Reuters/LUCAS JACKSON
「コロナはテレビで言われているような誰もが死に至る危険なウィルスではない。製薬会社や政府やメディアが捏造した情報に踊らされる必要はない」
ここ10年ほど生活と仕事の拠点を南欧に置いている筆者は、2020年にコロナ禍のスペインとポルトガルに数カ月滞在していた。そこで、こういった趣旨の会話に対面でもオンラインでも何度か出くわし、驚かされることがあった。
ロックダウンや感染対策そのものを根本から否定する陰謀論を口にしていたのは、ごく普通の市民だ。身近な場所でまさかそんな話をされるとは思わず、またそういった人々にどのように対処したらいいのか、度々戸惑いを感じずにはいられなかった。
国籍も性別も年齢もバラバラだったが、私が会った陰謀論者たちに共通していたのは、パンデミック以前からあった「政府やメディアへ抱いている強い不信感」だ。
彼らの主張はともかく、そういった陰謀論の類の発言がオンライン上でインフルエンサーによって拡散された場合、社会的な影響も大きい。公開されたコンテンツサービスも巻き込んで物議を醸すこともある。
今回は、人気ポッドキャスト番組や伝説のロックアーティストといったインフルエンサーが関わった事例を取り上げたい。
Spotifyと「100億円契約」司会者の「反マスク」コンテンツめぐる議論
人気ポッドキャスト司会者のジョー・ローガンの番組「The Joe Rogan Experience」。
音声メディアのポッドキャストは、近年改めて人気が高まり、その市場価値が見直されている。
2020年5月に音楽配信サービスSpotify(スポティファイ)は人気ポッドキャスト司会者のジョー・ローガンと推定1億ドル(約100億円)の独占配信契約を結び、話題となった。
日本での知名度はまだ低いが、ローガンはアメリカではコメディアンとして、また総合格闘技のコメンテーターとしても知られている。番組生配信中にイーロン・マスクが大麻を吸って問題になった番組のホストだといえば、思い当たる人もいるかもしれない。
カニエ・ウェストなどいわゆる「お騒がせセレブ」も含め、幅広いゲストをフィーチャーしたトーク番組を配信して人気を博している。
そのローガンの番組で、トーク番組司会者アレックス・ジョーンズをゲストに招いた回が問題になった。ジョーンズは陰謀論者として知られ、2018年に番組中のヘイトスピーチが問題になり、規約に違反したとしてSpotifyから番組が排除されたという過去を持つ(注:ジョーンズは、差別的、暴力的な言動で過去に主要なSNSからBANされている)。
そのジョーンズがゲストとして参加したエピソードには、「多くの研究でマスクは保護する効果がないことは示されている」といったマスクの感染予防効果やワクチンに関する否定的なコメントが含まれていた。
現在は番組は視聴できる状態になっているが、この回のエピソードはSpotify上で一時的にアクセスできない状態となっていたことで下記のような不穏な噂がネットに出回った。
Digital Music Newsが内部情報として報じたところによると、(従業員の身元の確認は取れていないとしながらも)これはある1名の従業員の責任によって、意図的に行われたコンテンツ削除だったという。
Shutterstock/Primakov
また、内容を問題視したSpotifyの従業員が上層部に番組への検閲を要求し、全面ストライキを含む抗議活動の可能性を示唆していたという。
しかし、Spotifyの広報によると、今回の件はキャッシュの問題で生じた「完全に技術的な問題」であるとして、意図的なコンテンツ削除に関して強く否定している。
SpotifyのCEO、Daniel Ekもあくまで全てのコンテンツに対して等しくポリシーが適用されているだけで、ジョー・ローガンのポッドキャストも特別扱いはされていないとインタビューで語っている。
Spotifyの公式発表と報道された従業員による内部情報の内容が食い違うが、以前Spotifyは品行に問題がありそうなアーティストをSpotify上の推薦プレイリストから取り除くというポリシーを発表して批判を浴び、後に撤回したことがあったのは事実だ。
プラットフォーマーの対応が問題視された最近の例では、アメリカのトランプ大統領のツイートに「誤解を招く恐れがある」としてTwitterが警告文を付けたケースもある。
Spotifyを始めとするコンテンツ・プラットフォームはパンデミック下で広まっている根拠のない陰謀論や否定的意見にどこまで対処するべきなのだろうか。
Spotifyは話し言葉を解析する技術の特許を最近取得している。そのため技術面について言えば、歌詞を分析して楽曲のレコメンドを行うだけでなく、「ポッドキャストの内容を分析して音声コンテンツの問題のある内容を“検閲”する」ことは、ある程度できる素地はある。
しかし、厳格にコンテンツ規制を行い、プラットフォーム側が好ましくないと判断する意見を排除すると、(それが事前に決められたポリシーに則って実行されたとしても)今度は逆に「オンライン・プラットフォームは私達をコントロールしようとしている」と、むしろメディア陰謀論を強める悪循環に陥る懸念も生じる。
伝説のロック・アーティスト、ヴァン・モリソンとクラプトンが「反ロックダウン楽曲」発表
Save Live Musicより
「私は『人々がどう考えるべきだ』『人々はどう振る舞うべきだ』と指図するつもりはない。すでにそれは政府がうまくやっているからだ」
「政府は表向きは安全へ配慮しているとしているが、規制を裏付ける科学的な根拠を文書で示すべきだ」
「私は疫学者ではないが、政府の人々もそうではない。政府が科学的根拠を示すことはそれが彼らの仕事だからだ」
こういった言葉で痛烈に英政府と北アイルランド自治政府を批判したのは、北アイルランドのベルファスト出身のロック・ミュージシャンのヴァン・モリソンだ。ライブ音楽産業が深刻な経済的損害を被っている中で、ライブイベントに対する規制を「疑似科学」として批判した。
また、半世紀以上のキャリアを誇るソングライター/ミュージシャンとして、ロックダウンへの反対を表明した3曲の楽曲をSpotifyやYouTubeなど各種音楽配信サービスを通じ発表した。
ブルース風のピアノリフに乗せて歌われる楽曲「No More Lockdown」では、「ファシストのいじめ(fascist bullies)はたくさんだ」「セレブリティに我々がどう感じるべきか語らせることは、もうたくさんだ」といった歌詞でロックダウンに関する政府の対応を非難している。
これがヴァン・モリソンの言葉でなければ「また感染対策を政府の悪だくみとして批判を展開する陰謀論者か」と一蹴されて終わったかもしれない。
実際、北アイルランド自治政府の保険大臣ロビン・スワンはこの件について、アイルランドを代表するアーティスト(ヴァン・モリソンのこと)に対して敬意を持っているとしながらも、「彼の言葉は陰謀論者たちに大きな慰めを与えるものだ」と米ローリングストーン誌に語っている。
しかし、英王室から「ナイト」の爵を授与され、ロックの殿堂にも入っている大御所ミュージシャンで、ロックダウンに反対してこれまで確立した名声を危機に晒す必要はないはずだ。
さらにヴァン・モリソンは自らも重症化するリスクが高い75歳の高齢者でもある。そのため、彼のアクションは現地主要メディアでも取り上げられ、各方面に衝撃を与えた。
Save Live MusicのFacebookページに投稿された、ライブ会場での最大定員でのイベント開催を求める投稿。
Save Live Musicより
ライブ会場での最大定員でのイベント開催を求めるSave Live Music運動の呼びかけには、後に英国出身のエリック・クラプトンも賛同。ヴァンが作詞作曲した楽曲をエリック・クラプトンが演奏した「Stand And Deliver」は、再び感染拡大が進んでいる最中の12月18日にリリースされた。
楽曲配信による収益金は、ヴァンが設立した救済基金「Lockdown Financial Hardship Fund」を通じ、コロナ禍で経済的に困窮するミュージシャンの援助資金として活用されるという。
感染拡大が進行している現在の状況で、ライブを入場者数の制限なしに開催することは現実的ではない。むしろ、そんな話はとんでもない、と考える人の方が多いだろう。
重要な点は、存続が危ぶまれるライブ音楽産業の窮状を訴えるため、ミュージシャンとして「音楽配信サービスを通して楽曲をリリースして」世間の注目を集める必要があったという点だ。
最近は有名人の社会的な発言自体が「政治的」として批判されてしまう傾向があるが、今後音楽配信サービスは音楽やポッドキャストといった音声コンテンツの提供を通じ、社会にメッセージを伝える役割を担うことになるだろう。
長引く感染拡大が人々に多くの不安を引き起こす中で、各プラットフォームが「人々の声」をどういった形でこの2021年に配信していくのかこれから検証したい。
(文・類家利直)
類家利直:2011年からスペイン・バルセロナを拠点にヨーロッパのクラブシーン、音楽系テクノロジーやMakerムーブメントなどについて執筆。元々音楽教育が専門で、大学院ではコンピューターを活用した音楽教育を研究テーマに修士号を取得、青森県内の県立高校で音楽科教諭として勤務した経験を持つ。近年は広くテクノロジー教育事情について取り上げる機会が増えている。