三井住友フィナンシャルグループでは最年少の社長になった三嶋英城氏。
撮影:今村拓馬
不安なニュースが続く中でも、意思を持って新たな時代を切り拓くミレニアル世代のビジョナリーたち。「サステナビリティビジネス」「テクノロジー×ビジネス」「カルチャー×ビジネス」「ダイバーシティ&インクルージョン」の4分野の挑戦者に、その思いを聞く。
第3回はSMBCクラウドサイン三嶋英城氏。
コロナ前と比べて契約アカウント数は17倍、サービス利用の件数は130倍 —— 。2019年10月の創業以来、驚異的に売り上げを伸ばしている企業がある。
クラウド型電子契約システムを販売する「SMBCクラウドサイン」だ。
同社は三井住友フィナンシャルグループ(SMFG)と弁護士ドットコムの合弁会社として誕生。株主構成はSMFGが51% 、弁護士ドットコムが49%で、社員も、2社からの出向社員で組織されている。
コロナを追い風に、SMBCグループが全国に張り巡らせた営業網を活かして一気に急成長するSMBCクラウドサインだが、舵取りを担っているのは、38歳のグループ最年少社長・三嶋英城氏だ。
年功序列が根強いメガバンクにあって、グループ会社の30代の社長就任は異例で、就任時にはサービスだけでなく、その若さが注目された。
社長就任から1年2カ月。「向こう1年が勝負」と断言する三嶋氏は、グローバルで圧倒的シェアを誇る外資系サービスとどう戦うのか?
「脱ハンコ」追い風に
河野太郎行政改革相。9月のデジタル改革関係閣僚会議では、「ハンコをすぐになくしたい」と発言した。
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「コロナによって電子契約の普及は、確実に2、3年は早まった。コロナの影響が出始めた(2020年)2月に比べると、12月時点の契約アカウント数は17倍。実際にサービスが利用されているかの指標になる“契約書の送信数”で見てみると、件数は130倍に増えている」
SMBCクラウドサインの契約数が増え始めたのは、4月に緊急事態宣言後。リモートワークが普及した頃だった。
「5月頃は意思決定が速いベンチャーと、外資系起業の契約が増えた。その後、ハンコを押すための出社が注目されたり、国が脱ハンコを押し出したりしたことも追い風になった」
法的な位置づけが定まっていなかった電子契約について、2020年9月に総務省、法務省、経済産業省が連名で、「法的に有効である」と明言したことも後押しになった。
「これまでは法務部が消極的だった大企業でも、国のお墨付きを得たことで契約が相次ぐようになった。今でも前月比で売上20%増を更新しているが、通常の企業であれば1年で20%増の成長ができれば成功。それが“月に20%増の成長”は、コロナ前には予想できなかったスピードです」
SMBCクラウドサインは、創業後11カ月の2020年9月、単月での黒字化を達成。通期でも黒字化達成を見込んでいる。
全国に販売網を持つ組織力
SMBCクラウドサインの急成長を支えているのが、三井住友銀行の営業網だ。
撮影:今村拓馬
2019年10月の会社創業は「タイミングが本当によかった」と振り返る。
SMBCクラウドサインは、弁護士ドットコムがすでに商品化していたシステムを利用しており、コロナ前からシステムが整っていた。
「2020年からシステム開発を始めたとしても、発売する頃には、すでに勝負がついてしまっていたかもしれない」
SMBCクラウドサインが急成長を続ける理由は、タイミングの良さだけではないだろう。
コロナ禍で高まった電子契約の需要に対して、三井住友銀行が全国に張り巡らせた「基盤」を使って一気に売り込みを仕掛けたからだ。
「電子契約の導入は、上のレイヤーが判断しないとなかなか契約に結び付かない。それが三井住友銀行の営業担当であれば、北海道から沖縄まで会社の役員クラスにパスを持っている。彼らが現場のニーズを収集して、我々が提案することで効率のいい営業ができ、シナジーを最大限に発揮できている」
シェア8割維持へ「向こう1年が勝負」
電子契約のシェア獲得競争は激しさを増しているという。
撮影:今村拓馬
コロナ前からサービスを初めていた優位性と、三井住友銀行の組織力を駆使した営業の結果、電子契約の国内シェアはすでに8割を占めている(SMBCクラウドサインと弁護士ドットコムの合計)。
それでも三嶋氏は「向こう1年で勝負は決まる」と気を引き締める。
「シェア8割と言っても、現在のアカウント数は約10万。日本の企業は約400万なので、パーセンテージでみればたったの3%。電子契約の利用者が30%、40%となった時にこのシェアを維持できているかが全て。普及のペースを見ていると、向こう1年で相応の規模に広がる。ここが勝負どころ」
電子契約のサービスは、一度契約すると他のシステムへの移行コストが高い。そのためシェアの獲得のためには、最初にどのサービスを選ぶかがカギを握る。
「勝負の1年」でSMBCクラウドサインが武器にしたいのが、SMBCグループ内で成功事例を積み上げることだ。
現在、SMBCグループの15社でクラウド型電子契約システムを導入。グループ企業は、業務委託契約などの一般的な契約から、リースの契約、相続に関する契約など重要度の高い契約にまで広く使っている。
「『堅いイメージのメガバンクも使っているクラウド型の電子契約』ということで、信頼性をアピールしたい。こういう事例で、こういう成果を上げたと、数値としてもバンバン発信して攻勢をかける」
圧倒的シェアはアメリカ発「ドキュサイン」
世界的には圧倒的なシェアを誇る「DocuSign」。
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海外での事業拡大も視野に入れる。
世界をみると電子契約では、サンフランシスコに本社を置く「DocuSign(ドキュサイン)」が圧倒的なシェアを持つ。
特に海外企業との付き合いが多い企業には、グローバルスタンダードの商品が好まれることから、SMBCクラウドサインは遅れをとっている。
海外展開での足掛かりとして三嶋氏が注目するのが、三井住友銀行の海外支店だ。
「今からアメリカをひっくり返すことは難しいが、まだ狙える国もある。三井住友銀行は世界に支店を持っている。海外支店でサービスを使える状態にして、現地調査を始める段階。海外市場もあきらめずに考えていく」
巨大組織の「重たさ」
大手町にそびえたつ三井住友銀行の本社ビル。
撮影:今村拓馬
ネット関連の企業から2018年に三井住友銀行に転職し、グループでは異例の30代で社長就任した三嶋氏。
三井住友の組織力を生かした戦略で、一気に会社を成長させてきたが、「組織の重さ」を感じることもあるという。
「SMFG(三井住友フィナンシャルグループ)の太田純社長からは、『今やらなくていつやるんだ』と発破をかけられているものの、何か実現しようとすると、相当数の承認を得る必要がある。忸怩(じくじ)たる部分もあったりします」
電子契約への注目が高まる中で、外資系サービスとの競争も激しくなっており、素早い経営判断が求められることも多い。
「極端な話だが、新しい機能を提供する時に、『情報流出したらどうする』というような、リスクだけを見てしまいがち。ただ、それを言ったら何もできなくなってしまう」
三井住友銀行からの出向社員と、弁護士ドットコムからの出向社員で、リスクへの捉え方の違いもある。
「弁護士ドットコム出身の社員にしてみれば、『なんでこの処理が必要なのか?』ということも実際にある。ただ、三井住友の信用力やブランド、顧客基盤の強さは、SMBCクラウドサインにとってはなくてはならない。慎重であることは絶対に必要で、それなりの対価も必要。このバランスは大切にしたい」
「銀行の子会社でもIPOできる企業に」
2児の父でもある三嶋氏。「在宅勤務をしながらの育児は大変です」と父親の顔ものぞかせた。
撮影:今村拓馬
三嶋氏が目指す、中長期的な目標の一つは「創業5年での新規株式公開(IPO)」だ。
「一つの過程でしかないが、IPOのレベルまで会社を成長させたい。銀行の子会社であっても、上場するような会社が出てくれば、すごい夢があるし、SMBCグループの文化もだいぶ変わってくる。僕としてはロールモデルになりたいと強く思っています」
業務に忙殺される日々だが、プライベートでは0歳と3歳の二児の父でもある。
「仕事は好きなことをしているので、苦ではないのです。子育ては……。リモートワークが普及した今の日本では、在宅勤務と子育ての両立は深刻な社会問題ですよね」と苦笑する。
グループ最年少の社長として、2021年は間違いなく勝負の年になる。
「就任当初は、『電子契約なんて全然売れない』とか、『営業が紹介しても契約されない』みたいに言われることもあった。僕がするべきは、実績を上げること。ここで止まる訳にはいきません」
三嶋英城:東京理科大卒業後、ニフティ(現在の富士通クラウドテクノロジーズ)に入社。エンジニア職や通信・ウェブ・クラウドビジネスの企画など、同社で約12年間経験を積み、2018年1月に三井住友銀行にキャリア入行。オープンイノベーション拠点「hoops link tokyo」の総括をする傍ら、新規事業開発に従事。2019年10月SMBCクラウドサイン(株)を社内起業、同社代表取締役社長にSMBCグループ最年少の37歳で就任した。
※SMBCクラウドサインの三嶋英城氏は、注目の人物を表彰するBusiness Insider Japanのアワード「BEYOND MILLENNIALS 2021」ファイナリストにノミネートされています 。三嶋氏が登壇するトークセッション「30代で経営者になった2人に聞く「変わり始めた大企業キャリア」視聴の登録はこちらから。
(文・横山耕太郎)