佐藤優さんの前回の助言をきっかけに、自分の人生、そして将来に関し、真面目に考え出したシマオ。これまであまり真剣に向き合ってこなかった自分のライフプラン。つきまとう将来への不安を解消するためにも、今後の人生において備えるべきこととは何か、佐藤優さんに聞いた。
20代のライフプランは「人間関係」と「お金」で考える
シマオ:前回は、若いうちに学力の欠損を補っておくことが大切だというお話でしたが、僕も早速始めてみました!
佐藤さん:それは感心です。
シマオ:それにしても、最近の20代は将来のことをよく考えていますよね。
佐藤さん:ちゃんと、ライフプランやキャリアプランを考えて行動する人が多い印象ですね。
シマオ:僕なんかあまり考えずに過ごしてしまったからなあ……。
佐藤さん:シマオ君にとって40過ぎの人はオジサンですよね。でも、10年なんてあっという間ですし、今やっていることが40歳の生活を決めると言っても過言ではありませんよ。
シマオ:そう言われると……。でも、プランと言っても将来のことなんて分かりませんよね。どういったところを考えればいいんでしょうか?
佐藤さん:まずは人間関係です。そして、それと密接に関係しますが、お金の問題も避けて通れません。
シマオ:人間関係って友達とかですか?
佐藤さん:それもありますが、もう少し大きな意味で「共同体」ということです。
シマオ:共同体?
佐藤さん:人間は群れをつくって生きる動物です。社会において、それは共同体と呼ばれます。例えば、家族や親戚も共同体ですし、学校や会社、地域社会なども共同体に含まれます。
シマオ:なるほど。
佐藤さん:共同体には大きく分けて2種類あります。一つはコミュニティ、もう一つがアソシエーションです。
シマオ:どう違うんでしょうか?
佐藤さん:コミュニティというのは、いわゆる地縁や血縁関係の集団のことです。一方のアソシエーションは、目的を持って自発的につくる結社のようなものです。
シマオ:結社って……秘密の地下組織みたいなやつですか?
佐藤さん:いえ。もちろん、宗教団体や政治結社はアソシエーションですが、シマオ君が勤める会社もアソシエーションの一つです。学校は形態によって異なり、公立の小中学校なら地域の子たちが通うからコミュニティですし、高校・大学や私立学校はアソシエーションということになるんですよ。
コミュニティとアソシエーションのバランス
シマオ:じゃあ、上京して一人暮らしで会社に行っているだけの僕は、アソシエーションには属しているけれど、コミュニティにはほとんど属していないということになりますね。
佐藤さん:若い人たちはアソシエーション、中でも勤め先の比重が高いのは当然です。ただし、長い人生を考えたときには、複数の共同体をうまく持っておくことが大切になります。意外と地縁・血縁のコミュニティも大事にしておいたほうがいいというのが私の考えです。
シマオ:複数の共同体……。会社以外にも何かに所属していたほうがいいんでしょうか?
佐藤さん:もちろん、20代から30代にかけては仕事がいちばん忙しくなってくる時期ですから、会社の外に共同体を持っている余裕はないかもしれません。だから、無理につくる必要はありませんが、定期的に地元に帰ったりして、すでにあるコミュニティを維持しておいてもよいでしょう。
シマオ:そういえば最近はぜんぜん地元に帰ってなかったな……。最近はコロナであまり飲みに行けませんが、そもそも20代の人たちって会社の人との飲み会とかが好きではありませんよね。
佐藤さん:そのようですね。最近の若い人たちは、会社の外にアソシエーションをちゃんと持っている人たちが多いからだと感じます。昔は、飲みに行けるのは会社の同僚だけなんてサラリーマンも多かったけど、今は大学生のうちからいろいろな共同体に所属している人が増えている。そこには「コミュ力格差」があるんですよ。
シマオ:コミュ力格差! 複数の共同体を維持するには、コミュニケーション力が不可欠ですからね。そんなところにも格差が生まれているとは……。
佐藤さん:だから、会社のおじさんに誘われても、「それも仕事ですか?」ってなる訳です。
シマオ:僕も会社の飲み会が好きって訳ではないですから、気持ちは分かります。でも、たまに会社と家の往復だけで少し寂しいなって思う時もあるんです。やっぱり、会社以外のアソシエーションを持つべきなのかな。
佐藤さん:個人的には猫を飼うことをオススメしますよ。猫は人間と違ってわずらわしくないから……。
シマオ:そうですね(笑)。ただ、今猫を飼うと、婚期を逃しそうで……。
佐藤さん:いずれにせよ、どのようなライフスタイルを選ぶかは個人の自由ですから、好きにすればいいんです。ただ、人間は老いていきますから、最後までひとりだけで生きるのは難しい。だから、ひとりで生きるならば、ちゃんとそのための対策が必要になります。
シマオ:つまり、老後の生活や介護が必要になった時にどうするか、といったことですね?
佐藤さん:そうです。そこでお金の問題を考える必要が出てくるんです。
結婚は、人生における最大のリスクヘッジ
シマオ:ライフプランとお金の関係をどうしたらいいのか、教えてください。
佐藤さん:簡単に言えば、人生の終盤において、共同体とお金はトレードオフの関係にあるということです。
シマオ:共同体を維持するにはお金がかかるし、共同体がなければ貯蓄が必要だってことですね。
佐藤さん:その通りです。例えば、退職して地元に戻れば、親戚などが近くにいて老後の生活は安心かもしれません。でも、そのためには若いうちから親戚付き合いをしておく必要がある。そのためには、帰省したりする時間やお金がかかります。若い人たちにとっては面倒くさいでしょう。
シマオ:確かに、つい面倒だなって思ってしまいます。では、例えば独身をつらぬいた場合はどうしたらよいでしょうか?
佐藤さん:独身ならば、最終的には老人ホームや介護施設に入るしかないでしょう。シマオ君も今は興味ないでしょうが、広告とかを見てみると、何千万円とかかなりの高額であることが分かります。
シマオ:その分の貯蓄を若いうちからしておく必要がある、と。
佐藤さん:リスクヘッジとしての共同体を準備しておくか、それがないならお金で代替する。それが資本主義システムにおける考え方の基本です。
シマオ:そう考えると、老人ホームだって広い意味でアソシエーションってことですね。
佐藤さん:はい。そして夢のない言い方になりますが、結婚というのは人生におけるいちばんのリスクヘッジになる共同体だと言えます。
シマオ:確かに身もふたもないですね(笑)。やっぱり結婚すれば、老後どちらかが面倒を見てくれるから?
佐藤さん:それもありますが、経済的な理由が大きいです。人生において最もお金を使うのは、住居や生活にかかる費用です。単純計算でもそこを折半できるのは大きなメリットになります。
シマオ:そうですね。でも、よく考えてみたら結婚ってコミュニティなんですかね? それともアソシエーション? 血縁と言えるような言えないような……。
佐藤さん:面白いところに気づきましたね。結婚におけるパートナー関係は両方の要素を持っています。シマオ君はテレビドラマにもなった漫画『逃げるは恥だが役に立つ』を知っていますか?
シマオ:はい。IT企業に勤める平匡(ひらまさ)さんの家に最初は家政婦として雇われたみくりさんが、お互いの利害が一致して「契約結婚」をするって話でしたね。
佐藤さん:契約結婚ですから、最初はアソシエーションです。でも実際に恋愛感情が芽生えた後はコミュニティになっていく。
シマオ:なるほど!
佐藤さん:実際の夫婦関係も、結婚当初はコミュニティだったのが、だんだん冷めていって生活のためのアソシエーションになるなんてことはよく見られます。
シマオ:少し切ないですけど、それも夫婦の形なのかな……。現代は、コミュニティとしての理想の夫婦にとらわれているのも、結婚が少ない原因かもしれませんね。
佐藤さん:私の考えでは、結婚の前にまずパートナーと一緒に住んでみるといいのではないかと思います。その人との生活がイメージできれば、結婚すべき相手かどうかも見極められるでしょう。
シマオ:はい。でも、僕はまず相手を探さなきゃ……。
※本連載の第47回は、1月13日(水)を予定しています。連載「佐藤優さん、はたらく哲学を教えてください」一覧はこちらからどうぞ。
(構成・高田秀樹、イラスト・iziz、編集・松田祐子)
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。