2020年のアメリカ大統領選は歴史に残る大接戦となった。ジョー・バイデンに勝利をもたらした要因のひとつは、激戦州ジョージアを民主党が1992年以来初めて制したこと。その陰の立役者とされるのがステイシー・エイブラムス(47)だ。
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- 激戦州だったジョージア州で、2020年大統領選および上院議員の決選投票を民主党が制した。この勝利に大きく貢献したのが、ステイシー・エイブラムスだ。
- 政治家であり活動家でもあるエイブラムスにとって、勝利への道のりは決して楽なものではなかった。2018年にはジョージア州知事選で落選。そこから立ち直り、非営利のプログラムを3つスタートさせ、2020年の大統領選では80万人を有権者登録させた。
- 本稿では、エイブラムスの類まれなリーダーシップを紹介する。
2018年11月、ステイシー・エイブラムスはジョージア州の知事選で、民主党候補として同州史上最多の得票数だったにもかかわらず落選した。
だが彼女は動じなかった。
投票日の翌午前2時、演壇に立ったエイブラムスは、冷静かつ雄弁な演説をいとも自然に行ったのだ。
メッセージは明快だった。選挙は、投票妨害という機能不全を示す事例だというものだ。共和党の対抗馬ブライアン・ケンプは有権者数万人の投票を妨害しようとしたため、エイブラムスは敗北を認めなかった。
「敗北宣言は、ある行為が正当で真実で適正だと認めること。私は道義心と信念を持つ女性として、敗北を認めるわけにはいきません」。エイブラムスはそう演説した。
「ジョージア州では、公民権は常に意志によってなされる行為であり、魂の戦いでもあり続けてきたのですから」
知事選から2年、エイブラムスは困難をものともせず、草の根組織を立ち上げて活動を先導してきた。知事になることも諦めていない。また2020年は、長年抱き続けたもうひとつの夢に向けて、有権者に働きかけることができた。大統領選でジョージア州を民主党支持に変えることだ。
彼女の組織力とリーダーシップは、大統領選と同日(2020年11月3日)に行われた同州上院決選投票でも重要な役割を果たした。民主党のジョン・オソフとラファエル・ワーノックが勝利し、同党は上院議会で支配権を手に入れたのだ。
だがエイブラムスは、自身の仕事が終わったとはまったく考えていない。2011年にジョージア州議会下院の少数党院内総務となり、10年にわたり同州における民主党の立て直しに取り組んでいる。また、全米での有権者登録の拡大というさらに大きな使命にも取り組み続けている。
落選しても歩みは止めない
米上院の残り2議席をめぐるジョージア州の決選投票を目前に控え、ジョージア州アトランタの集会で応援演説をするバイデン大統領。
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エイブラムスが立ち上げた有権者保護団体「フェア・ファイト」によって、知事選から2年後の2020年大統領選では、80万人が新たに有権者登録をした。この多くは、投票妨害の対象に最もなりやすい若年層や有色人種だ。
エイブラムスのリーダーシップのおかげで、ジョージア州では1992年以来初めて、大統領選で民主党が勝利した。
エイブラムスはその過程で、有権者に勇気を与え、社会に変化をもたらすための組織を複数つくった。2019年には、2020年の国勢調査に正確な情報を提供することを目指す非営利団体「フェア・カウント」を、そして南部に公平性と経済的権限をもたらすための「南部経済発展プロジェクト」を、それぞれ立ち上げた。
政治家でもあり活動家でもあるエイブラムスは、社会活動やリーダーシップに関する書籍をこれまで2冊書いている。また、関係筋がウェブメディア「デイリー・ビースト」に明かしたところによると、2022年の知事選に再出馬する意向だという。
また、ジョー・バイデン次期大統領の副大統領候補に名前が挙がっていたことも報じられている。世論調査の分析などを行うファイブサーティエイトに対して、エイブラムスは今後20年以内に大統領選に出馬する考えを明らかにしている。
エイブラムスは、市民によるリーダーシップのお手本だ。しかし彼女のアプローチは、従来的なリーダーシップとして多くが連想する特徴とはかなり異なる。自称内向的で弱い性格なのだ。しかも自身の成功と同じように、個人的に経験した苦労についても包み隠さず語る。
「自分の欲求を修正しないで」
大統領選でのバイデン陣営勝利を複数の報道機関が報じるなか、ジョージア州での民主党勝利に貢献したエイブラムスを称えるメッセージを掲げる民主党支持者(2020年11月、アトランタ)。
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自分は有色人種の女性にとって不利な政治システムの中で活動している——エイブラムスはそう話す。
2018年にジョージア州アトランタで行われた資金集めのイベントでは、「私を陥れようと画策している人がたくさんいる」と話していた。「最南部の州は言うまでもなく、どの州であれ、今は黒人女性が知事になる時ではないと思っている人はいます。でもいつだって、黒人女性が指揮をとるのにふさわしくない時なんてないのです」
ジョージア州の歴代知事82人は、すべて白人男性だ。エイブラムスは黒人女性として初めて、アメリカの主要政党の知事候補に選ばれたのだった。
彼女は女性に対し、目標があるならためらってはいけないとアドバイスする。フォーブス誌の取材にはこう応じている。
「自分の欲求を修正しないで。女性が野心を持ったっていいし、成功したって、失敗したっていい。この3つに妥協し始めた瞬間に、女性の存在は弱くなってしまう」
エイブラムスはこれまでずっと、この原則に沿って生きてきた。貧しい家庭で育ち、若い頃は自分の稼ぎを家族の生活費や学生ローンの返済に充てたために税金を滞納してしまったこともある。アメリカの黒人女性は、親類が経済的に困窮している可能性が高く、そのため若い頃は家族を支え続けなくてはならないことが多い。
しかしエイブラムスはくじけなかった。18歳の誕生日に有権者登録を行い、当時通っていたスペルマン・カレッジの構内で、テーブルを出してクリップボードとペンを並べ、他の人たちも同様に登録するよう手伝った。
同じ年、人生の目標をスプレッドシートに書き出した。当時は、アトランタ市長になることと、小説を書くことだった。25年経って目標は変化したが、今も同じスプレッドシートを使って、自分がやりたいことを記録している。
むしろ苦労した経験のおかげで、政策への理解が深まった。支援者に共感を寄せられる存在にもなった。支援者たちはエイブラムスを「誠実」だと表現する。
「私の経験はよくある話で、そこに共感してもらえるみたい」と2019年、ヴォーグに話している。
エイブラムスはそれなりの挫折を味わってきたが、自分なりの正義を実現するために今も戦い続けている。そして2020年の大統領選で、ジョージア州が民主党支持に変わったことは、彼女のたゆまぬ努力が身を結んだ証だ。
「いろいろとやって、成功も失敗もしてきました。でも私のコミュニティや私自身にとって普通とされる以上の何かをやってきたおかげで、とてつもないチャンスを手にすることができたんです」とエイブラムスはフォーブスに語っている。
内向的なリーダー
リーダーという言葉からは社交的な人物を連想しがちだが、エイブラムスは自身のことを内向的な性格と評する。
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エイブラムスは、自分は内向的な性格だと公言している。かつてワシントン・ポスト紙に対し、もともと積極的に発言する性格ではないし、ひとりで過ごすのが好きだと話していた。
選挙活動以外では、自宅で恋愛小説を書いたり、自分で「尋常じゃない」と言うほどテレビを見たりして過ごしているという。
私たちは普通、リーダーが内向的とは思わないものだ。ノートルダム大学のティモシー・A・ジャッジ教授はニューヨーク・タイムズに向けたメールの中で、「内向性は、政治家を含めたあらゆるタイプのリーダーシップにとって短所となる」と書いている。同教授によると、「外向性は社会的特性」であり、外向的なリーダーは教育や仕事の場で成功しやすいという。
ジャッジ教授のこの評価は、成功した政治家のイメージ——社交的で、図太く、考えをすぐ言葉にできる——に対する一般的な理想像と合致している。
エイブラムスは、自分の内向的な性格を積極的に受け入れ、そのメリットを活用している。有権者の意見や経験にじっくりと耳を傾けられるのは、内向的な性格のおかげだと話す。
話す時は、静かなエネルギーに満ちている。公の場に出る際は、考えをまとめて言葉を慎重に選び、質問に対して微妙な答えで明言を避けるようなことはしない。「読書家のように慎重で用意周到な演説家」と描写されたこともある。この特質は、敵対し感情的になっている今の政局で、有権者に魅力的に映るかもしれない。
エイブラムスは、内向的な性格に満足していると言うが、決して内気というわけではない。元同級生であり現在はニューヨーク・タイムズの記者であるエミリー・バゼロンは、ウェブメディアThe Cutでこんな証言をしている。イェール大学ロースクールに在学中、授業中に発言を求めてよく挙手していた女性は、自分以外ではエイブラムスだけだったと。
「私たちはみんな、彼女が政治の道に進むと思っていました。人を引き付ける力と才能は、誰の目にも明らかでした」
自分の弱さを受け入れる
アメリカは今、未曾有のパンデミック、不況、人種差別問題に直面しており、自信過剰な虚勢は利益よりも害をもたらす可能性がある。アメリカという国家は、ある程度の弱さを取り入れるべきかもしれない。
社会学者のブレネー・ブラウンは、こうしたタイプのリーダーシップを「成し遂げる力(Power to)」そして「連帯する力(Power with)」と呼んでいる。バイデン次期大統領は、このタイプの弱さを持ったリーダーシップの一例であり、彼の最大の強みのひとつでもあるとブラウンは話す。
エイブラムスにもこれと似たような弱さがある。昨今の世界を舵取りするに当たり、不確実性や恐怖が果たす役割をいち早く認め、これらを受け入れるのは普通どころか健全だと述べている。
また、プライベートで苦労に直面したおかげで、政治的な信念を学べたとも公言している。例えば弟について、双極性障害(未診断)や薬物乱用、さらには禁錮刑の実刑判決を受けたと発言しており、こうした経験から刑務所の改革に取り組むようになったとも話している。
そこまで誠実でないリーダーなら、タブーになりがちなこうした生々しい出来事は隠すだろう。しかしエイブラムスは隠し立てせずに公表した。こうした行いゆえに、人は彼女に共感を抱き、人間らしいと感じるのだ。
エイブラムスはフォーブスの取材でこう話している。
「多くの女性にとって、悲劇や落胆を経験し、自分はもっとできると悟るところから自信が生まれます。レジリエンスから生まれるのです。
単に現状を維持するのでも、権力を強めたり掌握したりするのでもなく、私たちを前進させようと努力してくれる人。それこそが最も重要なリーダーと言えます」
(翻訳・松丸さとみ、編集・常盤亜由子)
[原文:Resilient, authentic, vulnerable: How to lead like Stacey Abrams]