キッズライン経沢香保子社長。写真は、2020年9月のインタビュー時のもの。
撮影:岡田清孝
ベビーシッターのマッチングプラットフォームのキッズラインで、4年半以上にわたり、児童福祉法上シッター個人に義務付けられている、都道府県等への届出を確認しないまま、届出対象年齢である7歳未満のシッティングをマッチングしていたことが明らかになった。
同社によると、1月13日時点で確認できているだけで、50人弱が本来必要な届出を未提出であったにもかかわらずシッターとして登録。約750人が現在も提出したかどうか未確認の状態だという( キッズラインによると現在は、届出未提出者分および未確認者について、届出が必要な7歳未満の預かりができないようになっている )。
キッズラインの経沢香保子社長は、届出の未確認が判明したことについて、筆者の取材に対し「コンプライアンスを社風として第一とするという私自身の認識が甘く、結果としてコンプライアンス第一ではなかった。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」とコメントした。
自治体からの問い合わせで判明の「届出なし」
児童福祉法の改正によって、2016年4月から、1日に1人以上(それ以前は6人以上)児童を預かるベビーシッター事業者も、児童福祉法上の認可外保育施設として届出の対象になった。
キッズラインでもプラットフォーム登録時にシッターに対して、自治体への届出書類の記入を促してきた。
ところが、2016年4月から2020年8月までキッズラインは登録シッターに対し、記入した書類をアップロードすることは求めていたものの、「提出しておいてください」と呼びかけるのみで、実際に自治体に受理されたかどうかは確認してこなかった。
経沢社長はオンラインを通じて行った取材に対し、背景をこう説明する。
「言い訳になってしまうかもしれませんが、制度ができた当時は自治体により様式も異なり、受領印等がない場合もあったので、均一の対応が難しかった。記入済みの画像のアップロードをもって登録ということにしていました」
キッズラインでは2020年4月と6月に、登録していたシッター2名が預かり中の子どもへのわいせつで逮捕されている。
これらの事件を引き起こしたことについて経沢社長は、8月7日に自社ホームページでお詫び文を出している。
その中でシッターの自治体への届出については「弊社登録のサポーター(編集部注:シッター)全員が、訪問型保育者として、都道府県自治体への登録をしている」としていた。
「社長より一連のお詫びと、安全対策、今後について」と題され、8月に出されたお詫び文。
出典:キッズライン公式ホームページ
しかし8月13日、自治体からの指摘により、設置届を提出していないにも関わらずキッズラインに登録されているシッターがいることが判明したという。
サイト上や自治体への電話などで、名前から届出が確認できるケースについては、キッズライン社内で翌9月から調査。その結果、約4500人中約3500人については受理されているとの確認が取れた。
残り1000人程度については外部からは確認が取れず、12月上旬に該当シッターに対し、12月31日までに受領印のある書類などをキッズラインのサイト、またはアプリ上でアップロードするよびかけたという。
年末に突然「ただちに停止、予約はキャンセル」
年末の急な予約キャンセルで利用者はもちろん、シッターも困惑した。
撮影:今村拓馬
ところが12月21日ごろになって、社内で「現在の状態は法令違反にあたるのではないか」との認識が浮上。
25日に補助金事業の所轄官庁である内閣府と厚生労働省に報告をしたところ「直ちに受領の確認できる書類を出してもらい、現時点で未確認のシッターによる、該当年齢(7歳未満)の預かりは停止。すでに入っている予約もキャンセルするように」との指導を受けたという。
当初12月31日までに対応するように言われていたシッターやそのシッターを予約していた家庭は、翌日からのキッズラインによる「キャンセル」に困惑。
2020年春以来キッズライン報道を続けていた筆者にもシッター側から
「12月31日までに対応する予定で動いていたら、金曜(12月25日)深夜に急に翌日以降の予定がキャンセルされた」
「あわてて東京都に電話をしたら『居宅訪問型保育事業の受理届が……』とまでしか言っていないのに『キッズラインですね』とあきれられました」
などの相談が複数寄せられた。
キッズラインは2020年12月28日に自社ホームページ上に、自治体へのシッター届出が未確認状態であったことについてのお知らせを掲載。
実際にキャンセルを受けた約200家庭には補填として、次回以降のキッズライン利用時に使えるポイントを支給した。
シッター側からは一部「家庭側には謝罪していたが、シッターへの説明や謝罪は足りないのでは。キッズラインの運営を支えているシッターを守る姿勢も示してほしい」との声も上がっている。
シッター届け出が未確認状態であった事態とその対応をホームページ上で説明。
出典:キッズライン公式ホームページ
たび重なる不祥事、原因は
自治体の届け出を「出せていない人もいるのではという懸念はあった」と広報は話す。
出典:キッズライン公式ホームページ
キッズラインをめぐっては、2020年4月に1件目のわいせつ容疑での逮捕者が出て「再発防止策を実施しました」と発表したものの、周知が不十分である間に2件目の被害が発生。
再発防止策としていた緊急電話が、つながらなかったなどの課題が明らかになった経緯がある。
今回の自治体の届出についても「本当に提出したのかどうか、我々としても不安なところはあり、(シッターが)引っ越した場合に(自治体に届出を)提出する必要があったが、そこまで覚えているのか。出せていないという人もいるのではないか。懸念は2020年7月ごろからあった」(キッズライン広報担当)という。
にもかかわらず、8月7日のお詫び文ではそれには触れず、 届出状況の調査などは外部から指摘を受けるまで対処してこなかった。
このことについて経沢社長はこう語った。
「私達自身が、最後まで確認するという意識を持てなかったことが最大の問題で、そのような社風を作れなかった責任が私にあると思っています。コンプライアンスを第一にするという認識が甘かった」
「では何を第一にしてきたのか」という質問に対しては
「困った人を助けたいという気持ちでサポーターさんが働きやすく、お客様がご利用しやすいサービスをと思ってやってきたが、それは当たり前のことで、コンプライアンスを守った上でするべきことだった」
と、涙を浮かべるシーンもあった。
今後、法律専門家の補助を受けて関連業務にかかわる法律問題の洗い出しや法律・保育についての社員研修などを実施するという。
内閣府、補助金返還求める可能性
厚生労働省は「利用者にもシッターにもリスクがある」と危機感を露わに。
撮影:今村拓馬
厚生労働省の担当者は、今回のキッズラインの届出未提出問題について、次のように指摘する。
「事業開始後1カ月以内に届出をせずに預かりをしていた場合、当該シッターは児童福祉上の法令違反に当たる。また厚労省として定めているガイドラインでも、届出をした人をマッチングするよう定めているので、キッズラインの行動はガイドラインに適合していない」(厚労省少子化総合対策室)
2016年4月に法律が適用されてから4年半以上にわたって、政府が設定しているガイドラインの遵守ができていない状態のまま運営を続けていたキッズライン。にもかかわらず、内閣府や自治体の補助金対象になってきた。
内閣府子ども・子育て本部の担当者は、次のように見解を示した 。
「 補助金事業としての認定申請時に、1カ月以内までの届出を求めているが、(キッズラインには)その届出がなされたかどうかが確認できない人がいるということだった。
現在、事実関係を確認するための報告書を提出してもらったところで、まずはその内容を精査した上で、必要な場合は再発防止策や改善策を求めていく 」
また今回の取材で、実際に少なくとも約50人が未提出のままシッターをしていたことが明らかになった。
この50人に対して内閣府の補助金が使われていた場合、補助事業の要綱に違反していることになる。キッズラインは、補助金の返還を求められる可能性がある。
問われる「補助金事業」の意味
内閣府はキッズラインでわいせつ事件が起こった後も、補助金対象としての認定の一時停止や取り消しをしてこなかった。
認定取り消しなどの措置が取られれば「安価にベビーシッターを使える」というメリットを失うのは、一義的には利用者だ。たしかに、今や業界大手のキッズラインに対する措置に、慎重にならざるをえない側面はあるだろう。
しかしそもそも補助金事業に対して、個人のベビーシッターは申請ができず、マッチング型事業者が認定をされているのは、事業者が審査等を経て安全性を担保しているとみなされているからではなかったのか。
以前の記事でキッズラインのずさんな選考プロセスや虚偽レビューを含む、評価システムの問題も指摘してきたが、簡易的なプロセスにしてきたからこそ4500人のシッターを抱えるまで成長してきたとも言える。
そうして実現してきた規模を理由に、認定の一時停止や取り消しができないのであれば、補助金事業自体が砂上の楼閣だったということではないか。
届出義務化は自己申告の「ザル状態」
今回のキッズラインの届出未確認問題により、シッターによる届出の義務化は、ザル状態であったことが明るみに出たと言える。
厚労省少子化総合対策室の担当者はこう話す。
「マッチングサイトに対しては(自治体へのシッター届出について)法令上の義務は課せられていないとはいえ、利用者にもリスクがある。今後実効性をどのように持たせられるか議論していきたい」
結局、キッズラインに限らずマッチング型シッターは、法的責任を逃れながら補助金対象になっており、利益は派遣業者並みに享受できるという「おいしいところ取り」だ。
それに対して行政が介入できる、論理や手法の見直しが必要ということではないだろうか。
政府は2021年度の「新子育て安心プラン」で子育て支援策としてベビーシッターの活用も政策で促す方針だ。 保育施設などの質も同じように大事だが、シッターはとりわけ密室になりやすい状態で、子どもの命がかかっている。
玉石混交のものを、国のお墨付きがあるように見せて提供し続けるべきではなく、長い目で見て質的担保ができたシッターを安価に利用できるようにする、制度設計と行政の対応を求めたい。
(文・中野円佳)