連邦議会議事堂前に殺到したトランプ大統領の支持者たち。数千人規模とみられる。
撮影:大和田三保子
「こんな事態は、イラク戦争に配備された時以来、見たことがない。ここは議事堂だ。世界の国が笑って見ているだろう」
米公共放送PBSに出演した元海兵隊員のマイク・ギャラガー下院議員(共和党・ウィスコンシン州)はそう語った。
2021年1月6日(米東部時間)、首都ワシントンに集結したドナルド・トランプ大統領の支持者らが、連邦議会議事堂(キャピトル・ヒル)に侵入。開催中だった上下両院合同会議は中断され、議事堂は閉鎖に追い込まれた。
その後も「前代未聞」の出来事が、数時間のうちに次々と起きた。
トランプ支持者とされる女性1人が銃で撃たれて死亡。さらに男女3人が「医療的な緊急事態」によって死亡したほか、逮捕者は68人にのぼる(米東部時間Xf1月7日時点、ワシントン警察当局発表)。
アメリカの民主主義の象徴であるキャピトル・ヒルが、あろうことか一部武装した市民によって占拠されたことは、「悲劇」としてアメリカ中の人にとって忘れられない日となった。
現地にいた政治記者は「まるで戦争みたい」と
2021年1月6日、ホワイトハウス前に集まった自らの支持者たちの前で「議事堂まで行進せよ」と演説するトランプ大統領。
REUTERS/Jim Bourg
トランプ支持者による「クーデター未遂事件」(CNN)は、多くの市民が合同会議のテレビ中継を見ている間に急展開した。
正午ごろ、トランプ大統領がホワイトハウス前に集まった数千人の支持者の前で演説。
「我々は(大統領選挙の)敗北を認めない。ここから議事堂まで行進せよ」
午後1時。2020年11月に行われた大統領選挙の選挙人集計結果を承認するための上下両院合同会議が始まる。CNNなどがCMなしの中継開始。
午後2時15分。上下両院に分かれて審議中、「議事堂内に不審者が侵入した」(議事堂警察)という理由で、議事進行役だったマイク・ペンス副大統領はじめ、議員の避難が始まった。
このあと瞬く間に、目をこすりたくなる信じられない光景が、テレビ画面を埋めた。
「下院議員らと地下通路を通って議員会館に避難しているところです。議事堂内で催涙ガスを使ったということで、ガスマスクを渡された議員もいます。たった今、ある議事堂職員が私に『ハグしてほしい』と近寄ってきた。まるで戦争みたい」(リサ・デジャルダンPBS政治記者)
議事堂の窓を持参した道具で割り、内部に侵入するトランプ支持者たち。議事堂の扉越しに銃で撃たれ、倒れて血を流す女性の頭上で、ピストルとライフル銃を構える支持者らの映像が、次々に飛び込んでくる。
侵入を防ぐため議員ベンチで出入口をふさぎ、窓を割った暴徒たちにピストルを向ける4人の警察官のマスクの上の目は、「信じがたい」という気持ちと、「撃つか?」と同僚に問いかける戦場の兵士のそれだった。
議事堂前のトランプ支持者らの様子。左奥に就任式用の特設席が見える。
撮影:大和田三保子
議場西側のバルコニーは、見た目で数千人ほどのトランプ支持者によって占拠された。トランプ陣営が選挙戦の応援グッズとして販売した青い旗、星条旗、さらには南北戦争で奴隷制度維持を主張した南部連合が使った赤地に青の「南軍旗」が翻る。
議事堂敷地内には処刑台の模型が置かれ、南北戦争後に横行した黒人リンチで使われた丸い首つり縄がかけられた。
バルコニーには、1月20日に行われるジョー・バイデン次期大統領の就任式のために、来賓やメディア向けの席が組み立てられていた。その工事のために張り巡らされていた壁を乗り越え、トランプ支持者らはバルコニーを占拠した。
歴代大統領に続いてトランプ氏も大統領就任を宣誓した場所であり、トランプ支持者のみならずアメリカのすべての市民にとって思い出に残る祭典の場だが、この日無残に破壊され、汚された。
暴徒に「君たちを愛している」
「MARCH for TRUMP」(=大統領のために行進を)キャンペーンのラッピングバスと、記念撮影する支持者ら。
撮影:大和田三保子
「私たちの国の歴史において、これまで見たことがない光景だ。100%、トランプ氏のせいだ」(CNNアンカーのジェイク・タッパー氏)
「ホワイトハウスの記者会見場は、カメラも照明も記者もすべて揃っている。この危機の時に大統領はどこにいるのだ!」(CNNホワイトハウス担当記者、ジム・アコスタ氏)
混乱の鎮圧を指示するトランプ大統領の声を誰もが待つ中、議事堂侵入が始まって2時間ほどが過ぎた午後4時過ぎ、大統領はTwitterにビデオを投稿し、支持者らに次のように語りかけた。
「君たちは痛みの中にある。(大統領)選挙は盗まれたんだ。だが、法と秩序を守らなければならない。君らのことを愛している」(投稿ルール違反で現在は表示できないため、筆者メモより)
このビデオを見たメディアからは厳しい批判が寄せられた。
「まだ選挙は盗まれたと言っている。これはいったい何だ?大統領の紋章がある演壇ではなく、Twitterにアップするために庭でビデオを撮り、しかも(暴徒らに)『君たちを愛している』とは。もはや大統領ではない」(CNN政治アナリスト、グロリア・ボーガー氏)
高官や閣僚の辞任が相次ぐ
支持者が集まるデモと思われていた集会が、なぜここまでの事態に発展したのか。
上下両院合同会議はそもそも、次期大統領が獲得した選挙人の数の承認を式典的に行い、約2週間後に行われる就任式に向けてムードを盛り上げるためのものだ。
ところが、トランプ氏はバイデン氏の勝利が事実上確定した2020年12月半ば以降も、「選挙で不正が行われ、票が盗まれた」と絶え間なくツイート。1月6日の(バイデン氏の勝利を確認するための)上下両院合同会議を見据え、議事を妨害するためにワシントンに結集するよう、支持者らにくり返し呼びかけた。
その結果が、議事堂侵入や支持者の死亡・逮捕といった未曾有の事件にまで発展したわけだ。
「TRUMP INCITES MOB」(=トランプが暴徒を煽った)と報じた1月7日付のニューヨーク・タイムズ紙。
撮影:津山恵子
1月7日、米ニューヨーク・タイムズは1面にこんな大見出しを掲載した。
「トランプが、暴徒を煽(あお)った」
トランプ大統領が支持者に結集を呼びかけ、議事堂への行進を促し、暴徒を送り込んで議事を中断させたことで、「一線を超えた」「もう十分だ」(リンゼイ・グレアム上院議員)と、強力な支持者や側近中の側近らまでトランプ氏を見放す結果となった。
ホワイトハウスでは早くも6日中に、高官らが辞表を提出。翌7日には、大統領の予定を一手に管理するミック・マルバニー首席補佐官に続いて、イレーン・チャオ運輸長官、ベッツィ・デボス教育長官が辞意を発表し、閣僚までがトランプ氏を見放した。
野党・民主党だけでなく、トランプ氏を熱烈に支持してきた与党・共和党の議員や州知事、ロビイストらからも、辞任を求める声が相次いでいる。
もうひとつの「歴史的事件」
米ジョージア州アトランタの街頭にて、民主党の新人ワーノック牧師(右下)とオソフ氏(左上)を推す上院議員選挙ポスター。1月6日、ふたりの当選が決まった。
REUTERS/Elijah Nouvelage
実は、連邦議会への襲撃が起きた1月6日には、もうひとつ歴史的事件が起きた。
5日に投開票が行われた南部ジョージア州の上院2議席をめぐる決選投票で、民主党新人のラファエル・ワーノック牧師と、同じく民主党新人で元ジャーナリストのジョン・オソフ候補が、共和党の現職2候補を破り、当選を確実にしたのだ。
これで上院の構成は民主党と共和党が50議席ずつとなった。過半数採決が行われる場合、上院議長の副大統領が投票するため、2021年1月20日以降は、民主党のカマラ・ハリス次期副大統領が1票を入れることになり、民主党は過半数を獲得できることになる。
黒人解放に反対する南部連合の拠点だったジョージア州で、ワーノック牧師は史上初めての黒人上院議員となる。また、オソフ氏は33歳で、初の「ミレニアル世代」上院議員となり、高齢の白人男性が多数を占める上院に新しい顔ぶれが加わる。
こうした意味で、ジョージア州の決選投票結果はアメリカの民主主義に新しい側面を加える歴史的ニュースと言えるだろう。
ただ、トランプ支持者による議事堂侵入事件は、この前向きなニュースさえかき消してしまった。
今回の「クーデター未遂事件」をめぐっては、米連邦捜査局(FBI)などがすでに捜査に着手しており、事前に計画されていたものではなかったか、中心となった極右勢力の幹部らの捜索を続けている。
AP通信は7日、トランプ大統領がTwitterに新たに投稿した動画をもって「敗北宣言」と伝えた。高官や官僚にも見放され万策尽きた形だが、それでも、彼がアメリカの民主主義に残した傷跡はあまりに深く、容易には回復できそうにない。
(文:津山恵子)
津山恵子(つやま・けいこ):ジャーナリスト、元共同通信社記者。ニューヨーク在住。2007年から独立し、主にアエラに、米社会、政治、ビジネスについて執筆。近著は『教育超格差大国アメリカ』『現代アメリカ政治とメディア』(共著)。メディアだけでなく、ご近所や友人との話を行間に、アメリカの空気を伝えるスタイルを好む。