撮影:今村拓馬、イラスト:iaodesign/Shutterstock
今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても、平易に読み通せます。
年が改まり、年末年始の休暇を読書の時間に充てたという方も多いのでは? 「良いアウトプットのためには良いインプットを」ということで、入山先生におすすめの本を紹介してもらおうと思ったところ……。
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本をほとんど読まない僕が、夢中で読んだ1冊とは
こんにちは、入山章栄です。2021年も本連載をよろしくお願いします。
この年末年始はコロナの影響で、帰省や旅行を控え、自宅で過ごされた方も多かったと思います。こんなときこそ、日頃は忙しくてなかなか読めない本を読むチャンスですよね。Business Insider Japan編集部の常盤亜由子さんからは、こんな質問が来ました。
BIJ編集部・常盤
入山先生はお仕事柄、 たくさんのビジネス書に目を通されていますよね。 この年末年始に読まれた本や おすすめの本があればぜひ教えてください。
いや……実はそれが、いきなり話の腰を折って申し訳ありませんが、僕はあまり本を読まないのです(笑)。
まず、ビジネス書など、いわゆる堅い、真面目な本はほとんど読みません。一方で、推理小説のようないわゆる「柔らかい」本は好きですし、大学生のころはヘミングウェイや三島由紀夫、司馬遼太郎や沢木耕太郎など、誰もが一度は通るような作家は読んできました。
でもそれも今は、多忙なこともあり、ほとんど読まなくなっています。小説は年にせいぜい2〜3冊でしょうか。唯一の例外はマンガ。マンガは大好きなので毎日のように読んでいます。とても大学教授の発言とは思えないですよね(笑)。
言い訳をすると、僕は学者なので、本以前に大量の学術論文を読まなければいけません。学者の仕事とは、他の研究者が書いた古典から先端まで大量の論文を読み、その研究分野で「まだ分かっていないこと」を見つけて、それを解き明かし論文にまとめて発表することだと言ってもいい。
だから仕事柄、学術論文を大量に読む必要があり、逆に一般向けの本にまで手が回らないのです。その意味では、さまざまなジャンルの本を読みながら論文も大量に読めるような学者の方は、すごいなあと思っています。
ただし、例えばメディアで対談のお仕事をいただいて、相手の方が本を出版されている場合は、必ず事前に読むようにしています。その相手の方のことも事前に理解できますしね。
実は今回ご紹介したい本も、対談のお話をいただいたことをきっかけに読んだ1冊でした。でもそれがあまりにも面白く、読み始めたら仕事であることを忘れて夢中になってしまったのです。
その本とは、ライフネット生命の元会長で、現在は立命館アジア太平洋大学学長を務める出口治明さんの『哲学と宗教全史』です。2019年の夏に刊行されるや否や大反響を呼び、2020年のビジネス書大賞特別賞を受賞しています。
400ページを超える分厚い本ですが、読み始めたら面白いのなんの。いつも5ページめくったあたりで力尽きるこの僕が、一気に読んでしまいました。
なにしろ有史以来のありとあらゆる哲学と宗教が、すべて体系的に整理されている。しかもそれらが互いに与えた影響まで一目で見て取れるようになっているのです。
一般にわれわれはギリシャ・ローマをルーツとした哲学者や宗教が出てくる西洋の世界と、中国の儒教やインドの仏教など東洋の世界は別物だと思っているでしょう。でも実は意外とそうでもなくて、例えば中央アジアあたりで交わってお互いに影響し合っていたりするのです。この本を読むまでは、そんなことも知りませんでした。でもこのような東西の歴史や交流の様子までが、驚くほどスッと頭に入ってくる。
光栄なことに僕は出口さんと親しくさせていただいています。対談で出口さんに「こんなに膨大で複雑な事象をこれだけ分かりやすく書けるのは、さすが出口さんです。すごいですね!」と僕が言うと、出口さんもありがたいことに僕の『世界標準の経営理論』を褒めてくださって、「われわれの本には共通点が多いですね」という話になったのです。
学者は「俯瞰」が苦手
その共通点とは、「俯瞰力」です。
出口さんの『哲学と宗教全史』は相当な俯瞰力がなければ書けない本です。古今東西のありとあらゆる宗教と哲学の考え方を、歴史的に紐解いて体系的に整理し、しかもさまざまな宗教や哲学の関わり方まで整理している。
そう考えると、僭越ながら僕の『世界標準の経営理論』も、俯瞰力の本と言えるのかもしれません。実際この本では、世界のありとあらゆる経営学の理論をグループ分けしたり、個々の理論がどういうふうに関係しているのかを、図表を多用して整理しながら、一般のビジネスパーソンの方にも分かりやすく理解していただけるように書かれています。
僕の理解では、一般に学者と呼ばれる職業の人は、こういう「広い領域の俯瞰」が必ずしも得意ではありません。なぜなら冒頭で述べたように、最先端の「狭い」部分において新しいことを解き明かすのが、学者の基本的な仕事だからです。特定の狭い領域については一流でも、その分野全体の俯瞰に得意である必要はないのです。
もちろん、先端を追う学者の仕事は尊いものです。僕も学者の端くれではあるのですが、でもその一方で僕は「木」だけでなく「森」も見たい性格なのです。僕はたまたま学者になったけれど、細かいところを突き詰めるよりは、森を見てその構造を伝えるほうがなんとなく性に合っていると思っていました(逆に言えば、自分は学者に向いていないのでは、といつも思っています)。でも、だからこそ『世界標準の経営理論』が書けたのかもしれません。
そう考えると出口さんも、今でこそ歴史に詳しい博覧強記の方というイメージがありますが、ご本人はあくまで経営者であり、今は大学の学長であって、専門の歴史学者というわけではありません。ただ、出口さんは全体を俯瞰して編集する能力がものすごく高い。もしかしたらそれは、学者ではないからこそできることなのかもしれません。
ビジネスリーダーに求められるのも「俯瞰力」
さらに出口さんと僕とでは、情報の整理の仕方にも共通点があって、どちらも「縦」と「横」で整理しています。
僕の『世界標準の経営理論』は、経営学の発展の過程で生まれたあらゆる理論を紹介していますから、まず「時間」という縦軸で整理している。と同時に、経営学というのはビジネスの現象を説明するものですから、「この理論はM&Aを説明しやすい」「コーチングを説明しやすい」「リーダーシップを説明しやすい」というように、いま起きている「現象」という横軸でも整理している。だから僕の本は、冒頭に「ビジネス現象と理論のマトリックス」という、縦と横のマトリックス表を掲げて、全体が俯瞰できるようになっています。
出口さんも同じように、世界各国の哲学や宗教の歴史が縦だとすると、それが世界中のさまざまなところに広がり、互いに関連し合っている様子をとらえています。
僕が俯瞰したのは経営学という一つの学問だけですが、出口さんはそれを「世界の宗教と哲学」というとてもつもなく広い範囲でやってのけた。俯瞰して整理する能力が飛び抜けて高いのでしょうね。まさに「知の巨人」です。
BIJ編集部・常盤
入山先生の本と出口先生の本が時期を分かたずして出版されたというのは、時代の要請なのかもしれませんね。というのも私は東日本大震災が起きた当時、書籍の編集者をしていたのですが、そのときも哲学や宗教など人間の本質に立ち返るようなテーマの本がよく売れたんです。
コロナで大きな変化を経験した今、多くの人が「歴史を振り返ってみよう」とか「頭の中を整理して大局を捉えよう」と考えたのかもしれません。
先行きが不透明な時代だからこそ、細かいことはさておき、大局を見通したいというニーズが、多くの方の間で高まっているのかもしれませんね。
僕はこれからの時代は、細かいことも重要だけれども、「全体としてはざっくりこうだよね」と捉えて、それを図表や言葉などでパッと表現できる力が求められると思います。特に経営者やビジネスリーダーには求められることかもしれません。
つまり経営者は、会社の細かい現場のことは権限移譲して任せる。その代わり、「社会全体として起きていることはこうで、うちの会社で起きていることはこうだから、じゃあわれわれはざっくりこうやっていこう」と決めて、それを言葉や図などのビジョンで示す。
ですから、ビジネスパーソンが出口さんの本や、その執筆スタイルから学べることは、ビジネスパーソンには実に多いと思います。
かくいう僕の『世界標準の経営理論』も、ありがたいことに2020年のダイヤモンド社が選ぶベスト経済書の第1位に選んでいただきました。これは日本中の経済学者、経営学者、エコノミストなどの投票で選ばれるもので、ここで1位に選んでいただいたということは、学者のような狭い領域が得意な専門家からも、この全体を俯瞰する本を評価していただいた、ということです。
「自分はまだリーダーではない」という若い方も、リーダーになったときに備えて、日頃からものごとを俯瞰で見ることを意識してみてはいかがでしょうか。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集:常盤亜由子、音声編集:イー・サムソン)
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この連載について
企業やビジネスパーソンが抱える課題の論点を、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にして整理します。不確実性高まる今の時代、「正解がない」中でも意思決定するための拠りどころとなる「思考の軸」を、あなたも一緒に磨いてみませんか? 参考図書は入山先生のベストセラー『世界標準の経営理論』。ただしこの本を手にしなくても、この連載は気軽に読めるようになっています。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。