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2021年、イギリスとEUで何が起こるのか。通商合意でも不安ばかり募る「5つの論点」

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2020年12月24日(現地時間)、欧州連合(EU)との通商交渉の結果を発表するイギリスのジョンソン首相。年末の期限ギリギリに駆け込み合意が成立した。

Paul Grover /Pool via REUTERS

離脱後の移行期間終了まで残り1週間という12月24日、イギリスと欧州連合(EU)が続けてきた「新たな関係」の協議が、ついに基本合意にたどり着いた。

2021年1月1日から、イギリスは名実ともにEUを離脱することになる。

解決がほぼ絶望視されていた(1)漁業権(2)公正な競争条件[具体的には企業への政府補助金の取り扱い](3)ガバナンス[紛争処理 、裁判の管轄権]といった問題群には、一応の折り合いがついた模様だ。

だが、行きつ戻りつしてきたこれまでの経緯を思えば、「あとから対立が蒸し返されるのではないか」との疑問を持たないほうが難しいだろう(下は通商合意妥結を伝える英首相官邸のツイッター公式アカウント)。

イギリスは今後EUの指図を受けなくなる。それを主権の回復と言えば聞こえはいいが、その代わりに被るコストはかなり大きいと予想される。短期的な国内総生産(GDP)の損失が不可避であることは、イギリス政府が自ら試算済みではあるが、いよいよそれを実感するステージに入る。

2000ページを超えると言われる法律文書の詳細が吟味され、いま見えていない問題が浮上してくるのは年明けのことになるだろう。以下、現時点で明らかになっている情報をもとに、Q&A方式で論点を整理し、続報を待ちつつ新年を迎えたい。

なお、協定案は本来ならば欧州議会の審議・承認をもって正式発効するが、今回はそれを後まわしにした上で合意を発効させる暫定措置がとられている。正式に発効と呼べるのは、年明け1~2月に欧州議会が協定案を審議し、承認するプロセスが必要になる。

【Q1】「漁業権問題」はどうなったのか?

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2020年1月、ドーバー海峡に面したフランスの港湾都市ブローニュ=シュル=メールにて。漁業権問題は「移行期間」の設定と、イギリスからEU加盟国への割当削減という妥協案が採用された。

REUTERS/Pascal Rossignol

まず、絶望的なミゾがあるとされてきた漁業権の問題はどうなったのか。

結論としては、EUの漁獲割当を金額ベースで25%減らし、イギリスに返還することで合意した。2021年1月1日以降、5年半は両国の漁船が相互の領海で操業可能な移行期間とし、この間にEUは漁獲割当を徐々に減少させていくことになる。

ちなみに事前報道では、イギリスは「80%の漁獲割当減少プラス短い移行期間」もしくは「2021年以降は毎年交渉して漁獲割当を削減」などを主張していたとされる。対するEUは現状維持を主張してきたが、ついに軟化して移行期間の設定という妥協を認めた

EUが当初希望していた現状維持での移行期間は10年間と言われ、その終了後、交渉に応じるという姿勢だったと言われる。したがって、交渉の最終段階では、この移行期間をいかに短縮化できるかが焦点だったと推測されるが、欧州らしい妥協の仕方で「間をとって」5年半に落ち着いたということだろう。

もっとも、この合意に双方の市民が納得しているのかどうかは怪しい。フランスを筆頭に、漁業権の現状維持を「レッドライン」(=譲れない一線)と主張してきたEU加盟国は本当に納得しているのだろうか。

イギリスの漁民が抱く不満も小さくないだろう。自分たちの領海でEUの漁船が操業すること自体許せない、というのが根本的な不満だったはずで、その点ではイギリス側が相当に譲歩したかたちだ。

英漁業団体連盟(NFFO)のバリー・ディーズ会長は「漁民は今夜、落胆とフラストレーションが大きくなる」「これを裏切りと考える人も出るだろう」と発言したと報じられており、これがイギリスの漁民の本音に一番近いのではないか。

【Q2】「公正な競争条件」の取り扱いはどうなったのか?

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「サヨナラEU」のプラカードを抱えるロンドンの市民。

REUTERS/Simon Dawson

EUは環境、労働、税制、政府補助金といった規制について、離脱後もイギリスとEUが同水準になるよう要求してきた。とくに注目されていたのが、イギリス側の「政府補助金」の取り扱いだった。

合意前の寄稿「“最悪のシナリオ”に向かう可能性も。トランプ感染問題の背後で進むブレグジット『不安な展開』」(2020年10月8日)でも取り扱ったが、非常に重要な論点なので、いま一度おさらいしておこう。

EUには「国家救済規則」と呼ばれる規制が存在する。国家による補助(金)がEU域内における公正な競争に歪(ゆが)みをもたらすのを防止するのが目的で、すべての産業が対象とされている。

この規則のもと、EU加盟国は国家が企業に補助金を付与する行為が規制されている。例えば、政府が民間企業を救済する際にも細かな条件が課せられ、救済を承認するかどうかの最終的な権限は欧州委員会に委ねられている。

EUは合意後の「新たな関係」においてもこの規則をイギリスに遵守させるべく、通商合意の前提条件だと主張してきた。しかし、国家救済規則はEUの独自色が強い規制で、そこから離脱したいと考えるイギリスに押しつけるのは、さすがに無理筋と思える一面もあった。

今回の合意では、「公正な競争条件」を毀損(きそん)する行為があった場合、双方が協議した上で報復措置を発動する仕組みが盛り込まれた模様だ。この仕組みは事前に報じられていたもので、要するに「お互い話し合って補助金政策を管理する」という趣旨だが、本当に実効性があるのか、にわかには信じがたい。

結局、公正な競争条件を毀損する行為をどう認定するのかをめぐって、揉めるのではないか。究極的には、相手の補助金で大きな損害を受けた際に、追加関税などで報復できる仕組みも導入される模様だが、毀損する行為を認定するプロセスで揉めているうちに報復が強行される、そんな未来が目に浮かぶようだ。

少なくとも、この仕組みがあるかぎり、イギリス側は産業政策を展開する上でEUの顔色をうかがう必要があるので、自信を持って「主権を取り戻した」とまでは言えないように思える。

【Q3】関税はゼロになるのか?

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ロンドンの空撮。中央に流れるテムズ川を東(写真上方向)に下った向こうがオランダとフランス。2021年、ドーバー海峡周辺の混乱は必至だ。

Shutterstock.com

イギリスとEU間の貿易については、「物品によって」関税がゼロになる。今回の合意では、優遇関税の対象となる財であれば、数量制限なしに貿易が行われる(いわゆる「関税割当枠」はナシ)取り決めになった。

イギリスとEUの貿易関係が合意によって一変し、自動車を中心とする製造業のサプライチェーンが寸断されるという、最も懸念された展開は回避できたことになる。

ただし、あくまで「優遇関税の対象となる財であれば」の話だということに注意しておきたい。

今後は、すべての財が優遇関税の対象になるのではなく、原産地規則をクリアした財だけが優遇関税の対象となる。つまり、第三国(イギリス・EU以外の国)から調達した原材料の比率が大きい財については、関税が復活する

この措置を執行するにあたって、原産地証明の取得など、これまで不要だった通関業務が発生する。その作業を担う通関業者はもちろん、そのための書類も必要になる。自動車も薬品も食品も、これまではEU基準で認証をとれば済んでいたものが、今後はイギリス向けの認証を別途取得しなくてはならない。

品目や業者を限定することで、そうした煩雑な作業や書類作成をスキップできるようになる模様だが、その措置によってどのくらい混乱を抑制できるのか、現時点では未知数だ。民間部門に与えられた準備期間があまりにも短いことから、直感的には焼け石に水に思える。

イギリスに拠点を置く企業にとっては、原産地規則に定められた「累積(Accumulation)」(※)の対象に、イギリスとEUが自由貿易協定(FTA)を締結している国が含まれるかが注目される。

※累積……最終生産品を生産するプロセスでFTAや経済連携協定(EPA)を締約する国の原産品を材料として使用した場合、その原産品も自国原産の材料とみなす考え方。

細かい論点だが、このあたりも注目すべき論点として浮上してくるだろう。

年明け以降、イギリスとそれ以外の欧州を結ぶ大動脈であるドーバー海峡周辺で混乱が起きるのは必至との見る向きは多い。通商合意が成立しても、その執行のためには「慣れ」が必要というわけだ。しかも、いまはコロナ禍の真っ只なか。イレギュラーな対応を強いられることも多い。

民間企業の関心事は、「新たな関係」が始まるまでの暫定期間が設定されるかどうかにあると思われるが、そうした情報は現時点では筆者のもとには入ってきていない。

【Q4】人の移動はどうなる?

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ロンドンのヒースロー国際空港。今後は人の移動にも大きな影響が出るだろう。

1000 Words/Shutterstock.com

当然、人間の移動は制限されることになる。

そもそも、他の欧州から流れ込んでくる移民の影響で国内の雇用・賃金情勢が悪化したというのが、イギリスのEU離脱派の譲れない問題意識だった。

これまでEU市民はイギリスへの移住も就労も自由だったが、今後は日本人などと同じ普通の外国人扱いになる。イギリスに移民として受け入れられるためには、語学力や収入、専門性などを評価軸としたポイントで「適性」を測定されることになる。

このポイント制移民システムによって、これまでは欧州各地からやって来てくれた優秀な人材の確保が難しくなるだろう。

例えば、イギリスの外食産業は移民依存度が高く、今後は人手不足に悩まされるとの指摘がある。ほかに、宿泊や介護、食品加工工場など単純労働への就職を考えていた移民も、ポイント取得が難しくなるため、就労許可を得られなくなる。

それによって、人手不足による倒産や廃業が増えたり、イギリス国民が低賃金で働いたり、といった影響が出てくるかもしれない。

イギリスの労働市場に一定程度のショックが起きる事態は避けられないように思われる。

【Q5】今後への不安は?

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ベルギーの首都ブリュッセル、欧州連合(EU)本部前にたなびく連合旗。加盟各国は今回の合意をどう見ているのか。

REUTERS/Yves Herman

ここまで見てきたように、不安を細かくあげればキリがない。EU加盟国から本当に不満が出ないのかという根本的な疑問も残る。

冒頭述べたように、今回は年内合意という時限を守るために無理な意思決定をした。例えば、EU側の交渉担当は、バルニエ首席交渉官のもとで欧州委員会が加盟国を代理して進める格好になったが、この「代理で合意」という点に不安を抱くのは筆者だけではあるまい。

加盟国の議会や欧州議会の事後承認を前提とした意思決定である以上、のちのち不満が出てくる可能性はある。もちろん、バルニエ交渉官、フォンデアライエン欧州委員長、加盟国首脳は緊密に連絡を取り合っているはずであり、基本的に齟齬(そご)はあり得ないはずだが……。

交渉が終わったいまにして思えば、EUにとって今回のイギリス離脱騒動は良い「見せしめ」になったのではないかと思われる。結果として、イギリスに次いでEU離脱の声をあげる加盟国は出てきていない。離脱という決断がどれほど痛手をもたらすか、嫌というほどアピールできたわけだ。

イギリス側に残された問題も多い。国内の亀裂は次なる難題だ。「EU離脱の遂行」という大きなミッションを終えたばかりだが、ジョンソン首相には「大英帝国分裂の回避」という次なるミッションが待ち受けている。

「欧州の独立国としての将来を描くときが来た(It’s time to chart our own future as an independent, European nation.)」というのは、12月24日の合意発表から1時間もしないうちに、スコットランド自治政府のスタージョン首相がツイッターに投稿した一文だ。

EUとの交渉に決着をつけたジョンソン首相の次の相手はスコットランドになるとの声も出てきている。再三注目を集めてきたアイルランド問題についても、北アイルランドはアイルランドとの緊密な関係に興味を持ち続けるだろう。

そして、さらに大きな話をすれば、イギリスは今後「そもそも何のために離脱したのか」をことあるごとに問われることになる。おそらく、短期的には「離脱してもろくなことがなかった」という状況が続く可能性が高い。

新型コロナウイルス感染拡大の影響が大きく、景気減速のなかにEU離脱の影響をはっきりと見てとることは難しい状況が当面続くと思われるが、コロナショックの間にも離脱のダメージは蓄積していく。ジョンソン英首相は責任を問われることになり、支持率への大きな影響が予想される。

もちろん、離脱によって独自の経済政策を展開できるメリットもある。ただ、それが可視化されるのは中長期的な話だ。

短期的に見ると(多国籍企業からすれば)イギリスには「面倒な進出先」との評価がつきまとう。イギリスからの脱出はすでに一部で始まっており、これを食い止め、引き戻すための政策運営もジョンソン政権に課せられた使命となるが、その道のりはどう見ても相当険しい。

※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。

(文:唐鎌大輔


唐鎌大輔(からかま・だいすけ):慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)でチーフマーケット・エコノミストを務める。

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