に思っているに違いないと想像していた。

だから、ここで、「でも経済力はある」と見せたかった。つまり、お金を使って、自分の仕事を理解させるコミュニケーションを図った(笑)。すると、父が、「評価はいらない。コツコツやるだけでいい」って言ったので、「あ、意外と社会的評価を気にしていないんだ」と最期に分かった訳です。で、そのあと、「そっちは医療費払ったって言うけど、そもそも大学の学費にいくらかかったと思ってるんだ」という一言もあって面白かったですね(笑)。

山崎ナオコーラさん

岸田:分かります。やっぱり、お金について考えるって生きることですよね。未来を一緒に生きていくし、何かしら影響し合う人だからこそ、お金の話って出てくる。

それで言うと、実は私も最近、今回出した本の印税と全財産を費やして、車いすの母のために新車のボルボを買ったんです。450万円くらいかけて(笑)。父が亡くなったあと、父が大事にしていたボルボを、どうしても一度売るしかなかった。そのとき母と「いつかまた、ボルボに乗れるようになろうね」と約束していたんです。まぁ、私は免許がないので運転できないんですけど(笑)、母はものすごく喜んでくれました。

「ありがとう」はなくてもいい

—— ただ、お金を稼いで、家族のために使うと、そこにパワーバランスや引け目のようなものが生まれてしまうこともあるのでは。

山崎:そうなんですよ。本当そうなっちゃって。以前、夫と話し合いをしていたときに、私の意見が通り過ぎていることに気づいたんです。経済力のある方の意見が通りやすくなる社会現象ってありますけど、まさにそれが起きてしまった。これは変えなきゃいけない、すごく気をつけなきゃいけないと、そのとき思いました。お金を払ったことは、すぐ忘れないといけない。

岸田:ただ私は稼ぐことを含め、これからの時代はやりたい人がやりたい役割を担っていく時代になる気がしています。

例えば我が家の場合、お金を稼ぐのは私が一番得意だから、私がするけれど、私がどれだけお金を稼いでも手に入らない、他人をやさしい気持ちにさせる、毒気をなくすような能力を母や弟は持っている。

もし、私の稼ぐ能力しか我が家になかったら、うちの家族は楽しく生きられなかったなと思うんです。 だから今後の、家族内でのそれぞれの役割も、そんなふうにそれぞれが何を好きで、何をやり続けられるかで決まっていくのかもしれないと思いました。

それこそ、山崎さんは『肉体のジェンダーを笑うな』の中の短編小説、『父乳の夢』でそういう世界を描かれていましたよね。

—— 科学技術が発達した近未来に、父親である哲夫は自らの希望で、胸から母乳ならぬ「父乳」を出すという話でした。結果、授乳を哲夫が引き受け、働きたい妻の今日子は産休・育休を早めに切り上げ、仕事に復帰しています。

育児する男性

科学技術の発展で、いつか男性も授乳できる時代がくるかもしれない(写真はイメージです)。

Makhh / Shutterstock

岸田:そういう時代になったら、お金を受け取る側が引け目を感じることもなくなるのかなと。

ただ、科学技術や文化の発展で、自分ひとりでできることがどんどん増えていけば、助け合うこと自体が減っていくかもしれない。 家族の目的は、家計や、かつては農作業の助け合いでもあったけれど、そうじゃなくなっていくかもしれない。他者とつながる手段も、SNSで1回も会ったことない友達がいたり、何かを教えてくれたりする。

その結果、家族に「ありがとう」と言う回数も、言われる回数も減っていくんじゃないか。本に書かれていたその箇所には、読んでいて衝撃を受けました。

山崎:「ありがとう」や挨拶って言う方も言われる方も気持ち良くなる素晴らしい言葉ではありますが、難しい面もあります。

例えば、子どもを性別や障がいのあるなしでカテゴライズして、「ありがとう」や笑顔を上手くさせる教育がはびこっている気もします。「あなたは、やってもらう側なんだよ。挨拶と笑顔を上手くなんないといけないんだよ」と。ありがとうって言う回数が、ありがとうって言われる回数よりも極端に少ない場合は、つらいと思います。

だから今後の社会では、「ありがとう」で関係をつくるのはやめた方がいい。むしろ、「ありがとうはいらない。全員、生きているだけでいい」という価値観を広めたい気はしますね。

岸田:本当にそう思います。家族って助け合うためじゃなくて、自己肯定感を爆上げするために必要なんじゃないかなと思いますね。「ここにいてもいい」という幸せや喜びをつくってくれる居場所。

山崎:おっしゃる通り、ただ「生きているだけでいい」って、そばにいる人たちが言うからこそ、すごく効き目のある言葉ですよね。エンタメだけではなかなか、「自分は生きているだけでいいんだ」ってところまでは行けないから。

家族の定義は広げたっていい

—— 家族の役割が変わっていくとすれば、そもそもの家族という言葉の定義も変わっていくのでしょうか。

山崎:家族って言葉をもっと適当に使ったらいいと思いますよ「私は4人家族です」や「家族だから何でも話せるよね」みたいなグループ化があんまり好きじゃなくて。

家族って言葉を「いいな」と思うのは、「あの人は家族みたいなもんだから」なんて使い方もできるから。 家族の定義が狭いことで苦しんでいる人が多いけれど、もっと適当に、「あの人はよく一緒にいるから家族です」みたいに言ってもいいんじゃないかな。

岸田:そう思います。家族って、関係性と居場所の、ふたつの意味合いで使われているなと感じています。関係性で言えば、「あの人は血がつながっているから家族」と捉えますが、私の場合、家族は居場所だと捉えています。

そういう意味では、血のつながりにかかわらず、家族の定義を広げていって、「私の家族は友だちまで入るんですよー」と言っても全然構わないと思います。それこそ、『父乳の夢』にこうありますよね。

「血が繋がっているからでもないし、生まれた瞬間一緒にいたからでもない。授乳したからでもないし、ごはんを作るからでもない。毎日毎日、悩んでいるから、親になっていく。」

岸田さん

岸田さんは山崎さんの著書にびっしりとふせんを貼っていた。

悩むのは家族になりたくて悩んでいる訳じゃないですか。辞書の家族の意味である、「同じ家に住み生活を共にする、配偶者および血縁の人々」は今後もなかなか変わらないし、その考えは残ると思いますけど、細かいところまで分かり合えなくても、自分を自分のままでいいって認めてくれる場所のことを家族としてもいいと思うんです。

「親もいるけど、私の場合あんまり会ってないし嫌いだから、あの人は別に家族じゃないんだよね」と言ったっていい。辞書の意味にとらわれずに、自分が楽なように家族という言葉を使えばいい。

人を愛するというのは、愛せる距離をうまく探っていくことだと思います。受け流すことも愛だし、家族も、家族との距離も、ぜんぶ人それぞれに一番好きな風に選べばいいんじゃないでしょうか。

山崎:本当そうですね。今は、みんなが距離に敏感になっているときですし。今後は、家族を含め他者に対して、自分にとって心地よい距離をとることを、みんなが自然とできるようになるのかもしれません。

(後編に続く)

(取材・文:浅田よわ美、野田翔、撮影・伊藤圭)



山崎ナオコーラ:作家。親。性別非公表。『人のセックスを笑うな』で純文学作家デビュー。今は、1歳と4歳の子どもと暮らしながら東京の田舎で文学活動を行なっている。著書に、育児エッセイ『母ではなくて、親になる』、容姿差別エッセイ『ブスの自信の持ち方』、契約社員小説『「ジューシー」ってなんですか?』、普通の人の小説『反人生』、主夫の時給をテーマにした新感覚経済小説『リボンの男』など。

岸田奈美:1991年生まれ、兵庫県神戸市出身、関西学院大学人間福祉学部社会起業学科2014年卒。在学中に株式会社ミライロの創業メンバーとして加入、10年に渡り広報部長を務めたのち、作家として独立。世界経済フォーラム(ダボス会議)グローバルシェイパーズ。 Forbes 「30 UNDER 30 JAPAN 2020」選出。2020年9月初の自著『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)を発売。

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