テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO、左)とゼネラル・モーターズ(GM)のメアリー・バーラCEO(右)。
REUTERS/Hannibal Hanschke(L) REUTERS/Rebecca Cook(R)
- 米ゼネラル・モーターズ(GM)は、1月11〜14日にオンライン開催されたテックイベント「CES 2021」で、270億ドル規模におよぶ電気自動車(EV)事業の全容を公開、配送サービスの開始も発表して注目を集めた。
- GMの株価はここ10年の最高値を更新した。
- 同社は2025年までにEV30車種を市場投入する計画だが、そうこうしているうちに、競合のテスラはこの1年ほどで時価総額世界トップの自動車メーカーへと躍進した。
- 両社はいずれ競合として衝突する運命にあるとみる向きもある。
あまりに長い時間がかかったが、ようやくその時が来た。政府による救済措置、連邦破産法第11条(=日本の民事再生法に相当)の適用を経て、市場に復帰して10年。GMの株価はついに成長軌道に乗った。
「ブライトドロップ(BrightDrop)」と呼ばれるまったく新しい配送サービスの発表を含め、コンシューマー・エレクトロニクス・ショー(CES)でのメアリー・バーラCEOによる印象的なプレゼンののち、GMの株価は再上場(2010年11月)後の最高値を更新する50ドル超えを果たした。
同日、新たなコーポレート・アイデンティティ(いわゆるロゴ)をお披露目したのはもちろん偶然ではない。よく知られた大文字の「GM」は小文字に置き換えられ、環境への配慮をより深くイメージさせるブルーグリーンが採用された。
米ゼネラル・モーターズ(GM)が1月8日に発表した新たなコーポレート・アイデンティティ(ロゴ)。
General Motors
これからが本当の「新生GM」の始まりだ。
売上高でアメリカ首位に立った自動車業界の巨人は、270億ドル(約2兆8000億円)を投じて、2025年までにEV30車種を市場投入しようとしている。すでに発表されているように、2016年発売の「シボレー・ボルトEV」、2022年発売予定のピックアップトラック「ハマーEV」、同年発売予定のSUV「キャデラック・リリック」などがそれに含まれる。
この戦略が意味するのは、GMの誇る幅広いポートフォリオのほとんどを、わずか3年で内燃機関(エンジン)から脱却させるということだ。
一方、テスラが2020年に見せた目覚ましい限りの急成長は、2021年も勢いを維持している。
GMの時価総額は700億ドル(約7兆3000億円)を超えたが、テスラはそれをさらに上回る8000億ドル(約84兆円)超。GMは2020年に世界各国でおよそ700万台を販売し、アメリカだけでも250万台を売ったが、テスラはわずかに50万台しか販売できていない。
にもかかわらず、時価総額にこれだけの差がついた。多くの投資家がこの状況に困惑するのも仕方がない。
投資家が1株50ドルを投じると、GMには10ドル以上のキャッシュフローが生まれる(発行済み株式数は約14億3000株)ことになるが、テスラの場合は1株855ドルを投じても、7ドルのキャッシュフロー(同約9億5000万株)にしかならない。
GMが30車種もの新型EVを生産しようと考えるのも(原資確保の容易さから考えれば)当然のことだ。
EV市場に「競合」の兆しはない
GMが2016年に市場投入した「シボレー・ボルトEV」。
General Motors
実際のところ、GMの成長には誰ひとりとして注目していなかった。それは、当然予想されていた道筋だからだ。
数年前、記者はシボレー・ボルトEVの生産工場を訪ねたが、電池パックを手際良く移動させるロボットが稼働していたほかは、組み立てラインに何のドラマも見つけられなかった。
ただ、関係者が考える道筋の平凡さと、EVを購入したいと考える一般消費者の感覚はまた異なる。
EV市場は世界で年間およそ2%ずつ拡大を続けており、自動車販売額におけるシェアは2023年までに25%に達する見込みだ。10年前に(今日の時点で)10〜20%と予測されていたのに比べると大きな差だ。
ちなみに、こうしたGMの追い上げを、テスラ側はまったく意に介する必要がない状況だ。2020年1〜12月、同社は約51万台を生産し、そのほぼすべてを売りさばいている(正確には49万9550台、納品が2021年にずれ込んだのが1万台)。
中国・上海のギガファクトリーで生産したテスラ「モデル3」に関するイベント。壇上で踊るイーロン・マスクCEO。
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ここまでのGMとテスラのあり方は対照的と言っていい。
GMには生産上の問題は何もない。いつでも動き出せる状況なのに、EVへのニーズが具現化していくのかどうか確信を持てていない。逆にテスラは、イーロン・マスクCEOが「生産地獄」と自ら口にするほど、常に生産工程に苦しめられてきたが、需要のあるなしについては問題の俎上にのることもほとんどなかった。
テスラの株価が急騰しているのは、EVへの需要が将来的に増加し、そこでテスラがシェアを獲得していくと想定されるからにほかならない。膨れ上がった時価総額も、テスラがアメリカ市場にとどまらずヨーロッパや中国でも大きなシェアをとっていくことが期待されるからこその数字だ。
現在の状況を私情をはさまず公正に見るなら、GMの戦略と最近の株価上昇からは、巷(ちまた)で懸念されるようなテスラとの競合あるいは衝突の可能性は読みとれない。
EV市場において、競合はまったく起きていない。サクセスストーリーを描いているのはテスラ1社だけで、レガシー自動車メーカーはいま恐る恐る市場に足を踏み入れようとしているところだし、幾多のスタートアップはまだ1台も完成したEVの販売には至っていない。それが現実だ。
市場の認識を間違うとおかしなことになる
GMが発表した配送サービス「ブライトドロップ(BrightDrop)」に使用される新型商用バン「EV600」。
General Motors
岐路に立つレガシー自動車メーカーは、内燃機関市場におけるシェアとEV市場におけるシェアを、合理的かつ穏当な方法で入れ替えたいと考えている。
例えば、GMはいまだに(ガソリン車の)ピックアップトラックやSUVから巨大な利益をあげ続けており、現状を叩き壊したいとは考えていない。同社は消費者に「テスラ車を買うのはやめろ」と言いたいのではなく、
あくまで「EVを第1の選択肢にしてほしい」と言いたいだけなのだ。
GMはすでにEV開発に生産能力の小さからぬ部分を割り当てることを決めたわけだが、だからと言って、テスラと真っ向勝負する必要はない。テスラはGMが狙っているような分野で競争しようなどとは考えていないからだ。
むしろ、ある面では競争が起きたほうがいいくらいで、少なくとも従来のガソリン車市場の半分くらいの規模まで(競争が活発になることで)EV市場が成長しないと、そもそもビジネスとして成立しないし、利益も出てこない。
GMが2025年までかけて市場投入していくEVラインナップ30車種の一角、2022年デビュー予定の高級SUV「キャデラック・リリック」。
Screenshot of General Motors website
ここまで注意深く市場をウォッチしてきた人なら、いまの状況のおかしさに気づくだろう。
EV市場はあまりに小さく、反対にガソリン車市場は客観的に見て巨大だ。目覚ましい成長を期待できるエリアは世界でも中国くらいしかない。テスラはすでにそこに足を踏み入れていて、上海にギガファクトリーを建設し、これから広がる大きな需要をつかみ取れるところにいる。
それ以外のエリアでは、成長戦略どころか、これまで数十年間にわたって販売シェアを確保できていた(ガソリン車の)市場で、EVの販売機会を逸しないことこそが重要になる。
要するに、EV市場は従来の内燃機関車の市場とはまた別で、充電1回あたりの航続距離や充電オプション、価格の手ごろ感(EVはガソリン車より圧倒的に高価だ)など、消費者のなかで上位に来る関心も異なる。
記者が本稿で言いたいのはこういうことだ。
一部の投資家たちの目には、GMがテスラのような既存市場への挑戦者に変貌(へんぼう)を遂げたように見えていて、そこで両社の株価を見比べてみると、上昇気流のGMはきわめて魅力的という結論になるのだろう。
だが、そうだとしても、テスラやイーロン・マスク(との競合)にまで思いを致す必要はまったくない。レガシー自動車メーカーのほとんどはGMに追随するだろうが、より多くのEVが売られ、使われる世界は、テスラにとって決して悪い世界ではないからだ。
よく考えてほしい。自動車業界の巨人であるGMが、EVにこれだけ深くコミットすると決めたことは、マスクのビジョンが正しかったことの証左ではないか。
そして、マスクはよくわかっている。テスラがギガファクトリーをあと10カ所新設したところで、ガソリン車愛好者の牙城を突き崩すまでには至らないことを。
結局、マスクが恐れるべきは、GMがテスラの市場を食い荒らすことより、GMがEV市場への進出をあきらめることのほうだ。
極端に言えば、マスクの戦略が正しければ、EV市場は(ガソリン車にとって代わるコモディティとしての)「毎度のメシ」ではなく、(市場を一定程度拡大しつつも価格と品質が維持される)「ごちそう」としての存在になっていくだろう。
[原文:Wall Street is finally rewarding GM's electric-vehicle surge - but Tesla has nothing to worry about]
(翻訳・編集:川村力)