- 2020年はセールスフォースにとって波乱の年だった。経営陣の入れ替えに加え、277億ドルという巨額でのSlack買収も発表した。
- では2021年のセールスフォースの見通しはどうか。専門家に聞いたところ、Slackとの統合に注力し、その額に見合う買収だったと証明する必要があるとの回答だった。
- また、業界特化型のクラウドの分野ではマイクロソフトやオラクルなどとの競争が激化するだろうと専門家は予測する。
セールスフォースにとって2020年は波乱の1年だった。
今も続くコロナ禍への対応だけでなく、役員にも大きな変化があった。共同CEOのキース・ブロックが2月に退職し、CFOのマーク・ホーキンスが退職する予定を12月に発表したが、その間に他に16人の役員が退職している。
また12月には、セールスフォースにとって最高額の277億ドルでSlackを買収した。「2025年に500億ドル」という新たな成長目標も発表した。これは1月31日に締まる今年度の売上予想の2倍以上だ。
2021年、こうした数々の変化をセールスフォースがどう吸収していくのか、また他にどんな課題があるのか。5人の専門家に聞いた。
Slack買収でSF株は「ペナルティボックス」へ
セールスフォースのSlack買収に対する評価はさまざまだ。今回の買収の戦略的な理由付けは多くのアナリストが理解するものの、買収額については疑問を呈する人もいる。
「ベニオフ率いるセールスフォースは素晴らしい買い手であり、企業価値を主に買収によって高めてきた企業だと思うが、今回については正しい買収だったのか見極めたいという人が多いのではないか」とベアード(Baird)のアナリストであるロブ・オリバーは分析する。
Slackの買収はその値段相応だった、方向性にも沿っていたと証明できるまでは、株価は“ペナルティボックス”に入れられることになるだろう、とオリバーは言う。
クレディ・スイスのアナリストであるブラッド・ゼルニックも同様の意見だ。「投資家はこの買収が戦略的に合っているかどうかを判断しようとしている」と言う。2019年6月に150億ドル超でタブロー(Tableau)を買収したばかりなのに、また大型買収を行ったことで懸念を持つ投資家もいると話す。
ただ、今回の買収は「とても強い組み合わせになる可能性はある」とゼルニックは分析する。2021年半ばまで買収は完了しないため、セールスフォースの2021年の業績には大きな影響はないと見ているものの、統合の兆候には注視していく、と言う。
セールスフォースは、2025年の売上目標500億ドルのうち、Slackの売上を40億ドル分見込んでいるが、コミュニケションツールであるSlackをそこまで成長させるのは大変なことだ。Slackが2019年に計上した売上は6億3040万ドルであり、買収前、2020年の売上予想は8億7000万〜8億7600万ドルとしていた。
アナリストらによると、Slackの売上を5年間で30億ドル以上増やすには、セールスフォースの顧客が同社の製品を使う際のコミュニケーションにはSlackを基本設定にするくらいに両社の製品を統合し、大企業への導入を急ピッチで進める必要があるだろう、と言う。
Slackのスチュワート・バターフィールドCEO(2019年1月、ニューヨーク証券取引所)
REUTERS/Brendan McDermid
業界特化型クラウドは公共部門向けに注力
専門家は、セールスフォースが医療、金融、官公庁、製造などの業界特化型ツールの売上を倍増させるだろうと予想している。業界特化型クラウドの戦略はまず元共同CEOのキース・ブロックが策定し、その後2020年2月にブロシティ(Vlocity)を13億ドルで買収したことで強化された。
ブロシティは、セールスフォースのプラットフォーム上で特定の業種に特化したシステムを構築し、セールスフォースの内製システムに追加機能を提供する。
「業界のDXや、セールスフォースが提供する業界の専門知識をプッシュしていくことが多くなるのではないか」とバロア(Valoir)のアナリスト、レベッカ・ウェッテマンは予想する。
業界特化型クラウドの拡大は、買収による成長とオーガニックな成長の組み合わせになるのでは、とセールスフォースのパートナー企業であるElements.Couldのイアン・ゴッツCEOは言う。
Slack規模の大型買収案件はしばらくないと思われるものの、業界ノウハウを獲得するための買収はあっても驚きではないだろう。
「Slackは中核のプラットフォームに関わることだが、新業種へ広げるための買収は基本的にプラットフォームの上に載せる構成の話であり、買収のタイプがまったく異なる」
特に公共部門はセールスフォースにとって「大きなビジネスチャンスがある」ことから引き続き狙っていくだろう、とクレディ・スイスのゼルニックは言う。ちなみに、セールスフォースが最近買収したコンサル企業アキュメン・ソリューションズ(Acumen Solutions)は、米国陸軍、国務省、国土安全保障省などを顧客に抱えている。
商務省長官に指名されスピーチするロードアイランド州知事ジーナ・レモンド(2021年1月撮影)。
Chip Somodevilla/Getty Images
また、ロードアイランド州知事ジーナ・レモンドはセールスフォースに近しいパートナーの一人だ。2020年4月、レモンドはパンデミック対応のためセールスフォースに支援を打診し、このときのレモンドの発案が元になって接触追跡およびワクチン管理ツール「Work.com」が生まれた。
今回、レモンドがバイデン大統領から商務省長官に指名されたことで、セールスフォースは政府首脳からの信用を得やすくなった。レモンドが課題解決のためにWork.comを使ったという実績は、今後官公庁にサービスを広げたいセールスフォースには追い風になるだろう、とアナリストは言う。
新経営陣を前面に
アナリストはセールスフォースの経営陣の変化も気にしており、新たな役員の仕事ぶりに注目している。2020年に退職した役員に加え、CFOのマーク・ホーキンスも1月末に退職し、元法務トップのエイミー・ウィーバーが後任となる。また1月初めにステファニー・ブシェミがCMOの職を離れ、役員のサラ・フランクリンが後任となる。
フランクリンは13年前にセールスフォースに入社し、最近は開発者とパートナーのエコシステム、プラットフォーム、またセールスフォースのオンライン学習システム「Trailhead」の統括を担当している。
現在、Trailheadには200万人以上のユーザーがいる。「Trailheadが大きな成功を収めているのは、フランクリンの貢献によるところが大きい」とバロアのウェッテマンは言う。
セールスフォースが今後顧客やパートナーにデジタルでリーチしていくうえでは、オンラインでコミュニティを築いたフランクリンの経験が重要になってくる。
「(コミュニティには)イベントが必要なのです。人は人に会える場を求めます。それにどう応えられるかが、2021年のセールスフォースのマーケティング課題の一つになると思います」とElements.Couldのゴッツは言う。
2021年は、前年8月にチーフ・レベニュー・オフィサーの役職に就いたギャビン・パターソンが通年で営業部門を担う初めての会計年度となる、とゼルニックは指摘する。パターソンが営業部門をどう率いていくのか、またホーキンスがいなくなった後の財務部門をウィーバーがどうリードしていくのかにも注目しているという。
また専門家は、ブレット・テイラーCOOの社内での影響力は今後も大きくなっていくだろうと見ている。Slackの買収を陰で主導したのはテイラーだと言われており、これはセールスフォースの全社ビジョンにおけるテイラーの重要性を示している。Slackとの統合にはテイラーが大きな役割を果たすことになるだろう。
マイクロソフトのサティア・ナデラCEO。
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対マイクロソフトの主戦場は顧客データ・プラットフォームに
アナリストは、マイクロソフト、オラクル、さらにより小規模なインフォマティカ(Informarica)などとの競争が激化すると見ている。また、セールスフォースのコアであるCRM事業には複数のスタートアップも挑んできている。
バロアのウェッテマンによれば、競争が激化する最重要分野としてはこの他に、顧客データ・プラットフォームのソフトウェアがあるという。
顧客データ・プラットフォームは、ソフトウェア企業がすべてのアプリケーションをつなげその間をスムーズに顧客情報が流れるようにするためのものだ。セールスフォースのアプローチは「カスタマー360」と呼ばれ、顧客寄りのソフトウェアからデータを収集し、それを他のアプリケーションにつなげる。
一方、マイクロソフトやオラクルは別途独立したデータ格納システムを構築し、そこに顧客情報を集め、それをさまざまなアプリケーションに接続するというアプローチだ。
どちらのアプローチのほうが効果的かは、このテクノロジーを使う顧客が増えることで見えてくる、とウェッテマンは話す。「進化のスピードが速い分野なので、今のところはどの企業がリーダーなのかまだ見えていません」
(翻訳・田原真梨子、編集・常盤亜由子)