- ここ何週間か、アップルが自動車開発に乗り出すのではという憶測が飛び交っている。
- テスラの株価が上昇し、最大の時価総額を誇る自動車会社となるなか、アップルの「プロジェクト・タイタン」が再び脚光を浴びている。
- だが、アップルがテスラの真似をするのは極めて危険だ。筆者がそう考える理由を説明しよう。
まだ知らない読者のために言うと、「アップルカー」が再び脚光を浴びている。ここ数週間、ロイターとブルームバークがともに「プロジェクト・タイタン」と呼ばれるアップルのプロジェクトに何かが起きていると報じた。
同プロジェクトは長年にわたり、進んでは止まりを繰り返してきた。ヒュンダイと提携するかのような混乱した報道もあった。
アップルが真剣に自動車事業に参入しようとしているとは考えにくい。しかし、テクノロジーと金融の専門家の多くは、アップルがモビリティビジネスに参入する時期が到来したと見ているようだ。
プロジェクト・タイタンの再始動に注目する人たちも、従来型の自動車事業を想定しているわけではない。言うまでもなく従来型の自動車産業は凋落している。2015年からの10年間で、アメリカ国内の自動車販売台数は8400万台にすぎない。
そのうちの一部はテスラの売上だが、それでも世界で120万台だ。アメリカにおける同社のシェアは、2015年以降の合計販売台数の1%にも満たない。これでは「ディスラプション」どころか、四捨五入の誤差程度だ。
とはいえ、自動車産業のシフトは起きている。電気自動車(EV)へのシフトだ。
複雑に絡み合った複数の要因がそのシフトを牽引している。ヨーロッパの規制、中国市場の拡大、そして当然ながら、消費者に古いガソリン車からEV車に買い替えてもらいたい自動車メーカーの思惑、などだ。
アップルカーで「イノベーションの谷間」からの脱却狙う?
上海の自社工場でプレゼンを行うテスラのイーロン・マスクCEO。同社は2020年6月にトヨタを抜いて世界一の時価総額を誇る自動車メーカーになった。
REUTERS/Aly Song
このEVへのシフトで注目をさらっているのが、テスラだ。
イーロン・マスクというエンターテインメントに長けたCEOが経営していること、倒産の危機を何度も乗り越えてきたこと、高い顧客ロイヤリティを築いてきたこと、中央銀行による金融緩和の恩恵を受けて6000億ドルの時価総額を達成したこと、などが注目の理由だ。現在テスラは、世界最大にして断トツの時価総額を誇る自動車メーカーだ。
そんななか、アップルのプロジェクト・タイタンが再注目されている。その理由は、アップルのイノベーションが谷間にあると見られており、谷間期間がこれまでで最長となっていることにある。
iPhone以降、アップルは時計、ヘッドフォン、クレジットカードと展開してきた。しかしこれらの製品は、デザイン、エンターテインメント、コミュニケーションにまたがって21世紀のライフスタイルを創造すべきアップルが生み出す夢の製品とは言いがたい。
モルガン・スタンレーのIT業界担当と自動車業界担当のアナリストが共同執筆した最新の調査レポートでは、アップルがイノベーションの谷間を脱するために自動車事業を始める可能性を示している。
同レポートの試算では、世界の輸送産業の規模は10兆ドル。アップルは大きなシェアを狙う必要はない、そのほんの一部を得られればiPhoneの成功を再現できる、というわけだ。
数字だけを見れば良さそうな話ではある。だが、事業開発の観点からは最悪の発想だ。
iPhoneはiPodの成功を加速させた。それにより、アップル製のコンピュータ機器から特別なインターネット接続を可能にする同社の能力がさらに高まった。これらはすべて、通信・エンターテインメント用機器だ。高価な製品ではあるが、自動車と比べれば安価なものである。
これまでアップルは、2~3年で買い替えられる機器の製造・サプライチェーンを最適化し、ユーザー体験を自社で垂直統合することによって、利益率20%という垂涎の実績を確保してきた。
アップルカーの垂直統合は誤った考え
自動車業界は長い時間をかけて垂直統合型の事業モデルを築いてきたが……。
Christopher Furlong/Getty Images
モルガン・スタンレーによれば、アップルが自社製品として自動車を手掛ける場合、垂直統合が必須になるという。だが、垂直統合はアップルを破滅へと追いやりかねない。
2015〜2020年の間に8400万台を製造販売した既存の自動車業界はもう何十年も前に垂直統合をやめており、テスラだけが垂直統合という過去の栄光を再興させようとしている。
テスラの時価総額を見るとその試みは成功したように見えるが、同社は2020年の総販売台数を達成するために、17年間もの歳月を開発製造に費やしてきたのだ。ゼネラルモーターズ(GM)がこれと同じ台数を販売するために費やした時間は、わずか2カ月だ。
要するに、垂直統合型の自動車製造を追求するのは正気の沙汰ではないということだ——時代遅れの手法で少数の車を売るのが目的であれば話は別だが。
テスラは今でこそ成功者に見えるが、過去5年間の大半はひどいものだった。同社が製造する車は業界標準すら満たしていないこともあったし、成長を支えるためたびたび株式発行による資金調達を行い、さながら身売りするような行為を繰り返してきた。その結果、テスラは不安定な投資先となった。
一方、アップルの安定感は抜群だ。おそらく2010年代を通じて「買って放置しておけばよい」銘柄ナンバーワンだろう。人気銘柄によくある売り浴びせもあったが、あまりリスクをとらず相応のリターンを得たい長期投資家は、アップル株の恩恵を受けてきた。
アップルが築いてきた「完璧」が崩れかねない
iPhoneをお披露目するスティーブ・ジョブズ。アップルはこれまでいくつものプロダクトを通じて人々のライフスタイルに変革をもたらしてきた。
REUTERS/Kimberly White
アップルにはすべてが揃っている。優秀な経営陣、愛される製品、並外れたブランド力、安定した売上、巨額の利益。筆者が知る中で、最も「完璧」に近い企業だ。もちろん、同社が倒産の危機に瀕したときのことも覚えているが。
完璧さの見返りとして潤沢に積み上がったキャッシュは、2000億ドル近くにのぼる。リスク中毒とも言えるテスラの動向を見て、同様の行動をとる誘惑に駆られるかもしれない。資金の一部を車に使ってもいいのではないか、最悪何が起こるというのか、と。
自動車事業に手をつければ、アップルはすべてを台無しにしかねない。自動車工場の建設費は1棟当たり数十億ドルにのぼり、自動車メーカーの経費は四半期当たり50億ドルを下らない。テスラの規模に到達するためには、アップルは手持ちの2000億ドルの過半を10年未満で溶かすことになる。それでもリリースできるのはせいぜい2~3モデルにすぎないだろう。
一方GMは70億~90億ドルの出費で、第4四半期だけで約50モデルをリリースした。メーカー1社で50モデルだ。
数年前にプロジェクト・タイタンが初めて浮上したときから、筆者は一貫してこの構想を批判してきた。にもかかわらず、アップルカーへの期待が再燃するのだから愕然とする。そうした期待はたいてい、アップルなら何でもできると考え、悪戦苦闘するテスラに刺激されたテック専門メディアに煽られたものだ。
こういうことがあるたび、筆者は「自動車ビジネスの何を知っているというのか」と、虚空に向かって叫びたくなる。
幸いなことに、アップルの経営陣はプロジェクト・タイタンの立ち上げ以降、学習を重ねてきた。テスラの成功も、そしてより大切なこととして、その失敗も見てきたはずだ。アップルの経営陣が、車をつくるという愚かな行為によって、その偉大な企業を破滅させるとは考えにくい。
(翻訳・住本時久、編集・常盤亜由子)
[原文:The Apple Car would wreck Apple, and Tesla's incredibly volatile history shows why]