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「テスラは自動車業界のiPhone。我々は自動車業界のアンドロイドを目指す」と、EVへの野心を公言してきた台湾の鴻海精密工業(フォックスコン)が2021年、立て続けに注目メーカーとの合弁会社設立を発表した。
テスラがゲームチェンジの大きなうねりを起こしたタイミングで、完成車開発・製造のノウハウを持たない異業種にプラットフォームや工場を提供し、同分野でも世界最大の受託製造メーカーになろうとしている。2020年末から話題になっている「アップルカー」の製造を請け負う可能性もあり、今後の動きが注目される。
事業停止のBYTONのホワイトナイトに
1 年前のCES2020で市販EV「M-Byte」を披露したBYTON。この半年後に資金ショートで事業を停止した。
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2021年1月4日、鴻海は南京市に本社を置く高級EVメーカー拜騰汽車(バイトン)との提携を発表した。2019年の量産化を目指しながら、資金ショートし頓挫したSUV車「M-Byte」の開発を再開し、2022年の量産化を目指す。
自動車業界で豊富な実績を持つ2人のドイツ人が2016年に創業し、南京市政府の全面支援を得たバイトンは、世界最大級の家電・技術見本市「CES」に2019年、2020年と出展、「テスラキラー」「中国のテスラ」とアピールしていた。2020年1月には丸紅と資本・業務提携を結び、日本でも注目されるようになった。
だが、実際にはその頃から経営危機に陥っており、同年7月に事業を停止した。バイトンは本社こそ中国にあったが、開発はほぼアメリカでしており、香港、シリコンバレー、ミュンヘンにもオフィスを開設。グローバルでの存在感が突出していた一方で、社内の対立は深く、資金調達も難航したと言われている。結果、蔚来汽車(NIO)、理想汽車、小鵬汽車の3社がアフター・コロナの追い風を味方にしたのとは対照的に、競争からふるい落とされてしまった。
ある中国メディアはバイトンが事業停止した後、「自動車に進出したいが、技術基盤が全くない他業種のメーカーに買収されるのが最善」と分析した。資金力のある鴻海はバイトンにとって、理想的なホワイトナイトに見える。
下請けからプラットフォーマーへ脱皮狙う
鴻海は2020年10月、EV向けプラットフォームを発表した。
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バイトンとの提携が事業救済なら、鴻海が1月11日に発表した浙江吉利控股集団との提携は、「強強連合」と言える。
吉利集団子会社の吉利汽車は、中国自動車市場が急成長した2000年代に台頭した「自主ブランドメーカー」の代表企業だ。同社は習近平国家主席とも関係が深いとされ、金融危機後の2010年には米フォード・モーターから高級車ブランド「ボルボ」(スウェーデン)を買収し、中国資本の力を世界に知らしめた。
発表によると、2社はEV製造と、EV技術のコンサルサービスを手がける合弁会社を設立する。鴻海と吉利集団の新会社への出資比率はそれぞれ50%。取締役は鴻海が董事長(会長)を含め3人、吉利が2人出す。
中でも注目されているのが、新会社は他メーカーの完成車の受託生産を行うと明言している点だ。
鴻海はこれまでも、自動車業界に触手を伸ばしてきた。テスラには2010年代から部品を供給し、2014年ごろには同社から完成車の製造を請け負うとの噂も浮上した。このころから鴻海創業者の郭台銘(テリー・ゴウ)氏は、「EVは必ず将来の潮流になる」と見ていた。
鴻海の動きは2020年以降、さらに活発化した。同年1月に欧州自動車大手フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)と合弁会社設立に向け交渉していると発表し、2月には台湾の裕隆汽車と合弁会社を設立した。さらに同年、EV用の車体プラットフォームやソフトウエアプラットフォームも発表。鴻海は、世界のEV市場が2025~2030年に年間3600万台規模に増えると見込み、2025〜2027年にはその10%のシェアを獲得する目標を掲げている。
鴻海はIT業界に大革命を起こしたiPhoneの組み立てを請け負い、世界最大のEMS企業へ成長した。自動車のEVシフトが進む中、製造と開発のプラットフォームを手がけることで下請けから脱却し、iPhoneの成功モデルをグレードアップしようとしている。
BYTONは実験台、吉利は工場の役割か
鴻海創業者の郭台銘氏と同氏から経営トップを引き継いだ劉揚偉董事長。自動車業界のアンドロイドを目指し、投資を加速させている。
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鴻海の動きと連動するかのように、情報が駆け巡っているのが、アップルのEV参入だ。ゼロベースからEVの量産化を実現したスタートアップが複数社現れ、メガIT進出の機は熟したと言える。
韓国の現代自動車は1月8日、自動運転のEVを巡る開発協力でアップルと協議中と発表したが、その日のうちに「アップル」の名前を削除した。すでに認知を得ている自動車メーカーがアップルカーを生産するのは、ブランド毀損のリスクがあり、「毒入りの聖杯」との指摘も出ているが、すでにiPhoneの生産を受託し、「受託製造」をブランドにしている鴻海なら、ブランド衝突の問題も生じにくい。
鴻海がアップルカーの製造も視野に自動車メーカーと提携を進めているなら、バイトンと吉利汽車はそれぞれどういった役割を果たすのか。
中国メディアは、自動車生産20年超のノウハウがあり、目標としているEVシフトがなかなか進まない吉利は「大量生産」を担い、バイトンは鴻海がノウハウを蓄積するための「実験台」と見ている。
バイトンはEVの生産許可証を2020年に取得し工場も持っているが、開発部隊はシリコンバレーに置かれ、創業者2人も退任したため、開発が途中で止まっているM-Byteの量産化や成功には懐疑的な見方が少なくない。2020年に新車を発売できていたなら、まだ戦い方はあったかもしれないが、来年だと中国市場は競争が激化するのは確実で、「鴻海×バイトン」のブランド力では戦いが難しいだろう。バイトンにとってはとりあえずホワイトナイトが見つかった形だが、「鴻海は本気で救済するつもりはない」との声も聞かれる。
鴻海としては、欧州の伝統メーカー、中台の自主ブランドメーカー、そして地方政府肝入りの新興EVメーカー、いずれの提携についても詳細や成果が見える段階にないが、幅広く網を張りながら世界で最初に受託生産モデルを確立しようとする野心は明らかだ。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。