2020年9月に中国・北京で開催された国際モーターショーに出展された蔚来汽車(NIO)の電動コンパクトSUV「ES6」。
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- 2020年、少なくとも7つの電気自動車(EV)スタートアップが、特別買収目的会社(SPAC)を使って上場を果たした。8社目の上場も間もなくと言われる。
- 上記8社のうち、EVを1台でも市場投入できたのはわずか1社にすぎない。数社は、2022年まで1台も発売しない計画だ。
- にもかかわらず、上記のうち数社の株価は、世界最大手フォードのそれを上回る。
- Business Insiderの取材に応じた3人の専門家たちは、収益未計上のEVスタートアップをSPACの仕組みを使って上場させる現在のトレンドは、1990年代のドットコムバブルを想起させると語った。
自動車業界がスタートアップにとって厳しい環境であることは、昔からよく知られるところだ。1925年以降に設立された自動車メーカーで、量販に成功したのはテスラ1社しかない。
「ここ数十年、電気自動車(EV)開発を目指して参入した会社は10社を下らないが、いずれも生き残ることはできなかった」(米調査会社CFRAの自動車業界アナリスト、ギャレット・ネルソン)
ベタープレイス、フィスカー・オートモーティブ、コーダ、ブライト・オートモーティブといったメーカーが市場から消えていった。
ところが、昨今の内燃機関から電気モーターへの世界的シフトにより、巨大な会社組織を持たない、伝統的自動車メーカーのような保守的な考え方にもしばられない、テクノロジーに特化した新興企業にも市場進出への道が開かれようとしている。
そうした企業のなかには、テスラや中国の蔚来汽車(NIO、ニオ)といったEVメーカーへの注目度急上昇を背景に、特別買収目的会社(SPAC)との合併を通じて上場し、資金調達に成功したところもある。
伝統的な新規株式公開(IPO)と同じように、SPACはスタートアップの成長計画を支える巨額の資金調達を可能にしてくれる。それだけではなく、スピード、利便性、信頼性については、IPOの出る幕はないくらいだ。
2020年11月にファラデー・フューチャー(Faraday Future)が公開した高級EV「FF91」の近未来的な内装。
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2020年、少なくともEVメーカー7社がSPACとの合併を通じて上場を果たしたか、あるいはその計画を発表。さらに8社目として、ファラデー・フューチャー(Faraday Future)が10月、SPACとの合意間近であることを明らかにした。
上記の8社のうち、実際にEVの製造までたどり着いたのは、カナダのライオン・エレクトリック(Lion Electric)による「たった1台」だけで、他社は2022年まで生産開始すら予定されていない。
これらのスタートアップにはまだ代金を支払ってくれる購入者がいないのに、すでに数百万ドルの資金を調達し、評価額は数十億ドル(いわゆるユニコーン)に達している。株価は世界を代表する自動車メーカーであるフォードをしのぐ。
かつてフィスカー・オートモーティブ(前出)を破産させたヘンリク・フィスカー率いるフィスカー(Fisker)は、2020年10月に上場して10億ドル(約1050億円)を調達し、その週の株価の終値は16ドルだった(ちなみにフォードは9ドル)。
また、ローズタウン・モーターズ(Lordstown Motors)も2020年11月にSPACとの合併を通じて上場。6億7500万ドル(約710億円)を調達し、初週の終値は19ドルだった。
ほとんどのEVスタートアップは生き残れない
前出のギャレット・ネルソンは、「これらのスタートアップは言ってみればビジネスプランであって、ビジネスそのものではない」とした上で、いずれも生き残る可能性は低いとみる。
こうした競争のダイナミクスは民間市場ではよく見られるものだ。
新興企業のなかには、まずは強固な顧客基盤を築き、それから上場企業に求められる財務報告書のような体裁を整え、衆人環視に備えようという会社も多い。
それと異なるところがあるとすれば、最近のEVメーカーの多くは、何らかの製品を生産できることすら証明できない(いわんや利益をや)段階から、一気に上場しようと考えることだろう。
自動車業界に詳しいネルソンを含む3人の専門家たちは、Business Insiderの取材に対し、昨今のSPACを通じたEVスタートアップの上場ラッシュを見ていると、1990年代後半にインターネット関連企業が引き起こした「ドットコムバブル」を想起させられると語った。
いずれのケースも、投資家たちはほとんど(あるいはまったく)収益を生み出していない企業に大金を投じている点は同じだ。
ドットコムバブルは2000年にはじけ、多くのスタートアップが巻き込まれた。同じことが現在のEVメーカーにも起きるだろう……3人の専門家はそう口を揃える。なかでも自動車専門の調査会社オート・パシフィックのアナリスト、エド・キムは厳しい現実を次のように表現する。
「小さいスタートアップほど、徹底的に叩きつぶされることになる」
上場後に待ち受ける数々の困難
カヌー(Canoo)はサブスクリプション限定のサービス展開で勝機をつかもうとしている。組み立て工程は外注戦略を採用、生産設備投資を回避する。
Canoo
新たに上場したばかりのEVスタートアップにはいくつもの困難が待ち受けている。ひとつは、自動車販売というビジネスそのものの難しさだ。
ソフトウェア企業と違って、自動車メーカーには工場や機械、それを管理する人間が必要だ。工場を建てて操業するのに金を使ったかと思えば、今度は部品を買って、組み立て、完成品を売る場所まで届けなくてはならない。
いろいろ経費もかかるし、手のかかる複雑なことも多い、それなのに利益は薄い。新規参入したメーカーが生き残るのが難しい理由もわかるだろう。
フィスカーやカヌー(Canoo)など一部のEVスタートアップは、工場にかかる巨額の先行投資を回避しようと、組み立て工程を外注する戦略を採用している。ただ、それにも限界がある、というのがモーニングスターのアナリスト、デイビッド・ウィストンの考えだ。
「少ない生産量ならそうした戦略も機能するだろう。しかし、毎年300万、500万、あるいは1000万台の高品質なEVの組み立てを外注できるかというと、はなはだ疑問だ。ある程度の自社生産設備を抱える必要はあるのではないか」
ほかにも難題はある。それは需要だ。
アメリカにおける乗用車販売台数のうち、EVが占める割合は現在のところ2%程度にとどまる。ガソリン車から電気自動車へのシフトが進むにしても、完全に置き換わるまでに数十年はかかるというのが専門家たちの見立てだ。
今後数年に限って言えば、まだ小さいが高まりつつある関心を満たしてくれる程度、おそらくはそれ以上のEV車種が市場投入される可能性が高いと(オート・パシフィックの)キムはみている。
投資家がスタートアップを「一瞬にして」見限るとき
ニコラ(Nikola)の創業者、トレバー・ミルトン。投資家への虚偽説明を指摘され、最終的に辞任に追い込まれた。
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投資家がいかにして一瞬でEVスタートアップを見限るか、われわれはすでに実例を目にした。
燃料電池(FC)トラックおよびEVトラックを開発するニコラ(Nikola)は、SPACとの合併を通じて2020年6月に上場。その後数日で時価総額はフォードを超えた。2021年第4四半期(10〜12月)まで、トラック1台たりとも製造する予定がないにもかかわらず、だ。
ところが、金融調査会社ヒンデンブルグ・リサーチは同年9月、ニコラと創業者のトレバー・ミルトンが投資家向けに虚偽の説明を行っていたとの調査レポートを公表。同時に、(虚偽説明の発覚で)株価の下落が予想されるニコラ株に空売りを仕掛けた。
ニコラ側は調査レポートの記述について、その多くを否定したものの、燃料電池セミトレーラー「ニコラ・ワン」のプロトタイプ(試作機)が自らの動力源で走行しているような印象を投資家に与えたことなど、いくつかの点は事実と認めた。
ヒンデンブルグのレポートが公開されたあと、ニコラの株価は48%も下落。ミルトンは最高経営責任者(CEO)を辞任した。
また、ニコラに出資するとともに、同社製品の組み立てを引き受ける予定だった米ゼネラル・モーターズは、計画をキャンセルしている(ニコラへの燃料電池技術の提供は予定通り行う模様)。
「ニコラが放っていた輝きは完全に失われてしまった」(デイビッド・ウィストン)
「SPACバブル」が弾ける要因はいくつもある
時価総額で自動車メーカー世界トップに君臨するテスラにも、風向きが変わる日が来る可能性は十分ある。それはEVスタートアップ「SPACバブル」崩壊の引き金をひくことになるのかもしれない。
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20年前にアメリカで起きた「ドットコムバブル」(日本ではITバブルとも)は最終的に、個人投資家やその運用する確定拠出年金(401k)に数兆ドルという巨額の損失をもたらした。
いま相次いでいるSPACとEVメーカーの合併の波は、1990年代後半のテック企業によるIPOのそれに比べると、規模的にはかわいいもの(1999年はなんとインターネット関連企業295社が上場!)だが、EV業界内の統合の流れを加速することで、結果として本当に有望なスタートアップによる資金調達を難しくしている面もある。
そして、ネルソン、キム、ウィストン、取材に応じてくれた3人の専門家によれば、この「SPACバブル」がはじける要因はいくつもあるという。
いつまでもくり返される赤字決算や、いくら資金を投じても市場での地歩を築けない状況に、投資家の堪忍袋の尾が切れる日が来るかもしれない。テスラの雲行きが怪しくなるとか、金利が上昇に転じるとかも、バブル崩壊の原因になる可能性がある。
いつそうしたことが起きるのかは、誰にもわからない。
「バブルがいつはじけるのか、実際に起きるまではわからないものだ」(ウィストン)
(翻訳・編集:川村力)