日本IBM傘下社長が語る、子育てと仕事でモヤモヤしたらすべき、たった一つのこと

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日本アイ・ビー・エム デジタルサービス社長、井上裕美氏。2020年に抜擢された井上氏は、子育てと仕事をどうバランスしてきたのか。

日本アイ・ビー・エム デジタルサービス

不安なニュースが続く中でも、意思を持って新たな時代を切り拓くミレニアル世代のビジョナリーたち。「サステナビリティビジネス」「テクノロジー×ビジネス」「カルチャー×ビジネス」「ダイバーシティ&インクルージョン」の4分野の挑戦者に、その思いを聞く。

第4回は、日本アイ・ビー・エム デジタルサービス社長、井上裕美氏。


大企業の女性トップはまだ少ない日本で、2020年、日本アイ・ビー・エム傘下で新たな若手女性社長が誕生した。同年7月、日本アイ・ビー・エムの子会社3社が合併して生まれた新会社「日本アイ・ビー・エムデジタルサービス」社長に就任した、井上裕美氏(40)だ。

井上氏は、2003年に日本アイ・ビー・エムに入社。主に官公庁を担当し、システム開発のプロジェクト全体の管理を行うプロジェクト・マネジャーとして成果を上げてきた。在職中に2人の子どもを出産し、現在は小学生と保育園児の2人の子どもを育てている。

育児をしながら30代で大企業の幹部に抜擢されたリーダーは、どのように出産・育児に伴うキャリアの壁を乗り越え、現在のポジションにたどり着いたのだろうか。

失敗したら改善するの繰り返し

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20代で日本アイ・ビー・エムのプロジェクト・マネージャーを任された。指揮者のような大役を「楽しんだ」と振り返る。

Getty Images/David Ramos

「プロジェクト・マネジャーの役割とは、オーケストラの指揮者のようなものです」

井上氏はそう、日本アイ・ビー・エムで自身が務めてきた仕事を形容する。

官公庁のプロジェクトへの参加は、入社前からの本人たっての希望だった。

「国の基盤を支える仕事を通じて、社会に貢献したい思いが強かったんです」と、当時の心境を語る。

一秒たりとも止めることの許されない国の基幹系システムの開発。そのプロジェクト・マネジャーの役割とは、プロジェクトの予算や人員、スケジュールを管理し、進行中に発生した問題への対応や、クライアントとの交渉において先頭に立つものだ。

20代で大役を任され、さぞかし苦しんだのではと思いきや、本人の口調は思いのほか軽やかだ。

「お客様やチームメンバーと一体となって何かを成し遂げるのは、心底好きなタイプだと思います。ただ、最初から全てが上手くできたわけではありません。『失敗したら改善する』を繰り返してきた結果、自ずと変化への対応力が生まれ、プロジェクトの進捗に合わせて自分の立ち位置を変える柔軟なマネジメントスタイルが磨かれたのだと思います」

いかに安定的に事業継続を支えられるかは、もちろん大事。しかし、それだけではなく、最先端の技術を導入するなどして、デジタル変革の波にも乗っていかなくてはならない。

環境変化の激しい中、どのように基幹システムを適応させていくのか。井上氏は背負うものの大きさに音を上げることなく、提案や話し合いを重ねながら、プロジェクトの指揮を取り続けてきた。

「確かに、社会を安定的に支えるという重責はあったと思います。でも、そうした経験を20代の頃からさせてもらえたことが、今に直結しています」

社会に対する責任を全うするためには、誰がどんなロールで、どんな音を奏でれば良いのか。

「指揮者」として演奏全体をまとめるような仕事を心から楽しんできたと、井上氏は自身の20代を振り返った。

出産・育児に伴うリスクを考えすぎ不安に。

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プライベートな出産と育児に対する不安は強く、考えすぎてパンクしそうに。自らヘルプを出し、周囲が手を差し伸べてくれた。

Shutterstock/ kai keisuke

そんな井上氏のターニングポイントは、20代終盤。初めての妊娠を経験したときだ。

つわりは想像以上に激しく、眠気が容赦なく襲ってくる。今まで通り全力で仕事がしたいのに、体がついてこない。

そんな状況になって、井上氏の中に、まだ経験したことのない出産と育児に対する不安がもくもくと膨れ上がってきた。

「このまま仕事にまい進する生活を続けていいのだろうかと、自問自答していました。さらに、『こういうことが起きるんじゃないか』と、いろんなリスクを考えすぎて、頭がいっぱいになってしまっていたんです。育児をしながら働く自分は快く思われないのではないか、メンバーやお客様との関係性が変わってしまうのではないか、母親としての務めを十分に果たせるのだろうか……というように」

これは、自分一人で答えを出せそうにない。そう感じた井上氏は、モヤモヤした心境を当時のメンターに打ち明けた。現日本アイ・ビー・エム社長の山口明夫氏だ。

すると山口氏は、すでに育児をしながら働いた経験のある社員を次々と紹介してくれたという。モヤモヤした心境を打ち明けると、「井上さんが考えているほどの問題は起きないよ」と言い、優しく肩を叩いてくれた。

「話を聞いてもらううちに、私はリスクを前もって考えすぎて、不安要素を自分の中でどんどん大きくしていたんだなとわかりました。モヤモヤの原因となっているトゲを、頭から一個ずつ抜いていただいたような感覚でしたね」

リスク管理自体は、プロジェクトマネジメントの道を歩んできた井上氏の得意とする分野だ。しかし、「出産・育児」という初めてのプロジェクトに対しては、なかなか整理がつけられなかったのだという。

「リスクに対してはこう対応すればいいと、頭ではわかっているはずなのに、いざプライベートな育児となると、そんなに簡単に優先順位をつけられなかったんです。先に出産や育児を経験した先輩に相談しなければ、いつまでも答えは見つけられなかったと思います」

「最終的にはスッキリした状態で出産に臨めた」と話す井上氏。必要なタイミングで自らヘルプを出し、周囲がそれに応えて手を差し伸べたからこそ、前向きに次のステージに進むことができた。

「こうあるべき」は思い込みだった

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リーダーとしてむしろ求められていたのは「肝心なことを決断したり、大事なトピックを一緒に検討したりすること」。

第一子出産後に復帰をし、その後まもなくして部門リーダーに就任すると、今度は自分が周囲にどう見られているかを気にしすぎてしまったという。

「私はずっと、リーダーが最初から最後まで現場にいることが、プロジェクトにとって大事なポイントだと思っていました。復帰後もそれを実践し続けたかったのですが、早く帰らないといけないし、子どもが病気になって出社できなくなる場合もある。会議にはリモートで参加していましたが、自分だけその場にいなくて、本当にリーダーとして成立しているんだろうかと悩んでしまいました」

モヤモヤする状況を脱せた背景には、井上氏が日頃から築いてきた周囲との関係性があった。官公庁の担当者などの顧客やメンバーとざっくばらんに会話し、自分に対するフィードバックを直接もらうよう心掛けていたのだ。

「普段の関係性を活かして、『育児しながらリーダーを努めている今の自分ってどうですか?』と聞いてみたんです。すると、自分が思っていたほど、その場にいることが重要だとは思われていませんでした。むしろ求められていたのは、肝心なことを決断したり、大事なトピックを一緒に検討したりすること。『自分はこうあるべきなんじゃないか』という思い込みと、周囲からの期待値の差に気づけたのは大きかったです」

もらったフィードバックの中でも、特に井上氏を驚かせ、自信を与えたのは、ある顧客がかけてくれたこの言葉だった。

「『お母さんになってからの井上さんの方がすごくいいよ』と言ってくださったんです。育児を通じて、自分の思い通りにはならない子どもと接することで、自然と相手の立場に立った発言や行動が増えたのだと捉えています。私自身は、お客様とお会いできる時間が減って申し訳ないと感じていたのに、そんな風に見てくださっていたとは意外でした。自分一人では全く気づけない観点でしたね」

バイアスが機会ロスを生んでいる

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「アンコンシャスバイアスは、会社と自分自身、双方にある」。自らアクションを取ることで機会ロスを防げるのでは、と話す。

Shutterstock/aijiro

そして2020年7月、井上氏は当時39歳にして、日本アイ・ビー・エム傘下のグループ子会社のトップに就任した。子育てをしながらキャリアアップを続け、今回の大抜擢に至ったのは、「自分のやりたいことを常に発信してきたから」だと井上氏。

「多くの人には『子どもを産んだばかりの母親には、機会を与えすぎないほうがいいんじゃないか』というアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)があると思います。もちろん、そうした対応を望む方もいらっしゃるとは思いますが、私はそれによって、自分の見えないところで機会ロスが生まれるのが嫌でした」

所属しているコミュニティや上司に対して「こんな挑戦がしたいので、機会があればぜひ声をかけてください。出産した後も、そのマインドは変わっていません」と、常に発信し続けていたと言う井上氏。

「だからこそ、今回の配置(事業会社トップ就任)につながったと考えています」

せっかくやりたいことがあっても、それを発信しなければ、誰もが無意識に抱えるバイアスに絡めとられてしまう──。

「アンコンシャスバイアスは、会社と自分自身、双方にある」と、井上氏は語る。見えない機会ロスを回避するためには、自分からアクションすることが何より重要なのだ。

モヤモヤを抱えた時に、すべきこと

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自分のモヤモヤを打ち明けられる人脈を確保することが出産・育児を乗り越える環境を作る。

撮影:今村拓馬

その上で、大企業の環境はプラスに働くと言える。会社の規模が大きければ、それだけさまざまな人にアクセスできる。

グローバル企業であればなおさらだ。井上氏自身も、一人ではなく複数の社員に相談できたことが、出産・育児を乗り越える突破口となった。大企業で働いている女性は、その環境を活かさない手はないだろう。

仮に、大企業勤務ではなかったとしても、自分のやりたいことや悩みを打ち明けられる環境を確保したり、フィードバックをもらえる関係性を築くことは、同じように肝心と言える。

今は、出産を迎える社員にアドバイスする立場になった井上氏。出産・育児を前にキャリアに悩みを抱える女性に対して、次のように付け加えた。

「自分がモヤモヤを抱えたとき、それを周囲に打ち明けられるかどうかで、人とつながれるかどうかの違いが生まれます。リモートの環境では対面よりも話しづらくなっているかもしれませんが、相談するきっかけは自分から探していかなくてはなりません。

ぜひたくさんの人とつながって、出産や育児に伴う悩みを乗り越えてほしいと思います」

※井上裕美氏は、注目の人物を表彰するBusiness Insider Japanのアワード「BEYOND MILLENNIALS 2021」ファイナリストにノミネートされています 。井上氏が登壇するトークセッション「30代で経営者になった2人に聞く「変わり始めた大企業キャリア」視聴の登録はこちらから。

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Business Insider Japan

(文・一本麻衣


井上裕美:日本アイ・ビー・エム デジタルサービス 代表取締役社長 / 日本アイ・ビー・エム 執行役員。2003 年日本 IBM 入社。官公庁のシステム開発エンジニアやPMなどを経て、2011 年官公庁デリバリー部長に就任。2020 年日 IBM グローバル・ビジネス・サービスのガバメント・インダストリー理事に就任、同年 7月 1日より新会社設立に伴い、現職に就任。社内の技術者コミュニティの事務局長やリーダーとして、若手育成や女性の技術者育成にも携わる。保育園児と小学生の姉妹の母でもある。

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