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2050年までに温室効果ガスの排出をゼロにするという目標を掲げた日本。
12月には、2030年代を目処にガソリン車の販売を停止する方針を発表。これに対して、日本自動車工業会会長を務めるトヨタ自動車社長の豊田章男氏が、「自動車業界のビジネスモデルが崩壊してしまう」と懸念を示したという報道もありました。
温室効果ガスの原因はいくつかありますが、日本の二酸化炭素排出量の約16%が、自動車から排出されるものだとされています。当然、それだけを削減したとしても全体をゼロにすることはできません。
また、電気自動車を使うにも、エネルギー源として火力発電所で発電した電力を使っていては元も子もありません。
2018年度の日本の二酸化炭素排出量は年間約11億トン。このうち、自動車に関係するのは2割以下。
出典:国土交通省
温室効果ガスの排出をゼロにするには、ガソリン車のように化石燃料を燃料にしていたものを電気自動車などの電気を動力として動くものに代替していくと同時に、再生可能エネルギーなどの二酸化炭素を排出しない発電の割合も高めていかなければならないのです。
12月21日に開催された中長期的なエネルギー政策について話し合う「総合資源エネルギー調査会」では、この目標の実現に向けて、全体の発電量に占める再生可能エネルギーの割合を、5〜6割にすることを基本に今後の議論を進めていくことが示されました(ただし、残り約4割のうち2割は原子力発電でまかなうことを想定している)。
前回の記事では、環境省の調査をもとに、日本が持つ太陽光や洋上風力をはじめとした再生可能エネルギーの資源量について推計しました(下図)。
この推計を改めて見ると、日本の発電電力量の5〜6割程度であれば再生可能エネルギーでまかなうことは十分にできそうです。
では、なぜこれまで、日本では再生可能エネルギーの利用がうまく進んでこなかったのでしょうか。これから先、再生可能エネルギーの利用を増やしていくにあたり、どういったことが課題になってくるのでしょうか。
再生可能エネルギーを導入するうえでの経済的合理性など、仕組み作りについての研究をしている京都大学の安田陽特任教授は、
「再生可能エネルギーを導入するうえで、日本では『再生可能エネルギーを使って発電する側に技術開発が必要だ』と言われることが多いんです。しかし、国際的な常識はその逆。まず、再生可能エネルギーを受け入れる電力系統や社会システムを変えていく。その方が、再生可能エネルギーに最適な設計が可能になり、導入しやすくなるのです。
これまで再生可能エネルギーの利用が進んでこなかった原因は、参入障壁の高さや、制度設計がうまくできていなかったためです」
と指摘します。
これはいったいどういうことでしょうか?
日本には「ブレーキのない太陽光発電」が多い
神奈川県足柄上郡中井町にある太陽光発電施設。
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日本ではこれまで、大量の電力を安定的に発電できるベースロード電源としての役割を持つ火力発電や原子力発電などに適した電力システムを構築してきました。
その結果つくりあげられた送電線の利用ルールが、再生可能エネルギーを導入するうえでの障壁となっています。
電力は、発電所から送電線を介して私たちのもとへと送られます。この送電線には当然、物理的な許容量があり、それを超えて電気を流そうとすると、停電などの大きなトラブルに発展しかねません。
ただし送電線には、安全設計上、許容量に空きが設けられています。この先、再生可能エネルギーをより多く導入していくには、この空き容量をうまく利用していくことがポイントになると考えられています。
ただし、これがなかなか進みません。なぜか?
東京大学で電力システムなどについて研究している荻本和彦特任教授は、
「関東の一部の地域では、これ以上太陽光発電の事業者が参入すると年間で100時間程度、送電線の許容量がオーバーしてしまう可能性があるため、導入ができないと言われているんです」
と話します。
年間でたった100時間程度。その時だけ、太陽光発電などの出力を調整することはできないのでしょうか。
実は、ここで一つ問題があります。
今、日本で展開されている太陽光発電の多くは、遠隔から出力を制御することができないのです。これは、固定価格買取(FIT)制度が導入された際に、技術的には可能であるにもかかわらず、太陽光発電にそういった装置をつけることを義務化しなかったことが原因です。
海外から輸入している風力発電には、初めから出力を遠隔で装置する機能が付いている。
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電力システム上、電気の供給量と消費量はぴったり一致させなければなりません。
そのために、電力会社は事前に必要な電力需要をある程度見積もったうえで、実際に必要な電力を見ながら、発電所の出力を調整しています。
再生可能エネルギーによる発電は、太陽光にしろ風力にしろ、自然環境に応じて出力が変動するものです。そう考えると、遠隔地から制御できない太陽光発電は、いわば「ブレーキが付いていない発電機」です。
出力を瞬時に制御できない以上、送電線の空き容量をぎりぎりまで利用することは、電力系統にトラブルを起こすリスクとなります。
安全を考えれば、発電量の見通しが出る前日の段階で需要を少しでも超えそうなら、太陽光発電の出力を制御しておく方が無難です。ただしこれでは、太陽光発電を設置している事業者は、利益を得にくくなります。
REUTERS/Issei Kato
荻本特任教授は、再生可能エネルギーの導入が進まない理由の一つとして「将来のビジネスとして収益が見通せないこと」を挙げています。
例えば、日照条件の良さなどから、九州には非常にたくさんの太陽光発電事業者が進出しています。しかしその結果、太陽光発電で生み出される電力量が多くなりすぎて、2018年度には26回、2019年度には74回、2020年度は10月末までに42回、出力制御を実施しています。
販売できる電力が減れば、その分だけ太陽光発電の事業者の売上は落ち、利益が出にくくなります。結果、新規事業者の参入が促されず、再生可能エネルギーの導入も進まなくなるわけです。
太陽光発電の出力を遠隔で制御することは、技術的にそこまで難しいものではありません。日本でも現在、太陽光発電の遠隔制御を行う実証が進められています。
これが実現できれば、送電線の許容量ぎりぎりまで電気をつくったとしても、いざ過剰供給になりそうになったときだけ出力を調整できるようになります。
販売できる電力が増える分、現状よりも再生可能エネルギーを用いた発電を行う新規事業者を受け入れやすくなり、ビジネスとしてもしっかり成立する土壌が整うわけです。
エネルギー構成の最適解は?
日本の電力は8割近くを火力発電に依存している。再生可能エネルギーの利用は18%とされているが、そのうち水力発電を除くと、太陽光や風力を使った発電の割合は10%を下回る。
出典:資源エネルギ−庁「2050年カーボンニュートラルの実現に向けた検討」
今後、再生可能エネルギーの導入進めていくことは、世界のコンセンサスとなっています。では、実際にどこまでの電力を再生可能エネルギーによってまかなうべきなのでしょうか。
安田特任教授も荻本特任教授も、すべてを再生可能エネルギーにすれば良いという考えではないようです。また、仮に太陽光や洋上風力の導入ポテンシャルが、日本の全発受電電力量を上回っていたとしても、一つの発電方法に絞ることは、危機管理上適切とは言えません。
「金融の世界だとポートフォリオという考えがあります。分散をすることはリスクヘッジとなります。それは、電源も一緒です。そういった意味で、再生可能エネルギーにいくつも種類があるということはメリットと言えます。いろんなものを混ぜることで、再生可能エネルギー特有の、電力の変動も緩和できるはずです」(安田特任教授)
地域によって適した発電所のタイプが異なることも、考えなければいけません。
石炭は化学的に安定しており、大量のエネルギーを内在することから、“天然の電池”とも言える。
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また、化石燃料を燃やして二酸化炭素を排出する悪者として認識されることの多い火力発電も、将来的に完全に無視すべき存在というわけではないようです。
荻本特任教授は、
「石炭の火力発電所には貯炭場というものがあって、そこに山積みの石炭が保管されています。実は、そこにある石炭で1カ月くらいは100万kW規模の発電することができるんです。100万kWを1カ月蓄積できる電池は存在しません。非常に効率の良い、エネルギー貯蔵装置ともいえます。
風が吹かなかったり、日照量が少なかったりした場合のバックアップとして、火力発電所を活かしておくことは、危機管理の選択肢として考えてもいいはずです」
と話します。
温室効果ガスの排出をゼロにするために、火力発電所で生じた二酸化炭素を、地中に埋める技術で補うことを考えても良いわけです。
電池や水素が必要になるのはまだ「先」
出典:IEA:Status of Power System Transformation 2019: Power system flexibilityをベースに安田特任教授が作成。
再生可能エネルギーの導入割合を高めていく過程では、過剰に発電されてしまったときのために、電気を蓄積しておくための大型電池や、水を電気分解することで水素を作り燃料として利用するシステムの技術開発が必要だという話を耳にすることがあります。
こういった技術が実現できていない以上、すぐに再生可能エネルギーを導入することはできないと反対する人もいるようです。
しかし、実際にこういった設備が必要になるのは、再生可能エネルギーが今よりもはるかに高い割合で導入された未来だとされています。
国際エネルギー機関(IEA)では、再生可能エネルギーの導入割合に応じて直面する課題について、いくつかのフェーズに分けて整理しています。
それによると、再生可能エネルギーの導入割合が高いヨーロッパでさえも、まだ大型の電池や水素の燃料化技術を必要とする段階には達していないとされています。
再生可能エネルギーの導入がこれから拡大していこうとする日本は、研究などを進めておく意味はあっても、すぐにそういった設備を導入すべき段階にはありません。
再生可能エネルギーの導入率がまだ低いうちは、既存のシステムに及ぼす影響は非常に軽微なのです。
電気自動車の普及は、ガソリンによる二酸化炭素の排出を減少させること以外にも、再生可能エネルギーを用いて発電した電力を使うことで、再生可能エネルギーの普及を後押しする側面も持つ。
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また、たとえ現状の再生可能エネルギーを使った発電で過剰に電力が供給されたとしても、電気自動車やヒートポンプといった電気を動力とする既存の製品の充電を電力が過剰に供給されるような時間帯に行うことで、十分対応できるとされています。
IoTを組み合わせれば、発電量が増えて電力が安くなったタイミングで充電するようなシステムを作ることも、現状の技術で十分に可能なのです。実際、日産自動車など、国内の自動車メーカーお間では、電気自動車を使った実証試験が行われています。
また、太陽光発電の事業者がすでに多数進出している九州では、電力が余るケースが増えており、すでに発電が過剰な時間帯に電力を消費する設備が必要な段階まで進んでいると考えられています。
荻本特任教授は、こういった点を「ビジネスチャンスになる」と語ります。
再生可能エネルギーの導入割合を高めていくためには、同時に、発電した電力をしっかりと使い切れるようにする仕組みを社会的に作っていく必要があるのです。
大型の電池や、燃料としての水素の需要は、その先にあるものだと言えるでしょう。
再エネ導入で電気代は安くなる?高くなる?
ドイツの石炭発電所。
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ところで、再生可能エネルギーを導入していくことで、最終的な電力コストはどうなっていくのでしょうか。
今、再生可能エネルギーを導入するために実施しているFIT制度では、高い固定価格で電気を買い取る財源として、消費者が支払う日々の電気料金の中に含まれる「再生可能エネルギー発電促進賦課金」が充てられています。
この総額は、2019年度で3.5兆円にものぼりました。
2019年11月以降、FIT制度による買い取り期間が、徐々に終わり始めています。また今後、再生可能エネルギーの普及が進むことで、発電自体のコストは下がることが想定されています。
しかし、それでも火力発電や原子力発電を中心としていた時代と比べると、いずれにしても最終的な負担が大きくなる可能性は捨てきれません。
「電気代が上がるのは嫌だ」と考える人は、非常に多いはずです。
ただし、その代替案として出てくるのは、化石燃料の利用や原子力発電の活用する方法です。
環境に配慮しながら、将来に対する不確実性に対応して安定した電気を使っていくには、どうしても多少のコストを受け入れることが必要です。またそれと同時に、つねに複数の選択肢も持つ必要もあるでしょう。
見方を変えれば、これまで化石燃料を湯水の如く使い、世界の人口が増えても環境への負担を軽減してこなかった分、これから先の世代がさらなるコストを負担していかなければならない状況に陥っているとも言えるのかもしれません。
SDGs(持続可能な開発目標)では、気候変動への対策を進めることと同時に、すべての人に対して、持続可能なエネルギーへのアクセスを保証することがゴールとして掲げられています。
コストが上がると、電気代が払えなくなって困難な状況に陥る人がいるかも知れません。ただしだからといって、エネルギー政策を巻き戻すわけにもいきません。
地球環境を守るために。その上で、誰も取りこぼさないようにするために。
再生可能エネルギーを導入を進めていくうえで考えなければならないことは、まだまだたくさんあるはずです。
(文・三ツ村崇志)