前回、佐藤優先生に「自己投資は貯金とトレードオフの関係」と教えてもらったシマオ。若い頃は、お金はないけど時間はある。有り余る時間を自己投資につぎ込めば、将来は必ず明るくなるはずだ。シマオはそう思い、読みかけの本に手をのばすものの、スマホのアラートでなかなか集中ができない。そんなシマオに佐藤さんはある助言をする。
時間を奪うものは、すべて敵だと思え
シマオ:佐藤さん、若い時にすべきことを教えていただきありがとうございます。20代の後輩のために色々と聞いたはずだったのに、僕自身に響くことばかりで。自分の不甲斐なさも痛感します。
佐藤さん:20代であろうと、30代であろうと、人生は学ぶことばかりです。 むしろいろいろ分かったつもりで歳を重ねることが一番怖いと思いますよ。
シマオ:そう言ってもらえるのが救いです。
佐藤さん:シマオ君、もう一つ、私が若い人たちを見て感じたことがあります。それは時間の使い方を自分でコントロールできていないということです。シマオ君はSNSをやっていますか?
シマオ:はい。TwitterやInstagramは使っています。Facebookはメッセージ機能のメッセンジャーだけって感じです。それにLINEも。それぞれのアプリから通知がくるので、SNSはつねにどれか見ているって感じです。
佐藤さん:20代で捨てるべきことの最たるものがSNSです。とはいえ、連絡手段として使うこともあるでしょうから、それは良しとしましょう。自分で投稿したりSNS上でコミュニケーションをしたりするのは、時間の無駄ですから今すぐやめるべきです。
佐藤さんはSNSを一切使っていない。本質的なことを知る上で必要ないと判断したからだ。
シマオ:ええっ! SNSを見ているとあっという間に何時間も経っていることがありますが、それをすべて捨てるのは……。ちょっと想像できません。
佐藤さん:時間は希少財だということを肝に銘じておくことが大切です。SNSの中には有益な情報もあるかもしれません。しかし重要な1つに辿り着くために、無駄な99も付いてきてしまう。私は私の時間を持っていくものは全部敵だと思っています。
シマオ:敵……。とはいえ、最近はSNSで発信するのが仕事でも必要とされますよね。
佐藤さん:仕事上必要なものは、仕事のアカウントですることです。炎上の可能性などを考えると、個人のアカウントで発信は避けたほうがいいですし、SNSの書き込みは限られた時間の中で非効率的な行為だと思います。
シマオ:しかし、そこで友だちや社会の動向を知れたりします。
佐藤さん:そのために1日何時間費やしています? 食事の時、移動する時、寝る前。SNSのチェックに、ありとあらゆる自分のスキマ時間を侵食されていませんか?
シマオ:うっ。
佐藤さん:何度も言いますが、自分の時間を否応なしに奪うものは、すべて敵ですよ。若いうちこそ、人のことに興味を持つ前に、自分の興味を突き詰めてほしいと思います。
シマオ:確かに、SNSを見ているとつい時間が経ってしまっていて、後から無駄な時間を過ごしたな、って思うことがあります。
そういえば台湾のIT担当大臣、オードリー・タンさんは、タッチパネルのスクロール機能が依存症の危険を孕んでいることを理由に、スマホを使っていないそうです。SNSに過剰に注意を払わないよう、自分で制限をかけているって。
佐藤さん:テクノロジーは人間を助けるものです。テクノロジーによって、自由を奪われないようにいつも注意しなくてはなりません。
シマオ:分かりました。
佐藤さん:と言いましても、無駄がすべて駄目ということではありません。効率的に時間を使うということと矛盾するのですが、20代のうちは無駄に見えるよう仕事を数多くこなすことも大切なんです。
シマオ:無駄な仕事は、無駄な時間という訳ではない、ということですか?
佐藤さん:組織にはさまざまな雑用が付き物です。それらは確かに本来やるべき仕事ではないかもしれませんが、そういう雑用をきちんとこなす人ほど、先輩からの信頼を得られるようになります。
シマオ:でも、雑用ばかりやっていても仕事の実力は付かないんじゃないでしょうか。
佐藤さん:仕事というのは信用した人に任せるものです。若いうちは自分で仕事を取ってくることは難しいですから、上司や先輩の信頼を得ることが仕事を任されるために必要なことです。そして振られた仕事を断らないでやっているうちに、実力は必ずついてきます。結果的には自分に返ってくるんですよ。
シマオ:無駄と思っている仕事も巡り巡って、大きな仕事を任される土台になるということですね。
佐藤さん:そう考えて間違いありません。
若いうちに転職すべき?
シマオ:最近、若い人たちから相談を受けていて思ったのは、彼らは常に転職が選択肢に入っているんですよね。ジョブホッパーというか、辞めることに迷いがないように感じます。
佐藤さん:そのように考える人は増えていて、今は3割が入社3年以内に辞めると言われますね。
シマオ:若いうちに転職したほうが条件のいいところに行けますものね。
佐藤さん:そうですね。しかし私の意見では、その会社がブラックではない限り、少なくとも3年、できれば5年くらいは腰を据えて働くことをおすすめします。中学高校の部活と同じで、何事も一人前になるには最低3年は掛かりますよね。一人前になってから1、2年くらい働かなければ、何かが身に付いたとは言えないからです。
シマオ:では佐藤さんは、あまり多い転職はおすすめしないと。
佐藤さん:20代で誰が見ても分かるような結果を出している人は一握りでしょう。そうでなくて3年以内に辞めてしまうと、単に忍耐力のない人なのか、起業精神や独立心が高い人なのか、外形的には分からないんです。
シマオ:本当にやりたいことがあって、起業したいという人はどうでしょうか。
佐藤さん:もちろん本当に自信があって、技術力を持っているなら起業することが悪いとは言いません。創造的な仕事は、やはり大企業の中にいてはなかなかできませんから。ただ、正直スタートアップにとって、アメリカに比べると日本の市場は非常に厳しいのが現実です。
シマオ:なぜですか?
佐藤さん:一言でいえば、投資の規模が違うからです。アメリカでは100億円、1000億円単位の投資をするベンチャーキャピタルがたくさん存在します。それに対して日本は数千万、よくて数億円に過ぎません。それでは研究開発の分野でアメリカのスタートアップと戦うのは厳しいでしょう。
シマオ:スタートアップが育ちにくい環境ということか。
佐藤さん:大企業は、若い人たちが思っている以上に教育などがしっかりしています。反対にやりたいことが明確なら中小企業のほうがやりやすいでしょう。いずれにせよ、自分が何を望んでいるのかを明確にして、他の人の甘い言葉にうっかり乗らないようにすることが大切です。転職を重ねている人がスキルアップしている訳でもありませんし、同じ会社にずっといることで自信を喪失することもありません。
自分の強みを知るには、弱みに着目する逆転の発想を
シマオ:僕もそうだったんですけど、若いうちって自分だけができることが少ないので、なかなか自信が持てませんよね。自分の強みみたいなものが、もっとはっきりあったらいいのかな。
佐藤さん:仕事では比較優位の原則が成り立ちますから、他の人より優れているポイントを見つけることは大切ですね。もし、シマオ君が人よりも優位なところを見つけられないということだったら、逆転の発想をしてみるといいと思います。
シマオ:と言いますと?
佐藤さん:強みを見つけようとするのではなく、弱みを消すことです。自分が人と比べて優位なことは見つけにくいものですが、自分が苦手なことはすぐ分かりますよね?
シマオ:なるほど。僕は自己主張するのが、ちょっと苦手ですね。自信がないからかもしれませんが、ぽんぽん言いたいことを言える人が羨ましい。
佐藤さん:だとすれば、そういうことをやらなくてすむような仕事の方法を見つけて、それを伸ばしていくことです。自己主張が必要なプレイヤーと違って、マネージャー層は全体を把握し、時には自分を抑える力が必要です。シマオ君は人の気持ちにきちんと寄り添える性格なので、意外と管理職に向いているのかもしれません。
シマオ:そう言われると、方向が見えてくるような気がします!
佐藤さん:最初から強みが見つけられるのは、野球で言えば甲子園に出場して高卒でプロ野球のスタメンになるレベルです。ほとんどの社会人は、20代のうちはどんぐりの背比べみたいなもので、そこまで突出したスキルはないでしょう。ですから、まず弱いところを捨てることから始めてください。
シマオ:ここでも捨てることが必要なんですね。
佐藤さん:若くてやる気のある人ほど、全部やりたいと思いがちです。でも、それだと逆に全部中途半端になってしまう恐れがあるんです。
シマオ:自分の強みが分かって自信がつけば、転職にしても独立にしても、チャレンジすることに対し、迷いがなくなりますね。
佐藤さん:心配しなくても、20代のうちは会社や組織全体から見ればそこまで大きな仕事を任されることはないでしょう。若い人の失敗ひとつで傾くような会社は、むしろ危ないですよ。若い時は、怖がらずにどんどんチャレンジしてほしいですね。 ※連載「佐藤優さん、はたらく哲学を教えてください」一覧はこちらからどうぞ。
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。