「ゼロエミッション=電動車」は深刻な誤解。災害大国日本で「内燃機関からの脱却」が悪手といえる理由

上海 トヨタ MIRAI

トヨタ自動車が2020年10月に発表した燃料電池自動車(FCV)、新型「ミライ(MIRAI)」。中国・上海で開かれた国際輸入展でも注目を集めた。

REUTERS/Yilei Sun

政府が2050年までのゼロエミッション(=温暖化ガス排出量を実質ゼロ化)を打ち出してから、なぜかガソリン車の電気自動車(EV)への置き換えが、二酸化炭素(CO2)ゼロへの最有効策であるかのような雰囲気が生まれてきている

菅首相は2020年10月、「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」と語った。素晴らしいことだと思う。ヨーロッパや中国が環境技術を強化するなか、日本の強味である環境分野で、世界を再びリードしていけるギリギリのタイミングだった。

続いて12月には「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を発表。そのなかで以下のような目標を掲げ、電気自動車などの普及を強力に推進していくと宣言している。

「遅くとも2030年代半ばまでに、乗用車新車販売で電動車(※)100%を実現できるよう、包括的な措置を講じる。商用車についても、乗用車に準じて2021年夏までに検討を進める」

(※電動車は、電気自動車、燃料電池自動車、プラグインハイブリッド自動車、ハイブリッド自動車を含む)

こうした動きに対して、日本自動車工業会の豊田章男会長は2020年12月17日、記者会見でこんな発言をして大きな話題になった(以下は抜粋)。

「2050年カーボンニュートラルと言われるが、国家のエネルギー政策の大変化なしには達成は難しい。

日本の電源構成は、火力が約77%、再生エネルギーや原子力が23%。電力使用がピークに達する夏季には、日本の乗用車すべてをEV化した場合、電力不足に陥る計算だ。解消するには、(新設や増設の難しい)原子力でプラス10基、火力だとプラス20基の発電能力が必要。火力発電でCO2を大量に出してつくった電気でEVを維持し、ガソリン車をナシにするのでいいのか

EV化を進めるにしても、CO2を大量に排出する火力発電でつくった電気で動かすのでは意味がなく、電源を原子力や再生可能エネルギーにしないと(カーボンニュートラルという目標に対して)意味を持たないというわけだ。

また、豊田会長が指摘するように、電力不足に陥る可能性も見逃せない。

足もとの状況に目を向けると、年初来の寒波による電力需要の増加により、2021年1月12日にはどの電力会社も使用率のピークが95%を超え、関西電力では99%にも達した。

電力会社間で融通し合うことで、今回は最悪の事態を回避できた模様だが、本来的には使用率が100%を超えると停電や周波数の不安定化が起きるなどのリスクが高まる。

こうした脆弱な電源環境に依存したまま、EV化を進めるリスクは大きい。原子力発電所を大量に新設する合意があるなら、必要な電力量を満たすこと自体は可能かもしれないが、どう考えても現実的ではない。

いずれにしても、自然災害の多い日本において、「停電になったら家庭も自動車もすべてブラックアウト」の想定される施策が理解を得られるとは思えない

水素やバイオ燃料の「現在地」

新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)や東芝、東北電力などが共同で完成させた水素製造施設「福島水素エネルギー研究フィールド」。テレビ東京のニュース特集より(2020年3月10日放送)。

出所:「テレ東NEWS」YouTube公式チャンネル

ガソリン車をすべてEVに置き換えることの是非はともかく、温暖化ガスの削減に寄与するモビリティの未来を考えるとき、環境保護のみならず災害にも強いエネルギーインフラの整備という視点は必須だ。キーワードは、エネルギーの「多様化」「分散化」である。

大きな注目を浴びる「水素」については、すでにエネルギー源として確立しつつある。

例えば、東日本大震災の復興事業の一環として開発が行われてきた、東電福島第一原発の北に位置する福島県浪江町の水素製造プラントは、世界最大級の製造量を誇る。

同プラントは、太陽光発電でつくった電気を使って水を分解し、水素をつくる装置なので、基本的にはプロセスでCO2が発生しない(いわゆる「グリーン水素」)。

自動車の動力源としての準備も整いつつある。

トヨタが開発を進めてきた燃料電池自動車(FCV)「ミライ(MIRAI)」の第二世代が2020年12月に発表され、世界中で話題になった。

ミライは、水素を空気中の酸素と融合させて電気をつくり出す「燃料電池自動車」だが、そのほかに水素を直接燃焼させて動力を生み出すものもある。それらは「水素自動車」と呼ばれ、従来型の内燃機関(エンジン)を大きな変更なく使えるので、ガソリン車からのコンバートはさほど難しくない。

マツダは、得意のロータリーエンジンをベースに、燃料に水素を使えるようにしたプロトタイプ(試作車)を走らせている。内燃機関車ながら、水素を燃やすのでゼロエミッションだ。

ブラジルの先駆例に日本が学べること

ブラジル サンパウロ サトウキビ 処理施設

ブラジル・サンパウロの北西550キロほどにあるサトウキビの処理施設。搾りかすから精製したエタノールは、最近では燃料だけでなく消毒剤の原料としても使われている。

REUTERS/Paulo Whitaker

もう一つ、内燃機関を使ってゼロエミッションを実現するのが「エタノール自動車」。ブラジルなどで使われている。

ブラジルは1970年代のオイルショックを経て、サトウキビの搾りかすを原料にエタノールを製造する取り組みを推進し(注:この手法自体は現地で古くから行われていた)、バイオエタノールをガソリンに混ぜてフレックス燃料自動車(FFV)を走らせてきた。

原料のサトウキビは(トウモロコシなども同様)、光合成時にCO2を吸収し、燃焼されるときにCO2を排出するため、「カーボンニュートラル」(=燃料としての使用時にCO2排出量に計上されない)であり、混ぜた分だけ排出量を減らせることになる。

パリ協定へのコミットメントとして、このバイオエタノールの使用比率を引き上げることでCO2排出量を削減しようというのがブラジルの狙いだ。

ただし、サトウキビ向けの耕作地拡大が引き起こす自然環境の変化や、燃料としての消費が増えると食料価格の高騰や食糧不足を招くといった問題もあり、手放しでバイオエタノール礼賛というわけにはいかない。

そこで昨今は、藻類や木材(廃材)由来のセルロースからエタノールを取り出す(第2・3世代バイオエタノール)技術の開発も進められている。

日本では一部上場のユーグレナが、デンソーなどと共同で藻類からバイオ燃料を大量生産する計画を進めている。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)を通じて、国も技術開発を強力に支援する。

「内燃機関」の重要性は変わらない

水素やバイオ燃料のように、燃料そのものがゼロエミッションであれば、動力を生み出す装置が内燃機関であっても何の問題もない。

むしろ、ゼロエミッションのエネルギー源の「地産地消」を実現しているブラジルは、世界有数の自動車大国として内燃機関を徹底的に発達させてきた日本にとって、過去の蓄積を活かしつつゼロエミッションを進めていく上で、あらためて学ぶべき先駆例と言えるだろう。

穀物が多く取れる土地ではバイオ燃料、日照時間が長いところでは太陽光発電と水素、というようにエネルギー源を「多様化」「分散化」させていくことは、安定供給を実現する手法の1つでもある。それはエネルギー安全保障と言い換えることもできる。

なお、筆者は自動車の電動化に反対の立場ではない。むしろ、温暖化防止に向けて積極的に推進すべきと考える。

ただし、上で書いたような災害対応や安定供給などの観点から、自動車の電動化だけを進めるのではなく、多様化・分散化されたエネルギーを確保・活用していくことがその前提となる。

自動車について言えば、多様なエネルギーに対応するには、内燃機関(エンジン)の存在は無視できない。暖房機能も併せ持つことも考えると、内燃機関の重要性はしっかり認識されなければならない。

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2011年3月18日、岩手・大船渡で灯油やガソリンを買い求める被災者の列。災害時を想定した現実的なエネルギー戦略は、日本にとって不可欠だ。

REUTERS/Lee Jae-Won

2021年3月11日、東日本大震災から10年を迎える。

あのとき、被災地の沿岸部だけでなく日本各地で停電となり、真っ暗な真冬の夜に暖をとったり、食料を加熱したりするため、灯油やガスが必要になった。自動車で運ばれてきた灯油やガソリンが、避難所や車内でのギリギリの生活を支えた。

灯油やガソリンといった化石燃料は、遠くない未来にバイオ燃料に置き換わるだろうけれども、未曾有の危機に内燃機関が活躍したという事実は、あらためて認識しておきたい。

(文:土井正己


土井正己(どい・まさみ):大阪外国語大学(現・大阪大学外国語学部)卒業。2013年までトヨタ自動車で、主に広報、海外宣伝、海外事業体でのトップマネジメントなど経験。グローバル・コミュニケーション室長、広報部担当部長を歴任。2014年より国際コンサルティング会社クレアブで、官公庁や企業のコンサルタント業務に従事。

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