TeaRoom代表取締役社長の岩本涼さん(23)。裏千家の茶道歴14年目にして、宗名(極意を皆伝された茶人に付ける名前)を授けられた茶道家でもある。
撮影:今村拓馬
不安なニュースが続く中でも、意思を持って新たな時代を切り拓くミレニアル世代のビジョナリーたち。「サステナビリティビジネス」「テクノロジー×ビジネス」「カルチャー×ビジネス」「ダイバーシティ&インクルージョン」の4分野の挑戦者に、その思いを聞く。
第5回は、TeaRoom代表取締役社長であり茶道家の、岩本涼さん(23)。
スタートアップ界隈で、密かにネットワークを広げている「お茶」ベンチャーがある。率いるのは、Z世代(1996年以降に生まれた世代)経営者の岩本涼さんだ。
レシート買取アプリで知られるスタートアップ「WED」の“茶頭(豊臣秀吉に仕えていた千利休の役職名)”に、元・ぼくのりりっくのぼうよみこと「たなか」さんがプロデュースする焼き芋「たなかいも。」とペアリングしたお茶。
さらには “吸うお茶”を提供している「OCHILL」との協業から、ウイスキー樽で熟成させた紅茶「ノンアルコールティー」のプロデュースまで、その活動のユニークさに注目が集まっている。
元・ぼくのりりっくのぼうよみこと「たなか」さんとは、焼き芋とお茶をペアリング。
動画:たなかです
1月上旬、岩本さんが社長を務めるTeaRoomのオフィスを訪れると、まず目に付いたのは小さなキッチンスペースにきれいに並べられた、一揃えの茶器だった。その場でお湯が沸かされ、自然とお茶とお茶菓子を勧められる。
てきぱきと手際よくお茶の準備をしながら、岩本さんは笑う。
「僕、無意識のうちにお茶を淹れちゃうんです。だからインタビュー中も気にしないでくださいね」
マクドナルドの絨毯も掛け軸になる
「茶の湯」の思想をスタートアップ業界に持ち込む岩本さんは、実は茶道の家元の出身でも、両親がお茶の先生というわけでもない。お茶との出合いは9歳の時、たまたまテレビドラマで俳優の東山紀之さんが 和服を着ている姿を見たことだ。
習っていた極真空手は黒帯の腕前で、もともと武道には親しんでいた。すぐにお茶の世界の虜(とりこ)になり、そこから14年、茶の湯のある生活は岩本さんにとって当たり前のものになった。2020年には、裏千家から宗名(茶の湯で、極意を皆伝された茶人に付ける名前)を授けられた。
2016年の早稲田大学在学中には、アメリカ・コロラド州の大学に留学する。そこで、日本企業が日本文化を海外の人に伝える時のやり方に、どこか違和感を感じたという。
「(武道や侍などの歴史や文化を)これは素晴らしいものだから君たちも習いなさい、と、どこか押し付けているような感じがしたんです」
けれど茶道は本来、もっと自由でクリエイティブなものだったはず。例えば、普段お茶の道具として使われていないものを、センスに合わせてお茶の場で使う「見立て」という文化がある。
だからアメリカでは、その場にあるものを茶道具として柔軟に取り入れた。 お点前で炭を掃(は)くために使う羽箒(はぼうき)には、ネイティブアメリカンの羽飾りを。お香を入れる香合という茶道具には、スヌーピーの置き物を。マクドナルドのロゴが描かれた敷物だって、お茶の場に持ち込めば掛け軸になる。
香合(お香の入れ物)として使われた、スヌーピーの家の置き物。
画像:取材者提供
「それで十分、茶の湯の精神は体現できるんです。掛け軸にしたマックの絨毯だって、資本主義に対するなんらかのテーゼだという“見立て”ができるじゃないですか?」
なぜアメリカで3500円の茶筅が売れたのか
留学中にはもう一つ、岩本さんを起業の道へと誘った原体験がある。お茶の活動を通じて知り合った商社から、茶筅(ちゃせん)を仕入れて現地企業に自ら営業して売ったのだ。
意識したことは「機能性を満たした上で、思想をかけ合わせて伝える」こと。なぜ、安価な海外産のプラスチック製の茶筅ではなく、3500円もする竹製の茶筅を買うべきなのか?
岩本さんはこう説明する。 茶室では、もてなす相手と向き合うのはもちろんのこと、自然や物とも向き合うことが求められる。その過程で「相手の口に触れる茶器には有機物を使う」ことで、相手への配慮をしつつ、もてなしという行為自体も自然への配慮と循環の一部となるように設計されている —— 。
「この竹製の茶筅を選ぶことによって、自分も生命の循環の中で生きているという意志を示せる。その思想に価値を見出しますか?と説明すると、アメリカでもみんな納得してこっちを買うんです」
そういった販売手法は、今では「D2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー、ブランドが自ら顧客とつながり、思想を伝えながらオンラインで商品を売る方法)」と呼ばれている。「当時からそれを先取りしていたのかもしれません」と岩本さんは笑う。
アフタヌーンティーのような「茶の湯」
TeaRoomが事業承継を決めた静岡の茶畑の様子。TeaRoom共同創業者らが静岡に移住し、現在はお茶の生産を担っている。
動画:お茶とバロンと古民家と
茶の湯に大きな可能性を感じながら、帰国後に日本茶業界を改めて見てみると、その課題の大きさに岩本さんは驚く。
後継者不足に喘ぎ、離農が止まらない茶葉生産者たち。その根底には、大手飲料メーカーが作るペットボトル入り緑茶への供給が茶葉の生産の大半を占めており、他の消費の選択肢がそもそも少ないという事実があった。
ペットボトル入り緑茶ではない「お茶」の飲み方はないのだろうか?
留学を通じて手応えを感じていたのは、イギリスのアフタヌーンティーや北欧のフィーカのような「喫茶文化」に、茶の湯という日本の思想を取り込めないかということだった。
お茶の生産から消費まで、一気通貫でビジネスモデルを変えていけば、お茶産業が抱えている課題も同時に解決できるはず。そう感じ、新卒での就活をやめた。
「お茶で対立のない社会を作る」を理念に掲げたTeaRoom社を創業した。
TeaRoomのビジネスモデル。生産から消費まで一気通貫で担うことで、中抜きコストを省いた。
出典:TeaRoom
初めに取り組んだのは、静岡にある経営破綻した日本茶工場の事業を受け継ぐことだった。知り合いのお茶商社の紹介で工場を丸ごと承継し、翌年からは「春に新茶が2トンくらいできる状態になった」。
そのお茶を売るために、自らお茶ブランドを作って企業に売り込んだり、ECでの販売もスタートした。
「ウイスキー樽茶」で東急ハンズとも業務提携
中でもヒットしたのが、様々なシーンでお茶の新たな可能性を打ち出した「お茶のプロデュース事業」だ。マインドフルネスや禅ブームの影響でビジネスの場でのお茶の需要はそもそも高く、口コミを通じて提携の話は続々と舞い込んだ。
商品化を手がけた、ウイスキーやジンなどの「日本茶アルコール飲料」。
渋谷スクランブルスクエアではカフェとコラボし「お茶のサブスクサービス」を展開。蒸留所とコラボし、日本茶クラフトジンを商品化したことも。ウイスキー樽で熟成させた「ノンアルコール紅茶」は、東急ハンズとの業務連携による販売も決まった。プロデュース事業を通じて、日本茶の卸事業も拡大していった。
「競合は市場に供給する過程で、様々な中間業者によって価格が釣り上がっていた。僕たちは茶畑から関わり、単価がゼロ円の段階から生産に携われる。だから明らかにクオリティ高く、単価の安いお茶を提供することができたんです」
こんまりが示した「道」の可能性
そもそもアメリカ留学での体験が大きなきっかけになった「TeaRoom」だが、海外進出を考えているか?との問いかけには、岩本さんは意外にも首を振る。
「日本から海外に輸出するという感覚はあまりなくて、 求められるものを提供していけば海外にも自然と広まっていくと考えています。Z世代ってそもそも、NetflixやYouTubeを当たり前に観ているから、全世界、共通の話題を見つけることができる。そもそも国という概念が少しずつ崩れてきていると思います」
その上で「ときめき片付け」で一世を風靡した「こんまりメソッド」が示したように、茶道を含めた日本文化の「道」という思想は今、世界から求められているのではないか、とその展望を岩本さんは語る。
「VUCA(先行きが見えず不安定であること)の時代、人生に正解はないとよく言われます。けれど、人として最低限のあり方には正解があるはず。愛や友情が大切であることや、他人には敬意をもって接すること……。そのあり方を、日本では旧来『道』という言葉で定義し、まとめてきたんです」
お茶のような日常的な活動を「道」という形で少しずつ習得させることは、日本が本来得意としてきたこと。喫茶という文化と、道の精神の掛け合わせには、まだまだ市場の拡張性がある —— 。
茶の湯文化で上場を目指す23歳の目線は、すでに国境を超えている。
※岩本涼さんは、注目の人物を表彰するBusiness Insider Japanのアワード「BEYOND MILLENNIALS 2021」ファイナリストにノミネートされています 。岩本さんが登壇するトークセッション「Z世代はこう考える。これからの教育、サステナビリティ、文化」視聴の登録はこちらから。
(文・西山里緒、撮影・今村拓馬)
岩本涼(いわもと・りょう):1997年生まれ、茶道家。裏千家での茶歴14年以上。サステナブルな生産体制や茶業界の構造的課題に向き合うべく、静岡大河内地域に日本茶工場を承継。2020年に農地所有適格法人THE CRAFT FARMを設立。同年、裏千家より茶名を拝命。岩本宗涼として一般社団法人お茶協会主催Tea Ambassadorコンテストにて日本代表/Mr.TEAに任命され、「茶の湯文化× 日本茶産業」の切り口で活動中。