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中国当局のプラットフォーマーへの圧力が高まっている。特にEC最大手のアリババグループは狙い撃ちされており、11月初旬の金融子会社アント・グループ(螞蟻集団)の上場延期に始まり、12月には独禁法違反で2度の行政処分を受けた。当局が自国のDXの象徴的存在であるアリババを締め付ける狙いはどこにあるのか。
アント、上場延期後に事業見直し
アリババの知名度が高いため、一連の締め付けは「中国政府によるアリババ潰し」のように見えるが、実際にはアリババ以外の企業も行政処分の対象となっている。また、中国当局のプラットフォーマーへの圧力は「金融事業の規制」「独占行為の規制」の2つの文脈で行われているため、整理すると分かりやすくなる。
アントの上場延期は、アリババ創業者のジャック・マー(馬雲)氏の当局批判が原因と言われているが、その本質は「プラットフォーマーが金融業を手がけることに対する圧力」だ。
マー氏は10月下旬、「優れたイノベーションは規制を恐れない。しかし古い、時代遅れの規制を恐れる」と発言した。
さらにこの2カ月間、マー氏が公の場に姿を見せず、沈黙を守っているため、中国では「取り調べを受けている」との噂も出ている(箱根の旅館を買い取った中国人経営者の間では、2019年夏以降、「マー氏は孫正義氏が贈った箱根の別荘で静養中」との説も流れているが、アリババ広報は「プライベートのことはお答えできない」と回答した)。
マー氏の発言は確かに当局を刺激しただろうが、金融当局は以前からIT企業が金融事業に足を踏み入れるのを問題視していた。アントは2020年6月、社名を「アント・フィナンシャル」から「アント・グループ」に刷新し、フィンテック企業とは一線を画す方針を強調したが、これも当局の批判を回避する動きと考えられる。
アントは11月初旬、中国人民銀など金融当局の指導を受け、上場を延期するとともに「問題の改善」を始めた。その一環として12月18日、「最近の規制の要求に従い」、決済アプリ「アリペイ(支付宝)」の銀行預金仲介サービスを自主的に中止すると発表した。
10億人超のユーザーを擁するアリペイは、金融機関の商品販売の窓口にもなっている。中小零細事業者ほどプラットフォーマーに依存せざるを得ないのは金融分野も同じで、顧客基盤の脆弱な地方銀行がプラットフォームなどで高めの金利を提示して預金を集め、プラットフォーマーは取引手数料で稼ぐ関係になっていた。
「アリペイは決済事業者に戻れ」
中国人民銀行はプラットフォーマーが金融事業を手掛けることを「無免許運転」と批判している。
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中国人民銀行はアントの預金仲介サービス停止と前後して、プラットフォーマーによる同サービスを「無免許運転」「金融市場メカニズムを妨害する」とたびたび批判するようになった。
IT企業が銀行業の監督を受けずに金融業を手がけることを、無免許運転に例えたわけだ。地域の中小事業者に金融サービスを提供すべき地方銀行が、アリペイを通じて全国の個人から資金を集めていることも、問題視された。
アントの預金仲介サービス取り下げと、金融当局の発言を受け、京東やテンセント(騰訊)、バイドゥ(百度)も相次ぎ傘下企業の預金仲介サービスを停止した。
アントはさらに、12月26日に中国人民銀など金融当局から2度目の指導を受けたと公表した。そこで当局は、「アントは決済サービス事業者に戻り、金融業については金融持ち株会社を設立した上で、金融業界の監督ルールに沿って行う」よう指示した。
メガITの金融事業への参入を警戒するのは、中国政府に限ったことではない。Facebookのグローバルデジタル通貨「リブラ」構想も、欧米の政治家や金融当局から「銀行法に則って、銀行と同様の監督を受けるべきだ」と猛批判を浴び、構想の見直しを迫られた。
とはいえ、数年にわたってグレーゾーンを黙認してきた中国当局が、アントの上場目前で急に態度を硬化させ、決済事業者に戻るよう指導したことで、アントだけでなくフィンテック事業を手掛ける企業は大きな軌道修正を迫られることになる。
当局の態度が変わった背景には、おそらく「独占禁止法の改正」と「デジタル人民元の導入」がある。
独禁法改正視野に処分発動
2019年、テスラのイーロン・マスクCEOと対談するジャック・マー氏(左)。
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物価や独占を監督する市場監督管理総局はアントの上場延期が決まった後、かつ独身の日(ダブルイレブン)セールの真っ最中である11月10日、大手プラットフォーマーの優位的な地位にメスを入れる規則「プラットフォーム経済分野の反独占ガイドライン」(意見募集稿)を公表した。
前述したように、中小企業や個人事業者にとって、プラットフォーマーは必要不可欠な宣伝・販売チャネルだ。経営破たん寸前の旅行会社がテンセントに救済され、メッセージアプリ「WeChat(微信)」内で優先的地位を与えられた途端、黒字に転換した事例もある。言い換えればプラットフォーマーが取引企業の生殺与奪を握っていることに他ならない。
さらにEC、フードデリバリーなどでプラットフォーマー同士の競争が激しくなるにつれ、同業他社との取引を禁じる「二者択一」行為が蔓延し、各所で不満が高まっていたのも事実だ。
一方で現行の独占禁止法は、デジタル社会を想定しておらず、インターネットビジネス分野をカバーしていないため、プラットフォーマーによる「二者択一」などに対処できない。このため、中国当局は2020年1月、12年ぶりの法改正に着手していた。
改正独禁法は2021年に成立する公算だが、ガイドライン草案の公表を機に、当局は既存法によるプラットフォーマーの処分を発動するようになった。
12月14日にはアリババ、テンセント子会社、物流大手の順豊集団子会社が独禁法に違反したとして、50万元(約800万円)の罰金を科されたことが分かった。数年前のM&Aについて当局に申請していなかった点が違法だと判断されたが、これまで黙認されてきた行為でもあった。
さらに12月24日には、アリババのECサイトであるTmall(天猫)、EC2位のJD.com(京東)、同じく大手の唯品会(Vipshop)が、「価格法」第40条、「価格違法行為行政処罰規定」第7条に基づいてそれぞれ罰金50万元の行政処分を受けた。独身の日セール前に定価を引き上げ、セール中に割引幅を大きく見せる行為などが、価格推移の監視や消費者の通報によって確認されたという。
中国政府はプラットフォーマーの独占にメスを入れることを「消費者の利益を守る」ためと強調している。プラットフォーマーが金融機関化することも、市場支配力を高める独占的な行為と見なし、圧力を強めていると考えられる。
決済アプリはデジタル人民元の障害か
法定デジタル通貨「デジタル人民元」の導入も近づいている。
深セン市政府リリースより
中国人民銀が発行する法定デジタル通貨「デジタル人民元」の正式ローンチが近づいていることも、プラットフォーマーの金融ビジネス規制に関係しているだろう。
中国は法定デジタル通貨の開発で世界の先頭に立っており、2020年後半には深セン、蘇州両市で市中利用の実証実験が行われた。2021年は首都の北京でも試験導入される予定だ。
デジタル人民元はアリペイとWeChat Payの普及で現金流通が減っていることへの危機感から開発が始まった。ビットコインなどの暗号通貨と区別するため、当局は「デジタル人民元は現金同等」「デジタル人民元以外のデジタル通貨を認めない」とアナウンスしているが、すでに普及しているモバイル決済アプリとのすみ分け、あるいは連携については方向性が示されておらず、消費者の間では「アリペイやWeChat Payがあるのに今更デジタル人民元はいらない」との声も多い。
デジタル人民元の目的は、現金の流れを透明化し、データを集めて脱税などを防ぐことにある。とすると、資金が集まり、そこを通して投資や預金が行われるアリペイのようなプラットフォーマーは、デジタル人民元普及の障害にもなりうる。
今後金融の主導権を握りたいと考える当局が、アリペイに「決済事業者に戻れ」と指示するのは、デジタル人民元普及のための地ならしにも見える。
政府の認める範囲で事業展開
中国当局はプラットフォーマーが中国のデジタル経済を発展させたことを認めつつ、問題点を列挙している。
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そもそも中国社会のデジタル化の進展はルールがない、あるいはルールがあっても厳正に運用されない土壌と切り離せない。ノールールの有望市場で弱肉強食の激しい競争が展開され、それに伴う問題が看過できなくなると、当局が規制を整備し始める。
プラットフォーマーによる金融事業や独占行為についても、日々グレーゾーンが大きくなっている中で規制がつくられるのは自然な流れではあるが、タイミングや範囲が当局のさじ加減であるため、唐突にブレーキがかかることになる。
プラットフォーマーの独占禁止は「消費者と中小零細事業者の利益保護」という大義名分があり、習近平主席が旗振り役になっているため、今後、同主席就任後の「反腐敗運動」のようにスローガン化する可能性が高い。実際、地方政府や国営メディアは年末年始に「プラットフォーマーの独占行為監視」を次々に打ち出している。
ただし、アントが上場断念に追い込まれる、あるいはアリババやテンセントの力が決定的に削がれるような事態にはならないだろう。当局や国営メディアは「プラットフォーム経済の健全な発展」「消費者の保護」を強調しているからだ。
12月下旬にアリババ本社を立ち入り調査した浙江省市場監督管理総局は記者会見で、「中央政府がプラットフォームエコノミーを推進する姿勢は変わらない。ただ、支援のあり方をやや見直した」と述べた。経済日報は社説で、「インターネット経済は急成長を続け、生活に新しいシーンやスタイルを生み出してきた」と評価しつつ、「無秩序な拡大、プライバシーの漏洩、中小企業と消費者の利益の侵害など、リスクも積み上げられている」と問題点を指摘した。
中国IT企業は政府と対立しては生存できないと認識しており、「支援のあり方を見直す」と言われたら、その方向に従い修正するだろう。プラットフォーマーは今後、当局が「健全」と認める範囲での事業展開を求められ、従わなければ罰せられるため、事業の再編や成長の鈍化は十分に起こりえる。アントは金融事業を切り離して新会社を設立するとも報じられており、どういった形で上場をやり直すかは、数カ月後に見えてくるだろう。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。