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「感染確定者1:女、69歳、藁城区増村鎮小果庄村人。2020年12月20日から31日まで村内で過ごす。2020年1月1日正定県新城鋪村に行き浅舎飯店で会食。1月2~3日、自宅で過ごす。1月4日、PCR検査で陽性判定が出て、救急車で石家荘市第5病院に搬送。無症状感染者と診断。1月9日に救急車で河北胸科医院に搬送し、確定診断」
中国当局は新型コロナウイルス感染者が確認されるたび、接触可能性がある人への注意喚起や感染拡大エリアの周知のために、感染者のプロフィールと行動履歴を詳細に公表する。ここまで丸裸になる社会は恐ろしいが、感染拡大の相当な抑止力になっているのも確かだ。
河北省政府は1月10日、9日に感染が判明した46人の行動歴を公表した。同省では2021年に入り、省都の石家荘市や隣接する邢台市でクラスターが発生。9日までに354人の感染を確認した。首都・北京市の通勤圏内である河北省での感染拡大に、中国政府は早々に石家荘園の都市封鎖を断行。「首都防衛戦」に突入している。
村のイベントで感染拡大
1月初旬、河北省邢台市ではクラスター発生を受けて全市民のPCR検査が行われた。
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中国は2020年春に感染をおおむね封じ込め、経済活動を正常化させた。その後局地的に感染者が出ているが、徹底的な検査と隔離で拡大を食い止めてきた。中国科学院が1月公表した予測によると、2021年の国内GDP成長率は8.5%に達する見通しだ。
だが、春先から専門家が「2020年秋から冬に第2波が来る」と警告していた通り、気温の低下と変異種の広がりで、この1カ月はクラスターの規模が拡大し、感染ペースも早まっている。
当局によると、2020年12月に大連市で発生したクラスターは、スーパースプレッダーが33人に感染を広げた。2021年に入ると、北京市に隣接する河北省で感染が急拡大、同省政府は1月8日、石家荘市の市民に1週間外出しないよう命じ、9日には公共交通機関を止めた。同日までに両市の全市民1300万人にPCR検査を行ったほか、周辺都市や他都市の医療関係者、教師など約800万人も検査対象となった。
ではどれくらい感染が広がっているのか。河北省政府によると、1月2~8日までに同省で発熱などの症状が出ている感染者は127人。無症状感染者が183人だった。
感染者は省都の石家荘市、中規模都市の邢台市に集中しており、9割近くが農村部在住者。省政府は「結婚式など村のイベントが感染源となっている。村の中高年は感染対策が緩く、4日で3回結婚式に参加した感染者もいた」と、冠婚葬祭など行事の中止を指示。学校活動に参加した教師の感染も相次いだことから、学校もオンライン授業に移行した。
感染拡大地として「村」が名指しされたことから、他省でも農村部の監督が強まっている。
省政府によると、石家荘市はスーパーや市場、コンビニも店舗を閉め、オンライン営業に切り替わった。当面はPCR検査を受けた配送スタッフが生活必需品を自宅玄関まで届ける体制で、都市封鎖の段階に入っている。
首都防衛の水際に位置する河北省
河北省の感染拡大エリアで、住民の出入りを防ぐため高速道路を検問するスタッフ。
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東京都に近い人口を持つ都市で全市民検査を行い、300人台の感染で都市封鎖というのは、世界的にも非常に厳しい。中国当局の今回の強硬措置の背景には、
- 1年前に初動が遅れ世界から批判を浴びた
- 最初の感染拡大時に厳格な隔離政策を実施し封じ込めた成功体験
- 一度感染を抑え込んだため国民がコロナ慣れしていない
- クラスター発生地が首都に近い
ことが挙げられる。
中国は世界最初に感染が広がったため、対策のお手本が存在せず、2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)時に前線に立った専門家が、再び感染拡大防止の陣頭指揮を執った。専門家は「経済と感染対策の両立は難しい。経済を止めても短期間で感染を封じ込め、経済を徐々に再開する」方針を打ち出し、徹底検査・徹底隔離、感染リスク判定と行動追跡のためのアプリ「健康コード」の導入で、1月23日の武漢市ロックダウンから1カ月余りで、感染者を激減させた。
以降、出入国での全員検査と2週間のホテル隔離や、陽性者が1人出た場合の広範囲のPCR検査がスタンダード化している。
河北省は「北京・天津・河北省経済圏」の一部であり、首都防衛線の役割も担う。
中国は第1波の際も、武漢市から北京市への人の流入を制限したり、北京行きの飛行機を別の空港に着陸させ、そこでPCR検査・隔離するなど、首都防衛を徹底した。
今回も、感染拡大エリアの住民は市外に出ることを禁じられ、河北省から北京市への移動には厳しい制限がついた。
北京市は河北省クラスターを受け、春節(2月中旬)前後の農村でのイベントも控えるよう指示している。
2週間隔離すり抜けるウイルス
1月に入り、中国ではワクチン接種が始まった。北京や上海では2月をめどに全市民が無料で接種を受ける計画だ。
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中国が第2波を抑えられているのは、大規模隔離や都市封鎖などの強権発動に加え、健康コードなどを利用して、感染の流入源を相当程度まで絞り込める体制も大きい。
最近の事例を紹介すると、2020年12月に北京市順義区で発生したクラスターは、インドネシアから入国し、福建省で2週間隔離を経て12月10日に北京市順義区に入った20代の男性が持ち込んだとほぼ特定された。
また、同月の大連市のクラスターは大連港で働く複数の作業員がロシアからの貨物を運んだ際に感染し、市中感染に至ったと推定された。
中国は入国者に指定施設での2週間の自費隔離を義務付けており、PCR検査で陰性と確認されてから隔離が解除される。これだけ水際対策を徹底しても、潜伏期間の長さやPCR検査の不確実性によって、ウイルスがすり抜けることがよく分かる。
河北省のクラスターについては、流入源が特定されておらず、宅配業者や配車サービスのDiDi(滴滴出行)は、都市封鎖に先立って、自主的にサービスの一部を停止した。第1波の際には、動き回る宅配業者が感染を広げた可能性を指摘されたため、混乱を避けるための措置と思われる。
上海では春節前にワクチン接種
中国政府が新型コロナウイルスの感染拡大を公にしてから間もなく1年になる。再び汚名をかぶるのは何としても避けたいようで、共産党中央規律検査委員会は1月9日、「感染対策を怠った党員は責任を問う」との文書を発表した。文書では「大連でのクラスター発生時に、即時に対応しなかっただけでなく、自分だけ隔離した」「クラスター発生時に飲酒した」など、複数の党員の部署名・個人名、処分名を公表し、引き締めをに躍起だ。
年明けには医療従事者などのワクチン接種が始まった。上海市では春節前に、北京市は春節後に全市民に無料でワクチンを接種すると公表されている。
各国が感染拡大を抑えきれず、経済活動の再制限を余儀なくされる中、中国はワクチンが行き渡るまでウイルスから逃げ切れるのか。2021年の世界経済を占う上でも注目される。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。