コロナ禍を経てオフィスはホテル化する?(写真はオレゴン州ポートランドにあるエクスペンシファイ本社)。
Expensify提供
- 2021年に注目すべきテックトレンドをベンチャーキャピタリスト(VC)が語った。
- 未来の働き方は、リモートと対面を組み合わせたハイブリッド型になっていくという。職場は人と人が交流するための場所となり、オフィスはグループで安全に集まれるように再設計されるだろう。
- VCが予測する2021年に活気づく3セクターは、不動産テック、エドテック、気候テックだ。
2021年にはどんなテクノロジーが来るのだろうか。ベンチャーキャピタリスト(VC)たちが水晶玉をのぞき込んで占っている。
1年前のVCによる予測は驚くほど正確だった。彼らが挙げた注目トレンドは、リモートワークや有名人によるスタートアップへの投資、シリコンバレーからの人口流出などで、まったくその通りになった。
そこでBusiness Insiderは今回も、ベンチャーキャピタル勤務のパートナーや、自己資金で投資活動を行うスーパーエンジェル20人に、ウォッチしている投資テーマや、今注目はされているが2021年にブレイクしないトレンドは何だと思うか尋ねた。
ネタバレだが、シリコンバレーが復活する。白人男性だけの取締役会はアウトだ。不動産テック(proptech)、エドテック(edtech)、気候テック(climate tech)にはVCも熱視線を送っている。
コロナのワクチン接種が進み、企業がオフィスを再開する動きも見られるなか、ベンチャーキャピタルも未来の働き方に関しては一家言持っている。
オフィスは今後社員のニーズに合わせて再構成され、在宅勤務とオフィス勤務をうまい具合に組み合わせた「ハイブリッド型の働き方」モデルになっていくだろう、というのが共通見解だ。ではその見立ての詳細とは?
VCによる2021年トレンド予測の16テーマを、前後編の2本立てで紹介する。
投資家が不動産テックに殺到
不動産テックのスタートアップAboduは、たった12週間で住める状態まで持っていけるADU(accessory dwelling unit)と呼ばれるユニットハウスの組立事業を行っている。
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友人が売買契約書にサインした日に投稿した家の写真で、インスタグラムのフィードが埋め尽くされた——2020年、ミレニアル世代の多くがそんな経験をしたはずだ。
2020年は狭いアパートから逃げ出して低金利の住宅ローンの恩恵を受けた人が多く、住宅販売件数は記録的となった。
都会離れの動きは「不動産テック(proptech)」や不動産業界のためのテクノロジー構築を行うスタートアップを活性化させてきた、とブラムバーグキャピタルの創業者デビッド・ブラムバーグは言う。
2021年、IT投資家はビッグデータやAIを活用して不動産取引を加速させる企業への投資機会に飛びつくだろう、とブラムバーグは予想する。
建設業もロボティクス、ソフトウェア、製造技術の進歩の恩恵に預かるカテゴリーだ、と言うのはコスラ・ベンチャーズのパートナー、エバン・ムーアだ。不動産テックに投資しているムーアは次のように話す。
「リモートワークは各種アセットクラスの価格を逆方向に動かしてきました(オフィスの賃料は下がり、郊外の住宅価格は上昇)。
このせいで計画が狂ったスタートアップもありました。しかし、2020年も2つの事実は変わりませんでした。第一に、手頃な価格で入手するために持続可能な形で建設された住宅は不足気味であること。第二に、ソフトウェアを組み込んだシステムの統合という点で建設産業は初期段階にある、ということです」
都市封鎖でゲームが伸び、VRブームが起こる
2015年、ドイツで行われたゲームズコムでVRヘッドセットを試す女性。
Reuters
ビデオゲーム業界はロックダウンの恩恵を享受した。巣ごもりを余儀なくされた人々が現実逃避を求め、ゲームのソフトウェアやデバイスに充てる時間と予算が増えたからだ。
「その効果は今後も継続する」と言うのはNFXのゼネラルパートナー、ギギ・レビー=ワイスだ。
ゲーム業界でエグゼクティブを務めた経験を持つレビー=ワイスは、オキュラス・クエスト2(Oculus Quest 2)のように安価で良いデバイスが売り出されるのに伴い、仮想現実が再び盛り上がると見ている。従来型のゲーム機が伸びるのに合わせて、スマホ向けゲームやスマートスピーカーも伸長するだろう。
一方、新しい体験を求める人は新モデルを試すかもしれない。その一例としてレビー=ワイスは「本物のお金を使ってプレイするスキルゲーム、ライブビデオを使うソーシャルゲーム、リモートで操作するフィジカルゲーム」などを挙げる。
物理的なオフィスを持たない前提での起業が増える
フルリモートのポジションを募集中の会社は多い。
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「世界のほとんどの企業と同様、2020年にはスタートアップもリモートワークに移行することを余儀なくされました。しかし2021年のスタートアップは、リモートファーストという計画を立てているところが違います」。そう指摘するのは、グレイロックのパートナー、デビッド・サッカーだ。
リモートファーストのスタートアップは、最初から各地に分散する社員を中心に自社のプロセスや文化をつくるだろう。つまり、全社員を収容するような物理的なオフィスを借りることはまずない、とサッカーは言う。
採用活動にあたっては世界中の人材から最適な候補者を選ぶことができ、従業員は勤務地や生活の質を妥協せずに働ける。
他のVCも同じ考えだ。クライナー・パーキンスのパートナー、バッキー・ムーアは次のように言う。
「リモート勤務が広く許容されたことは、この20年間で起きた最大の働き方革命と言えます。
2021もこのトレンドは続くでしょう。近い将来、リモートファーストが当然の世の中になると思いますが、それに向けた布石を打ったということです」
多様性に欠ける企業は採用難に
ナスダックのアディナ・フリードマンCEO
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優秀な人材を採用し長く勤めてほしいと思うのであれば、企業は単にダイバーシティ、インクルージョン、公正さを語るだけでは不十分だ、と言うのはGGVキャピタルのマネージングパートナー、ジェフ・リチャーズだ。
2020年、「多様性」という言葉は、流行り言葉から企業が潤沢に予算をつけるイニシアチブへと変容した。IT業界御用達の証券取引場であるナスダックが、上場するなら「少なくとも2人は多様性のある取締役」を取締役会に置くべきだ、と提言していることも一役買っている。
女性や有色人種の採用で立ち遅れるスタートアップは、社内・経営陣・取締役会の「多様性がどうなっているのか、質問すべきだと考えている優秀な人材を失うだろう」とリチャーズは言い、特に今は「多様な会社が勝つだろう」と見ている。
企業は偏見をなくそうとブラインド採用[訳注:選考の際にバイアスがかからないよう、性別、年齢、学歴、人種などを伏せて採用活動を行うこと]を受け付けるようになっていることから、セブン・セブン・シックスのパートナー、ケイトリン・ホロウェイは採用プロセスが大きく見直されると考えている。
ハイブリッド型オフィス分野のスタートアップが誕生
社員がオフィス勤務を再開するとき、新しい習慣が根づくようにすることが大切だ。
Luis Alvarez/Getty Images
安全が確認されたらすぐにオフィスに出勤するという人もいるが、多くの人はフレキシブルな働き方を選ぶだろう。
インデックス・ベンチャーズのパートナー、サラ・キャノンによると、勤務日のあり方も変わりそうだ。多くの会社員が働く曜日や時間を選ぶようになってきているためだ。
この動きにより、社員のスケジュールを追跡したり、社員が居住する都市で不動産がどの程度必要か把握したりするための、新しいカテゴリーのソフトウェアができる可能性があるとVC各社は口をそろえる。
アレーVCの創業者、シュルティ・ガンディの見立てはこうだ。
「グローバルな視点とローカルなやり方をユニークな形で組み合わせたツールが登場して、分散型チームにリソースを与え、さまざまな国や地域にまたがる社員のマネジメントを行えるようになるでしょう。
入社時の導入研修、社員同士のコラボレーション、業績評価から福利厚生に至るまで、スタートアップは拡張可能で費用対効果の高いソリューションを求めています」
オフィスはホテル化する
オレゴン州ポートランドにあるエクスペンシファイ(Expensify)本社。
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ポストコロナの世界では、オフィスは働きに行く場所ではなく、人に会いに行く場所へと進化するだろう、というのはサファイア・ベンチャーズのマネージングディレクター、ジェイ・ダスだ。
「本拠地となる場所や、チームイベント、オフサイトミーティング、全社会議などで同僚と会う機会が求められます。戦略的にチームとして対面で仕事する必要がある場合、集まる場所としても使えます」とダスは言い、今後もオフィス需要は続くとする。
「結論として、オフィスは縦割りで作業をする場所ではなくなり、コラボレーションやチームワークの場所となるでしょう」
未来のオフィスはホテルのようなものになる可能性すらある、と言うのはNFXのゼネラルパートナー、ピート・フリントだ。
フリントが想像するのは、大小のグループで安全に集まれる共有スペースがたくさんあるオフィス。ホテルの宴会場や会議室の使われ方と同様だ。健康上の理由からオープンフロアは採用されなくなり、事前に予約できる個室やポッド(狭小ブース)に移行すると見ている。
「オンサイトは新しいオフサイトになると思います」とフリントは言う。
Z世代が新しいビジネスを立ち上げる
Z世代向けの下着を扱うパレード(Parade)の共同創業者カミ・テレス(23歳)。
Parade提供
ある研究によると、新規に設立された企業の数は30年連続で減少しており、起業家精神は死に絶えつつあると言える。
しかし、小さな事業を立ち上げ、拡大していくことの大変さをなくしてくれるプロダクトが登場すればこの流れを変えられるかもしれない、と言うのはベセマーのパートナー、タリア・ゴールドバーグだ。
若い世代の起業家なら、Shopify(ショッピファイ)のように自分のオンラインストアを手軽に開設できるソリューションにもアクセスできるし、サブスタック(Substack)のような有料ニュースレターも使える。
副業はストリームヤード(Streamyard)やパトレオン(Patreon)のようなサービスを使って簡単に収益化できる。組織がもっと成熟してくれば、バックオフィス機能をガスト(Gusto)のような会社に委託することもできる。
ベセマー史上最も若いパートナーであるゴールドバーグは言う。「デジタルコンテンツからクラウドキッチン、オンライン店頭に至るまで、チャンスがたくさんある成熟した分野が数多く現れています」
サンフランシスコとシリコンバレーが復活
サンフランシスコのドロレス公園に集う人々。
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コロナウイルスのワクチン配布が進むなか、IT業界で働くミレニアル世代やZ世代の社員が夏までにスタートアップの集積地に戻ってくるだろう、と予測するのは、アンドリーセン・ホロウィッツを退職して起業したリフレクター・キャピタルのザル・ビリモリアだ。
シリコンバレーにいることのコスト、政治的環境、安全性等々を考え直し、シリコンバレーから離れるエリートたちもIT業界にはいる。しかしビリモリアは、そうした動きは主流にはならないという。
サンフランシスコ、ニューヨーク、ボストン、ロサンゼルスなどIT業界のスーパーシティは、大多数のスタートアップが創業し、資金調達を行った場所だ。投資家や創業者たちはその理由を思い出すことだろう。高等教育を受けた人材は豊富だし、潜在顧客企業がたくさんいるのだ。
「マイアミやオースティンなどでも100人程度の規模には成長できるでしょうが、チームリーダーや経験豊かなエグゼクティブが見つけられないので、それ以上の拡大は難しいでしょう」とビリモリアは言う。
SPACは必死に買収先を探す
つい最近まで、「特別買収目的会社(SPAC:special purpose acquisition company)」はウォールストリートでは禁句だった。
潮目が変わったのは2020年だ。特別な目的を持った投資家が、非上場企業を上場させるために、株式市場で資金集めを行う事例が増えたのだ。
そうしたブランクチェックカンパニー[訳注:特別買収目的会社の別称。ブランクチェックとは金額欄が空白の小切手のこと]は、いま買収先企業を血眼で探している(24カ月以内に買収をまとめられない場合、機関投資家に資金を返却する義務がある)。
有名なところでは、オープンドア(Opendoor)、クローバーヘルス(Clover Health)、ニコラ(Nikola)といった企業が、2020年にSPACと合併して上場することに合意した。
こうした企業は、SPACを選別するトップ企業に雪だるま効果を与える可能性がある——そう見るのは、トゥースティグマベンチャーズのパートナー、リンジー・グレイである。
だが、皆がこの意見に賛成しているわけではない。
買収先を探しているSPACはこれまでになく多く、買収に合意する非上場企業の数は限られている。民間の市場分析会社ピッチブックの予想では、2021年に買収を完了できるSPACは30%未満にとどまるとのことだ。
メンロー・ベンチャーズのパートナー、タイラー・ソシンはこう指摘する。
「スタートアップが自ら上場する代わりに合法な形でSPACと契約するのが当たり前、というほどSPACが存在感を増すことはないと思いますよ」
2、3のある著名なSPACは「2021年に株式市場で劇的に低迷し」、魅力がなくなると見ている。
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(翻訳・カイザー真紀子、編集・常盤亜由子)