学校法人角川ドワンゴ学園が運営する、ネットで学ぶ高校「N高」に2021年、姉妹校「S高」が誕生する。
初代校長に任命されたのは、ソフトウェアエンジニアで、現在N高の副校長も務める吉村総一郎さん。動画配信プラットフォーム「ニコニコ生放送」の開発リーダーを経て、N高のプログラミング教育をゼロから立ち上げた人物だ。
コロナ下で激変する社会環境のニュースが続く中でも、意思を持って切り拓くミレニアル世代のビジョナリーたちの声を聞く特集「ネクストビジョナリー」。第3回では、S高を率いる1982年生まれの若手校長の視点を聞く。
「校長」はエンジニアの仕事の延長線上にある
角川ドワンゴ学園が運営する「N高等学校」の姉妹校「S高等学校」の校長職に2021年4月から就任する吉村総一郎さん。
出典:オンライン取材の模様を編集部がキャプチャー
「川上さん(川上量生理事)から、『今までリーダーとして新人を育ててきたのだから、それを高校生にも教えてよ』と言われたのが、教育に携わるようになったきっかけです」(吉村さん)
吉村さんが2016年からスタートしたN高のプログラミング教育は今や、多くの教育機関から注目を集める。2019年には独自のノウハウを活かした、小中学生向けのプログラミングスクール開校にも関わった。総務省の「情報通信白書(2020年度版)」に取り上げられるなど、その知見は多方面に広がりを見せている。
「エンジニアから校長へ」と聞くと、異業種からの転身のように思えるが、吉村さんは「自分はソフトウェアエンジニアとして、学校運営を良くするということをやっているだけ」と、淡々と話す。
「ネットの高校なのでソフトウェアエンジニアが活躍できるフィールドが大きいんです。マネジメントもずっとエンジニアのリーダーをやってきたので、その延長線上だと思っています」(吉村さん)
N高等学校のパンフレット。
撮影:伊藤有
2016年4月に設立された「N高」ことN高等学校には現在、約1万5000人を超える生徒が在籍する。沖縄県うるま市にある本校でのスクーリング(通信制高校に義務づけられた対面による集中講義)がキャパシティを超えることを見越し、茨城県つくば市に新たに本校を構えることになったのが、「S高」ことS高等学校だ。
「N高もS高も同じで、目指しているのはVRやネットを駆使して『未来の学校』を創るということ。そのネットを駆使するという部分を担っているのが、自分だと思っています。ずっとソフトウェアで人に貢献したいと考えていたので、そこからやりたいこともモチベーションも何も変わってないです」(吉村さん)
一方で「テクノロジーの力でどう教育を良くしていけるか。新しい教育を創造していけるか」が、教育の専門家ではない自分に課せられた役割とも話す。
「ネットの学校」のノウハウを全部公開していく
2020年にはコロナ禍で多くの教育機関が、ネットの活用に目を向けた。
吉村さんは「ネットの学校の先駆者としてノウハウを全部公開してきたい」と、noteでの情報発信や講演会にも積極的に取り組んでいる。3月には全国の教職員に向けてオンライン授業のノウハウをレクチャーする取り組みも実施。約500名の問い合わせがあったという。
ドワンゴ学園では、S高の開校とともに、N高・S高の授業にVRを本格導入することも発表している。
そのシステム開発も吉村さんら中心メンバーとなって、手がけてきたものだという。VRデバイスを授業のなかに自然に取り込める仕組みづくりの検討、「Oculus Quest 2」を使った学生コミュニティの在り方の検討を経て、現在はN高生による体験会なども実施されている。
角川ドワンゴ学園の教職員らがVR教材を初めて試した際の様子。学習の理解がさらにすすむように、通常の学習をサポートするツールとして設計されている。
撮影:伊藤有
実働するVR教材のデモ画面。オンラインや通信制教育では難しい「化学実験」なども体験でき、学生の理解を助ける。
撮影:伊藤有
「Zoomなどはあくまでも画面越しという感じですが、VRの世界では隣で一緒に作業したり、握手をしたり、遠くにいる人をものすごく近くに感じることができる。それが楽しいと、生徒たちからも感動の声があがっています」(吉村さん)
フィードバックを得て、VRを使ったコミュニティ施策はすでにブラッシュアップの段階。生徒たちのニーズに寄り沿ったものになるよう、運用の開始に向け準備を進めているところだ。
「実はVRによって教育効果が高まるということは、2013年くらいからもうたくさん論文が出ています。ですのでこれからはVR教育についても、いろいろなノウハウを蓄積して公開し、日本のネット教育に何らかの貢献ができたらいいなと考えています」(吉村さん)
※S高等学校校長に就任する吉村総一郎さんは、注目の人物を表彰するBusiness Insider Japanのアワード「BEYOND MILLENNIALS 2021」ファイナリストにノミネートされています
(文・太田百合子)
吉村 総一郎:1982年広島県生まれ。東京工業大学大学院修了後、製造業の製品設計を補助するシステム開発に従事した後ドワンゴに入社。ニコニコ生放送のミドルウエア開発に携わり、セクションマネジャーとしてチームを率いる。2016年より、オンライン学習講座「N予備校」のプログラミング講師として高校生にプログラミングを教える。著書に『高校生からはじめるプログラミング』『Webプログラミングが面白いほどわかる本』がある。