【ビースポーク・綱川明美1】コロナやテロにも対応するAIチャットボット。成田空港や東京駅も導入

綱川明美 ミライノツクリテ

友人と一緒にレストランで前菜を待っている時だった。突然ドアから人がなだれ込んできた。みんな入り口から外を伺っているが、ドイツ語なので、何が起きているかさっぱりわからない。英語で誰かが叫んだ。

「Turn off the light!」

ビースポーク社長の綱川明美(34)はその時点でもまだ、誰かの誕生日を祝うために、明かりを消すのだと思っていた。

2020年11月2日夜、オーストリアの首都ウィーン。観光客も多い街の中心部で、イスラム過激派の支持者らによる無差別銃撃テロが起きた。オーストリアは翌日から新型コロナウイルスの感染拡大抑制のため、夜間の外出規制や営業禁止など部分的なロックダウンが導入される予定で、“最後の”夜を楽しむ人で街は溢れていた。

レストランから外に出る時に「気をつけて」と声をかけられ、街中でも逃げ惑う人たちに遭遇したが、綱川が事件の全貌を知ったのは翌日。ビジネス会議の登壇のために移動したポルトガルで、日本からの安否を気遣うメールによってだった。

「この事件に遭遇したことで、改めて自分たちのサービスの必要性を認識しました。ニュースはドイツ語だからわからない。頼れる人も現地にいなければ、どうしていいかわからず、ただ怖いはずなので」

緊急時情報が母国語で手に入る安心感

bebot

2015年に創業したビースポーク の主力事業はAIチャットボットだ。

ビースポーク公式サイト

綱川が創業したビースポークは、ビーボット(Bebot)というAIによる自動応答サービス、チャットボットのサービスを運営している。成田空港や東京駅、ホテルニューオータニなどのホテルで、外国人観光客らが「今知りたいこと」に、日本語、英語、中国語、韓国語、ドイツ語、フランス語、スペイン語など10カ国語で自動で答えてくれるサービスだ。例えば成田空港に到着してWi-Fiに接続すると、ビーボットが立ち上がり、そこに質問を入力するだけでいい。

この機能を使えば、自治体はイベントや観光地情報を発信できるだけでなく、コロナ対策としての混雑緩和にもつなげられる。オススメの観光地を聞かれた時に、混雑状況によって観光客を分散させて誘導することが可能だからだ。

さらに綱川自身がウィーンで体験したような、テロなどの大事件や災害など有事の際、自治体や公共交通機関は必要な情報をリアルタイムで発信もできる。観光客だけでなく、母国外で暮らす外国人にとって、緊急時に必要な情報が母国語で入手できることは、どれほどの安心感を与えるだろう。

当初、日本でインバウンド向けサービスとして始まった綱川たちの事業は、コロナによって世界中の移動が制限されると真っ先に大打撃を受ける、はずだった。実際、2020年上半期の売り上げは20%ダウン。しかし、この大ピンチは追い風どころか、新たなサービスの開発につながった。

WHOも注目するコロナ対応ボットの誕生

ダイヤモンド・プリンセス号

綱川がコロナ対策としてのチャットボットを思いついたのは、ダイヤモンド・プリンセス号内での感染が深刻化する頃だった。

KIM KYUNG-HOON / Reuters

2020年2月1日。綱川はロンドン事務所立ち上げのために滞在していたイギリスから帰国するところだった。日本ではクルーズ船、ダイヤモンド・プリンセス号から下船した乗客の陽性が判明し、徐々に緊張感が高まりつつあった。

綱川は飛行機の搭乗に当たって気をつけることは何かと検索したが、なかなか知りたい情報に辿り着かない。その場から会社のエンジニアに指示を出した。コロナの典型的な症状や各国の感染者数などに答えてくれるチャットボットを作って、と。綱川が日本に到着するときにはすでにできあがっていた。

「例えばロックダウンがいつから始まるのか。部分的ロックダウンなら時間帯は? 食料はどう調達するか? ルールは都市ごとに細かく定められ、日々変わる。こういう情報へのニーズが一気に高まったんです」

自治体や空港などのサイトはリアルタイムで更新されないこともある。しかも多言語となればなおさらだ。2020年9月からサービスを提供するウィーン国際空港や、フランクフルトに本社があるスターアライアンスでも、どの空港が開いていて、どの便が欠航になるのか、会社のサイトの情報をリアルタイムで多言語チャットボットに反映している。

「ネガティブなことが起きた時の方が、自分としてはファイトが湧くというか、これを解決するためにどうすればいいのかなとアイデアも浮かぶんです。世の中に出回っている商品やサービスって何かの課題を解決している。その課題が明らかになるのが災害などの有事なんですよね」

世界的な感染拡大が深刻化した春先にはWHOから連絡が入った。

「彼らも似たようなものを作っていたんですけど、 ちょっとショボかったんですよね(笑)。『良いのをつくってるって聞いたから、話聞かせて』って」

綱川にかかれば、コロナ対策の本丸からのアプローチも、「ちょっとしたエピソードの一つ」という感じだ。

“規格外”の存在感どこから?

綱川明美 年表 ミライノツクリテ

私が彼女の名前を最初に聞いたのは、2019年秋。Business Insider Japanで毎年開催しているBeyond Millenialsというアワードの選考委員会で、だった。当時推薦したデロイトトーマツベンチャーサポート社長の斎藤祐馬はその理由をこう話す。

「世界中のビジネスカンファレンスに登壇して次々仲間を集めてくる。『この人に会ってみたら』と自治体の関係者を紹介されると、すぐに話を決めてくる。周囲を巻き込んでいく力がすごいと感じていました」

でも、「それだけではない」と斎藤は続けた。

「目標のためなら泥臭いことも厭わず、つらいことも意に介さない。非常にタフな起業家です」

確かに綱川は、起業当初オフィスもなく公園でたった1人のアルバイトと、「寒いね、ポストイット貼るところないね」と言いながら打ち合わせをしたことも、資金が尽きかけて自分は半年無給で働いたことも、この未曾有の危機さえも、どこか達観した視点で飄々と話す。

ボーイズクラブ的なスタートアップ界での女性としての“苦労話”も、期待すると見事に裏切られる。国境や性別を超えていく軽やかさ。それはアメリカでの大学生活や、その後過ごした外資系企業での経験だけでは説明できない。

彼女の軽やかさや“規格外”の存在感はどうやって育まれたのか。次回から紐解いていく。

(敬称略、第2回に続く)

(文・浜田敬子、写真・伊藤圭、デザイン・星野美緒)


綱川さんも候補者になった「ビヨンドミレニアルズ2021」。1月28、29日、「Next Visionary」としてファイナリストに選出された方々と、その分野で先頭に立つ人のトークセッションを行います。ぜひご参加ください。

浜田敬子:1989年に朝日新聞社に入社。前橋支局、仙台支局、週刊朝日編集部を経て、1999年からAERA編集部。女性の生き方や働く職場の問題、国際ニュースなどを中心に取材。AERA副編集長、編集長代理を経て、2014年に編集長に就任。2017年3月末に朝日新聞社退社。同年4月よりBusiness Insider Japan統括編集長に就任。2020年12月末に退任。「羽鳥慎一モーニングショー」や「サンデーモーニング」などのコメンテーターも務める。著書に『働く女子と罪悪感』(集英社)。

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