今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても、平易に読み通せます。
2020年に活況を呈したアメリカのIPO市場。日本でもよく知られるAirbnb(エアビーアンドビー)も12月に上場を果たし、時価総額がいきなり10兆円と評価されたことも話題になりました。創業からわずか12年でこれほどの急成長、経営学的にはどう説明がつくのでしょうか?
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エアビー上場、いきなり時価総額10兆円に
こんにちは、入山章栄です。
2020年12月の話になりますが、民泊仲介サービスのAirbnbが上場するやいなや、巨額の時価総額を記録したニュースが話題になりました。
BIJ編集部・常盤
Airbnbがついに上場を果たして、時価総額がなんと約1000億ドル(10兆4400億円)になったそうです。2008年の創業からわずか12年で、しかもコロナの打撃をかなり受けているはずなのに、そこからのIPOというのは予想外でした。
Airbnbといえばシェアリングエコノミーの筆頭格ですが、入山先生はこのニュースをどうご覧になりましたか?
Airbnb、日本でも「エアビー」と略されるほど有名ですよね。
エアビーの共同創業者のブライアン・チェスキーとジョー・ゲビアは、家賃を捻出するために自分たちの部屋のロフトを旅行者に貸した経験から、ホテル代わりに部屋を貸したい人と借りたい人を仲介するサービスを発想したと言われています。
最初は「知らない人の家に泊まるなんて」と抵抗を示す人も多かったけれど、「まるで現地で暮らしているような体験ができるのが面白い」とか「ホテルに比べて料金が安い」ということで世界中に広まりました。
貧しい美大生にすぎなかった若者たちの小さなビジネスが、12年で10兆円になるというのは、やはりすごいことだと思います。この10兆円という額がまたすごいですよね。日本ではスタートアップ企業がマザーズなどに上場しても、時価総額はだいたい300億〜500億円程度。せいぜい1000億円に手が届くかどうかです。日本が300億円だとすると、同じ「上場」でも、アメリカのほうが300倍ぐらい規模が大きい。
Airbnb共同創業者の3人。(左から)ジョー・ゲビア、ネイサン・ブレチャージク、ブライアン・チェスキー。
Mike Windle / Getty Images
実はアメリカでは上場が非常にしづらくなっていて、スタートアップはほとんど上場できません。成功したベンチャーは「エグジット」といって、大企業に買収されることのほうが圧倒的に多い。
買収といっても悪いことではなくて、買収されることでベンチャー経営者は巨万の富を得ますし、それがひとつのエコシステムになっているのです。逆に、最終的にIPOを選択肢にできるほど独立性を保って生き残れるベンチャーは、非常に限られる。だからこそエアビーには10兆円という高値がついたのでしょう。
とはいえ、今のアメリカの株式市場には過熱感があるので、この「10兆円」という評価が本当に適切かどうかはまだ誰にも分かりません。ただし、エアビーに代表されるシェアリングエコノミーが、これから社会を牽引する一つの力になることは確かでしょう。
「ネットワーク外部性」があるから首位を独走できる
このシェアリングエコノミーを理解するために一番重要な理論メカニズムは、「ネットワーク外部性」と呼ばれるものです。
ネットワーク外部性とは、そのサービスや製品を多くのユーザーが使えば使うほど、その製品やサービスを使うありがたみや価値、お得感が高まるというものです(詳しい説明はこの連載の第26回を参照してください)。
分かりやすい例がSNSです。例えば我々はFacebookを使っているでしょう。なぜFacebookを使うかというと理由は簡単で、「みんなが使っているから」です。もしかしたらFacebook以外にも使い勝手のよいSNSはあるかもしれないけれど、でも大勢の人とつながるためのサービスなのだから、利用者が多いFacebookが選ばれる。
それで多くの人がFacebookを使うようになって、それを見たさらに多くの人が使うようになって……というように、臨界点を超えると雪だるま式に利用者が増えていく。こうなると勢いが止まらなくなり、いつの間にか市場を独占してしまう、というのがネットワーク外部性です。
これが、UberなどのシェアリングエコノミーやFacebookなどのプラットフォーム企業で、1社だけが一人勝ちをする仕組みです。
エアビーもまったく同じで、利用者が増えれば増えるほど、部屋の貸し手も借り手も選択肢が増える。双方にメリットがあるので、これを「ダブルサイドネットワーク効果」とか、「2プラットフォームネットワーク効果」と言います。潜在的な顧客と貸し手の両方が増えれば増えるほど、好循環で回っていく仕組みです。だからこそ、エアビーの時価総額も高くなるのです。
BIJ編集部・常盤
ネットワーク外部性が働くと、 トップとそれ以外の企業との差は開く一方ですよね。 ということは、エアビーもいずれ グーグルやフェイスブックのように 独禁法違反に問われる可能性が 出てくるのでしょうか。
そうですね。今すぐではありませんが、長い目で見ると独禁法に問われる可能性はゼロではないと思います。
ワクチンが普及してコロナが終息すれば、人々はまた旅行をするようになる。そうしたらエアビーはネットワーク外部性によってますます成長していき、世界中の人に利用されるようになるとみんなが予想している。だからこそ10兆円の値がつくわけです。
でもそれは常盤さんがおっしゃるように独占状態に近づいていくということなので、どこかでユーザーや消費者の利益を損ねるようなことが起きるのであれば、当局から問題視される可能性はゼロではない。
実際、今のエアビーは(コロナ後はどうか分かりませんが)、コロナの流行前は宿泊料金が意外と上がっていました。昔のエアビーは「安い民泊」というイメージだったのが、今はホテル並みの金額のところも出てきています。
エアビーは価格を操作しているわけではないけれど、もし今後、エアビーが消費者の利益を損ねるようなことをやったり、あるいは司法当局がそう判断すれば、「会社を分割しなさい」と命じられたりする可能性はゼロではない。これはプラットフォームの宿命だと思います。
古くはマイクロソフトも一時期、分割案がありました。マイクソフトのWindowsが爆発的に普及したのも、「みんながWindowsを使っているから、自分もファイル交換がしやすいようにWindowsを使おう」というネットワーク外部性によるものです。
マイクロソフトに対する反トラスト法訴訟で、米連邦地方裁判所は2000年、同社を2社に分割するという是正命令を下した(米司法省は2001年9月にマイクロソフトの分割を断念)。
REUTERS
それをマイクロソフトが意図したかどうかは別として、「この特定のアプリケーションをみんなが強制的に使わなければいけない」という状況になると、独禁法に違反しているとみなされやすくなる。繰り返しですが、エアビーもそうなる可能性はゼロではない。
ちなみに僕は偉そうに語っていますが、エアビーを利用したことは1回もありません(笑)。でも利用した人の話を聞く限りでは、「郊外の別荘を利用したとき、その別荘のオーナーと夜、酒を飲みながら語り合ったのがいい思い出になった」というように、特別な体験ができる魅力もある。
しかし先ほども言ったように、エアビーの宿泊料は徐々に上がってきているので、そういう魅力をうまく売っていかないと、ホテルと大差ないサービスになってしまうかもしれません。
いずれにせよまだ誕生して間もないサービスなので、今後どのように変わっていくのか、ぜひ注目したいと思います。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集:常盤亜由子、音声編集:イー・サムソン)
※お題への回答はこちらからどうぞ!
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。