佐伯真唯子(さえき・まゆこ):ヴィエリス代表取締役CEO。大学卒業後、会社員としてキャリアをスタートしたものの、より女性が活躍できる場を求めて美容専門学校へ。エステティシャンとして働いたのちの2013年、ヴィエリスに創業メンバーとして入社。19年3月から現職。同社が運営する全身脱毛サロン「KIREIMO(キレイモ)」は全国で70店舗を展開。10〜20代の女性から多くの支持を集めている。Twitter:https://twitter.com/mayuko_saeki
十分な能力があるのに自信が持てない。難しい仕事を「私には無理」と断ってしまう。より責任のある仕事を任されると尻込みしてしまう……。こうした振る舞いは「向上心が足りない」「やる気がない」と見なされがちだ。しかし、これこそがミシェル・オバマやエマ・ワトソン、シェリル・サンドバーグですら陥ったことがある「インポスター症候群」の傾向だという。インポスター症候群は、比較的若い女性に多く見られる傾向が知られている。
インポスター症候群に悩むのは、本人だけではない。その上司や、所属企業にとっても解決すべき課題だ。インポスター症候群に、企業はどう向き合うのか。
スタッフの98%が女性であり、女性の活躍が必要不可欠なエステ企業の経営の中で、この「インポスター症候群」に積極的に取り組んでいるヴィエリスの代表取締役CEOの佐伯真唯子氏に話を聞いた。
実力のあるスタッフが、昇進を辞退するのはなぜ?
国連本部で開催された「SDGs推進会議」に出席した佐伯氏。2018年と2019年の2年連続で「ジェンダー平等」をテーマにスピーチした。
提供:ヴィエリス
「インポスター症候群」は、このところ目にする機会が増えている言葉の一つだ。「詐欺師症候群」と直訳されることもあるが、実力があり成果をあげているにもかかわらず、「本当の自分にはこんな実力はない」「能力がないことが露見したらどうしよう」と、充実感を覚えるどころか落ち込んで尻込みをしてしまう心理的傾向のことをいう。
佐伯氏は数年前から、日頃から接する機会の多いマネジャー以上のスタッフとのコミュニケーションの中で、違和感を抱くようになっていたという。
「十分に評価されて昇格したスタッフから、思いがけず『私でいいのでしょうか』『やっぱり私には無理』『辞めたい』といった相談をもちかけられたことが何度か繰り返されたのです。経営陣としては頼りにしているし、周囲も『あなただからこそやってほしい』と言っているのに『できない』という。自分が信じられないんですね」(佐伯氏)
能力のあるスタッフには思い切り活躍してほしい。しかし、自信を持てないリーダーでは現場の士気にも影響してしまう。この問題は佐伯さんを悩ませた。
そんな時、ヴィエリスが長らく携わっている東京ガールズコレクション(TGC)を通じて国連と関わりを持つようになった佐伯さんは、国連永久大使のアンワルル・K.チャウドリー氏と出会う。チャウドリー氏は女性問題の第一人者ともいわれる人物。相談してみると「それはインポスター症候群だよ」と教えられた。
98%が女性の職場での、重大な問題
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インポスター症候群に陥る人には、どのような傾向があるのか。
「インポスター症候群になる人の7割は女性だといわれています」(佐伯さん)
実は、女性の中でも「成功者」と認識されているミシェル・オバマやエマ・ワトソン、シェリル・サンドバーグといった人々ですら「かつてインポスター症候群に陥ったことがある」と告白している。女性のインポスター症候群に陥る女性の多さは、日本でも深刻だと佐伯氏は話す。
「日本の女性は長く『大和なでしこ』的美徳を求められてきました。地方ではなおさらです。土地によってはいまだに『既婚女性が外で働くことは夫の恥』だと考えるところもあって、日本は女性が前に出るということでは、世界から取り残されているようなところがあります。それが、日本の女性の意識に影響しているのではないでしょうか」(佐伯氏)
▼ヴィエリスが社員向けに実施している「インポスター症候群」のチェックリスト
- 試験や仕事などで、始める前は自信がなくてもやってみるとうまくいったことがある
- 自分を実際よりも優秀に見せることができる
- 人を評価したり人から評価されたりするのをできるだけ避ける
- 褒められたり評価されると「期待に答え続けられないんじゃないか」と不安になってしまう
- 今の役職についたり、これまで成功してこれたのは、タイミングや機会や、出会った人たちが良かったからだ
- 自分の大切な人たちから、能力がないことを見抜かれるんじゃないかと不安になる
- 充分頑張った時のことよりも、頑張れなかった時のことをよく覚えている
- 仕事やプロジェクトをやりたいと思ってやることはめったにない
- 仕事などで今までに出した良い結果は、なにかの間違いのせいなのではと時々思う
- 自分の知性や成果を褒められても素直に受け止めることができない
- これまでの成功は、運が良かっただけなんじゃないかと時々思う
- 今の自分の状態はがっかりするくらい不満だし、もっともっと成果を出さないといけないと思う
- 自分の知識や能力が足りていないことがバレるんじゃないかと時々不安になる
- 普段は上手くいっていても、なにか新しい仕事や任務を任せられたら失敗するんじゃないかと不安になる
- なにか上手くいって褒められても、再度同じことができるかは自信がない
- 結果を出してものすごく褒められたとしても、自分がすごいことをしたとはなかなか思えない
- 人と比べて自分が劣っているように思う
- 周囲から期待されてもそれに応えられないんじゃないかと不安になる
- 昇進や表彰の話があっても、それが確定するまで人に言いたくない
- ベストコンディションに近い状態でなかった時は、結果的に上手くいったとしても落ち込んでしまう
ヴィエリスのスタッフ1300人中98%は女性。それだけに佐伯氏にとってインポスター症候群は、とても看過できない重大な問題だった。
インポスター症候群を知った佐伯氏は、すぐに行動を起こした。まず、マネージャークラスを対象とした毎月の定例ミーティングで、折に触れて心理カウンセラーを招いてインポスター症候群について話をしてもらう機会を持つようにした。社内全体で半年に1回、チェックリストを通じたアンケート調査を行い、インポスター症候群の兆候が見られるスタッフを洗い出し、定期面談などでケアに取り組んだ。また心理的安全性を保てる場で、スタッフ同士が普段はなかなかできない本音トークを展開できる機会を作った。
「こうした取り組みを通して『知る』ということはとても大切だと痛感しました。インポスター症候群の人は弱音を吐けない傾向が強く、それが事態を悪化させる一因にもなります。でも、みんなが『インポスター症候群』という言葉と概念を知ったことで、スタッフ同士で『いまちょっとインポスター気味なんだよね』なんて言葉が交わされることも増えてきました。自分の置かれた状況を客観視して言葉にすることで、『なんで自分はそんな風に考えるんだろう』と自己分析することにもつながり、それぞれが気持ちを切り替える方法を模索するようになっていくのです」(佐伯氏)
こうした取り組みを続ける中で、スタッフが自らを過小評価するような言葉を聞くことは次第に減っていったと佐伯氏は話す。
「私はこうしたい」という提案が増えた
インポスター症候群対策の効果を実感している佐伯氏だが、現状で十分だと思っているわけではない。
「インポスター症候群についての知識など、社内ではかなり浸透してきましたが、それでもまだマネージャーレベルまで。これから社内全体、特に今は現場にいる『これから』を担う人材にも浸透させていきたいと考えています」(佐伯氏)
最近は、以前なら「どうしたらいいですか?」と尋ねられていたような場面で、「私はこうしたい」と提案されることが増えたという。「否定されたらどうしよう」というループにはまるのではなく、「10言って1通ればいいや」という軽やかさがスタッフの間で定着しつつあると、佐伯さんは感じている。
「提案は大歓迎なんです。現場でしか分からない提案は貴重です。それがあってこそ、よりよいビジネスの可能性が広がるのですから」(佐伯氏)
パワーアップしたスタッフたちを見るにつけ思うのは、社内はもちろん、社会のより多くの人にインポスター症候群について知ってほしいということだ。
「企業でマネジメントをされる男性にも、ぜひ知ってもらいたいですね。きっと部下の女性に対するマネジメントの仕方が変わってくるはずです」(佐伯氏)
ちなみに、インポスター症候群の7割は女性と言われているが、それはつまるところ、男性もこの症状に陥ることがあるということ。
「男性は強くあれ、弱音を吐くなと育てられますから、女性以上に表面化していないだけかもしれません。部下のマネジメントという意味だけでなく、インポスター症候群のことを知っていれば、だれもがもっと楽な気持ちで働けるようになるのではないでしょうか」(佐伯氏)
これまでヴィエリスのスタッフを対象にインポスター症候群対策に取り組んできた佐伯氏だが、企業の枠を超えた活動に広げたいと意欲を燃やしている。